幸田回生 さん プロフィール

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幸田回生さん: ブログ連載小説・幸田回生
ハンドル名幸田回生 さん
ブログタイトルブログ連載小説・幸田回生
ブログURLhttps://ameblo.jp/kodakaisei
サイト紹介文この度、ブログで連載小説をはじめます。 よろしかった、読んでみてください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2005/06/18 13:44

幸田回生 さんのブログ記事

  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)20
  • 20 9月の末、ツヨシ、ユウジ、ミドリ、キミコの4人は渋谷の台湾風の居酒屋で落ち合った。 遅刻がちで迷惑を掛けるユウジの意見を取り入れて、 ハチ公前ではなく、各人が行きつけの店に直行することにした。  珍しこともあったもので、今宵はユウジが一番乗りで、 キミコ、ツヨシの順に姿を現し、最後に、「遅れて御免なさい」と、ミドリが頭を下げた。「これでユウジさんに借りが出来たかな。 言い訳がましいけど、事務 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)19
  •  19 翌日の月曜日にミドリが勤める上野の日本語学校に一本の電話が入った。 珍しく事務長が受話器を取った。  渋谷で働く、台湾の陸と言います」  緊張で呂律が回らないながらも、陸は自分の名前をはっきりと言った。 「中野ミドリさんという女性はおられますか?」「中野は今、席を外しています。  3時ですから、もうすぐ戻ると思いますが」「そうですか!」  陸が残念そうな言葉を漏らした後、事務長がこう言った。 「 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)18
  •  18 暑さのあまり、駅側のコンビニに寄り、 アイスクリームを食べて涼を得た4人は地下鉄を乗り継いで渋谷に向かった。 日曜日の午前中とあって、 地下鉄車両は主役であるはずのサラリーマンやOLの姿はどこにもなく、進行方向に向かってドアの側からユウジ、ツヨシ、ミドリ、 キミコの順に座席に座ると、 正面には参考書片手のニキビ面の男子高校生と20代半ばのオタク風の痩せぎすの男が一人分のスペースを空けて眠ってい [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)17
  •  17 歌舞伎町でこれといって解決策が見つけられないまま、 新宿駅で解散式を行った4人は日曜日の午前9時半に事件の原点に集まった。  季節が暦を読み違えたほどに、 9月の半ばにしては蒸し暑い一日だった。 彼らが目の前にした建造物は伽藍堂のように静かだった。 ミドリとキミコは4月の出会い以来であり、 ツヨシとユウジは初めての中華会館である。 東の空にギラギラと輝いているはずの太陽は大通りから一本中に入 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)16
  •  16「ミドリさんの歌は後日、カラオケで聴かせてもらいましょう」 ツヨシは気転を利かせて、魯迅の話題に戻した。「奇跡的な経済発展を遂げたかに見える中国には、 魯迅が危惧した儒教の残滓が今も燻り続けています。  中央、地方を問わず、共産党の幹部であれ、 特権階級のおこぼれに与るその子弟であれ、 上海、北京の二大都市に生息せる一握りの大金持ちであれ、 彼らとは対極に位置する大多数の負け組であれ、  法治 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)15
  •  15 9月というのに残暑の厳しい一日だった。 ツヨシ、ユウジ、ミドリ、キミコの4人は渋谷のハチ公前ではなく新宿東口のアルタ前で待ち合わせた。  ミドリが渋谷から新宿への場所替えを強く希望したからだ。 田園都市沿線に住み渋谷を起点とするユウジ一人が都合が悪くなったが、それも致し方あるまい。 女性からのお願いとあっては男として素直に受け入れなければならない。 案の上、ユウジが5分、遅れて現れた。「新宿 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)14
  •  14  長?から東京までの1000キロ以上のバス移動に疲れも見せず、 ツヨシとユウジは新宿に降り立った。 ファストフード店でハンバーガーを食べ、 アメリカンなコーヒーを飲み、新宿駅まで歩いた。  JRの改札でユウジと別れて、 中央線の下り電車に乗ってようやく、 この過剰な人の多さが醸し出す雰囲気こそが世界有数のターミナルに仕立てていると、ツヨシは感じることが出来た。  翌日の午前中、立川の昭和記念 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)13
  •  13 キミコの夏休みは部屋のピアノを弾くことがメインの単調な日々だった。 唯一の例外と言えたのが、夏の恒例行事となっている軽井沢の別荘で両親と祖母と弟の家族5人で水入れらずで二泊したことで、  中野の自宅に戻った翌週にミドリと新宿で待ち合わせた。  赤のTシャツとブルージーンズに白のスニーカーのラフな装いのキミコと、仕事帰りで、白の半袖のブラウスにグレーのパンツ姿で黒の革靴を履き、黒いビジネスバッ [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)12
  •  12 翌日のNHK朝のニュースでも中華会館の事件を取り上げた。 周麗子さんと陳大全さんを含めた4人を殺害したのは、 台湾人の洪という22歳の男と中国人の習という21歳の女で、 昨日の午前中、内偵中だった警視庁の捜査班が横浜の中華街近くのアジトに潜んでいた二人の身柄を押さえ、 事件が起きた東京の中華会館近くの警察署に護送し、 午後になって、逮捕した。  昨夜は簡単な取り調べのみで、今日から本格的な調書が [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)11
  •  11  ツヨシは中国から帰国した。 何日ぶりの日本なのか、 パスポートに押されたスタンプを見ても、 解らないほど頭がぼーっとして霞んだままだった。  福岡空港国際線ターミナルから博多駅筑紫口までタクシーを飛ばし、街に立ち寄ることもなく、 往復券の復の切符を使って特急に乗ると、 車掌に切符の確認で起こされたのを除けば、 長?までの2時間近くを眠り続けていた。  長?駅前から大好きな路面電車に乗り込ん [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)10
  •  10  朝食も摂らず、7時前にはホテルを出て、 ツヨシは、北京空港の搭乗口から機上した。 飛行機の翼が見える通路側の席でシートベルトを締めたまま、「Jast a moment」と英語のアナウンスが流れたあと、 1時間近くもそのままの状態で待たされた。 日本だったら、ぶち切れていたはずだ。 しかし、不思議な事に機内の大多数を占める中国人から不満らしい声は聴こえてこない。 駅ではぞんざいな振る舞いを見 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)9
  •  9 先に述べた通り、 皇帝まで登り詰め、権力を手にしたかに見えた袁世凱は、 1916年(民国5年)日本政府が要求した21箇条の要求、(ドイツが山東省に持っていた利権を日本に譲り、 旅順、大連の租借期限と南満州鉄道の利権を99年延長することなど)を飲んだことで急激に勢力が弱まり、そのまま退位して、 この年、寂しく世を去った。  それでも、 袁世凱の帝政時代から続く恐怖政治は軍閥政治でも引き継がれ、   [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)8
  •  8 翌朝、目覚めたツヨシは近くの食堂に出向いた。 ホテルにレストランはあっても、別料金のため、 地元の中国人客に囲まれて朝食を食べた。  セルフサービスで自分が食べたい物をお盆に乗せるのだが、 上海のホテルに懲りず、 お椀から溢れんばかりの粥を蓮華で掬い口に運ぶと、 これまた、まったくと言っていいほど味の無い代物だった。  ただ、上海で習ったように、蒸しパンを2口3口食べて、 口の中で味の濃い漬け [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)7
  • 7 朝の7時過ぎ、北京南駅に着いた。 地下鉄の路線図によると、 その名の通り、北京南駅は北京中心部の南に位置し、 予約したホテルからもかなり離れている。 人の波に揺られ、ツヨシは改札を抜けた。  上海のホテルの前の馴染みになった大衆食堂で牛肉炒めを食べて以来、ミネラルウォーターを飲んだだけで、 約12時間何も食べてなくて、それこそ腹ぺこだ。  よく考えてみれば、ホテルの近くのコンビニで菓子パンかス [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)6
  •   6 腕時計に目をやると、もうお昼を過ぎていた。 腹も空るはずだ。 ツヨシは目に入った食堂に飛び込んだ。  手を伸ばせば届く所で中華人民共和国の威信を賭けた上海万博が行われているというのに、租界時代そのままに上海の労働者の胃袋を賄うのに、まさにぴったりな場所だった。 厨房カウンターの前で丸椅子に座った、やる気があるのかないのか解らない白髪交じりのおばさんと目が合った。 上海ではよくあるように、ツヨ [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)5
  •  5  前日に続いて、美味くない朝食を食べ、  部屋に戻り支度を整え、ホテルをチックアウトする際に、 ツヨシはフロントの若い女性に頼んで夕方まで荷物を預かってもらった。 8番の地下鉄で大世界の次の駅の老西門で降り、 デパートに寄ろうと辺りを窺ってみたが、 それらしき建物はどこにも見えず、どうやら駅を間違えたようで、 よく確認しなかった自分が悪かったと諦めて、適当にぶらぶらすることにした。  大通り [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)4
  •  4  魯迅が亡くなった1936年(昭和11年)10月19日の8ヶ月前、 日本では皇道派陸軍青年将校によって226事件が起きている。  翌、1937年7月、北京郊外の盧溝橋付近で日本軍と中国国民党軍の衝突によって、全面的な日中戦争へと突入した。 以後、日本が無条件降伏する1945年の8月15日までの間、 日本軍、国民党、共産党が相まみえた中国本土での戦争に加え、 1945年の8月9日に日ソ不可侵条約 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)3
  •  3 ツヨシは7時前には目覚めていた。 旅行続きで経費節約の折り、あえて窓のない格安の部屋にしたために、日射しがまったく入り込まず、体内時計が狂ってしまうかと思いきや、騒々しいはずの往来の音も遮断されていたようで、 かえってぐっすりと眠れた。  狭いユニット式のシャワーと共用になったトイレで小便を済まし、 顔を洗い、フロントでもらった朝食券を持って、部屋を出た。 昨日、エレベーター内で出会った中国 [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)2
  •  2 熱気だった真夏の上海に渋谷ツヨシはいた。 浦東空港からリニアモーターに乗り、上海郊外の景色ばかりを見ていたツヨシは終点の龍陽路で2番の地下鉄に乗り換え、 寿司詰めの車内を立ったまま人民広場まで乗り、 そこで8番の地下鉄に乗り換えた。  次の大世界という大仰な名前の駅で降り、 地上に舞い降りると、取るものもとりあえず、 ツヨシはタクシーを停めて車内に乗り込んだ。   日本で予約したプリントアウ [続きを読む]
  • 新高山登れ3(日本 中国 日本)1
  •  新高山登れ 3(日本 中国 日本)1  1   渋谷ツヨシ、丸山ユウジ、中野ミドリ、上野キミコの4人が台湾から帰国して、成田空港駅から特急電車で京成上野駅まで戻ると、 真夏の東京の空に珍しく2つ3つの小さく仄かな星明かりが点っていた。  4人はJR上野駅までタクシーで乗り付けた。 改札口で誰からともなく、「それじゃ、お疲れ様、また今度」と、 簡単な解散式を行い、なごりを惜しみながら、男女別に分か [続きを読む]
  • 新高山登れ2(台湾)17
  •  17  太陽が昇りはじめると、静から動への一日の変化が、 そこかしこに伝わってくるかのようだった。 6人は小屋の中で、長老の奥さんが用意してくれた穀物と汁物だけの簡素な食事を小屋の中で手早く済ませた。 日本人の4人は全員黒のパーカーにブルージーンズ、 台湾人夫婦はグレーのパーカーに黒い登山ズボンで小屋の外に出て、一列に整列した。  代表して王さんが、「遅くとも夕方までには集落に戻ります」  一人で [続きを読む]
  • 新高山登れ2(台湾)16
  •  16   ツオウ族の集落の中でも一番大きな小屋の前で、 普段着から白い正装に着替えた長老が二人の男を従え、 日本人と台湾人の客人を待っていた。 「こんにちは」はっきりとした日本語で長老の方から声を掛けてくれた。「このような奥深い山の中に日本人の若者と台湾人の夫妻を迎えることが出来きるとは、こんな嬉しいことはありません」 長老がそう言った瞬間、待ちかねたようにどこからともなく紅色の衣装を着けた老若男 [続きを読む]
  • 新高山登れ2(台湾)15
  • 15  阿里山のホテルで一夜が過ぎた。 ユウジ、ツヨシ、ミドリ、キミコの4人がチェックアウトを済ませ、ホテルを出ると、白いランドクルーザーが横付けした。 運転席の窓が降りて、ハンドルを握る王さんが声を掛けた。「さあ、みなさん。お乗りになって下さい」 助手席の奥さんの蔡さんは無言で微笑んだ。 ユウジとツヨシがランドクルーザーのハッチドアを開け、 ミドリとキミコのキャリーバッグを車に積み込んでドアを閉め [続きを読む]
  • 新高山登れ2(台湾)14
  •  14       そのまま、王さんはベッドに腰掛けた。「みなさんが目指すと言われた新高山ですが、 日本人の方はご存じないかもしれません。 外国人の方が新高山を登るには予め国の許可がいります」 「ということは、僕らが新高山に登ることは出来ないということですか?」  興奮気味にユウジが詰問した。 「そう言われれば、そういうことになりますね」 ユウジを宥めるどころか、王さんは他人事のように突き放した。「そ [続きを読む]
  • 新高山登れ2(台湾)13
  •  13 レストランで食事をしながら、4人はこれからの計画を練った。 台北から復りの航空券は念のため期日変更が出来るようにしていたので、帰国日の融通は効いたが、ミドリは社会人のため、 無制限に休みを引き延ばす訳にいかなかった。 とりあえず、明日の朝、ホテルをチェックアウトして、 新高山を目指すことで4人の意見が一致した。 ホテル内のレストランでの会計を済ませ、 4人がエレベーターに向かおうとしていた時 [続きを読む]