toshi さん プロフィール

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toshiさん: 教育の窓・ある退職校長の想い
ハンドル名toshi さん
ブログタイトル教育の窓・ある退職校長の想い
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/rve83253/
サイト紹介文今の仕事は初任者指導です。その仕事のことや現職の思い出、ホットな教育問題など取り上げたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供6回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2005/12/24 06:28

toshi さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • すみません。前記事の補足、訂正です。
  •  すみません。前記事の《授業の終わりのまとめはいらない。》について、補足、修正をさせていただきます。 それは、前記事にお寄せいただいた、Hidekiさんからのコメントへの返信でもあります。その内容をかいつまんで書かせていただくと、 まずは我が記事について、《すばらしい。》とおっしゃっていただきましたが・・・、 わたしが《まとめはいらない。》とした点については、まとめの重要性とその意義を書いてくださいまし [続きを読む]
  • Aさんへの最後の初任者指導 (問題解決学習とは!?)
  •  昨年度の最終日は、修了式に続いて離任式が行われた。初任者指導のB小では、今年度初任者の着任がないということで、わたしは自動的に離任となった。 そうは言っても、実は1月から3月までの3か月間、4年生3クラスで社会科専科となっていた。 それは、・前記事に書いたように、初任者Aさんの学級経営力がすばらしいこと・わたしは前年度まで、お隣のC小で社会科専科を仰せつかっていたが、そのことをB小の先生方も知っ [続きを読む]
  • 久しぶりの初任者指導で、
  •  今年度、週2日、久しぶりに初任者指導に携わらせてもらっている。4年生担任のAさんだ。 そのAさんが、先日、教員生活初めての研究授業に臨んだ。臨んだと思ったら、なんとたて続けに2回。国語と算数だった。 一回目は朝から緊張気味のAさんで、わたしは、「リラックス。リラックス。先生が緊張していると、それが子どもに伝わるからね。」などと言ったが・・・、 それよりも早く、学年主任のBさんもおっしゃったらしい [続きを読む]
  • 通勤途上の教材研究!
  •  わたしは在職中より、退職後の再任用、非常勤の方が、勤務校の数ははるかに多くなった。退職後は毎年のように学校が変わるし、週3日はA校、2日はB校というように同時に2校に勤務することもあったからだ。 そのおかげで、いろいろな学校の学区の様子を知ることができた。同じ横浜だが、バラエティに富んだ姿を見てきた。社会科を専門としているから、それは実に興味深く探求心を誘うものがあった。 特に車通勤をやめ電車に [続きを読む]
  • 問題解決学習のtoshi的考察(4)
  •  本シリーズは(3)をもって終えるつもりでいた。しかし、小6の母さんやHidekiさんからいただいたコメントが、《ああ。まだ書けるな。》と思わせてくださり、本記事となった。 わたしはこれまで、問題解決学習というと、子どもたちが白熱した話し合いを展開する、そんな躍動的な授業を中心に紹介させていただいたように思う。想いが対立するなかで多様な想い、考えが出て、その後、資料などによって解決していくといった感じだ [続きを読む]
  • 昨日、横浜は開港記念日、市民の愛唱歌、横浜市歌
  •  初めにお詫びをしなければなりません。《問題解決学習のtoshi的考察》は、その4を予定していますが、大変手間取っており、そろそろ記事にさせていただく予定ですが、もうしばらくお待ちください。 ところで、昨日6月2日は横浜市のお祝いの日。横浜開港を祝う日である。市内公立小中学校は休日となる。 もしかしたら、他地域の方は『港を祝うなんて。』といぶかしく思われるかもしれないね。しかし、横浜にとっては・・・、 [続きを読む]
  • 問題解決学習のtoshi的考察(3)
  •  拙ブログでは近年、恒例になっていることがある。右サイドバーに《人気記事(過去15日分)ベスト20》を掲載しているが、年度末になると必ず《卒業式の式辞》が1位となるのだ。さらに今年は、なんと読者数が一時期2,000を超えたことがある。ありがたく感謝している。 この記事、もうずいぶんむかしになってしまった。掲載してから早10年。式辞のときからでも20年を超えた。ああ。光陰矢の如し・・・か。 今、あらため [続きを読む]
  • 問題解決学習のtoshi的考察(2)
  •  前記事で、学習問題について、ある先輩の言葉を掲載させていただいた。『学習問題はつくるものではないでしょう。子どもたちの切実な思いによって、にじみ出るように自然に生まれるものではないですか。』 そして、《退職した今になってこの言葉の重みを感じることがふえている。》とも述べた。 そう。子どもの手によって自然に生まれるという、この考えと実践がないなら、それは問題解決学習とは言えないであろう。 ある日、 [続きを読む]
  • 問題解決学習のtoshi的考察(1)
  •  あけましておめでとうございます・・・というには、ずいぶん日がたちすぎましたね。すみません。でも、本年もどうぞよろしくお願いします。 光陰矢の如し。ほんとうにその通りで、退職して12年目の新春を迎えました。拙ブログも同年数を数えます。長くお付き合いいただいている方、最近の方、すべての方に、あらためて厚くお礼申し上げます。 さて、新春第一回目の記事は・・・、問題解決学習についてのtoshi的考察である。 [続きを読む]
  • A先生を偲ぶ
  •  この時期、少なからず喪中はがきが届く。わたし自身が70を超えているから、届くのには寄る年波を感じさせられるものが多い。  つい先日のには、『ええっ。亡くなられたか。まだお若かっただろうに。』と、ショックを禁じ得なかった。しばし、思い出にひたった。そして、遅ればせながら、謹んでご冥福をお祈りした。 このA先生。我が30代のとき、同学年を組ませてもらったこともあって、公私にわたりご指導賜った。ほんと [続きを読む]
  • 《コクリコ坂から》の社会科的考察(2)
  •  初めにお断りさせていただきます。本記事も《コクリコ坂から》の映画をとり上げて書き進めるので前記事の続きとしましたが、小学校社会科とはあまりかかわりなく、むしろ大人の社会科といった内容になっています。 また、バナーの下では、我が高校生活を簡単にふり返ってみたいと思います。わたしも男女共学の学校でした。 それでは、本論に入るが、 前記事では、映画に登場するむかしの道具について、一番印象に残るものをぬ [続きを読む]
  • 《コクリコ坂から》の社会科的考察
  •  このたび、《旧東海道を歩く》シリーズを連載していたら、Hidekiさんからすてきなコメントをいただいた。《コクリコ坂から》のご紹介をいただいたのだ。この映画の上映は、もう5年前になるのだね。 当時、おもしろい名前の坂だなとは思ったが、まさかそれが横浜を舞台にしているとは知らず、まったく関心がなかった。そうしたら、次女が見たようで、興奮したようにわたしに話しかけてきた。 「お父さん。この映画は横浜港の [続きを読む]
  • 旧東海道を歩く。(4)
  •  本シリーズの最終章は、戸塚駅から横浜市隣りの藤沢市(駅)までのつもりだったが、前記事が東戸塚駅付近で終わっているので、まずは、そこからスタートさせていただこう。 東戸塚駅入口の信号で国道と一緒になると思いきや、旧東海道は国道一号線を横断していた。そして、すぐカーブして国道と並行し、数百メートル先の赤関橋で合流した。 そのまま国道を歩くと、今度は不動坂でまたまた国道から離れた。ほんの数百メートルだ [続きを読む]
  • 旧東海道を歩く。(3)
  •  3日目は保土ヶ谷駅からのスタート。西口のバス乗り場の向こうが旧東海道である。そして、ここは保土ヶ谷宿の真っただ中だけに、例によって史跡の案内表示がたくさんある。 まずは前回分になるが、江戸方見附跡、旧帷子橋跡。 江戸方見附は、江戸から来たときの宿場の入口で、見附は土盛りをした土塁の上に竹木で矢来を組んだ構造をしているという。 反対に京都方面からの入口は、上方見附という。だからその両者の中が宿場 [続きを読む]
  • 無知は偏見を生み、偏見は差別を生む。
  •  標題は、先輩の、A元養護学校長(現・特別支援学校)の言葉である。 何とも悲しい事件だった。 障がい者やその家族、また、学校関係者は、この社会にねづく差別の問題に日々取り組んでいるというのに・・・、今回の事件は、その努力をふみにじってしまった。 《差別は殺人者を生む。》・・・か。 ほんとうにショッキングな事件だった。国民はもちろんだが、障がい者の方たちには、より大きな衝撃となってしまったようだ。自 [続きを読む]
  • 旧東海道を歩く。(2)
  •  2日目は京急新子安駅からのスタートだ。ここは旧東海道が国道15号線(第一京浜)となっている。しばらくは幅の広い国道を、きょろきょろしながら歩いた。やはりさしたる史跡や案内表示はなかった。 ところで、この京急(京浜急行)だが・・・、すでに明治中期の《今昔マップ》には、京濱電氣鐡道の名で出現している。Wikipediaによれば、1905年(明治38年)に、品川(現・北品川) - 神奈川間開通とあるから、このころはまだ [続きを読む]
  • 旧東海道を歩く。(1)
  •  前々から横浜市内の旧東海道を歩き通してみたいと思っていた。かつて勤めていた複数の学校の学区を通っているし、偶然出っくわして、『ああ。こんなところを通っていたか。』とびっくりしたこともあって、ひかれるものがあったからだ。 しかし、通してとなると、それは無理なようだった。ある地点、地点で道がなくなってしまったり、幹線道路がぶった切って先が分からなくなってしまったりした。それであきらめていた。何せ江戸 [続きを読む]
  • オバマ演説から、かつての道徳の授業を思う
  •   初めにお断りしたいことがあります。 本記事は、最初に入稿した記事の改訂版になります。改訂前は、ある道徳副読本に掲載された教材文のあらすじを載せていました。しかし、そのあらすじというものは、わたしがその教材文のタイトルや出版社を忘れてしまったため、わたしの記憶によるものでした。 そして、末尾で、《どなたか、この教材文のタイトルや出版社をご存知の方がいらっしゃいましたら、コメントを入れていただけな [続きを読む]
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