信濃大門 さん プロフィール

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信濃大門さん: 思考の部屋
ハンドル名信濃大門 さん
ブログタイトル思考の部屋
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/
サイト紹介文 信州安曇野市有明山の山麓からの思索通信
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2006/01/22 13:34

信濃大門 さんのブログ記事

  • 安曇の山麓の古墳
  •  私が住む安曇野市の常念連峰のすそ野には80基以上の古墳が今に残っています。今日はその中の国営アルプスあづみの公園内にある「穂高古墳群F9号墳」の遺跡発掘成果の説明会に出かけてきました。 國學院大學考古学研究室が発掘を担当しているということでゼミの学生さんが説明者に加わりなかなか和やかな雰囲気の中で聞くことができました。 ひとつだけ気になったのは、このような説明会には地元の方の他に考古学に長年携わ [続きを読む]
  • 明滅する白熱電球
  •  個人のブログを立ち上げてからもう何年が過ぎただろう。若いころは365日書き続けたこともあったが、今では月に1回程度アップすればまだよい方でほとんどアップする気概が失せてしまいました。 哲学的な課題を思考しなくなったわけではなく、その熱はいまだ健在です。日々起こる現象に目を向ければ課題は向こうから問いかけてくれます。 今月もあと4日ほどで終わりますが、今月の100分de名著は「河合隼雄スペシャル」 [続きを読む]
  • 本当というのは一番最後にあるという錯覚
  •  テレビのクイズ番組で写真と画像が時間経過とともに変化した場所の発見を競ったり、モザイク場所のモザイクごとの面の明暗が異なるように見えていても実は同じ色調のものであるという視覚の不思議を語り、人間の「錯視」「錯覚」を話題にするものがよくあります。 他に山道に落ちている小枝やツタが蛇に見えたり、日の出の太陽、昇る満月が大きく見える現象も人間の視覚の錯覚によるものと説明されます。 見たものが実際とは異 [続きを読む]
  • 「的を射るのか、得るのか」という話
  •  最近夜中に目が覚めるとそのまま起きてしまうことが多い。寝不足になるかと言うと感覚的にそうも感ずることもなく身体的に健康診断を受けましたが特に問題はありませんでした。 起きて何をするかと言うと本を読むか、音楽を聴くのどちらかになるわけで昔のようにブログを書くことは少なくなりました。従って投稿サイトのランキングも下がり客観的に見ると、年齢を重ねるごとに元気に陰りを見る人もいるかもしれません。しか [続きを読む]
  • 誠実なる作品
  •  女性看護師が拉致され、その遺体が山中から発見され、拉致した男は間もなく逮捕され首謀者は自殺したとの報道がありました。性目的が根底になければこのような事件は起きることはなかったでしょうし、男はどうしようもなく動物的に見えます。 個人的に女の子を持つ親の立場からすれば脱力感と呪いと憎しみが溢れます。「なぜ我が子が被害に遭わなければならないのか。」と誰に向かって問うのか、親の問が聞こえてきそうです。  [続きを読む]
  • 聖なるあきらめ
  •  人生レシピというEテレの番組が6月のはじめにシスター鈴木秀子さんを紹介していました。この中で鈴木さんは「聖なるあきらめ」という言葉を語りました。 この言葉は、人生で遭遇する様々な苦境を救いなき「あきらめ」で語るものではなく、実存哲学の視点からみるならば宗教的実存であり信仰に生きるひとびとの祈りの姿を感じました。 カトリック信者の鈴木さんの言葉ですので「聖」なる言葉は絶対なる「神」を想定してしまい [続きを読む]
  • 霧散
  •  「欲望の体制」がこの世を支配している。このようにこの世を断言したくはないのですが「忖度」という言葉が乱れ飛び、「ヤバいよ!」「ヤバいよ!」と子供たちまでも意味も知らず流行(はやり)言葉として日常の中で使用し、何事かを察知する感覚が鈍化し続けているように見えます。 真なるもの、善美なるものがあっても、それにみずからを従わせ、それに向かって努力しなければならないという感覚をすでに持ち合わせていないの [続きを読む]
  • 私が生命の所だ
  •  昨日一冊の絵本と出会いました。版画・文降幡えつ子『わいこっぼがもどってきた』という絵本で父親の戦争体験と傷跡を語るもので、戦争の悲惨さを語るものと解せばそうなのですが、作者と直接会話をし、私の人生に父の人生、その足跡を残そうという実存的無意識の愛の語りを感じました。 このような出会いもあり、「人は人生に何を残すのか」という迷題が湧き現代世相とともに少々語り綴りたいと思います。 最近特に思うのは「 [続きを読む]
  • 真田の赤備え甲冑、実は武田の赤備え
  •  NHKの大河ドラマ『真田丸』が放送され昨年(2017)3月に長野市松代にある真田宝物館で公開された東御市(旧東部町大字和字東深井)の旧家深井家から発見された「真田赤備え」の甲冑の話が掲載されていました。現存する真田の赤備えは貴重なものという話でしたが、実は「武田の赤備え」ではないか、という研究者の新説が最近地方紙(信濃毎日新聞5月10日)に掲載されていました。 この甲冑については個人的に興味があり、今回 [続きを読む]
  • 私という現象
  •  「私という現象」ということを時々ブログにアップしています。過去の語りを訂正することなく今朝も書きたいと思います。 吉田兼好著『徒然草』第235段は「主ある家には、すゞろなる人、心のまゝ入り来ることなし」という言葉からはじまります。難しい意味があるわけでもなく、「主のある家には、用もない人が、やたらと勝手気ままに入ってくることはない」ということです。 ある新聞では最近話題になるセクハラ問題児を例に [続きを読む]
  • 「超越と実存」は実存論なのか
  •  超越的主体性、根源的主体性という言葉を念頭に何かを語ろうとするとき、個人的に天空を見つめる我、と、足下、足元を見つめる我を感覚的に身に置きながら思考する。 禅僧の南直哉さんが『超越と実存』(新潮社)から出版され、前々から南さんが語る「実存」という言葉に興味があり個人的にもこの「実存」という言葉には哲学者の山田邦男さんの「裸の実存」という表現に感動したことも重なり思索の対象となっています。 「実存 [続きを読む]
  • 造形の美・願い
  •  目の前に置かれたものに心惹かれることについて考えています。造形の美についてという話にもなると思いますが、人の生き方を造形という言葉で語るなら前回のブログに書いた吉田兼好のなんでも入る虚空の心に我を突き動かす主の種を入れ今まさに現れている、造形されそこにある私の生きざまということになるように思う。 「人間の生き方として最も洗練された生き方があるならばそういう生き方を発見したいということが、褒められ [続きを読む]
  • 根源的主体性を求めて
  •  Eテレの月に一回放送されるシリーズ企画に4月から正木晃さんの『マンダラと生きる』が始まりました。密教のマンダラ、個人的には深層心理学のユングが扱ったこともあり若いころから興味のあるものです。 胎蔵界、金剛界のマンダラ図、悟りへの道を視覚的に現わしたもので、その秩序的に描かれたものになぜか心を奪われる。 形あるものに魅かれるとも表現でき、わたしは、自然の風景や人工物に心奪われるときがあります。恐れ [続きを読む]
  • 相対化・空気・リズムを思考する
  •  ダイソンの掃除機や扇風機を見ていると「モノづくり」という「モノ」を作り出す発想力に感心します。日本だけがモノ作りに精通しているわけでなく、自然物の利用ではありますが、道具として使う類人猿も知られています。「なぜそれを作り出したのか?」「なぜあなたはそう思い立ったのか?」 掃除機についてはいろいろな形のものがありますが、電気とモーターが掃除機には共通し使われています。この二つを工夫し、付属品を組み [続きを読む]
  • 津波ピアノ〜自然回帰〜
  •  東日本大震災から7年がたち関連番組が多く放送されていました。その中に音楽家坂本龍一さんの被災した一台のグランドピアノを話題にした『津波ピアノ〜坂本龍一と東北の7年〜』という番組がありました。 宮城県のある高校の体育館の壇上におかれていたピアノ、津波に襲われ奏でることができなくなり、音を失ったとも表現できそうな状態になりました。番組ではそのピアノが今、アート作品として展示されるようになった経緯が語 [続きを読む]
  • 愛しき我が人生
  •  男優大杉漣さんが急性心不全で2月21日に亡くなられた。66歳ということで年齢が近いことから人の最期ということの突然に驚く。  明日を信じてきたけれど、明日は誰にも来るわけじゃない。 限りある命を、ひたすら生き抜いて 今日を大事に・・・ 現在(い... [続きを読む]
  • こんな女にしたのは 誰かしら
  •  言葉の織りなす世界。日常の会話から文学の世界など、他者に自分の意を伝えるものであることから自分の意を日記に綴ることもあります。 テレビを見ているとニュース、ドラマ、ドキュメンタリー、漫才から歌謡曲等と映像はもちろんそこに言葉が組み込まれ流れて... [続きを読む]
  • 昨今に執着して
  •  理不尽な審判、誤りの裁き、横綱としてのその態度にNHKのアナウンサーは批判的な解説をしていました。弓取り式が行われようとする中、横綱白鵬は立ち続ける。 やり直しを求めるその態度に、わたしもアナウンサーと同じ心境になり白鵬のその態度に惨めささえ... [続きを読む]
  • 日本語の現象学
  •  秋から冬へ。紅葉が始まったと庭先の木々の葉を眺めていたところ、木枯らしが吹きはじめいつの間にか落葉(おちば)の絨毯(じゅうたん)となっている。 秋の深まりの中、最近日本語教育者になろうとする外国人を育成している日本語学者の金田一秀穂先... [続きを読む]
  • 人生後半は哲学と歌
  •  若かりし頃、バイトで歌唱力をかわれ唄うバイトをした経験がある。その際多くの指導を受け、人前で歌に恥ずかしくない程度に上達したと自負していたが、歌手になる気は微塵もなく、その後安定した公務員を希望し、三十数年非もなく3年前に退職した。 年金支... [続きを読む]
  • わりなき事
  •  世の中、わり切れない事が多い。こう切り出すと、そもそもわり切れない事とは何かと問われそうだが、例を示せと言っても顕著な理不尽な出来事もあれば、意に反する些細なこともあり、「事」と決める側の「気持ち」の持ちようが事を決め付ける。 「わり切れない... [続きを読む]