メゾフォルテ さん プロフィール

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メゾフォルテさん: メゾフォルテからあなたへ
ハンドル名メゾフォルテ さん
ブログタイトルメゾフォルテからあなたへ
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/dorci/
サイト紹介文歴史にまつわる物語などで、あなたの心の扉をノックします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供123回 / 365日(平均2.4回/週) - 参加 2006/04/22 16:52

メゾフォルテ さんのブログ記事

  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その6
  • 佐藤春夫もまた、太宰劇場では大きな役割が振り当てられているように思われる。佐藤春夫について こちら佐藤春夫の母は紀州藩のお庭奉行の家系であるとか。お庭番について こちら佐藤春夫の弟子たちは美男子が多かったとか。太宰治の弟子たちもハンサムが多いように思われる。豊島与志雄も眉目秀麗タイプであったとか。情報収集で、女性から何かを聞き出すには、ハンサムのほうがよいかもしれない。太宰治全集に収められた写真は [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その5
  • 太宰治が1930年(昭和5年)に東京帝国大学の仏文科に入学したのは、講師に豊島与志雄がいたからではないだろうか。また、豊島与志雄の友人に太宰施門がいるという。フランス文学者太宰施門とは こちら太宰治のペンネームを使い始めたのは、1933年(昭和8年)とされている。太宰治は、志賀直哉や森鷗外よりも豊島与志雄に向かい合っていた、と感じたりするのだけれど、私の思い過ごしだろうか。面倒見のよい芥川龍之介は [続きを読む]
  • チャールズとオサム つづきのつづき
  • 太宰治「津軽」から・秋のはじめの或る月のない夜に、私たちは港の桟橋へ出て、海峡を渡ってくるいい風にはたはたと吹かれながら赤い糸について話合った。それはいつか学校の国語の教師が授業中に生徒へ語って聞かせたことであって、私たちの右足の小指に眼に見えぬ赤い糸がむすばれていて、それがするすると長く伸びて一方の端がきっと或る女の子のおなじ足指にむすびつけられているのである。・私たちはその夜も、波の音や、かも [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その4
  • 山内祥史「太宰治の年譜」 大修館書店 2012年 より・昭和二十二年十月頃、八雲書店から、全集刊行の申し入れがあった。亀島貞夫によれば「あれは、まったく私の思いつきだったのです。原稿を書いてもらえない心のあせりから、いかに八雲書店が太宰さんの作品に執心しているかという姿勢をみせたかったから言ったまでのことなのです。とても承諾してもらおうとは思いませんでした。」という。亀島貞夫の全集刊行の申し入れに [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その3
  • 奥付は写真は、いつもの横顔に手を添えた写真とこの多くの本の中から選びだしている写真の2枚である。その本が選べと主張しているかのように感じているのかもしれない。(私が今、そういう不思議さを体験しているのだけれど)この写真を採りあげたところをみると・・・・・*********************************奥付の検印は、妻美知子が押したのでしょうか。それともほかの誰かがとか。この全集に [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その2
  • 表紙の題字は自筆で、家紋が型押しされている。わざわざ家紋を入れるのはあまり見かけない。津島家の家紋は鶴紋である。この型押しの家紋はどういう意味があるのだろうか。鶴紋を調べてみて、次のようなことが隠されているといえるかもしれない。1.大谷家の家紋が鶴紋であるという。→ こちら  聖書には十字架が型押しされているものがあることから、  日本の浄土真宗というものを示した。2.蒙古襲来絵巻の島津氏の幡には [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔199〕 幻の全集 その1
  • 1948(昭和23)年4月に刊行された、第1回配本の「太宰治全集第2巻虚構の彷徨」八雲書店 をアマゾンで手に入れた。この全集には、配本順や装丁などに太宰治はかなりこだわっていたようである。→ こちら本カバー 表本カバー 裏第1巻「晩年」ではなく、第2巻「虚構の彷徨」が第1回配本となっていることについて妻美知子が太宰治との結婚に踏み切ったのが「虚構の彷徨」を読んだからだということを思い出した。以前の [続きを読む]
  • ムクゲの花が
  • 急いで出かけたスーパーの帰り道でムクゲの花を見つけました。戦中戦後の本を読書中なんですが、戦時中の日本陸軍兵士の大陸で戦った感想として民族の結びつきというものはすごいものだ突如、それを思い知らされたときがあった、とのこと。ニュースで韓国の軍事訓練の映像をみながらもしかしたら北朝鮮と呼吸を合わせての中国向け?などと思ったりしました。アメリカが朝鮮半島を分断して北朝鮮と韓国を戦わせようとしても想定外の [続きを読む]
  • 存亡の機
  • えっ、存亡の機が正しいって、革命の煽りじゃん!!とあわてて漢和辞典をひいたところ存亡 ①存続することと滅びること   ②生きていることと死ぬこと   ③亡を存す。滅びそうになっているものを助けるなるほど 存亡の機が正しいのですね。うっかり中途半端な知識の勘違いで、煽られないように気を付ける必要があると思います。あ、私が煽られやすいタイプであっただけのようですが。NO WAR!ランキングにご協力ください [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔198〕つづきのつづき
  • リップマン著、掛川トミ子訳「世論(上)」 岩波文庫 1987年p.49私は主張したい。政治とふつう呼ばれているものにおいても、あるいは産業と呼ばれるものにおいても、選出基盤のいかんによらず、決定を下すべき人びとに見えない諸事実をはっきり認識させることのできる独立した専門組織がなければ、代議制に基づく統治形態がうまく機能することは不可能である。そこで私は次のような議論を試みる。見えない事実を代表するもの [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔198〕 つづき
  • リップマン「世論」は民主主義の教科書の1つとして読むべきだとの書評を見かける。少なくとも1年ぐらいかけて、大学のゼミのような形で読み進めるものなのだろう。私としては、太宰の読み方のようなものを少しだけ想像してみることにした。最終章第28章「理性に訴える」の最後の部分について原文ではGreat as was the horror, it was not universal. There were corrupt, and there were incorruptible. There was muddle and [続きを読む]
  • 神頼みの試み その6
  • 太宰治「一つの約束」は、まるでミサイルのような働きをしているような思いがするときがある。太宰治「一つの約束」難破して、わが身は怒濤に巻き込まれ、海岸にたたきつけられ、必死にしがみついた所は、燈台の窓縁である。やれ、嬉しや、たすけを求めて叫ぼうとして、窓の内を見ると、今しも燈台守の夫婦とその幼き女児とが、つつましくも仕合せな夕食の最中である。ああ、いけねえ、と思った。おれの凄惨な一声で、この団欒が滅 [続きを読む]
  • 神頼みの試み その4
  • 古代からの祈りの場であったと思うからか、境内のあちこちにその願いが積み上がっているように感じられました。ものづくり日本の技による端正な形は、まるで神様が手を添えたかのようです。水神社とは・・・・・日照りから守るのか、それとも水害から守るのか。両方でしょうね。NO WAR!ランキングにご協力ください。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 神頼みの試み その3
  • ご祈祷にはこのような内容がありました。拝殿脇の社務所にご祈祷受付所があり、そこでご祈祷の内容と住所と名前を書きます。私のような個人の心願成就の場合、初穂料は5000円からとのこと。5000円でお願いいたしました。拝殿でのご祈祷まで、待つ時間があります。その待合いの休憩所です。神社参拝についてのマナーは こちら神職の方や巫女さんの指示通りにすれば、初めての方ひとりでも大丈夫です。休憩所で初宮詣の若い [続きを読む]
  • 神頼みの試み その2
  • 大國魂神社HPは こちら入り口に撮影についての注意書きがありました。社務所でお聞きしたところ、このようなブログに掲載する写真は大丈夫だとか。若い方の参拝がけっこう多かったりします。NO WAR!ランキングにご協力ください。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 神頼みの試み その1
  • 府中・大國魂神社でご祈祷をお願いいたしました。心願成就という項目ですので、この際欲張ってお願いしてみようと思っているところです。さしあたって、台風の被害をできるだけ少なくお願いいたします。NO WAR!ランキングにご協力ください。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔198〕
  • W.リップマン著 掛川トミ子訳「世論(上)」「世論(下)」岩波書店 1987年を購入した。(上)は第34刷、(下)は第30刷 となっていて、広く読まれてきたようである。いわゆる社会科学系の本とは無縁であったため、太宰治「グッド・バイ」からの道草という形になってしまって、少し赤面している。(太宰治流に)いつもながら厚かましく、私のような方のために紹介を試みたいと思う。上巻解説から 本書の著者ウォルタ・リッ [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔197〕 つづき
  • 川端康成が亡くなったのは、1972年4月16日である。4月16日については こちら1947年に、大統領顧問であったバーナード・バルークが議会で冷戦という言葉を初めて使った日であるのだとか。日付まで書かれているのは大きな意味がある、ということなのだろう。バーナード・バルークについては こちらバルークはルーズベルト大統領の顧問として数々の提言を行った人物で、その結果のアメリカとソ連の冷戦が日本を苦しめ [続きを読む]
  • 太宰治を読む〔197〕
  • 太宰治「グッド・バイ」は朝日新聞連載の予定で1948年5月中旬から書き始められていたとのこと。「グッド・バイ」が遺書のつもりがあったとしても、悲壮感といったものはどこにも感じられない。むしろ、元気で生き続ける、あなたに寄り添って、とのメッセージを発している、と思えたりする。もしかしたら皇族へのメッセージではないか、と以前書いたこともあった。「田島周二」という登場人物の名前は、田島道治という名前が連 [続きを読む]
  • 1937年に
  • 今の北朝鮮に、かつての戦争へと追い込まれていった日本と重ねてみる人たちも少なくないと思います。そのときの日本は、どうしたら戦争を思いとどまれたのか・・・・・現代と違って、当時の日本国民は国際関係情勢について疎く、一周遅れなのに欧米と肩を並べているつもりになっていたようです。そのため、領土を拡張して自分たちの土地を持ちたい、生活を豊かにしたいという気持ちが強く、戦争を後押ししてしまったということもあ [続きを読む]
  • チャールズとオサム つづき
  • 太宰治はケーディスについて何か書いているかどうか・・・・・実は、見つけたつもりになっております太宰治「男女同権」の中ほどにとうとうこの女は、私と同棲三年目に、私を捨てて逃げて行きました。へんな書き置きみたいなものを残して行きましたが、それがまた何とも不愉快、あなたはユダヤ人だったのですね、はじめてわかりました、虫にたとえると、赤蟻(あかあり)です、と書いてあるのです。とあります。「男女同権」は こ [続きを読む]
  • 8月31日に
  • 夕暮れ時にほかの家の庭先で咲いていたアサガオ日照時間が足りなかったからかユウガオの代理のつもりだからかあまり細かいことは気にしていられないからかシャキッというのは合わないからかそのときの私の気分にはピッタリのアサガオ夏の終わりは誰でもそんなもの特別ではない特別の励ましが感じられるときNO WAR!ランキングにご協力ください。人気ブログランキングへにほんブログ村 [続きを読む]
  • 8月20日に
  • 60歳代後半となった私は、無理をしないことを心がけております。今夏も4泊5日で青森に出かけたとき、ホテル青森に3連泊し実家の片づけに通って、最後の日だけ実家に泊まる予定にしました。ホテルを引き払う朝、晴れてきたのでタクシーで遠回りしてもらうことにしました。八甲田山は雲が垂れ込めていましたので、その前にある雲谷(もや)方面に出かけました。この写真の小さな山が雲谷です。この雲谷のてっぺんから陸奥湾が見 [続きを読む]