もしかして なくしたというのは錯覚で どこかに 入っているんじゃないかと思って ポケットをひっくりかえしてみるけれど もしかして もっていたというのは錯覚で どこかで 見ただけなんじゃないかと思って カタログをめくってみたりもするけれど もしかして あるというのは錯覚で どこにもないんじゃないかと思って 泣いてみたりもするけれど 朝 鏡をのぞいたら そこにあったりする しあわせ
砂浜に打ち捨てられた 無数の墓標 その面に 生の記憶を刻んだまま 亡骸の在り処を探して 波打ち際を 行きつ戻りつする 潮は引き 汐は満ち 星は近くなり また遠くなった 波に清められ 風に砕かれて 一粒の砂になったとき ようやく 自らの物語を きしきしと囁きはじめる 束縛から解かれて 砂浜でふと拾い上げた一つの墓標 その姿は わたしに とてもよく似ていた
子どものいる暮らしは 賑やかで慌ただしい暮らし うれしいこともあれば悲しいこともある 山坂の多い毎日を たくさんの荷を背負って越えていくのは大変だから 絶えず忘れてゆくことが わたしたちには必要なのです 水に流すという言葉もあります 過去を水に流す 河川が多く水の豊かなこの国らしい言葉です 色とりどりのプラカードが街なかで揺れています クリスマスまでには忘れるだろうとだれかが云います そうか…
あきらめを友としないで 目の前に立ちはだかる壁は 越えられないほど高くはないから むしろ流れる小川のよう あなたならきっと飛び越えられる なみだを伴侶としないで 踏み切る足元が ぬかるむから 雨で向こう岸が遠くなるまえに 急いで飛び越えてしまうのよ 空に高く伸びた鉄塔の天辺には 白い三日月が引っ掛かり 救難信号を出している ランドセルを背負った 子どもたちが横断歩道を駆けてゆく 信号はい…
汚い言葉しか覚えてこなかったと、昔を振り返る。 昭和二十年、終戦当時十一歳の少女だった母。 旧満州国で、中国の同じ年頃の子どもたちを からかい、馬鹿にする言葉ばかり覚え、口にしていた。 それを恥じも 疑いもしなかったと。 明るい真昼の、夏の青空の下で、 積み上げた材木のなかに隠れた。 隙間から聞こえる怒声と、悲鳴と、なにか 柔らかな物体が壊れる音。 怖ろしさで声も出せなかったことを 小さな胸の…
雪の、白い結晶の、その針の先の 静かに溶けて、透明な水になるところを 放たれた、白い吐息の、その熱の 空に拡がって、消えてなくなる瞬間を みつめる びーだま がらすだま すいしょうたい 無機質のような有機質は、光は光のまま 影は影のまま すべてを透過させ、名づけることもしないのに 冬のさなか 風に吹かれても、梢に残っている一枚の枯葉に 生きることの意味を問い 天からまっすぐ、この手のひら…
さあ 夏休みももうすぐ終わり 宿題は全部済ませた 都合の良いことに 今夜は風がない 花火セットを片手に 子どもたちがはしゃぐ ろうそくを持って庭に出て 勢いよく火の噴き出す 手持ち花火を わあわあきゃあきゃあ 賑やかに終わらせると 最後に残るのはやはり 線香花火 頼りなげなこよりの先に 火をつけると 牡丹 松葉 柳 散り菊 植物の名まえの火花が 順番に手元を明るくしていく 繊細で儚い感じが…
五月だから鉢に花を植えた キンレンカとブルーサルビアと 白妙ギクを寄せ植えにした 隣の家の壊れた換気口に シジュウカラが出入りしている 五月だから 卵を抱いているのかもしれない 夕方から気温が低くなって 風も強くなり 雨も降り あまりの寒さにストーブを焚く 季節は進んでいるのかいないのか どっちつかずの五月 去年の秋につかまえた キアゲハの幼虫はまだ羽化しない いつがそのとき? 折りたたんで仕…
白根葵の蕾の色が 薄緑から紫に変わったこと つっぴいつっぴいと 朝の4時半に鳥に起こされること 桜が咲き始めたこと 梅も咲き始めたこと 蟻の巣も開店したこと 図書館へ行ったこと 買い物にも行ったこと 地場野菜の直売所が開いていて うれしかったこと あれもこれもと 野菜をいっぱい買ってしまったこと えんどう豆の入ったパンと さくらチョコレートのドーナッツを 買って食べたこと 午前中は晴れで洗濯…
苦しい時に苦しいと言えないのって辛い 壊れてしまいそうな予感 余寒 今朝は雪がさらりと積もったよ せっかく地面が出ていたのに また白くなってしまった 春はまだかな 冬に逆戻り 光を掴もうとすると光は逃げてしまう 良いことのあとには悪いこと どこまでも幸せを追いかけようとする 固い意志 石 が 雪で 消えてしまいそうじゃない? 消えてしまいそうじゃない? 春はまだかな 小鳥が羽毛を膨らませ…
霧箱の中に迷い込んだ その鳥を撃ち落とそう 散弾銃で 一枚の羽根も散らさないで きれいに細胞核を撃ち抜こう あしたの方へと飛ぶ その鳥を撃ち落とそう 青空に乱射 心臓を一発で撃ち抜かないで やさしく風切羽根を切り裂こう ひこうき雲が一筋 猟犬たちは居眠り 枯れ草は風に鳴り 笛の音が低く響く 時間の向こう岸で待ち伏せる 鳥たちが 流星雨のように湖面に落ちてくる そのとき 猟犬たちは喜び勇ん…
眠たくてぐずっている、赤ん坊のよう。 隙間なくビルに囲まれた大通公園の、 低く狭い空を行ったり来たりしている 鳥の群れ。すでに陽は沈み薄暗がり、 音もなく降る雪。灰色の空はその色を さらに濃くしようとしているところだ。 ミュンヘンクリスマス市の賑やかさ。 明るさ。人いきれ。ほのかな微熱。浮 かれた気配。幸福感。それらのうえに、 いま、わたしたちはいる。 たくさんの問いのなかに生きて、一つ の…
まだ何か残っているのだろうか 空っぽにしたつもりだったのに それともただの名残だろうか 潮の香り かすかな湿り気 ひたひたと満ちてくるかもしれない 予感が震えるから まだ待っていようか、もう少し もう少し 遠く乾いた沖を眺めながら 2012.1.21
垂直に抗う 重力に抗う 憧れのままに空を目指すものたちを わたしは美しいと思う 晩秋 裸になった木々の指先が その輪郭線が 空の薄まった青にくっきりと映える 露わになった天辺は木々の野心だ 家々の屋根の向こうに 高圧電線の鉄塔もすっくと立ち 青褪めた巨人のごとく空に逆らえば わたしもつま先立って両腕を伸ばす 人であることの重さを忘れ 空を目指す 2011.11.25
風に手を放す 木の葉が一斉に枝から離れ旅立つ 花のかわりに季節を色で染めて 紙吹雪のざわめく音を立て、旅立つ 秋は哀しい 指先は冷え、樹心は空洞になる けれども秋は 美しく、潔くもあるのだから 背筋をしゃんと伸ばし 真っ直ぐ進んでゆかねばならないのだ 風に舞う落ち葉から明日の囁き 夢を見よう くり返す風景は きっと永久に変わらない 2011.10.25
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