はま さん プロフィール

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はまさん: 柴犬カンの日々
ハンドル名はま さん
ブログタイトル柴犬カンの日々
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/shibakan/
サイト紹介文柴犬カンとの生活を気ままに綴ります。経済、政治、人文、芸術、ガーデニングなどについても綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供223回 / 365日(平均4.3回/週) - 参加 2006/05/05 23:17

はま さんのブログ記事

  • 新居浜を訪れる(金)
  •  年末年始に、高知、愛媛の両県を急ぎ足で旅行した。まず新居浜市を訪れた。今回の旅行のメインは高知を予定していたのだが、まだ生まれてから一度も行ったことのない愛媛県に足を踏み入れたかった。だから高知から近い新居浜市を訪れたというわけだ。 新居浜という街は瀬戸内海に面し、香川県よりの位置にある。昔、地理の時間に習った、瀬戸内工業地帯の一つの拠点である。海辺の工場地帯も少し訪れてみたが、そんなに大きな工 [続きを読む]
  • 2017年キネマ旬報ベスト10発表(木)
  •  昨年このブログで紹介した、また紹介した映画を数えたら73作だった。いかに私が安近短の娯楽に流れたのかが分かる。でもまあ、世界に、または日本と繋がっている唯一の縁と言えなくもない。しかも文学部出身らしい趣味として・・・。365日を73で割るとちょうど5になる。5日に1本見た計算になる。 昨年はキネマ旬報ベスト10からだけでなく、過去のアメリカのアカデミー賞の作品賞から探したり、ネット上で良いと紹介されているも [続きを読む]
  • 「君たちはどう生きるか」を読む⑤(水)
  •  戦後の民主主義教育が最も強く残っているのは高校の進学校である。もちろん都立、県立も当然だが、最も進歩的でリベラルであるとする学校は東大に何十人も合格者を出しているような、私立の中高一貫の進学校なのである。そこではあるべき合理的な人間の姿、進歩的な姿を教師達は教え、生徒たちはそれを素直に受け入れ、社会をあるべき姿に導こうとして社会に出て行くのだ。 昨年、灘高の校長が声明を出した。灘中学の歴史教科書 [続きを読む]
  • 漫画「君たちはどう生きるか」を読む④(火)
  •  何しろ私が中高生だった頃でさえ、リベラルなインテリたちは日本は民度が低い、明治維新は正式な革命ではない、などと言い日本が遅れていると若者に教え続けていたのである。 私も大学3年生の時にヨーロッパを1ヶ月ほどぶらぶら歩いた頃までは、そう思っていた。しかし、ヨーロッパで感じたことは、日本は決して遅れてはいない。科学技術に関しても、または政治哲学その他に関してもヨーロッパに遅れてはいないと感じた。逆にヨ [続きを読む]
  • 「君たちはどう生きるか」を読む③(月)
  •  吉野源三郎がこの本の中で取り上げている人物としてナポレオンがある。なぜナポレオンを上げたのかといえば、ナポレオンの人生があまりに浮き沈みがあり、自由、平等の象徴だからだと、コペル君の叔父さんは言うのである。ナポレオンはコルシカ島出身の貧乏貴族の出であり、エジプト侵略で一躍名前を挙げ、パリに凱旋し、ほどなく皇帝にまで上り詰め、やがてヨーロッパの多くの地域を占領し、ポルトガルイギリス、ロシア、オスマ [続きを読む]
  • 漫画「君たちはどう生きるか」を読む②(日)
  •  私はこのマンガを読んで、進歩的な視点だけではなく別の視点を含めて、3つのことに気がついた。まずこの本の書かれた年である。1937年、まさに日中戦争が始まった年である。すでに日本は国連を脱退し、満州国も樹立されている。戦争まっしぐらにつき進んでいる状態であった。 その1つ目の観点が以下である。 この本が出版された頃の日本は、今の北朝鮮のような状態になっていたのではと想像するわけだが、実はこのような作品 [続きを読む]
  • 文化人類学と相対主義(金)
  •  私は、家庭的にも時代的にも、当然東洋的かつ日本的価値、その中でも進歩的知識人が持つであろう価値の中で育った。その価値は、欧米から日本に渡来し、もともとあった日本的な価値や、儒教、仏教的な価値とミックスしたものでもあった。 私が大学生ぐらいまでは、日本は遅れており、日本人の民度は低いと、再三にわたってインテリ達に聞かされたものである。しかしそれは全くの間違いであったことが、私はここへ来て特に、確信 [続きを読む]
  • 見知らぬ人を戦争が1つにする(木)
  •  戦争が、戦争だけが見知らぬ国民を一つにする。 第一次大戦が始まって約104年が過ぎた。サラエボでハプスブルク家の皇太子暗殺事件が発生し、たちどころにナショナリズムが高揚したのである。 もし北朝鮮のミサイルが日本に着弾し、何十人か亡くなれば、敵基地に攻撃せよと、新聞、特に朝日新聞毎日新聞は大きな紙面でおいてその暴挙を非難し、反撃と復讐を唱えるであろう。 近代の都市では、よく知らない人々が多くの人たち [続きを読む]
  • 戦争や対立は退屈しのぎである(水)
  •  戦争や対立は退屈しのぎであると、フランシス・フクヤマは述べている。 第二次世界対戦が発生した理由として、軍国主義は国家主義が高まったことと、ヨーロッパの力の均衡が崩れたこと。日本のような新興国が登場したこと。各国の指導者がだらしなかったということなど、様々あるのだが、大きなそして決定的な要素として、ヨーロッパ人の多くは単調な毎日と、市民社会における共同体の欠如にすっかり飽きて、自分たちの所属する [続きを読む]
  • フクヤマ氏が1992年にトランプ氏を取り上げる(火)
  •  フランシス・フクヤマがトランプ氏について1992年の段階で「歴史の終わり」で取り上げている。 歴史の終わりに立つ最後の人間について、実名を、または身分で取り上げている。その最後の人間が全て自己充足的で、繁栄を誇り、自己犠牲的行動をとることが出来、合理的で憐れみ深く、争いを好まず、宮沢賢治がいう、「雨ニモマケズ」のような人間ばかりであるとは、歴史の最後においてはありえないのであろうと想像される。 なぜ [続きを読む]
  • 歴史の終わりには新しい何かは出てこない(月)
  •  フクヤマが「歴史の終わり」の中で述べていることで、まず最初に戦争や戦いが歴史の始まりであったとする。歴史の終わりには革命騒ぎや戦争はなくなる。自らの命を賭ける戦いもなくなる。餌をあてがわれてる限り犬は寝ている。人間が家畜化していく。これが最後の人間だとニーチェが述べている事を引用して、歴史のはじまりのことを述べている。 コジェーヴというロシア出身のフランスの哲学者が、研究をやめ、最終的にはECに余 [続きを読む]
  • アメリカのアカデミー賞作品賞のリストまとめました(土)
  •  安近短、でもっとも有力な時間つぶしがDVDレンタル店で映画を見ること。または「24」見たいなTVドラマもよい。 先日、昨年のアカデミー賞作品賞をとった「ムーンライト」を見たのを機会に(作品の感想はまた別の機会で)、1990年から2016年までの作品賞の作品と、候補作をネット上に載せましたので、普通のページにも、PDFにもしましたので、暇つぶしの材料にしてください。 また、1937年、80年前に書かれた作品の漫 [続きを読む]
  • ニーチェの空虚感(木)
  •  ニーチェの空虚感はいままさに現実化しようとしているのかもしれない。 今の世界情勢は、リベラルな民主主義を全ての国が目指すと言う状況ではないか、逆行しているように見える。古くからある道徳、伝統、権威、そして世界中で、様々なしがらみから解放され、女性は立場を向上し、子どもの権利も認められ、不法な労働はなくなり、人類はより豊かで、権利を持ち、尊重されると言う近代を形作ってきた推進軸が、今まさに崩れ落ち [続きを読む]
  • DISCORD(水)
  •  DISCORD・・・不協和音。紅白で倒れてしまった人は、過呼吸だったらしい。たしかにそんなに長い時間踊っていたわけではない。何かの集団心理が働いたのだろう。 世界では相変わらずDISCORD。国内でも「I am not ABE.」の人たちと、「I Like Abe.」の両派が不協和音を奏でている。 恋ダンスに比べると、「不協和音」や「バブリーダンス」は難しそうだし、疲れそうだ。「不協和音」は蜷川幸 [続きを読む]
  • 今年の雑感2(日)
  •  今年旅行に行った中で印象に残っているのは、まずは早春に行った奈良の旅行で、そこでは日本の農耕文明発祥の地である明日香や、奈良近辺のお寺を回った。そして次に晩夏に鹿児島、宮崎を旅行した。その際に日本の天皇家、王権の発祥の地はもしかしたら鹿児島や宮崎辺りの南方系の人達だったのではないのか、と思うようになった。そしてシラス台地の上にそびえ立った西郷隆盛の銅像を見た。日本で最も大きな銅像だという触れ込み [続きを読む]
  • 今年の雑感1(土)
  •  2017年、平成29年も終わりを迎えている。平成も31年4月までと決まったようである。従って私は本来キリスト教徒ではないのだが、やむを得ず西暦を使わせていただくことにこれからしようと思っている。イスラム暦や皇紀2678年という表現も可能だが、このブログを読む人がそれは理解できないだろうから、私も時間の見当がつかないからやむを得ないと考えるからである。 さてこの一年何があったのか思い出すために Wikipediaでその [続きを読む]
  • 経済や文化の埼玉化、世界的画一化(金)
  •  平等と競争の狭間でニーチェは神が人間に与えた卓越した人間性、偉大さあるいは高貴さ、といったものは貴族が持つものだと考えていた。 確かに貴族がいなくなり、芸術をは単一化し、新たな発想は出てこなくなる。無駄は排除される。フクヤマはそこに日本車の優秀性とともにつまらなさを述べている。過剰な装飾や奇妙なフォルムは商品から徐々に排除されていき、唯一の価値は利便性と価格に変わっていくのだ。 埼玉化する日本と [続きを読む]
  • 宗教→道徳という相対的な価値(日)
  • ニーチェは、キリスト教は奴隷の宗教であると説いた。なぜならキリスト教とは神の前では皆平等であるという訳で、当然権力者よりも奴隷の数の方が多いから、奴隷が権力者に相対する際にその論理を持ち出すことによって、対等であると主張することができるのである。 そしてニーチェは歴史の最後に立つ人間も、奴隷であると言っている。しかもその奴隷は自らが奴隷であることを知らずに歴史の最後に立っているというのである。 [続きを読む]
  • 官僚主義に対しての知見(金)
  •  フクヤマは、社会主義、共産主義体制において、その社会は平等であるはずなのに、共産党の幹部や、または組織の上位に所属することができた、新たな貴族的な階級が、社会主義社会において出現してきてしまったということが大きな問題点である、として指摘している。結局このような人々が有利になりそれ以外の人々は政治に参画できないというのが社会主義であるとする。 集団指導体制ということはあるし、その集団に加われる貴族 [続きを読む]
  • 格差にふれるフクヤマとトマ・ピケティ(木)
  •  フランシス・フクヤマが「歴史の終わり」において不平等、格差の問題を取り上げている。1992年に比べて現在の方が大いに不平等、格差が取りざたされている。それは南北間、東西間、ではなくて、先進国、すなわち歴史の終わったとされる国々の内部での格差が拡大したからである。 フクヤマは、資本主義は、それ以前の農業時代に比べてはるかに平等的であると述べている。なぜなら身分によって縛られた農業時代に対して、資本主義 [続きを読む]
  • カントの楽観主義(水)
  •  国際連盟のような組織を作ることを最初に提案したのはオランダのグロティウスだったと考えられるが、ドイツのカントも同様な構想を持っていた。国際的な連盟を行うのは自由主義的で自由な国家の連合体として成り立つと述べたのである。 そのカントの発想をアメリカのウィルソンは実現しようと考えた。しかしこれはあまりにも理想主義的であった。わずか十数年でムッソリーニそして松岡洋右の演説による日本の国連脱退、ドイツも [続きを読む]
  • 移民についての考察(木)
  •  今、世界の先進国の中で選挙が行われる場合の最大の争点が移民である。日本ではあまり取り上げられていない問題だ。日本には在日韓国朝鮮人の問題がまだあるのだが、基本的には日本はアイヌを除いてほぼ単一民族で一つの国家を作り上げている。 確かに近年外国人旅行者が増えインバウンドで日本は利を得ている。同時に中国またはベトナム東南アジアからの留学生を安い賃金で働かせている場合もある。しかし移民という明らかに違 [続きを読む]
  • 権力の正統性(水)
  • フランシス・フクヤマはリベラルで民主主義な国家は、限りなく一票の格差がない選挙において選ばれた指導者が、過去のいずれの政治体制の中でも最も権力の正統性がはっきりし確かなものであると述べている。 それ以前の歴史を見ると、戦争で勝利した将軍が支配したり、または血統が良くよい家柄の、すなわち高貴な家柄の人が支配者であることが望まれたりしたのである。日本においても徳川時代は徳川一族が。そして幕末になると天 [続きを読む]