rrb さん プロフィール

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rrbさん: rrbのブログ−フォトヴィレッジ−
ハンドル名rrb さん
ブログタイトルrrbのブログ−フォトヴィレッジ−
ブログURLhttp://www.rrbphotovillage.jp/
サイト紹介文今京都をテーマに京都のあれこれや、写真ライフワークのスズメさんをテーマに綴るrrbのブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供102回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2006/07/12 00:46

rrb さんのブログ記事

  • 町名看板
  • 以前に取り上げた町名看板。京都の細い路地を歩いていると、今どこにいるのかわからなくなることがあるが、この看板があると助かる。もっとも今ではスマホで現在地を検索すれば一発だが、人に優しい看板だと思う。この看板、見かけるごとに撮ることにしよう…という今京都。《上京区》人に優しい配慮はありがたいよね [続きを読む]
  • 撞木図子
  • 四条烏丸交差点の近く、新町通から室町通までの東西に延びる古くからの撞木図子(しゅもくずし)。最近では安い・旨い系の 店が軒を連ね「ビストロ小路」として賑わっている。T字型の路地が鉦を鳴らす仏具の撞木(しゅもく)に似ていることからこの名がついた…という今京都。《下京区》おぉ、久々の図子(辻子)やね [続きを読む]
  • 階段
  • 建物の裏のほうにある階段。非常階段とも避難階段とも言われる。建物は必ず二方向非難が用意されている。日常的に使用しない階段だから十分な手入れもされず朽ちて見えることが多い。最近は喫煙スペースに活用されることも多い。使用頻度は低いけれど、存在は重要だ。一時、階段を撮り溜めようかと思ったこともある…という今京都。《南区》非常階段は必需物なのに…ね [続きを読む]
  • 小さな寺社仏閣の宿命
  • 大きい寺社仏閣は、一歩踏み入れると現代社会と隔離された趣がある。しかし、小さな寺社仏閣では、現代の建物が迫り、興醒めなところも。これも今京都の宿命か…という今京都。《南区》仕方ないと言えば仕方ないか… [続きを読む]
  • 現在の平安京
  • 京都の南では、まずJRが、次に名神高速道路が景観の変化の境となる。古都というイメージはどこへ?平安京の時代にあった羅城門の役割を、現在ではJRや名神高速道路が担っているような気がする。南から北上し、名神高速道路、JRを通過すると町の様子が変わるのは、現代の平安京というイメージだ…という今京都。《京都・南区》現代の平安京ってい表現、いいね [続きを読む]
  • 残念なところ
  • USJの残念なところは幻想の世界に浸れないところ。敷地内からちょっと見上げたりすると、現実の建物が目に飛び込み、現実の世界に戻されるからだ。京都の路地を歩いていても同じ。写真のようにマンションなどの建物が目に入る。せっかく「路地」という空間を、幻想を引き連れて歩いていても、現実に戻されてしまう。京都の町撮りは、悠久の旅というか、ロマンというか、どこか古(いにしえ)の都への旅という感じがあると思って [続きを読む]
  • 山鉾
  • 「朝靄の中の山鉾を撮りたい」と思いつつ、今年も撮れなかった。気づけば祇園祭も後祭りを残すだけ。毎年のように「撮りたい」と言うが、撮れたことがない。そもそも朝靄が発生する条件と撮りに行ける日が合わない。「朝の静けさに包まれる山鉾」に変えようか?イヤイヤ、初心貫徹。それと朝靄が発生する条件と撮りに行ける日が合わないという言い訳はあったほうが気が楽やん。ちょっとずっこい考え方かな…と、天を仰いで思うこと [続きを読む]
  • 安心路地
  • この路地の奥は料亭。行き着くところがハッキリしていると安心できる。間違って入ってしまって「おいでやす」と言われたときは焦ったけどね。不審者にならず、お客さんにもならず。単に写真を撮りたいだけという空気をどう作ればいいのだろうか。そもそもそんな空気を作れるのか。一人行動のつらいところかもね…という今京都。《京都・中京区》誰かと一緒に回るのも苦手でしょ! [続きを読む]
  • 賛否
  • 四季折々で定期的に訪れたいと思うのが「哲学の道」。けど、最近は観光客が多くって…と悩む。観光客が多いというのは経済効果があり、喜ばしいことだ。一方でマイカー観光客が増加すると渋滞を招く。お行儀の悪い観光客が増加すると町が汚れたり物が傷ついたりするのでかなん!写真を撮る私としては、人を入れたいときには人は居ず、入れたくないときにはワンさと居るという現象に悩まされている。まぁ、私の勝手な言い分なんだけ [続きを読む]
  • ドラマに学ぶ
  • ドラマを見ているとストーリーよりも、何気ない台詞(セリフ)に学ぶことがある。たとえば「ブラックペアン」の渡海。金の亡者のように表現さているが、「患者がいる。それを助けるだけだ」という。あるいは「人の敵は人。人の味方も人」などの台詞にも、改めて気づかされる。人間を除く動物界には天敵というものが存在する。弱肉強食の世界であるが、いたずらに狩りはしない。空腹を満たすための狩り、つまり生きるためのものであ [続きを読む]
  • お別れ地蔵
  • 北野天満宮のバス停の近くにある「お別れ地蔵」。明治の廃仏毀釈の難から逃れて老僧が若狭から担いできたお地蔵さんを、この地で力尽きた僧に代わって人々が祀ったのが始まり。当時この先にあった火葬場に向かう葬列が、このお地蔵さんの前で一応に別れを告げたことから、いつしか「お別れ地蔵」と呼ばれるようになったそうだ…という今京都。《京都・上京区》掲載は看板だけ? なんか斬新! [続きを読む]
  • 看板
  • 商家にあって看板は、暖簾とならんで家の顔そのもの。店の看板と暖簾は、非常に大切にされたようで、今でも「店の看板に傷がついた」あるいは「暖簾に傷をつけた」などという言葉がまかり通る。商家のシンボルであることは、今も昔も変わらない。また、商品よりも看板に凝ったほど、派手な看板合戦をしたこともあるようで、所司代から派手な看板を禁止する御触れが出されたこともあるとか。現代のような「目立てばいい」という周囲 [続きを読む]
  • 収集ターゲット
  • 手水舎によくあるのは龍。ここは鳩だった。京都には意外と意外な手水舎があるような気がする。改めて考えると、「町名看板」「手水舎」「お地蔵さん」「路地」「いけず石」などなど、収集に事欠かないのも京都の特徴かもしれない。闇雲に町撮りをするのではなく、こういった収集物を決めて集めるのも楽しいかもしれないね。一度、整理してみよう…という今京都。《京都・上京区》そだねー。一度、整理して、収集の仕切り直しをする [続きを読む]
  • 水無月
  • きょうから6月。水無月(みなづき)だ。水無月の由来には色々とあるらしいが、「無」の解釈が重要となるとのこと。「無」は、連体助詞の「な」であり、「な」は「の」の母音交替形。つまり、「の」という意味で「水の月」であるとする説が有力らしい。また「な」は、奈良時代に既に用例は限定されていたという。まぁ、神無月の「無」が「の」であり、「神の月」であるということと同じということだね。梅雨のど真ん中のような月で水 [続きを読む]
  • いけず石
  • 京都は狭い路地が多い。一方通行にはなっているが、曲がるときに敷地に乗り上げたり、家屋に当てられたり。それを嫌って敷地ギリギリに石を置く。防衛措置なんだけれど、運転者にとってはこれが「意地悪」。だから「京ことば」を使って「いけず石」と呼ばれる。写真のものは歩道があるので本来の目的ではない…という今京都。《京都・中京区》「京ことば」はいいよね、僕は好きだ [続きを読む]
  • 着物
  • レンタル着物もそろそろ浴衣が用意される頃か。私は浴衣派ではない。着物を一重で…というのが好みだ…という今京都。《京都・木屋町》浴衣より一重で着る方が妖艶? [続きを読む]
  • 酷似
  • 「私には無理」と思ったけれど、よ〜く考えたらマンション暮らしができているから大丈夫か。なんの話かって? 自分の家がどれか認識できるかどうか…ということ。古い家屋(長屋)を取り壊し、その後、分譲となるとこういう光景になる…という今京都。《京都・南区》一戸建てでも並ぶと長屋風だね [続きを読む]
  • 木造家屋
  • 木造家屋の粘り腰を見た。京都にはこういう家屋が多い。大きな地震が発生したら…と考えると怖いものがある。最低でも耐震補強は必要だが、補強というレベルで対応できるかどうか。今後のますますの高齢化社会を視野に入れた場合、安全な家を欠くことはできない。行政も補助等に力を入れて欲しいものだ…という今京都。《京都・中京区》安全な家は大切だね [続きを読む]
  • 自撮者
  • 「自撮者」は「じさつしゃ」と読ませる。この言葉は松永天馬氏の著書『自撮者たち』との出会いで知った。氏の造語であろう。本の内容とは別に、現在はまさに「自撮(じさつ)」時代。インスタグラムやツイッター等のSNSの普及で「自撮り棒」まで販売され、自分をさらす機会や人が増えている。他人に勝手にアップされているのではないから「他撮(たさつ)」ではないのが救いか。芸能人やモデル業の人なら売り込むために自分を撮り [続きを読む]
  • 切り取りの妙
  • 釣り人だけを切り取ると渓流を思い浮かべるけれど、全体はそうではない。鴨川で見かける釣り人の全体光景は「ここで釣ってもいいの?」と感じてしまう…という今京都。《京都・左京区》見慣れた光景やけど違和感かも [続きを読む]