tenyou さん プロフィール

  •  
tenyouさん: flow Trip -archive-
ハンドル名tenyou さん
ブログタイトルflow Trip -archive-
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kourei-flow
サイト紹介文漂い紀行 振り返り版 -漂いの中に癒しを求めて- …そして15のカテゴリ…
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2006/09/29 23:43

tenyou さんのブログ記事

  • 稲荷神社と石浜貝塚
  • (愛知県知多郡東浦町石浜字下庚申坊 2004年6月20日) 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀る稲荷神社と、その境内付近に広がる縄文時代晩期の貝塚である。 [続きを読む]
  • 榎さま
  • (川崎市川崎区榎町) 昔、川崎宿の鎮守である稲毛神社の玉神輿が神社近くの橋の袂で大いに荒れ、この地の深い泥田の中に落ちてしまった。若衆たちが引き上げようとしたが、神輿は静かに沈んでしまったという。やむを得ずその場に小さな祠を祀り、目印に榎を植えた。 ... [続きを読む]
  • 川崎旭町
  • (川崎市川崎区旭町) かつてはこの地発祥という長十郎梨が栽培されていたが、現在は住宅街となり面影はない。江戸時代に多摩川右岸の大師河原で栽培が始まった梨も、大正末期には工業地に変わり、京浜工業地帯の一角として旭町が生まれた。 [続きを読む]
  • 金星川
  • (愛媛県今治市 2004年5月5日) 泉川の下流、海水域との境に設けられた呑吐樋(どんどび)から今治城の外堀の役割となり今治港に注ぐ川である。外堀時代は現在の五倍の幅があり、その後埋め立てられ、常盤町が形成された。昭和後期までは綿業の染料が流され、時間によっ... [続きを読む]
  • 川崎大師
  • (真言宗金剛山金乗院平間寺 川崎市川崎区大師町) 初詣参拝者が常に上位の川崎大師を訪れた。川崎大師こと平間寺は、大治三年(1128)尾張の武士平間兼乗が、無実の罪により尾張を追われ、諸国を流浪した後、この川崎の地に辿り着き、漁を生業として貧しい暮らしをして... [続きを読む]
  • 大森海岸
  • (東京都大田区大森・品川区大井) 大井と大森に跨がるこの地は、今となっては海岸線が遠くになったが、高度成長期までは旧東海道に程近った。海苔の養殖が盛んであったこの地も水質悪化により衰退し、埋め立て地として造成され始めた。昭和後期以降、平和の森公園、... [続きを読む]
  • 大森貝塚
  • (東京都品川区大井 国指定史跡) 明治10年(1877)アメリカ人動物学者モースが貝の研究のため来日した際、新橋から東京に向かう汽車の窓から貝層が見え、国の許可を取って発掘調査をして発見された縄文後期以降の貝塚である。 [続きを読む]
  • 大井鹿嶋神社
  • (東京都品川区大井) 池上通り沿いに鎮座する神社である。武甕槌神(タケミカヅチノカミ)を祀り、安和二年(969)尊永法印が常陸鹿嶋社より勧請し、別当寺(神宮寺)として天台宗来迎院が建立された。神仏判然令によって鹿嶋神社と来迎院は分離され、現在に至っている。 ... [続きを読む]
  • 光道神社
  • (愛知県豊橋市長瀬町松浦 2005年5月20日) 豊川右岸の霞堤上に鎮座する神社である。菅原道真を祀るが、豊川の狭隘区間沿いの堤防上に位置することから、水防の役割を担っていたとも考えられる。 [続きを読む]
  • 品川歴史館
  • (東京都品川区大井) 昭和60年(1985)池上通り沿いの旧安田善助邸、電通吉田記念館跡地に開館したRC造2階建、延床面積2,426m2の区立社会教育施設である。品川区の原始時代から現代までが紹介されており、常設展示は、この地の特色「大森貝塚とモース博士」「東海道と... [続きを読む]
  • 南明治八幡社
  • (愛知県安城市花ノ木町 2005年4月17日) 明治24年(1891)東海道線安城駅の開業によって安城村の人口が増加し、大正8年(1919)に至って碧南から誉田別尊(ほむたわけのみこと:応神天皇)を祀る八幡社を横山地区に遷宮したことに始まる。 [続きを読む]
  • 金時塚
  • (愛知県宝飯郡小坂井町平井字坂田後 2001年4月22日) 浄土宗坂田山東林寺の近くの果樹園の中に、金時塚と呼ばれる小さな堂宇がある。その中には「坂田金時」の文字が彫られた石塔があり、明治維新まで存在した東林寺の寺子屋の生徒によって建立されたものという。平... [続きを読む]
  • 延兼山妙立寺
  • (静岡県湖西市吉美 2005年) 至徳三年(1386)敷知郡古見村(湖西市古見)に顕本法華宗を開いた日什により創建したのが始まりという。永享六年(1464)西側の川尻(湖西市吉美)に移り、永禄十年(1567)現在地に移っている。長らく顕本法華宗の本山であったが、戦時中に日蓮宗... [続きを読む]
  • 源実朝・北条政子墓所
  • (神奈川県鎌倉市扇ガ谷) 北条政子が創建した寿福寺の背後のやぐらには、五輪塔が幾つかある。その一つが源頼朝の正室であった北条政子の五輪塔であり、嘉禄元年(1225)六十九歳で没し、この地に葬られた。隣接して政子の子で鎌倉幕府第三代征夷大将軍源実朝の五輪... [続きを読む]
  • 松原阿弥陀
  • (愛知県宝飯郡一宮町松原字京田 2005年4月15日) 松原地区の埋葬場にある丸彫りの阿弥陀石仏である。阿弥陀はサンスクリット語(梵語)のAmitaを漢訳したものであり、アミタとは、量ることのできない無量無限という意味である。阿弥陀はインドの王族の太子で、出家を... [続きを読む]
  • 鎌倉海蔵寺
  • (臨済宗扇谷山海蔵寺 神奈川県鎌倉市扇ガ谷) 源氏山の懐に存在する禅宗寺院である。建長五年(1253)鎌倉幕府六代将軍宗尊親王の命により藤原仲能が真言宗の寺院として創建したとされ、元弘三年(1333)新田義貞の鎌倉攻めの際に兵火によって焼失したという。応永元年(1... [続きを読む]
  • 鑓水山西漸寺
  • (愛知県宝飯郡一宮町大木字鑓水 2004年8月19日) 弘仁二年(811)のある日、老尼が守る阿弥陀堂に旅僧が宿を求めて訪れた。老尼はその旅僧を迎え入れ、旅僧が床に就いている間に老尼は手桶を持って東に十町(約1,090m)離れた宝川まで水を汲みに行った。物音に目を覚まし... [続きを読む]
  • 品川第三台場
  • (東京都港区台場 国指定史跡) レインボーブリッジの横に石垣に囲まれた五角形の島状の構築物がある。嘉永六年(1853)ペリー率いるアメリカ海軍東インド艦隊は浦賀に来航したため、幕府は急遽江戸城を防御する施設を築いた。第三台場は計画された十二の台場の一つであ... [続きを読む]
  • 覚王山日泰寺
  • (名古屋市千種区城山新町 2004年4月18日) 特定の宗派に属さない日泰寺は、明治31年(1898)インドで発見された釈迦の舎利(遺骨)が暹羅(シャム)を通じて贈られ、その舎利を祀るために、明治37年(1904) 覚王山日暹寺(日本とシャム)として創建されたのが始まりである。そ... [続きを読む]