yunitake2000 さん プロフィール

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yunitake2000さん: 仮想旅へ
ハンドル名yunitake2000 さん
ブログタイトル仮想旅へ
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/yunitake2000
サイト紹介文仮想旅、「LOHAS」な世界へお誘いします
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供398回 / 365日(平均7.6回/週) - 参加 2006/10/12 09:50

yunitake2000 さんのブログ記事

  • 足助でジビエ
  • 東大都市工学部の報告書「足助の歴史町造りプラン」には載っていませんでしたが。食文化も足助の資産の一つで、歴史と自然の生み出す資産です。数日前にアップした「中馬柿」はその典型ですし。もう一つ、足助には食べる楽しみがあります。バスの車窓から足助街道の飲食店を見ていると「泥鰌の蒲焼」を見つけました。足助街道で見つけた泥鰌の蒲焼の暖簾。惣菜屋のようですが、泥鰌は「大分産」と明記されています。泥鰌と云えばこ [続きを読む]
  • 手乗り鶉の夢
  • 我家には一羽の鶉が居ます。もう3歳を過ぎてしまいました。最初は2羽でワイフと私納豆を食べる時に卵を取ろうと飼い始めたのですが、ワイフが面倒をみるようになり、餌やりの為に扉を開けた途端に一羽が逃げてしまい。オットリヤの鶉が残りました。でもその一羽もお婆ちゃんになってしまい二人分の卵を産んでくれなくなってきました。そこで、新しく鶉の子を買おうと思っていたのですが欲張りな私ですので、鶉が手乗りインコや文鳥 [続きを読む]
  • 発達障害児のリース作り
  • 私は地域の小学校の評議員を6年も継続しています。今年は3月末に校長先生も定年になられて故郷に戻られた事から『お役御免』を期待していた処、後任校長先生に申し伝えられ重任することになりました。既に6月に第1回評議員会が開催され、議長は新任の女の校長先生で、PTA役員も大半が新顔になりました。メンバーが変わると話題も変わり、時節に沿ったテーマになりました。PTA役員から、発達障害児の扱いについて質問される [続きを読む]
  • 足助の石造文化
  • 昨日まで足助の「町興し計画」を作成した東大都市工学部の報告書「足助歴史町造り報告」に従って足助の歴史資産や自然資産を報告してきました。今日は足助と云えば「馬頭観音」ですから、石造文化財をブログアップしたいと思います。足助は岡崎から飯田に向かう塩の道(足助街道)に面しています。岡崎は家康の本拠地でアリ、足助と岡崎の間には徳川家の菩提寺「大樹寺」があり、譜代トップの松平家の本拠「松平庄」もあります。今N [続きを読む]
  • 岡崎宿の金のわらじ
  • 「年上の 女房は金の草鞋で探しても持て」とか「一歳年上の嫁さんは金の草鞋を履いてでも探せ」 といいました。サラリーマン時代同期の人が20歳も若い嫁さんをゲットしてにんまりしているを見ると良く嫌味を言ったモノでした。「君の結婚はもう犯罪だよ」とか「まさか浮気は出来まいな!」とか半分はヤッカミで半分は本気でした。此れが岡崎城下伝馬通りの交差点に置かれた「金の草鞋」です。この辺りは旧東海道が鍵形に折れ曲がっ [続きを読む]
  • 足助の土人形
  • 昨日は塩の道「中馬街道」に咲く藤袴を代表に山野草を大事にしている事実をアップしました。今日はもう一つ塩の道を飾っている土人形をご案内します。土人形とは日本古来の伝統工芸品の人形で、低火力の素焼きの人形に胡粉をかけて表面を泥絵具で彩色した人形です。素朴な味わいが多くの人々に愛されています。昨年は春に福島の三春人形の作業を観ましたし、京都の「伏見人形」も観ました。考えてみれば素焼きの人形と云う事では埴 [続きを読む]
  • 足助の藤袴
  • 10月中旬親友のI君からメールが入りました。同君は冬以外は殆ど軽井沢の別荘で鴨長明のような生活を送っているのです。長明と違うのは同君が自転車を駆使している事とジーンズを履いている事とテニスが好きなことくらいで、山栗が道路に落ちて居れば拾って食べて、畑を耕作して野菜を作り、五味子 (ごみし)が獲れたと云っては果実酒にしていますし「茸狩」を楽しんでいます。メールには軽井沢に藤袴の群落があって、「浅葱斑が [続きを読む]
  • 足助の中馬柿
  • 3年前に足助に来たのは蓬莱山に紅葉を観てから細谷の千枚田を観てから足助に回って来ました。既に12月に入っていましたから香嵐渓の紅葉は散ってしまい香積寺の和尚さんは掃いては散る紅葉を掃き集めて居られました。此れは香積寺の散紅葉掃き集めるのも大変ですが側溝に散った紅葉はモット厄介です。向こうで溝を掃除されているのが住職さんです。此れは前回伺った時の羅漢仏紅葉も散って梢が寒々としていました。次にブログアッ [続きを読む]
  • 足助の町興しプラン
  • 山城屋さんのお茶の間で東大都市工学部作成の足助開発報告書を閲覧しました。表題は「歴史町作り」とされていますので、歴史資源に着目したモノでしょう。都市デザイン研究室森助教の仕事で2008年に提出されています。歴史町造りは私も共感するモノで、森助教授は高山や神田淡路町や神楽坂や鞆. 佐原. 神楽坂. 浅草等に並んで足助もターゲットにして調査をしていますから、我国で歴史資源を活かした町造りの基本設計には一番評価 [続きを読む]
  • 足助馬宿の美しいお婆さんの悩み
  • 足助の旅館は次々に閉鎖されてきているようです。一方でペンションも出来ているようです。私は何処に泊まろうかネットで調べ電話で確認しました。以前在った「三島屋」は既に閉店してしまったとの事。天保年間に建立していた呉服屋を明治になって旅館に改装した三島屋さん、先年閉店されてしまいました。閉店してしまった三島館の窓はテープで消されてありました。此れが私の選んだ足助中馬街道に面した「山城屋」右奥が飯田方面、 [続きを読む]
  • 「塩の道」足助街道
  • 三河の岡崎に住んでいる長男が”娘の学習発表会(昔風に云えば学芸会)があるので遊びに来い!”云ってきました。そこでワイフと連れ添って10/13日、出かけて来ました。14日無事に帰宅しました。私の父方のルーツは岡崎から三河の海に面した吉良ですので、忠臣蔵は大嫌いでした。と云うのは吉良家の主要産業(稼業)は塩の生産でしたから。塩を吉良の浜辺で生産し、岡崎までは水路で運びました。此れは岡崎駅に懸っていた岡崎の「八丁 [続きを読む]
  • 天井の美学
  • 私の住んでいる横浜の戸塚では今更アスベスト問題でキナ臭い状態です。発端は例によって昭和30年、40年代に建築された老朽ビルの建て替え問題です。場所は原宿交差点のビル芙蓉ハイツですhttps://www.livable.co.jp/kounyu/m/library/mansion-119602/。近くには国立原宿病院や大正団地(旧住宅公団)がありますから大騒ぎ必至です。戸塚原宿の芙蓉ハイツの建て替えに際して解体時のアスベストが問題になっています。昭和40年代のビル [続きを読む]
  • 「てるてる坊主」の民俗学
  • 我家と駅の中間に「南横浜フォーラム」があります。そのロビーに大きなテルテル坊主が吊り下げられています。今月末に「フォーラム祭り」を開催するのでどうしても「お天気」を願っているのです。お天気を神頼みする気持ちは良く解るのですが公共の施設で坊主を吊るすのは少し違和感があります。そこで「てるてる坊主」を民俗学的手法で考察してみる事にしました。此れは我家から徒歩5分に在る横浜南フォーラムのロビーに吊るされ [続きを読む]
  • 鴻雁来りても夕顔咲き続ける。
  • ツバメと入れ違いに雁が北から渡ってくる季節になりました。陰暦カレンダーには『頃鴻雁来(こうがんきたる)』書かれています。窓から庭を見れば梅の木の梢に隼人瓜がブル下がっているし、瓜に負けじと夕顔が未だ咲いています。向かいの土手には高砂百合が白い花を咲かせています。高砂百合の周囲は背高泡立ち草が咲き誇っています。去年の晩秋には友人と連れ添って琵琶湖をグルッと廻って観音様を拝観しました。長浜の野鳥観察セ [続きを読む]
  • ドイツに於ける日本文化の現状
  • 9月30日日文研の「秋のセミナー」が始まりました。講師はT元慶応大学教授です。慶応大学教授時代に文献学的手法で西行の作品を研究され大著「山家集の校本と研究/笠間書院」 を上梓され、以降は「西欧における日本文化の現状」 をテーマに研鑽を積んでおられます。これは今秋の日文研セミナーの初回講師をされたT教授のライフワーク西行法師]の文献学的成果です。楽天https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E5%B1%B1%E5%AE [続きを読む]
  • 「楢山節孝」を考える
  • 深夜ラジオ(NHKラジオ宅急便)で三河憲一さんが楢山節孝(深沢七郎)の朗読をしていました。ご本人は三越劇場で誘われたそうですが断りきれなくて始めた処三味線と尺八を伴奏楽器にして朗読すると会場からはすすり泣きが聞こえて新劇の様な雰囲気で満ちていたそうです。此れは木下恵介監督による映画の楢山節孝です。正月の三日前に息子は因習に従い老母を楢山様に捨てに出ました。私は改めて楢の杜の意味を考えたり。思いを巡らし [続きを読む]
  • 秋刀魚苦いか?塩ょっぱいか?
  • 佐藤八郎さんの詩に「秋刀魚の詩」があります。あはれ秋風よ情〔こころ〕あらば伝へてよ―男ありて今日の夕餉〔ゆふげ〕に ひとりさんまを食〔くら〕ひて思ひにふける 。幸いにして私は未だ一人ではありません、健康なワイフに恵まれているので秋刀魚の詩の第4節の悲惨な状態とは程遠い状態です。あはれ秋風よ情あらば伝へてよ、夫を失はざりし妻と父を失はざりし幼児〔おさなご〕とに伝へてよ―男ありて今日の夕餉に ひとりさ [続きを読む]
  • 『楢山節孝』を考える
  • 深夜ラジオ(NHK/ラジオ宅急便)で三河憲一さんが三越劇場で朗読した「楢山節/深沢七郎原作」を流していました。三河さんは「三味線と尺八を伴奏楽器にしているとまるで新劇の様だ」と自画自賛していました。会場からは「すすり泣きが響いていたっそうです。”尺八より胡弓だろう”思いながら三河さんの話に聞き耳を立てました。此れは木下恵介監督による楢山節孝です。老母「おりん」は息子・「辰平」に背板に負われて楢山に捨て [続きを読む]
  • 高句麗への想い
  • 天皇皇后両陛下が日高の高麗神社を詣でられました。この写真は日高の巾着田に名物の彼岸花の群生を観られて同地の鎮守である高麗神社を訪れ禰宜に案内されておられる天皇皇后陛下です。日本人なら鎮守を詣でるのはな事です。巾着田まで行かれ近くの高麗神社を表敬しな買ったら、それこそ問題です。この折に天皇陛下が「何故百済や高句麗は滅亡してしまったのか?」ご質問されたのでした。写真出典/朝日新聞デジタル。高麗神社は私 [続きを読む]
  • 上野公園の巨木
  • 流石に充実した展覧会を二つも梯子すると疲れます。東博の1階に京都の鶴屋吉信が喫茶を出しています。此処で一服して帰る事にしました。東博本館前には巨大な「百合の木」が茂っています。樹下のベンチには矢張り展覧会で立ち疲れたのでしょう。皆座って小春日和の秋の風を楽しんでいます。芝生の植え込みには白萩と宮城野萩が咲いています。【上野公園の大木】上野公園は元々は寛永寺です。明治の維新政府は幕府の祈祷所・菩提寺 [続きを読む]
  • 運慶像の胎内物
  • 芸大を出て私達は東京博物館に「運慶展」を観に廻りました。芸大美術館から東博に、美術館の梯子でした。上野公園の西洋博物館角のポスター私は脳梗塞で倒れて以来偶然ではありますが運慶を随分観て廻りました。というのは私の敬愛する日文研の先輩I氏が三越に居て運慶の大日如来に係られたのでした。ニューヨークのクリスティーズでのオークションに運慶作と確認されている大日如来がかかると報道されたのは2008年でした。日本中 [続きを読む]
  • 平山郁夫の遺訓「伝統の継承」(素心伝心)
  • 10/3日東京芸大美術館に出かけました。上野まで出かけると欲張って東博の「運慶展」と併せて見学する事にしました。午前中に芸大美術館、ランチは芸大の学生食堂でとって、午後は東博の予定です。朝10時には上野ラインに乗って11時に芸大美術館に入りました。歩きながら考えます。芸大美術館のポスターです。専門大学の美術館が作成したポスターですから等閑には見られません。此れが芸大美術館で開催されている「素心伝心」クロー [続きを読む]
  • 2018年版陰暦カレンダー作成に着手
  • もう2017年のカレンダーも開いていないのは2枚を残すだけになってしまいました。年齢と共に日月の進む速度は加速するようです。修証義(曹洞宗のお経)のフレーズ”光陰は、矢よりも迅やかなり”があります。 高校の英語の授業では『Time flies like an arrow』 (時は矢のように飛ぶ)と教わりました。曹洞宗のお坊さんが英語の諺をパクッタとは思えませんので日欧同じ感覚なのでしょう。修証義はこの後”紅顔何処にか去りにし、尋ね [続きを読む]
  • 新ジャガイモがで無い訳。
  • 秋はお芋の美味しい季節です。パン屋さんではスィートポテトパン、スーパーやコンビニではレジの傍で「焼き芋」を商っています。私は焼き芋好きですからいろいろ試しています。磁器製のお鍋に石を敷きその上にお芋を並べて1時間もコンロに掛ければホクホクの意志焼き芋の完成です万葉人が想いを寄せる異性を「いも/妹」と呼んだのは、妹と芋が同じ訓読みで情愛を通じる言葉だったからではないかと思います。語感からすると、「紅 [続きを読む]
  • 実り過ぎた棗を如何する?
  • 私が庭先に棗の木を植えたのは、中津川の宗泉寺で、食べた記憶があったからです。昭和30年代は総じて貧じく、食べるモノも少なかったの、何時でも腹を空かせていました。桑の実も採って食べたし、木通も食べました。木通や桑に較べれば棗はご馳走でしたから、良い思い出だけがありました。そこで庭に1本植えたのでした。40年近く経つともう大木です。枝が撓むほどに実がなっています。鳥も食べに来ません。来るのは台湾リスだけで [続きを読む]