偉人録 さん プロフィール

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偉人録さん: 偉人録 郷土の偉人を学ぶ 偉人の志を引き継ごう!
ハンドル名偉人録 さん
ブログタイトル偉人録 郷土の偉人を学ぶ 偉人の志を引き継ごう!
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/ijinroku/
サイト紹介文偉人の故郷、ゆかりの地の紹介。生誕地、記念館、史蹟、墓所、関連HP、関連書籍の紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供371回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2006/12/17 12:34

偉人録 さんのブログ記事

  • 子規と漱石、友情に光 東京・あすから特別展(愛媛新聞・2017/9/23)
  • 子規と漱石、友情に光 東京・あすから特別展(愛媛新聞・2017/9/23)東京都新宿区立漱石山房記念館の開館を記念した特別展「漱石と子規―松山・東京 友情の足跡」が24日、区立新宿歴史博物館で始まる。1889(明治22)年に夏目漱石が同い年の正岡子規と出会い、才能を認め合いながら友情を育み、子規没後に小説「吾輩は猫である」を書くまでの15年間に光を当てている。11月19日まで。展示は▽さあ、明治時代の東京へ [続きを読む]
  • 田中光顕の足跡たどる特別展 高知県佐川町の青山文庫(高知新聞・2017/9/18)
  • 田中光顕の足跡たどる特別展 高知県佐川町の青山文庫(高知新聞・2017/9/18)高知県高岡郡佐川町出身の志士で宮内大臣を務めた田中光顕(1843〜1939年)の足跡をたどる特別企画展「陸援隊副長 田中光顕」が、同町甲の青山文庫で開かれている。若き日の光顕が関係する史料や、同時期に起こった大政奉還や王政復古に関わる人物の書などが展示されている。「志国高知 幕末維新博」の関連行事で11月26日まで。光顕は幕末 [続きを読む]
  • 明治期に活躍した人権活動家、大江卓の特別展 高知県の宿毛歴史館
  • 明治期に活躍した人権活動家、大江卓の特別展 高知県の宿毛歴史館(高知新聞・2017/9/16)明治期に人権活動家として活躍した高知県宿毛市出身の大江卓(たく)(1847〜1921年)の生誕170年を記念した特別企画展「宿毛の大江卓」が15日、同市中央2丁目の宿毛歴史館で始まった。「志国高知 幕末維新博」の関連行事で11月5日まで。大江卓は土佐藩宿毛領主の重臣だった父の赴任先である幡多郡大月町柏島で生まれ、1 [続きを読む]
  • 大伴咋(おおとものくい)・古代の偉人
  • 大伴咋(おおとものくい)・古代の偉人6世紀末〜7世紀前半 大徳冠か(『続日本紀』天平勝宝元年六月) 大伴連囓・咋子 父は大伴金村。小吹負(吹負)の父。牛養の祖父。「大伴系図」では長徳の父とあるが確かではない。『尊卑分脈』によれば藤原鎌足の外祖父 587(用明2)年に物部守屋の討伐軍に加わり、591(崇峻4)年朝鮮半島に軍事介入をするため大将軍となり、筑紫に出陣したが、翌年の崇峻天皇暗殺により中止となった。601( [続きを読む]
  • 佐久間象山の遺墨を公開 長野・象山記念館で特別展(信毎web・2017/9/6)
  • 佐久間象山の遺墨を公開 長野・象山記念館で特別展(信毎web・2017/9/6)東京・日本橋の古美術店「不言堂」を創業した坂本五郎さんの遺族が5月に長野市に寄贈した佐久間象山遺墨コレクションの特別展が6日、同市松代町の象山記念館で始まる。5日は内覧会があり、幕末の思想家で旧松代藩士の佐久間象山(1811〜64年)の書画や書状などに関係者らが見入った。象山作品鑑定の権威、宮本仲(1856〜1936年)がかつて収 [続きを読む]
  • 肥沼博士、顕彰碑の除幕式 東京・八王子(朝日新聞・2017/9/4)
  • 肥沼博士、顕彰碑の除幕式 東京・八王子(朝日新聞・2017/9/4)東京都八王子市中心部の中町公園で3日、第2次大戦直後にソ連軍占領下のドイツ東部で医療に尽くした末に亡くなった、地元出身の肥沼信次(こえぬまのぶつぐ)博士(1908〜46)の功績をたたえる顕彰碑の除幕式があった。午後1時に始まり、碑を建てた市民団体「Dr.肥沼の偉業を後世に伝える会」の塚本回子代表は「博士が青春時代を過ごしたこの地に碑を建て [続きを読む]
  • 大草香皇子(おおくさかのみこ)・古代の偉人
  • 大草香皇子(おおくさかのみこ)・古代の偉人 5世紀中頃 仁徳天皇の皇子 波多毘能大郎子(はたびのおおいらつこ)・大日下王(おおくさかのおおきみ) 母は日向諸県君牛諸の女髪長比売。大草香皇子と中蒂姫との間に眉輪王が生まれる 記紀には安康天皇が大泊瀬皇子(雄略天皇)と大草香皇子の妹幡梭皇女とを結婚させようとして、坂本臣の祖根使主を派遣した。大草香皇子は喜んで承諾し、その証として宝物押木珠縵を献上した。しかし [続きを読む]
  • 駐英公使の徳島登城を藩士記す 県立文書館が史料確認(徳島新聞・2017/9/3)
  • 駐英公使の徳島登城を藩士記す 県立文書館が史料確認(徳島新聞・2017/9/3)幕末に薩摩、長州両藩の倒幕運動を支援した英国駐日公使ハリー・パークス(1828〜85年)の徳島城登城について、徳島藩の重臣が記した文書が確認された。パークスに同行した英国人通訳アーネスト・サトウの著書「一外交官の見た明治維新」(岩波文庫)によって、英国側から見た徳島訪問記は有名だが、徳島藩側の記述が明らかになるのは初めて。「古 [続きを読む]
  • 政宗宛ての手紙発見 大崎市民ら解読中の古文書(河北新報新聞・2017/9/2)
  • 政宗宛ての手紙発見 大崎市民ら解読中の古文書(河北新報新聞・2017/9/2)江戸時代に仙台藩の武士だった吾妻(あがつま)家の古文書1万数千点の中から、大名などが藩祖の伊達政宗らに送った手紙40点余りが見つかった。大崎市の岩出山古文書を読む会が市内で解読中に発見した。専門家は「政宗や息子宛ての手紙がまとまって出てくるのは大変珍しい」と驚いている。吾妻家は代々、岩出山伊達家に仕えていた。幕末期に家老を務めた [続きを読む]
  • 王柳貴(おうりゅうき)・古代の偉人
  • 王柳貴(おうりゅうき)・古代の偉人6世紀中頃 百済の学者 系譜関係未詳 『日本書紀』には、554(欽明15)年に五経博士の職を馬丁安に代えられたことが伝えられるのみで、百済における事績等は一切不明。また、『日本書紀通証』の引く一書によれば、崇峻朝に任那復興のために筑紫に派遣された大将軍の一人許勢猿は、若い頃、王辰爾と王柳貴に学んだという。  王柳貴が五経博士を交替させられた六世紀中頃の朝鮮半島の情勢は、新羅 [続きを読む]