kels さん プロフィール

  •  
kelsさん: 札幌日和下駄
ハンドル名kels さん
ブログタイトル札幌日和下駄
ブログURLhttp://poros.exblog.jp/
サイト紹介文札幌×街撮り写真
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供109回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2007/01/20 12:16

kels さんのブログ記事

  • スマホで「写ルンです風の日付入り写真」を撮ろう
  • 札幌日和下駄でもスマホ写真使ったりして、時代は変わったなあと、本当に思います。フィルム一眼とかトイカメラとかが中心の時代もあったんですけどねー(遠い目)最近は、スマホでフィルム風写真を楽しんでいます。こういうところ、多様なアプリが次々に出てくるので、スマホはすごい。今日、ご紹介するアプリは、写ルンです風の日付入りフィルム写真が撮れるスマホアプリです。(ところで、「写ルンです」って日付入ったよね?) [続きを読む]
  • 松尾ジンギスカン「松尾のおいしい食べ方」マニュアル
  • 御歳暮に松尾ジンギスカンが届いたので、早速夕食に食べました。北海道で暮らしているのに、御歳暮にジンギスカン!どれだけ羊肉好きなんだよって感じです(笑)お肉と一緒に「松尾のおいしい食べ方」マニュアルが同梱されていました。意外とジンギスカンには、いろいろな流儀があるんですよね。それぞれの流儀に従うのが、美味しく頂くコツです。松尾のおいしい食べ方。鍋のまわりに野菜をしきつめる。どばっとお肉を豪快に焼く。 [続きを読む]
  • 昨日の札幌は、久しぶりに冬らしい渋滞だった
  • 昨日の札幌は、久しぶりに冬らしい渋滞だった。もちろん、雪が降ったせいなんだけれど、感覚的には特別にすごい積もり方ではなかった。それでも、毎年冬の始まりというのは、渋滞が悩ましいような気がする。中途半端にザクザクした雪だから、自動車のハンドルを取られやすい。きちんとまっすぐに走ることが難しいくらいだ。左右に揺れながら走るから、あまりスピードを出すこともできない。おまけに、昨日は、雪の下がものすごいア [続きを読む]
  • 映画「写真甲子園 0.5秒の夏」
  • 映画「写真甲子園 0.5秒の夏」を観てきた。思ったよりも、観客が入っていたことにびっくり(思ったよりもね)。高校生よりおじさんおばさんの方が、圧倒的に多かったけれど。こういうのって、きっとドキュメンタリーの方がおもしろいんだろうな。以前にテレビで観たドキュメントは、本当に緊迫感があった。毎年観たいくらいなんだけど。北海道の人間としては、一度くらい写真撮ってる現場を観てみたいと思っている。仕事があるし [続きを読む]
  • 仕事を終えてオフィスビルを出たとき、ひどく吹雪いていたので驚いた
  • 仕事を終えてオフィスビルを出たとき、ひどく吹雪いていたので驚いた。思えば、仕事中は窓の外を見るような余裕もなかった。雪でも雨でも雷でも、オフィスの中での仕事という意味では大きな影響はない。11月から「寒い寒い」と言っていたけれど、本格的な冬はやはりこれかららしい。今日の朝も、アイスバーンの道路で滑って転んだ。今シーズン早くも2回目の転倒で、先が思いやられる。覚悟しているつもりでも、北海道の冬はやはり [続きを読む]
  • サッポロファクトリーのクリスマスツリー
  • 久しぶりに、サッポロファクトリーへ行った。普段の買い物は、JRタワーか大通地区かのどちらかなので、ファクトリーは本当に久しぶりである。屋外の駐車場がひとつなくなっていることを初めて知ったほどだ(笑)ついでに、北一条通りに架かっていた歩道橋までなくなっていた。全道各地の歩道橋は老朽化していて、在り方の見直しが進められている。いずれ、歩道橋が交通遺産になる時代が来るに違いない。ファクトリーでは、毎年恒例 [続きを読む]
  • ゆりや食堂のラーメン
  • 寒い季節に食べたくなるものは熱々のラーメン。鍋焼きうどんじゃない。札幌の人間だから、ラーメンに思い入れがあるのだろうか。専門店で食べるラーメンも美味しいけれど、大衆食堂のラーメンも良い。札幌医科大学の近くにある「ゆりや食堂」に向う。13時半過ぎで、ランチタイムのピークは過ぎている。店に入る時、男性の一人客が店を出て行くところとすれ違った。店内には、年老いた夫婦らしき客が一組。そろそろ食事も終わりか [続きを読む]
  • 今年の11月は、まるで冬みたいに寒い11月だった
  • 今年の11月は、まるで冬みたいに寒い11月だった。なにしろ、真冬日が5日もあったくらいだ。11月に真冬日が5日あったのは、大正元年(1912年)以来105年振りなんだとか(笑)当時の記録を見てみると、この時代の11月は寒いことが珍しくなかった模様。11月に最も真冬日が多かったのは、1912年(8日)、続いて、1884年、1903年、1910年(いずれも5日)となっている。つまり、今年はおよそ100年以上前の水準に達しているということにな [続きを読む]
  • 「新編・札幌日和下駄」はじまります
  • 僕が「札幌日和下駄」を開設したのは、2006年7月1日のことです。2006年?まさか、そんなに古くないだろうと思ったけれど、昔の記事を確認したところ、本当に2006年開設でした(笑)10年以上もの間、僕は札幌の街の写真を撮り続けて、くだらない文章を書き続けてきたということになります。我ながら呆れるところですが、それでも、近年は更新ペースが徐々に減少していました。最近では、ほとんど月に数回程度の更新になってしまって [続きを読む]
  • 嵐のメンバーも、札幌の雪景色を見たんだろうな。
  • 「君はどうする?」鼠は暗闇の中で楽しそうに笑った。「俺にはもう、これからなんてものはないんだよ。一冬かけて消えるだけさ。その一冬というのがどの程度長いものなのか、俺には分からないが、とにかく一冬は一冬さ」「羊をめぐる冒険」村上春樹(1982年)この週末、札幌はちょっとした特需に沸いていた。毎年恒例、嵐の札幌ドームツアーが開催されているのだ。北国の小さな田舎町は、どことなく色めき立っているように見える。 [続きを読む]
  • どうして、僕たちは、冬の厳しいこの土地で暮らし続けなければならないのか
  • 十一月はまたの名を霜月と言います。私は子どものときから霜月という呼び名が好きでした。北海道の十一月は、もうそろそろ雪の降り出す季節ですけれども、それでもよく晴れた日の朝早く、うらのキャベツ畑に出てみますと、黒い土の上一面に、うっすらと白く霜が降りていて、ずらりと並んだキャベツの玉の、きっちりと巻いた上皮がうす青く少しほぐれ、朝陽にとけた霜が瑞々しく葉を濡らしています。「冬支度」森田たま(1956年)札 [続きを読む]
  • 冬が近くなると、船山馨の「北国物語」を読みたくなる
  • 自動車は停車場通りをまっすぐに中島公園へぬける広い電車通りを走っていた。道路の両側に巨大なアカシアの街路樹が鬱蒼として続き、その緑の繁みの間から、五番街デパートの赤煉瓦の建物がちらちら覗いたり、むかし北海道随一と言われた山形屋旅館の古い木造建築が見えたりするのは、もとのままの風景であったが、すぐその山形屋の一丁も先には、鉄筋コンクリートの八階建てのグランドホテルができ、そのまた少し先の十字街には、 [続きを読む]
  • きっと、僕は街で一番早くコートを羽織ったビジネスマンかもしれない
  • 千歳空港で荷物を受け取って外に出ると、空気は予想していたより冷ややかだった。僕は首に巻いていたダンガリのシャツをTシャツの上に着こみ、彼女はシャツの上から毛糸のベストを着た。東京よりちょうど一か月分早く、秋が地上に腰を据えていた。「羊をめぐる冒険」村上春樹(1982年)もうすぐ10月が終わろうとしている。夏の終わり以降、札幌の季節は突然駆け足で通り過ぎて行く。秋から冬にかけて、季節はあっという間に流れ去 [続きを読む]
  • 北24条周辺が本格的に発展したのは、昭和20年代後半からだ
  • 「北の都心」とまでいわれる北24条周辺が本格的に発展したのは、昭和20(1945)年代後半から。それまでは、一面にツクシやスギナが広がり、羊や牛が見られたという。この北24条に「幌北引揚者住宅」が建ったのは昭和23(1948)年ころから25(1950)年にかけてで、入居者のほとんどが樺太など外地からの引き揚げ者だった。北25西2に1戸13.5坪の建設省規格の建て売り住宅が、北25西3と北26西3に市営の木造平屋住宅40戸が相継いで建築 [続きを読む]
  • 幌北地区では市営団地の解体が進んでいる
  • 引き揚げ者多く住んだ「樺太団地」姿消す 札幌 年内に1棟に戦後、サハリン(樺太)から引き揚げてきた人が多く住み、かつて「樺太団地」とも呼ばれた札幌市北区北24条周辺の市営住宅が、老朽化による取り壊しで姿を消しつつある。かつて23棟あった建物は現在3棟まで減り、年内には1棟のみとなる見通し。この地区の発展は、戦後間もない1948年ごろから建設された引き揚げ者住宅が原点だ。辺りは舗装路もない湿地で、住 [続きを読む]
  • 札幌文化系コラムとは
  • 札幌の歴史や観光、アート、カフェなど、札幌を楽しむためのコラム・マガジン ■このウェブサイトは、札幌の歴史や観光、散策情報などを中心に、札幌を楽しむための情報をテーマとしたコラム・マガジンです。すべてのコラムは管理人kelsの個人的な感想ですので、あらかじめご了承ください。■札幌文化系コラムβ版 札幌文化系コラムは、2011年5月1日の正式開設を目標としています。新たな観光シーズンを迎えるまでに、少しずつ情報 [続きを読む]
  • 012 世界風俗こけし人形
  • 1970(昭和45)年といえば大阪万博が開催された年だ。 国際的な大イベントの開催を前にして、日本の関心は世界各国へと向けられ、それは小さなこけし人形の世界にも波及した。 昭和30年代に流行した各地のお土産こけしは、昭和45年の大阪万博を前にして、世界を舞台にしたこけしへと発展していく。それが、「世界風俗こけし人形」シリースだった。 世界各国の民族衣装をまとったこけし人形は、万博開催を控えて高まる国際熱の中で [続きを読む]