hathu さん プロフィール

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hathuさん: 『はつかいち』ぶらり
ハンドル名hathu さん
ブログタイトル『はつかいち』ぶらり
ブログURLhttps://blog.goo.ne.jp/hera_001
サイト紹介文安芸の宮島がある廿日市−見たままを紹介します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2007/05/12 08:23

hathu さんのブログ記事

  • 往還道(西国街道)近道
  • 潮音寺の裏手にある小道は中世末期頃の土手跡とみられ、江戸期に沖側が埋立てられたようである。江戸後期頃には潮音寺の裏手から串戸通りは往還道より約2町(約218m)位近いので近道として西国の大名も通っていたということであり、威厳を示す大名行列... [続きを読む]
  • 速谷神社の紅葉
  • 速谷神社参道のモミジや楼門脇のイチョウの葉などが色づいて見頃となっている。儀式殿の脇ではOld man倶楽部有志の人達で注連縄づくりの準備作業として稲藁のアクタ取り除きを3日間行った。昨年までは長老一人でなんと1ケ月もかけてされていたのである。 [続きを読む]
  • 広田神社の神輿
  • 串戸地区にある広田神社の幣殿入口脇に神輿と俵神輿が安置されている。江戸期の地誌によると「神輿御宿院ヘ遷座ス」とあり、かつて御旅所まで御幸、還御にこの神輿が使用されたものとみられる。 [続きを読む]
  • 豊後路ぶらり−臼杵の石仏
  • 臼杵の石仏を訪れるのは三度目であり前回訪れて何年ぶりであろうか。ホキ石仏第二群は工事中のため見ることが出来なかった。最初に訪れた昭和55年(1980)当時は古薗石仏の大日如来像の頭部は下に落ちた状態であった。観覧途中に石造五輪塔の表示... [続きを読む]
  • 米俵づくり
  • 今秋は比較的に好天に恵まれ秋の収穫が終わったので例年の如く米俵を作った。稲藁の芯を使うためにアクタを取り除いて準備をする。藁のくずをアクタと親から聞いているが、地方によると藁すぼといわれ藁の芯を藁しべというそうである。俵の胴体... [続きを読む]
  • 豊後路ぶらり−宇佐神社の本殿
  • 宇佐神宮の本殿は前殿と後殿の2棟の社殿を前後に連結させた八幡造りという様式のようであり、実見してみたいと思っていたが、廻廊が巡らされているので見ることが出来なかった。廻廊の向拝部分から一之御殿と三之御殿の前殿の一部が見えたのと、廻... [続きを読む]
  • 豊後路ぶらり−宇佐神社の鳥居
  • 宇佐神宮境内には多くの鳥居がみられるが、神額がなく額束もみられない。笠木が黒色に塗られ柱上には台輪があり貫と島木の間隔が広くこのような形式の鳥居を宇佐鳥居と言われているようである。散策した範囲の鳥居は朱色に塗られた鳥居であったが、境内... [続きを読む]
  • 広田神社の奉納額
  • 串戸地区に祀られている広田神社の幣殿入口上には明和7年(1770)広島の三筆と云われる林守満の筆になる奉納額が掲げてある。林守満は円治、為龍と号し家老の上田家に仕えており、また、大谷貞雄、吉川禎蔵など共に広島藩の祐筆を勤め、かつ能書家で... [続きを読む]
  • 広田神社の三十六歌仙額
  • 串戸地区に祀られている広田神社の拝殿には明治27年(1894)1月1日に奉納された三十六歌仙額が35面掲額されており1面失われているようである。現社殿になる以前の拝殿も吹き晒しであったものとみられ、退色剥落のために歌もみられず誰を描いている... [続きを読む]
  • 広電宮島線の串戸隧道
  • 広電の宮島線にある唯一のトンネルで藤掛山の下を貫通している串戸隧道で、大正9年(1920)に着工して大正11年(1922)に竣工している。隧道の長さは106.62mであり直線部分が49.96m、曲線部分が56.66mで、隧道内の勾配は11.4... [続きを読む]
  • 速谷橋架け替え工事の今
  • 県道294号虫道廿日市線の可愛川に架かる速谷橋の架け替え工事が行われており、橋は撤去されており土砂の搬出が行われていた。看板表示によると1期工事の工期は来年3月29日までとあったので橋脚の準備工事までであろうか。 [続きを読む]
  • 権現山平楽寺
  • 速谷神社前交差点手前の民家裏手にある権現山北麓の平楽寺で、御本尊の平楽地蔵は中世の速田大明神に奉仕する供僧寺であった平楽寺の名残りを伝えてくれる地蔵である。堂宇には広島新四国八拾八箇所第六番霊場の看板が掲げられているが、現在は霊場から外れ... [続きを読む]
  • 美又温泉
  • 秋の収穫が終わったので英気を養うために十何年ぶりであろうか浜田市金城町の美又温泉を訪れた。ツルツルの湯は一度入ったら忘れられない肌触りであり美肌の湯と言われているようである。美又川沿いの温泉街入口には足湯が新しく設置されており、5〜6... [続きを読む]
  • 稲掛けのハゼ組み
  • 今は山に入ってハゼ杭やナル丸太を作る人はいないようで、当ブログ主も親時代のハゼ杭やナル丸太は老朽化してきたのでアルミ三脚にナルは鋼管を使用している。原地区をウォーキングしていると上画像はハゼ杭に角材が二股で使用されておりナルは竹材が使用さ... [続きを読む]
  • 稲掛けのハゼ組み
  • 原地区をウォーキングしていると以前当ブログ主がしていたハゼの組み方より違った方法でされていた。二股のハゼ杭が主体で等間隔に配置されてナル丸太を掛け渡して、長手方向に抗するためにナル丸太の中央付近にタスキ掛けのハゼ杭が縛り付けてあり、二股のハゼ... [続きを読む]
  • メゴ(目籠)が!
  • 原地区をウォーキングしていると民家の納屋に懐かしい竹で編まれたメゴが置かれていた。親たちはコクバ(松の落葉)やその他の落葉、切り藁などを入れて背負って運んでいた。下画像は当ブログ主が以前に先人から教えてもらいながら作った小型(直径28cm... [続きを読む]
  • 鳥取藩境台場跡
  • 幕末期に黒船の来襲に備え松江藩は昨日紹介した馬着山に遠見番所を設けたが鳥取藩は境水道入口に台場を設け、土塁の上に8門の大砲を据えたようである。台場周囲の土塁は残されているが砲台跡などは見られず、土塁の上には先日紹介した美保関灯台より... [続きを読む]
  • 美保関街並み〜仏谷寺
  • 美保関は古くから海上交通の重要な地で、美保の関所が設けられ海関として賑わいに伴い次第に美保関の地名化したようである。美保神社の鳥居近くから仏谷寺に向かう青石畳通りと称されている道沿いには旅籠や船問屋、店舗、遊郭などが軒を連ねていたよ... [続きを読む]