yumimi さん プロフィール

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yumimiさん: by and by
ハンドル名yumimi さん
ブログタイトルby and by
ブログURLhttps://yumimi61.exblog.jp/
サイト紹介文走るあなたが起こす風、心を揺らす風景、自分に沿った言葉、、写真と言葉のブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供322回 / 365日(平均6.2回/週) - 参加 2007/06/08 15:01

yumimi さんのブログ記事

  • 縦横無尽
  • まだ訓読みが存在していなかった時代『古事記』『日本書紀』『万葉集』が書かれた時代には平仮名やカタカナは存在していなかった。それは言葉が存在していなかったということではない。平仮名やカタカナという文字が存在していなかったのである。言葉を話したり聞いたりすることは出来るけれど(使うのは口と耳)、その言葉を書いたり読んだりすることは出来なかった(使うのは目と手)。もっとも絵文字や象形文... [続きを読む]
  • 転換点
  • 「熊野」という言葉は『古事記』や『日本書紀』にも出てくる。『古事記』と『日本書紀』は日本の創成期からの歴史書として知られているが、明治天皇と明治新政府がそれまでの歴史を大幅に修正し、それを天下周知させ、教育現場に持ち込んでそう教え込んでいったように、往々にして時の権威権力者やその取り巻きらは歴史を修正してしまう。自分によって都合の悪いことは抹消し、都合の良いように書き換えるのだ。神... [続きを読む]
  • 平安と平氏と平民と平成(と兵士)
  • ※「平民」は、明治維新から第2次世界大戦後の 1947年まで一般庶民に用いられた身分呼称。(前記事の続き)熊野(ゆや)と平宗盛能を代表する『熊野(ゆや)』の熊野とは主人公の女性・熊野御前のことである。当時の日本三大美人の一人 熊野(ゆや)御前は、平安時代末期に池田荘の庄司の藤原重徳の娘として生まれ育ち、当時遠江国司だった平宗盛に見初められて都に上り、大変寵愛された女性。平宗盛... [続きを読む]
  • 愛重と加重
  • ・大峰山前々記事に大峰山のことを書いた。修験道の開祖・役小角が修行していたのが、現在の奈良県と大阪府の境界にある金剛山と葛城山であり、その山と大峰山の中間に吉野がある。大峰山はその近辺の山の総称であるが、 狭義には峰の1つである山上ヶ岳のことを指すようだ。だが現代では、昔は奈良の山上ヶ岳から和歌山の熊野までを「大峰山」と呼んでいたということになっており、世界遺産には修験道の聖地であ... [続きを読む]
  • 鍵は紀伊にある
  • (前記事の続きです)百人一首17番歌 ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは  −在原業平この歌に出てくる竜田川は奈良県を流れる川で、古来より流域が交通の要所であり紅葉の名所でもある。竜田川(たつたがわ)は、大和川水系の支流で奈良県を流れる一級河川である。上流を生駒川(いこまがわ)、中流を平群川(へぐりがわ)とも称する。奈良県の生駒市の生駒山(いこまやま、標... [続きを読む]
  • 紀伊と奇異
  • 紀伊半島は日本最大の半島であり、宗教的にも歴史がある地である。修験道の発祥も紀伊半島内ということになる。ということで、再び修験道について。●修験道の開祖ー役小角(伝承634-706年)現在の奈良県御所市に生まれた人物。現在の金剛山・大和葛城山で山岳修行を行い、熊野や大峰(大峯)の山々で修行を重ね、吉野の金峯山で金剛蔵王大権現を感得し、修験道の基礎を築いた。●天台宗の開祖−最... [続きを読む]
  • 親水
  • 前記事、天理教の続きです。中山みきが最初に憑依し天啓を受けたのは1838年のこと。中山家の評判は悪くなったり、みきの精神状態も不安定となり、順風満帆な滑り出しとは言えなかった。支持する者が増えたのは1864年頃というから最初の憑依から26年もかかっている。これはやはり異端視や迫害があり、公的にも民間的にもなかなか受け入れてもらえなかったという事情があったからのようだ。そんな状況を... [続きを読む]
  • 天空回廊
  • 幕末期に起こった新宗教で明治時代に独立教派として公認された14の神道系教団(のちに1団体が離脱し13団体)が教派神道と呼ばれる。前記事に13までの教団を書いたので、今日は14番目の「天理教」。●明治41年(1908年)に独立14.「天理教」教祖は中山みき。女性。寛政10年4月18日(1798年6月2日)に大和国山辺郡三昧田村(三昧田村→朝和村→天理市で、現在は奈良県天理市)の... [続きを読む]
  • 刷新
  • 明治8年(1875年)3月に神道事務局が結成され4月に開局した。伊勢神宮が日本全国各地に古くからあった神社の元締めのような感じになり、一定の条件を満たした新宗教教団は独立教派として公認していった。最初の公認は1876年。明治時代には天皇が神となり神道国家の最高権力者になったのだから、独立教派になるためには天皇の許可(勅許)が必要だったわけである。(まだ大日本帝国憲法も制定されていない時代... [続きを読む]
  • グル
  • もう聞こえない愛らしく騒がしい子供らの声も僕を従順にさせるあなたの声もたぶんそれなりに時が流れたんだろうそれは悲しみではなくて誰よりもこの僕がそのプレッシャーに押しつぶされそうな時もあったけどもう平気だよ突然振り懸かる雷鳴も窓叩く雨風も近づく靴音もあなたの背中を追ってここでずっと待って憂愁を閉じ込めて僕の背中で急に笑う今でも僕を振り回すところだけ変わってい... [続きを読む]
  • 新興宗教
  • 2008年11月までカテゴリとタグ付が完了しています。 明治元年(1868年) 神仏分離令廃仏毀釈に繋がる。明治2年7月8日 宣教使(明治時代の官庁)設置大教の宣布準備と国家神道の宣教を目的とした。宣教使の官員には国学者が採用された。明治3年1月3日(1870年2月3日) 宣布大教詔天皇に神格を与え、神道を国教と定めて、日本(大日本帝国)を祭政一致の国家とする国家方針を示し... [続きを読む]
  • 伝道と宣教
  • 明治元年(1868年) 神仏分離令明治2年7月8日 宣教使(明治時代の官庁)設置大教の宣布準備と国家神道の宣教を目的とした。宣教使の官員には国学者が採用された。※「宣教」「伝道」は思想や宗教を広める活動、特にキリスト教に於ける活動のことをいう。伝道とは言葉を伝えること。「イエス様はこうこうこうすべきって言ってた。キリスト教って素晴らしいでしょ〜」というようにキリストを主に言葉で... [続きを読む]
  • 意義
  • 写真は群馬県側から眺めみる2月の浅間山と一瞬白煙かと思うような雲明治元年(1868年)神仏分離令明治新政府は「王政復古」「祭政一致」の理想実現のため、神道国教化の方針を採用し、それまで広く行われてきた神仏習合(神仏混淆)を禁止するため、神仏分離令を発した。 神道国教化のため神仏習合を禁止する必要があるとしたのは、平田派国学者の影響であった。政府は、神仏分離令により、神社と寺院を... [続きを読む]
  • 集り
  • 御嶽山に招いた分神・分霊御嶽山の王滝口ルートを開いたという普寛。秩父出身。天台宗派の修行者だった。後、御嶽教の開祖となる。普寛が開山したとされる山が他にも4つある。1.御嶽山(長野県) 1792年開山2.八海山(新潟県) 1794年3.武尊山(群馬県) 1795年4.意波羅山(埼玉県)5.阿留摩耶山(長野県)普寛は御嶽山以外の山の神の分神や分霊を御嶽山に移して祀った。... [続きを読む]
  • 虚実皮膜〜芸術と現実の狭間で〜
  • 信仰と教団と講社の関係1785年に真言宗密教系の覚明が黒沢口ルートを、1792年に天台宗密教系の普寛 が王滝口ルートを開いた。すでに述べたように御嶽山はそれ以前より信仰されていた山であり、修験道が行場としていた。また役人が設置した神殿もあった。最初に神殿(頂上奥社)を作ったのは信濃の国司(中央から地方行政に派遣された役人)であった高根道基という人物で702年のことらしい。この頂... [続きを読む]
  • 種々様々
  • 続・昔話木曽の昔話前記事に昔話を載せたが、昔話だけに同じ話にもいろんなパターンがある。(公平に努め、他のものも紹介しておこうと思います)前記事に載せた記事は三岳村(現:木曽町三岳)に伝わるもの。『御嶽山縁起』では、子供が大きくなったころ母親が病で亡くなってしまい、若い後妻を迎えました。新しい母親は優しくしてくれましたが、その乳母は意地悪で、とあったが、乳母が出てこず継母との関係が上... [続きを読む]
  • それぞれの開祖●修験道の開祖ー役小角(えんのおづの)(伝承634-706年)現在の奈良県御所市に生まれた人物。現在の金剛山・大和葛城山で山岳修行を行い、熊野や大峰(大峯)の山々で修行を重ね、吉野の金峯山で金剛蔵王大権現を感得し、修験道の基礎を築いた。役小角は700年頃に(木曽)御嶽山登頂に成功したと言われている。修験道:日本在来の山岳信仰を基盤とし、神道、仏教(特に密教)、道教... [続きを読む]
  • (前記事の続き)御嶽山の王滝口ルートや武尊山を開山した人物として知られる行者・普覚。秩父で何年か修験した後に昇格して、再び江戸に出て府下の聖護院派の修験長となり、52歳の時(1783年)に「伝燈阿闍梨」を取得したという。普覚の八丁堀時代と全国行脚!?普覚が江戸に出て過ごした場所は八丁堀にあった法性院だと言われているが、廃絶したとかで何も残っておらず。普覚の遺骨は分骨され、その... [続きを読む]
  • 人工
  • 写真の山は武尊山、赤い橋は関越自動車道。この近辺一体はかつて沼田ダム建設予定があった。日本最大、それもとてつもなく大きな人造湖(ダム)の建設計画である。もしダムが建設されていたならば私の実家も水没する地域であった。沼田高校や沼田女子高校も水没地域であった。沼田ダムは1952年(昭和27年)に第3次吉田内閣によって閣議決定され、建設省関東地方建設局による正式な事業となった。必要... [続きを読む]
  • 至当
  • この写真は2016年9月29日に撮影したもの。爆発のような噴火のような凄い雲だったので撮った。空が低い雲に覆われ、その中でもちょうど山がある場所に雲が下りていて、山を隠すような形となっている。御嶽山噴火から4年目今日9月27日には御嶽山が噴火した日で、もう4年になるという。時間が経つのは本当に早い。御嶽山が噴火した2014年9月27日(土)は次男の修学旅行の前日だった。... [続きを読む]
  • Fate
  • ジョン・レノンのこのアルバムジャケットの白い丸は月か太陽か、それとも月と太陽なのか、そもそもなぜ2つあるんだろう、と思いませんか?そのヒントは裏側にあるんだと思います。ジャケット裏側では、同じ場面にて白い丸の代わりに虹が見えています。虹は太陽の反対側に出来るもので、太陽側に見えることはありません。そうとなれば表側の白い丸が太陽であることはありえないということになります。月です。そ... [続きを読む]
  • 晨星落落
  • ジョン・レノンのこのアルバムジャケットの白い丸は月か太陽か、それとも月と太陽なのか、そもそもなぜ2つあるんだろう、と思いませんか?そのヒントは裏側にあるんだと思います。ジャケット裏側では、同じ場面にて白い丸の代わりに虹が見えています。虹は太陽の反対側に出来るもので、太陽側に見えることはありません。そうとなれば表側の白い丸が太陽であることはありえないということになります。月です。そ... [続きを読む]
  • 放縦
  • 愛と呼ぶには何が足りなかったんだろう恋と呼ぶには何を持て余したのか青く高い空を突き抜けることも覆い尽くすことも出来なかった横たわるは あなたの憂鬱と私の懸念切り分けられたクラウド 2つの人生溶け込むには眩くて蒼い夜を探してた撥ねかえすには合いすぎた白い月天空海闊あの空を飛んでいくことが出来たのに僅かな日々を駆け抜けることが出来なかった横たわるは あなたの生命と私の抜... [続きを読む]
  • RGB
  • "In nature nothing exists alone." そう言ったのは『沈黙の春(Silent Spring)』の著者レイチェル・カーソン。生態系はそれほど大事というお話みたい。"Those who dwell, as scientists or laymen, among the beauties and mysteries of the earth, are ne... [続きを読む]
  • 悲願
  • "In nature nothing exists alone." そう言ったのは『沈黙の春(Silent Spring)』の著者レイチェル・カーソン。生態系はそれほど大事というお話みたい。"Those who dwell, as scientists or laymen, among the beauties and mysteries of the earth, are ne... [続きを読む]