勢蔵 さん プロフィール

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勢蔵さん: 勢蔵の世界
ハンドル名勢蔵 さん
ブログタイトル勢蔵の世界
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/seizoh529
サイト紹介文歴史(特に江戸時代)と相撲が大好きな中年男です。武士道・忠臣蔵・バレ噺など色々載せてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2007/06/24 15:55

勢蔵 さんのブログ記事

  • 出世のエネルギー
  • 「出世のエネルギー」  まことに勝手ながら、今年最後の投稿となります。 土俵の鬼と呼ばれた二子山勝治氏(初代若乃花)の本の中に、面白い記述があったので紹介します。表題は適当につけました。昭和24年の十両時代、夏の旭川の巡業でのことであった。以下要約します。 その日の興行を終えて、付け人の若い者を引き連れて小料理屋へ繰り出した。「さあ飲め、さあ食え、どんどん行け」と、どんちゃん騒ぎをした。勘定が心配 [続きを読む]
  • ふぐは御法度
  • 「ふぐは御法度」 先日、カナダ人が、ふぐを食す日本人はクレィジーだとTVで語っていた。カナダでは法律でふぐを食べることが禁止されているという。 人間国宝・坂東三津五郎(8代目)が京都の料理屋で食べたふぐの中毒で急死したのは有名な話(昭和50年1月)であるが、相撲取りでふぐで亡くなった人がいる。 大正15年師走、出羽海一門が福岡県・戸畑町(北九州市戸畑区)での興行でのことである。蒲瀬という退役陸軍少佐 [続きを読む]
  • 矢取女
  • 上図は、銭湯の軒先にぶら下がる弓と矢。「湯入る」と「弓射る」をかけた江戸っ子の洒落です。以下の文章とは関連ありません。 「矢取女」(やとりめ) 浅草や両国といった盛り場や、寺社の門前で、料金をとって楊弓(遊戯用小弓)を射させた矢場があり、ここで働く女性を「矢取女」と呼んだ。楊弓(ようきゅう)の呼称は、古くは楊柳(やなぎ)でつくられていたからとも、唐の玄宗が楊貴妃とともに楊弓を楽しんだと [続きを読む]
  • 吉原と梅毒
  •             「吉原と梅毒」 吉原などでは梅毒にかかることを「鳥屋(とや)につく」と言った。鷹の羽が夏の末に抜け落ち、冬毛に変わる前の時期に、鳥屋にこもってじっとしている様子が、梅毒にかかり毛髪の抜け落ちている様に似ていることから由来したものだという。  梅毒は十五世紀、琉球、長崎から日本に上陸した。初期の頃は「黴(ばい)毒」とも書いていたようです。「黴」は「かび」という意。発疹が楊梅(ヤ [続きを読む]
  • 一里塚
  • 左・岩淵一里塚(静岡県富士川市)   右・錦田一里塚・東側(静岡県三島市)どちらも旧東海道の両側に一対で現存し、榎の大木が両側に残る。東海道の一里塚の多くは明治以降、敷地の民間への払い下げや道路拡張により取り払われたりして、残っていても片側だけであったり、枯れたために松の木になったりしている。   「一里塚」正月を迎えますと、「門松は冥土の旅の一里塚 目出度くもあり目出度くもなし」(一休禅師) の [続きを読む]
  • 相撲取りと、め組の喧嘩
  •            「神明相撲闘争之図」(歌川芳年) 明治19年      「相撲取りと、め組の喧嘩」江戸文化が爛熟に達した文化・文政期に、『与力、相撲に火消しの頭』という言葉があった。つまりこの3者は『江戸の三男』とされ、「粋」な男の代表として挙げられていた。収入に余裕があった奉行所の与力は、服装にもうるさく、また所持していた刀剣や印籠、履いていた雪駄などにも細心の注意を払い、洗練されていた。その [続きを読む]
  •  隣町の半田市にある「雁宿ホール」は、落語クラブの毎月の例会や催しによく利用している。近くに桜の名所・「雁宿公園」がある。 東隣の刈谷市には「かりがね小学校」、「雁が音中学校」があり、前をよく通る。こちらは地名ではなく新しく開校したときにかつてこの地で、雁が音をあげていたという伝承が校名の由来だそうで、いいネーミングだと思う。こうして以前より「雁」に縁があるが、私は雁を見たことがない。いや見たこ [続きを読む]
  • お抱え力士について
  •  不知火諾右衛門[1801〜1854] 第8 代横綱は熊本・細川家お抱え力士であっ た。 細川家の家紋は、右図のように九曜紋と二つ引両紋があり、不知火の化粧回しは、二つ引がデザインされている。今の化粧回しと比べると、ずいぶん地味である。       お抱え力士について 大名が力士を抱えることは元亀、天正の戦国時代にすでに盛んであった。織田信長、豊臣秀次、その他毛利、大友、長曾我部など、いずれも強豪の力士を召抱 [続きを読む]
  • 輪島さんの思い出
  •     輪島さんの思い出 輪島さんが10月8日、咽頭がんで亡くなった。享年70歳。長く我がブログを覗いてくださっている方は、私が日大相撲部OBであることはご存知かと思います。先輩の思い出を綴りたいが、前に書いた稿と重複します。 輪島さんは、私が入寮したときは、十両に上られたばかりでまだ髷も結えずにいた。私が4年生になったときに横綱になられ、全盛の時を迎えていた。輪島さんは(荒瀬さんも同じであるが) 稽古の [続きを読む]
  • 戦車はあれど
  • 戦車はあれど 昔、購入した雑誌の記事が興味深いものだったので、要約します。 1991年の湾岸戦争や2003年のイラク戦争では、旧式兵器をいくら揃えても最新兵器にはてんで歯が立たないことが立証された。アメリカ軍によると湾岸戦争では地上戦で、イラク軍戦車2162両を撃破したが、自軍のM1エイブラムズ主力戦車の全損はわずかに4両だという。  実はもっとやられているんじゃないかという話もあるが、本当だと [続きを読む]
  • 松下嘉兵衛
  • 「松下嘉兵衛のこと」 あまり馴染みのない名ですが、木下藤吉郎が織田家に仕える以前に奉公した人といえば、思い出していただけたでしょうか。少し松下氏に興味を持ったので調べてみました。 秀吉が良質の史料によって存在がみとめられるものとしては、永禄8年(1565)織田信長が出した知行安堵状の添状に、はじめて木下藤吉郎の名が登場するが、この時秀吉は28歳(諸説ある)です。史料面からみれば、それ以前の姿 [続きを読む]
  • フジヤマのトビウオ
  • 敗戦後の日本に大きな勇気を与えてくれた水泳選手がいました。彼の名は、古橋広之進。敗戦直後で日本人の多くが苦しんでいる時期に、世界記録を連発する古橋は国民的ヒーローでした。 1948年、ロンドンでオリンピックが開催されました、敗戦国である日本は参加が認められませんでした。日本水泳連盟は、敗戦で打ちひしがれる日本人に、なんとか祖国再建のきっかけを与えたいと、あえてオリンピックが開催される同じ日に「日 [続きを読む]
  • 東郷重位
  •    「東郷重位」(とうごうしげかた もしくは ちゅうい) 江戸時代初期、剽悍揃いの薩摩武士の中にあって、東郷重位は異色の人である。薩摩示現流の開祖とされた人である。劇画の架空の話ですが、「新・子連れ狼」では、拝一刀なき後に大五郎は東郷重位に助けられ、重位とともに全国を旅する設定になっていますね。 朝に3千、夕に8千、3年続けて庭の柿の古木に柞(イス=堅くて重く櫛やそろばん玉などに用いられる)の捧 [続きを読む]
  •  「女房」
  •   「女房」 といっても、我が女房のことを語るのではありません。 調べてみましたがどうも「女房」という言葉は、中国語にはないようです。中国語では「女房」を指す言葉として「老婆」「女人」「太太」とあるが、老いてなくても女房を「老婆」というのは、謙遜の意味もあるのでしょう。 「女房」とは、平安時代から江戸時代ごろまでの公家社会において、朝廷に仕えた奥向きの女官を称した。その元は、彼女らにあてがわれた [続きを読む]
  • 西村松兵衛
  •  楢崎龍とされる写真。明治5年頃撮影・32〜3歳頃 (『ウィキペディア』より拝借)  「西村松兵衛」のこと  この9月2日で、ブログを開設してはや12年になりました。色々なことがありましたが、このブログは私の日常起きたことを綴るブログではありません。「西村松兵衛」は、前に載せましたが、多くの稿の中で私が最も気に入っているもので、あらためて読んで頂きたく焼き直しました。歴史好きならずとも、坂本龍馬や、彼 [続きを読む]
  • 『上を向いて歩こう』は失恋歌
  •  『栄冠は君に輝く』作詞:加賀大介、作曲:古関裕而、唄:伊藤久男 1 雲は湧き 光あふれて  天高く 純白の球今日ぞ飛ぶ  若人よ いざ  まなじりは 歓呼にこたえ  いさぎよし 微笑む希望  ああ 栄冠は君に輝く  夏の甲子園大会の大会歌です。昭和23年(1948)に発表されました。学制改革によって中学校が高校と改称されたのに伴い、それまでの「全国中等学校優勝野球大会」が「全国高等学校野球選手権大会」と [続きを読む]
  • 夜鷹と江戸川柳
  •                                『雪』歌川国安 画   この絵に描かれているのが街娼の「夜鷹」です。夜鷹は私娼のなかでも最下層といわれる女性たちで、40歳すぎの大年増も多く、シワを厚く塗った白粉(おしろい)で隠した。大坂では「惣嫁」、京では「辻君」と呼ぶ。病気の者も多かったといいます。値段も非常に安く一説に24文だったとか……。           夜鷹と江戸川柳 夜鷹は [続きを読む]
  • 育てた親が悪い
  • 「育てた親が悪い」 少年による事件は日本でも問題になっていますが、本人にどこまで責任を取らせるべきなのか、更生の余地があるのかなど、新しい事件が起こる度に議論になります。 イタリアでの判決ですが、育てた親にも責任があるとして、両親に罰金刑を言い渡した事件が以前にありました。 育て方が悪いとして45万ユーロ(約5500万円)の慰謝料の支払いを命じられたのは、一人の少女に暴行を繰り返し行った少年5 [続きを読む]
  • うらやむ
  • 「うらやむ」 墨田川、関屋の里に、かすかなる庵(いおり)を結び、窓の机にもたれ、書物などを見て居るていを見て、 「あのように暮らしたら、浮世のことも忘れ果て、さぞ面白きことであろう」と、うらやみいけるに、閑居の人、縁先へずっと出で、大あくびして 「それにつけても、金の欲しさよ」         天明頃刊『うぐいす笛』 上は人をうらやましく思っても、やはり俗人で、うらやむことはなかった、というお話。 [続きを読む]
  • 谷嵐のこと
  • 今朝の新聞のスポーツ欄を読んで驚いた。『山口俊 無安打無得点』とあった。このことは前夜すでに知っていて、驚いたのは巨人の山口俊の偉業の達成ではなく、次の記事による。  「やまぐち・しゅん 31歳。大分県出身。大相撲元幕内・谷嵐久さん(故人)を父に持つ。柳ケ浦高校から2005年秋の高校生ドラフト1巡目で横浜に入団。FAで昨季から巨人に移籍していた(以下略)」  「ゲッ、あの山口の息子が、巨人の山口俊 [続きを読む]
  • 耳のこと
  •  耳に関することを色々集めてみました。 借金を返す時に、「耳をそろえて返す」と言いますね。この耳は大判や小判の縁をきれいに揃えることですが、ちなみにパンの耳は英語で「heel of bread」(パンのかかと)というそうです。 「a tin ear」という熟語がありますね。直訳すると「ブリキの耳」ですが、歌が下手な音痴ではなく、音階がわからない音痴のことをいいます。  「掩耳盗鐘」(えんじとうしょう)という故事がありま [続きを読む]
  • 瓦版
  • 先日、西日本で大水害がありましたが、上は「安政3年の大風災」と呼ばれる大きな風水害の瓦版です。安政3年(1856)8月25日、江戸のすぐ近くを強い勢力の台風が通過したことによって、江戸の街一帯が暴風と高潮の被害を受けた。日本の風水害によるものとしては過去最悪の被害をだした、この台風による死者は、約10万人とされる。むろん当時は台風とは呼ばれず、明治末頃、岡田武松(第4代中央気象台長)によって颱風という言葉が生 [続きを読む]
  • 塩のこと
  • アマ相撲を長い間やってきましたが、相撲に塩は欠かせません。 相撲は神事の面を持つ。神道思想に基づき、土俵を祓い清めるという理由からです。また、塩による殺菌効果もあって、稽古でスリ傷した時に、先輩に塩を擦り込まれたものです。さらに土を締めるという効果もあるのだという。大相撲本場所で一日に撒いている量は約45キロだそうです。積もり積もれば、かさむものです。ちなみに角界の隠語で、「しょっぱい相撲取」という [続きを読む]
  • 疝気の虫
  •  落語に「疝気の虫」というバレ噺があります。大雑把な荒筋を述べますと、 医者が疝気(せんき)で苦しんでいる亭主の治療に行く。疝気の虫は蕎麦(そば)好きで、唐辛子が大の苦手。唐辛子を見ると別荘、つまり金玉に逃げ込むという。医者は、蕎麦づたいに亭主の口から女房の口に虫をおびき寄せ、女房の方に移してしまいます。今度は女房の腹の中で大暴れするので、用意させたトウガラシを飲み込ませます。仰天した虫は、大慌て [続きを読む]
  • 芸人達の旅
  •   興津川を渡る力士と人足   「芸人達の旅」 江戸時代の旅は、多くの困難を伴った。ことに役者のような人気取りの商売は、旅の途中でたちの悪い雲助にからまれることが多かったという。 甲州街道・上野原宿の西に相模湖から流れる鶴川がある。この川越人足の評判はすこぶる悪かったらしい。慶応2年(1866)の『甲州道中記』という旅日記には「いたって(人足の)人気悪し。 [続きを読む]