karupapa21sei さん プロフィール

  •  
karupapa21seiさん: 禅友に贈る書
ハンドル名karupapa21sei さん
ブログタイトル禅友に贈る書
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/karupapa21sei
サイト紹介文気まぐれに書き込む「仏法・悟り・禅・禅修行」の話です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2007/06/27 14:12

karupapa21sei さんのブログ記事

  • ノーベル賞受賞者
  • 禅修行にある「 依存症 」を治すのは厄介です。 治すには、更に強い薬を服用することです。その唯一の薬が、    「 自身を誤魔化しては生きられない 」の「 菩提心 」です。 徹底「 己事究明 」ということです。話題で言い換えれば、ノーベル生理学・医学賞受賞者 本庶佑氏の言葉   「 諦めることのない探究心 」    「 自分の確信できるまでやる 」    「 鵜呑みにしない 」    「 納得するまで諦めない [続きを読む]
  • 依存症
  • 長く参禅されて来た方がいます。 「 人生を掛けて探し求める旅に出た 」修行者、出家者もいます。 禅友にも多いことでしょう。禅を親しみ、法話を聞き、本も読み、摂心会にも参禅して来たことでしょう。言い方を換え、厳しく言えば  沢山の「 薬 」を、飲んで来たのです。指導者から、随息観、公案、只管打坐、提唱、祖禄等の様々な「 薬 」を処方され、服用し、更にはその薬の「 効能書き 」を何回も、何回も、読み返して来た [続きを読む]
  • 決着
  • 既に「 禅友に贈る書 」に縁があり「 決着 」を着けた方が2名おられます。在家の方です。 「 努めれば出来るのです 」その方々には、日々の生活を熟して、熟して、頂きますようお願い申し上げます。祖師方も、     今生では無理なのかもしれない、、、。      縁がないのか、、、。絶望に淵に突き落とされ、奈落の底で、のたうち回りました。 言い方を換えれば    「 純 」奈落の底は、奈落の底。 他にありません [続きを読む]
  • 安心の道
  • 安心の道 「 坐禅のほかに安心の道はないのですか? 」と問われれば「 無い 」と答えております。 坐禅をする時は、坐禅ばかりにならないといけません。 意義づけや意味づけの坐禅であってはなりません。 純粋で混じるものがあってはなりません。 これを「 只管打坐 」といっております。 すべての法と同化、一体になることを「 禅 」といっております。 ですから「 禅 」は人の日常生活のすべてです。 「 坐禅 」という言葉にと [続きを読む]
  • 禅堂4
  • 遅々として進みませんが、頑張っています。発心禅堂は東海地方ですので、交通の便は比較的良いのでしょう。新幹線をご利用頂けます。「 中部国際空港セントレア 」「 富士山静岡空港 」の利用も可能です。遠くの方にも日帰りが可能でしょうか。準備の都合もあり、しばらくは少人数の「 半日禅会 」になります。半日禅会ですので「 独参 」です。禅友の「 様子 」をお伺いします。整いましたら「 摂心会 」も行ってまいります。発 [続きを読む]
  • 禅堂3
  • 発心禅堂は修行の場です。「 何としても決着を着ける 」禅友の場です。 親睦・懇談の場ではありません。 自己に厳しく沈黙、静寂の場です。法理としても「 自分自身が法自体であった 」と信決定して頂きます。   自身に参じる    自己の工夫です。    隣の禅友すら目に入らぬ探求。禅友にはそのような工夫をして頂きます。何度も申し上げます。    他に求めたり、他を頼っては、禅修行にならない。   「 真っ暗闇の [続きを読む]
  • 禅堂2
  • 遅々として進みませんが、頑張っています。禅堂は修行の場です。 悟りを得る。 釈尊の「 明の明星 」道元禅師の「 身心脱落 」を実証して頂くことです。 他にありません。禅堂は自身を自身が解決する場です。 禅友には「 何としても決着を着ける信決定 」をお願いします。   「 発菩提心 」の本懐。    「 願わくば、我に七難八苦を与えたまえ、限りある身の誠試さん 」の気概。    「 真っ暗闇の一人旅 」の覚悟。「 自 [続きを読む]
  • 禅堂
  • 準備に時間が掛かりそうです。 コツコツやっています。  「 発菩提心 」の本懐。   「 願わくば、我に七難八苦を与えたまえ、限りある身の誠試さん 」の気概。   「 真っ暗闇の一人旅 」の覚悟。  「 発菩提心の集まり 」   「 真っ暗闇の一人旅を発心して頂いた禅友の集まり 」   「 発心禅堂 」禅堂ですので、在家の禅友も許される場です。 僧侶のみの僧堂ではありませんので、厳しい規矩をお願いすることはありま [続きを読む]
  • 禅会6
  • 熱心に坐禅をして頂きますと「 色々な体験 」をします長時間の摂心会では、足や肩・背中・腰の張り痛みに耐えながらの坐禅になります。 精神的にも追い詰められた状態になることもあるでしょう。すると「 様々な体験 」をします。  「 自分が無くなった 」   「 音になった 」   「 今までに見たことのない光り輝く風景とひとつになった 」ご注意頂きたい事は、このような「 リラックス・開放・楽になった 」感は、一所懸命 [続きを読む]
  • 禅会5
  • 禅修行には「 独参 」が必須です。独参は、自身の「 様子 」をお話頂くことです。指導者に質問したり見解を述べたりします。独参される方は、自身の様子を「 そのまま 」を持って行って下さい。 一所懸命ならば、沢山の疑問もあるはずです。そして必ず「 見解 」を持って行くことです。定かではないが、、、 「  ・・・・・・・・  」 大切なことは、疑問に対し、他に「 答え 」を期待していては、禅修行になりません。他に [続きを読む]
  • 禅会4
  • 熱中症に注意して、早朝の草刈りです。コツコツやっています。    「 真っ暗闇の一人旅 」 何度も、何度も、申し上げています。「 サッパリ解らない 」の一歩です。 崖っ縁に立たされ、絶望に淵に突き落とされ、奈落の底で、のたうち回ることになります。結果、     今生では無理なのかもしれない、、、。      やはり、縁がないのか、、、。禅友には、それでも   「 真っ暗闇の一人旅 」を発心して頂きます。 [続きを読む]
  • 禅会3
  • 禅堂の準備にしています。休日の草刈りです。坐禅をしますと、色々な念( 記憶・思い・感情・思考等々 )が出てきます。初心の方には次から次へと念が出て来ますから、坐が苦痛になってしまいます。ですが、はじめは皆同じですから、安心して下さい。初心の方には、数息観をお願いします。一つ、二つ、三つと十まで数え、また一つと繰り返します。ご注意頂きたい事は、例えば「 二つ 」は、一つの後の二つではなく、三つの前の二つ [続きを読む]
  • 禅会2
  • 禅堂の準備をしています。草の成長が早く、休日は草刈りです。禅会場所は在家の禅友が許される「 禅堂 」です。僧侶のみとされる「 僧堂 」ではありませんので、厳しい規矩( 規則 )をお願いすることはありません。発心寺の摂心会には準拠します。禅友には既に坐に慣れて頂いていることでしょう。少しお話をします。坐禅は40分間です。ですが、経験でもそうですが、足は痛くなります。肩にも腰にも痛みが出て来ます。摂心会ではな [続きを読む]
  • 禅 会
  • 禅会を主宰することにします。場所が決まりました。しばらく使用されていないため、修繕が必要です。整いましたら、改めてお話し申し上げます。  「 発菩提心 」の本懐。  「 願わくば、我に七難八苦を与えたまえ、限りある身の誠試さん 」の気概。  「 真っ暗闇の一人旅 」の覚悟。  「 発菩提心、真っ暗闇の一人旅を発心して頂いた禅友 」の場です。「 何としても決着を着けたい 」禅友に、お集まり頂ければ嬉しい。 [続きを読む]
  • 事実
  • 禅修行は厳しいです。 当Blogも厳しいようです。最近、よく耳にする話に以下のようなことがあります。    念の出ない前の事実     人間の認識以前の事実     分別を起こす前の事実     考え方の出て来る前の真実     疑いようのない事実     本当の事実     今の事実     疑いようのない今     今しか知るべき事はないとかです。連呼して説法している禅指導者がいます。先に書きましたが「 今 [続きを読む]
  • 厳しいBlogです。 不快を感じて去って行く方もいるのでしょう。禅は自身の問題です。 自身を大切に、そして厳しく丁寧に自分と向き合って頂くしかありません。 師に参じていてはダメです。 禅は自身で自身を解決する道です。 己事究明。「 今が今である時、その今は今を認識出来ない 」。忘れましたが、井上義衍老師の言葉かも知れません   「 今は認識出来ない 」。禅修行の大事です。  「 ありのまま・そのまま・今・ここ [続きを読む]
  • コメント87
  • 一つの道様コメントありがとうございます。>『山里の和尚』様という方のブログ『活かして生きる〜山里の寺便り〜』というのがありますが >ご存知でしょうか。よければ、ご感想をブログ村にある『 活かして生きる〜山里の寺便り〜 』でしょうか。 知りません。 修行されているようです。>師の発言や或いはその弟子の方たちのネット上での発言の中の「不合理」とされる部分は何処なのでしょうか。最近はインターネットで検索すれば、 [続きを読む]
  • 二元
  • 当Blogは厳しいのでしょう。「 只管打坐 」の指導で広く知られた、あの井上義衍老師に「 影を落とす話 」がありました。本当に、噂話にも聞いたことがありません。  「 天地がひっくり返るような出来事 」  「 降って湧いたような話 」井上義衍老師のご子息からで、それなりの「 重みのある話 」になるのかも知れません。更には、その話が「 正 」なるものとして、後世に引き継がれる事にもなり兼ねません。原田雪渓老師を仕上 [続きを読む]
  • 井上義衍老師
  • 禅友に申し上げます。受戒もせず、正式な弟子でもありませんが、勝手に「 師 」としています。その名は「 原田雪渓 」。小浜の発心寺で指導されていました。最も弟子の多い指導者と言われています。「 独参 」では目を閉じ、黙って坐っていました。小さな体が山の如く大きく。「 何をどのように話したらよいか 」 張り詰めた空気に、心臓が口から飛び出しそうでした。厳しい方でした。   「 貴方はそれでよいのか? 」。やは [続きを読む]
  • コメント86
  • あんこ様コメントありがとうございます。 >(自分はこれまで、仏教を求めて来ました。理の上では分かった(何にもならない)と思いますが、>町野様の己事究明がいつもよくわかりません。) 仏法は理で解って頂くことは大切です。(何にもならない)ことはありません。熱心な方なら「 解らない、、、 」のであれば、全方位で探し求めます。当然、理の上でも格闘します。一所懸命な証です。参じている師に、   本を読むな!   理屈 [続きを読む]
  • 眺める
  • 日々好日様コメントありがとうございます。>自己に参ずるというのがよく分からないのですが、禅修行は「 己事究明 」とお話しています。「 己の事を究明する 」ですから、>自己に参ずるというのがよく分からないのですが、とする日々好日様を究明して頂くことです。例えば>自己に参ずるというのがよく分からないのですが、と問う「 俺 」は、何者だ?  「 禅友に贈る書Blog 」にコメントを書き込んだ「 俺 」と、  「 禅友に贈 [続きを読む]
  • 安心の道
  • 安心の道 「 坐禅のほかに安心の道はないのですか? 」と問われれば「無い」と答えております。 坐禅をする時は、坐禅ばかりにならないといけません。意義づけや意味づけの坐禅であってはなりません。純粋で混じるものがあってはなりません。これを「 只管打坐 」といっております。 すべての法と同化、一体になることを「 禅 」といっております。ですから「 禅 」は人の日常生活のすべてです。「 坐禅 」という言葉にとらわれ [続きを読む]
  • 禅 会
  • 遅くなりましたが、禅会を開催する準備始めます。時間が掛かってしまいました。場所の目処が付きそうです。平成30年中に開催可能になるよう準備をして参ります。  「 願わくば、我に七難八苦を与えたまえ、限りある身の誠試さん 」の気概。  「 真っ暗闇の一人旅 」の覚悟。の禅会です。「 何としても決着を着けたい 」とする禅友に、お集まり頂ければ嬉しいです。黙々様コメントありがとうございます。>井上貫道老師は井上義 [続きを読む]
  • コメント85
  • 一つの道様 コメントありがとうございます。>果たして結果を得られるのだろうかと、不安になってしまうのです。 釈尊ですらそのような様子でしたから皆同じですよ。>その一方で割と短期間のうちに悟りに至る方がいるのも知っています。この差は一体何なのか、縁。 >自分や先の僧侶に欠けているのは何なのかと悩む毎日なのです。こんな「 下らない事 」を考えているから、自身に落ち着けないのです。何度も申し上げていますが、 人 [続きを読む]
  • コメント84
  • Polestar様コメントありがとうございます。>長生きをして下さい。自信はありませんが、そのように覚悟はしています。 「 急がねば、、 」と焦ってもいます。一つの道様 コメントありがとうございます。>それともこの考え方は間違っているのでしょうか。禅修行は、この疑問に参じることでもあります。 「 疑 」は、一つの道様にあるからです。 他にあるのではありません。 従って、一つの道様自身が解決するしか術はありません。時 [続きを読む]