べネ さん プロフィール

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べネさん: カトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心
ハンドル名べネ さん
ブログタイトルカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sacerdosaeternus
サイト紹介文†Ignem veni mittere in terram et quid volo? Si iam accensus esset! (Lc 12,49)
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参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2007/09/22 14:38

べネ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 良心の糾明は 心戦を戦い抜くために 必要不可欠である
  • イエズスの聖心の福者マリア・セラフィナおとめ 記念日;3月24日 聖心の福者マリア・セラフィナは、1849年9月11日イタリア、トレントのイメルで生まれ、クロティルダ Clotilde Micheli と名づけられ、3歳の時、トレント司教から堅信を受け、1858年初聖体の際、奉献生活への強い憧れを抱き、しばしば長時間ひざまずいて聖体礼拝のうちに過ごすことが多くなり、幼い頃から神秘的な体験や私的啓示を受けていたが、その [続きを読む]
  • 手による聖体拝領は いずれ廃止される (かもしれない)
  • 手による聖体拝領は いずれ廃止される(かもしれない) 信者が、聖別されたパンを自ら手に取ることは、許されない(2002年ローマ・ミサ典礼書の総則160) 信徒が、聖別されたパンを自ら手に取ることは、教会法に反する(2004年あがないの秘跡94) カトリック教会は、なぜこのような規定をもうけたのでしょうか? それは、婉曲的に、司祭による聖体の分配の、信徒による否定を退けるためまた、いくつかの汚聖の危険性を回避するた [続きを読む]
  • 司祭は 信徒自身に 聖体を聖血に浸させてはならない
  • 両形態拝領における疑問 つい最近も、司祭が、両形態での信徒の聖体拝領の際 信徒に聖体を授けて 信徒自身に、祭壇脇のカリスの中の聖血に浸させていました 以前にも、その司祭に その行為が禁じられていることを何度か告げましたが 一向に聴き入れてもらえず、今も、それをやめようとしません また、自ら聖体を聖血に浸して拝領していた知り合いの信徒に その行為が禁じられているのを認識しているかを尋ねたら 「ダメだとは [続きを読む]
  • パンとぶどう酒の奉納の祈りは 定められたとおり 個別に唱えられるべき
  • 奉納における疑問 たまに司祭がミサの奉納の際「神よ、あなたは万物の造り主ここに供えるパンとぶどう酒はあなたから頂いたもの大地の恵み、労働の実り。わたしたちの命の糧となるものです」というふうにパンとカリスを一文で済ませるを見受けるのですがパンとカリスを一文で済ませても良いのでしょうか? パンとぶどう酒の奉納の祈りは 定められたとおり個別に唱えられるべき パンとぶどう酒の奉納の祈りはミサ典礼書に定めら [続きを読む]
  • 教会のセンスである心の痛悔
  • 福者コルンバ・マルミオン修道院長 霊的生活における生温さの危険性 罪から遠ざからなくても、神との一致は可能だと考えることほど大きな錯覚はありません しかし、このような錯覚は、意外にもしばしばでありまた、それだけに一層、危険をはらんでいます 悪い習慣と戦わない霊魂の内的生活は、至って平凡です罪を避けることをしない霊魂の善徳の殿堂は、もろい砂上の楼閣です 司祭たちや修道者たちの恐るべき破戒の実例を私たちは [続きを読む]
  • 典礼文の翻訳は十全かつ忠実な表現でなければならない
  • 典礼文の翻訳は十全かつ忠実な表現でなければならない フランシスコ教皇聖下典礼的行為はキリストの聖心の継続的鼓動のうちに生かされている 私たちは、典礼刷新が、不可逆的であることを教導権威のうちに確信的に肯定することができます 心の鼓動がなければ人間の生命が存続しないのと同様にキリストの聖心の鼓動がなければ典礼的行為も存続しえません 現在の典礼書の祭儀と祈りのテキストは教父たちによって伝えられカトリック教 [続きを読む]
  • キリストへの愛に 決して 何ものも優先させてはならない
  • キリストへの愛に、決して、何ものも優先させてはならない 聖ベネディクトNihil amori Christi præponere.キリストへの愛に、決して、何ものも優先させてはならない ロベルト・サラ枢機卿 神の優位性に心の内的行為を向き直すべき 典礼における神の地位、神の優位性は危機に瀕しています 『典礼の教皇』ベネディクト16世は、次のように強調しました「典礼の真の刷新こそ、教会再生のための基本的な条件です」 私たちは教皇自 [続きを読む]
  • 2017年 教皇聖下の祈りの意向(7月から12月まで)
  • 2017年 教皇聖下の祈りの意向 (7月から12月まで) これらの毎月の祈りの意向に 『当月の喫緊の意向』が追加表明される場合もあります 7月 キリスト者としての信仰から遠ざかった人々のため 信仰から離れてしまった私たちの兄弟姉妹たちが、私たちの祈りと福音の証しを通じて、主の憐れみに満ちた親しみと、キリスト教的生活の美を、再び見出すことができますように。 8月 アーティストたちのため  私たちの時 [続きを読む]
  • 2017年 教皇聖下の祈りの意向 (1月から6月まで)
  • 2017年 教皇聖下の祈りの意向(1月から6月まで) フランシスコ教皇聖下は2017年からの毎月の祈りの意向について基本的に1つの祈りの意向を据えて毎月第1主日に『当月の喫緊の意向』を追加表明するそのような形に変更されました 1月 キリスト者の一致 全てのキリスト者が教会的交わりの回復のために祈りと兄弟愛のうちに努めることによってまた、人類が直面する取り組みに連携するために協働す [続きを読む]
  • 聖母出現は 聖母ご自身による 『福音宣教の行為』
  • O Maria, sine labe originali concepta,あぁ、マリアよ、無原罪の御宿りよ、ora pro nobis qui confugimus ad te.あなたにより頼む私たちのためにお祈りください。 http://www.youtube-nocookie.com/v/UEmQh77K0Rs&autoplay=1&loop=1,0,450,350先月末あたりから、聖母出現についての記事作成を思い立ち記事のおおまかな内容と構成を考えてはいましたがなかなか着手できず放置していました先日、ある敬虔な信者さんから [続きを読む]
  • 霊魂の種々の段階的な霊的ステイタス
  • EucharisticDevotion,the Fountain of theCatholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心   霊魂の種々の段階的な霊的ステイタス 霊的カラクテル、成聖の恩寵と喪失 キリストの神秘体である教会の成員には洗礼、堅信、叙階の秘蹟を通して神の養子、神の兵士、神の司祭として身分上の霊的カラクテルが、各々の霊魂に、永遠に刻まれて各々の段階に応じてキリストの司祭職、預言職、王職に参 [続きを読む]
  • 司牧者は 適応の名のもとに 精神的虐待行為をなしてはならない
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心司牧者は 適応の名のもとに 精神的虐待行為をなしてはならない 教会共同体におけるひざまずく信者への虐げや圧迫や恫喝は神の家族という家庭内における暴力、DV行為に他ならない 憐れみの聖年にもかかわらず、憐れみとは真逆の行為、憐れみの聖年を侮辱するかのような話が飛び込んできました。 以前《ミサに [続きを読む]
  • 愛のまなざしである祈り
  • Jean Daujat愛のまなざしである祈り もし私たちが、神に向かう愛のまなざしのうちにとどまらないならば、私たちの思い、言葉、行ないも、神への愛であることが不可能です。 この神に向かう愛のまなざしだけが、私たちが思い、話し、行なう全てのものの動機として、神への愛を与えることができるのです。 この神に向かう愛のまなざしは、祈りの基本と本質となるもので、私たちを神の愛の要求に注意深く [続きを読む]
  • ひざまずき台は教会の貴重な動産であり公益があり需要がある
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心 ひざまずき台は教会の貴重な動産であり公益があり需要がある ひざまずき台は基本的に、邪魔になるものではないですし聖体訪問の際にひざまずき台を利用する信徒もかなりいるでしょうし日本に滞在する外国人信徒たちは特に頻繁に利用するでしょうしそうした公益や需要のある中で教会の貴重な動産であるひざまずき [続きを読む]
  • 赦すことによって赦されるものとなる
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心 赦すことによって赦されるものとなる 「私にはゆるせない人がいます。。 とても醜い心です。 憎みぬいて生きることも神様がくださった試練でしょうか。 ときどき悔しくて涙がでてきます。 私の魂をお救いください。とても苦しいのです。。」 とのことで。。。  普通ではとても考えられないような [続きを読む]
  • 神愛の秘蹟であるエウカリスツィア
  •  Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faith カトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心      神愛の秘蹟であるエウカリスツィア   私は全き愛であり、 私の聖心は、愛の深淵である。   愛ゆえに、神は人を創造した。 神が全宇宙をすえたのは、人がその中にあるものを用いるためであった。   愛ゆえに、御父は、罪によって失われた人類を救うため、 その御独り子をこ [続きを読む]
  • 天使は、この霊戦において、大きな助けをもたらす
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心 天使は、この霊戦において、大きな助けをもたらす 私の愛する子よ、肉体と精神とのこの戦いにおいて、戦わなければならないのは、あなたであって、私への愛のあかしを立てるのも、また、あなたである。 試練は、あなたの愛のいかんを示す機会となる。 私は、あなたの自由意志に逆らってまで、あなたを [続きを読む]
  • 苦しみを、愛のあかしに変えなさい
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心苦しみを、愛のあかしに変えなさい マザー・テレサ 苦しみのない人生など決してありえません。 その苦しみを、信仰のうちに受け入れる時、それはイエズスの御受難に参与するものとなり、主への愛を示す機会となるのです。http://philosophy.blogmura.com/catholic/ranking.html ?よかったら↑ の ラン [続きを読む]
  • 神の人類へのご計画、それは憐れみと赦しのご計画
  • Eucharistic Devotion,the Fountain of the Catholic Faithカトリック信仰の源泉☆エウカリスツィアの信心 神の人類へのご計画、それは憐れみと赦しのご計画   私は、愛ゆえに、人々を創造し、憐れみのゆえに人々への贖いを成し遂げた。 私の唯一の望みは、私の聖心が、限りない愛といつくしみのうちに、いつも赦しをもたらすものであるということを、人々に明らかにすることである。 私の愛する子 [続きを読む]
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