心炎 さん プロフィール

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心炎さん: 虚空に絶望のためいきを太陽に希望の叫びを
ハンドル名心炎 さん
ブログタイトル虚空に絶望のためいきを太陽に希望の叫びを
ブログURLhttps://ecdysis.exblog.jp
サイト紹介文曽祖父の代から四代続けてACと共依存とアルコール依存症の家系で育った人間が、回復に向けてつづるブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2007/10/08 20:43

心炎 さんのブログ記事

  • 依存症者はなぜ孤独なのか
  •  最近、やっと言葉になったのだが、よくアルコール依存症者は孤独だといわれる。 その理由が、はっきりわかった。これは、ほかのアディクションや共依存症の人も同じだと思う。 お酒をやめて、私自身が自助団体で、少しずつ回復をもらってきたおかげで、15年がかりで明確になったことがある。 それは、飲酒していたころ、私は孤独であったということだ。外面的には、そうは見えなくとも、原家族のことで悩み事が絶えず、経済 [続きを読む]
  • 高慢さと高ぶり〜パワハラ・モラハラの根源
  •  パワハラ・モラハラ・セクハラが、マスコミを通じて政治家やスポーツ選手の世界でかまびすしいが、それらを他人事だとは思っていない。 なぜなら、そこに横たわる加害者側の精神は一様に「おごり・高慢・たかぶり」に侵されているからだ。 もし、自分が加害者たちと同じ立場と境遇に置かれたら、同じことをしないとは断言できないし、未遂だったとしても心に誘惑や欲望を感じないでいられるという人がどれだけいるだろうか。私 [続きを読む]
  • 母の願いから離れる
  •  母の日が過ぎたばかりだが、亡くなって12年になる母が、私に望み実現を願ったことが、私にとっては大きな呪縛であったことが、仏典や曹洞宗の書物を読むことでわかってきた。 中学が最終学歴で、父もそうだが、家が貧乏だったために高校に行くのを泣く泣くあきらめた母だったから、願望や期待はいたって世俗的なものだった。 両親とも私を大学まで入れてくれたのは、そういう自分たちの想いがあったからだと、ありがたいと言 [続きを読む]
  • アダルトチャイルドは親を待つペンギンの雛
  •  たぶん、アダルトチャイルドどうしの男女や友人たちは、その心の奥にいる泣いている子供、おびえている子供、パニックになっている子供の気持ちでつながっている。 皇帝ペンギンの雛たちは、親たちが海まで何週間も餌をとりに出かけている間、おしくらまんじゅう状態で密集の群れをつくる。厳寒の中で雛たちは、密集団の内側から外側へ渦状に順繰りに移動し、もっとも外側で一番寒い状態をひとまわり受け持つと、内側にまた巻き [続きを読む]
  • 無常の詩(うた)
  • 無常の詩私はこの人生において知った。愛するものも愛されるものも消え去ることを。愛さないものも愛されないものも消え去ることを。愛したものも愛されたものも消え去ることを。愛さなかったものも愛されなかったものも消え去ることを。好きなものも嫌いなものも消え去る。甘いものも苦いものも消え去る。加害者も被害者も消え去る。善人も悪人も消え去る。およそ生じたもので滅せぬものはなく、現れたもので消えないものはない。 [続きを読む]
  • どこにも無い場所〜理想の家庭とユートピア
  •  以前、私の家庭願望は、マッチ売りの少女が売り物のマッチをすってその炎のあがる間だけ見える幻影のようなものだと、このブログにも書いた。その原因が、酔っ払った母親の妄想の言葉を真に受けたせいであったこともわかった。 その母の妄想を基準にしていたがために、私は悲惨な地獄のような家庭環境を、自分の努力で天国に変えようと生きる目標にした。 18歳のその決意は、その後の恋愛や結婚についての考え方に、夢想癖に [続きを読む]
  • 天才バカボンのパパのようにはいかないのだ。
  •  繰り返しになるが、私は中学2年の頃から、45年もの間、酔った母のひとこと、「サザエさんやホームドラマのような家庭をつくりたい」という妄想を、実在するものと信じて生きてきてしまった。偽りを真実と思い込んで生きてきたのだから、実のある幸せなど手に入るわけがなかったのだ。 これが、どんなにおかしなことだったか、別の表現もできると思いついた。 『サザエさん』ではないが『天才バカボン』のアニメでたとえれば [続きを読む]
  • 母親の「妄想」を「真実」と信じたことからAC性が重くなった。
  •  私がひどいACとして生きざるをえなくなった証拠は、原家族との関係が不健全であったことと、自分が継続的に親密な男女関係を維持できずに結婚にすら至れなかったことであると、これまで何度も書いてきた。 私が、「結婚」というものにとらわれて執着し、それが実現できないことに罪悪感を抱いてうつ病になったのは、母親ゆえであったことも書いてきた。それが、特に「恋愛結婚でなければならない」という思い込みをともなった [続きを読む]
  • 「生かされている」と感じることが救いのはじまりだった
  •  19歳の時に読んだカルト教祖の新書本全3巻の中で、たった一行、それについてだけは感謝できる文章があった。 新書3冊の中で役立った言葉が一行しかないというのも驚くべき無駄本だと思うし、その一行もほかの宗教や道徳の本を読めば、どこにでも書いてあるようなことなので、その本の著者名の教祖が格別すぐれていたなどということでは決してない。 それはともかく、私が衝撃を受けたのは「自分が生きているということと、 [続きを読む]
  • 「霊がくだかれる」ということ
  •  18歳の私は、無知による反発と反逆で神に歯向かい、自他への破壊行為ばかりを志す、仏教でいえば阿修羅のごとき安らぎなき少年だった。ふりかえれば、それはまさに、聖書の一節にある次のような言葉に合致するものだった。旧約聖書 「詩篇」第73章21節「わたしは心が騒ぎ はらわたの裂ける思いがする。 わたしは愚かで知識がなく あなた(神)に対して獣のようにふるまっていた」 そして、19歳のとき祖母と世界と神 [続きを読む]
  • 自我と高慢は、神と人々に生かされているという事実と対立する
  •  私の劣等感やひがみ根性の根底にあるのは「ほんとは、俺様はエリートなんだぞ」という根拠のない高慢な思い込みだ。 これは、アルコール依存者だった祖父も「おれは他の連中とはちがう。おれはやってやるんだ」と酔っ払って叫んでいたというし、祖母も自分は本当は大物になるべき人間なのだと、子供の頃の私につぶやいたこともあるし、父もそういう思い込みがあるし、まったくもって家族の病にすっかり伝染している。 私が目指 [続きを読む]
  • 病的な有力感は高慢心であるということ
  •  自分や原家族の高慢心のことを考えているうちに、依存症の業界でいう「他者への有力感」は、言い換えれば「他者への高慢心」であると気づいた。自分の劣等感や自己評価の低さを見たくないために、自分が支配しやすい、より弱い相手や病的な異性に惹きつけられるという特徴だ。 これは「有力感」という名前の「高慢心」が発現しているためだとわかった。つまり、他者への有力感を感じることで生き延びてきた依存症者は、自分を高 [続きを読む]
  • ひさしぶりに風邪をひいて心も風邪をひいたみたいだ
  •  風邪をひいたので、知人から風邪にはビタミンCと豚汁がいいと聞いたから、大量に豚汁を作り置きし、二日三日と自室にこもって誰とも言葉を交わさない寝て起きてばかりの時間を持った。すると、いつもとはちがった精神状態になってしまった。 よせばいいのに、時間があるから、普段から気になって手をつけそこねていたことをはじめたりする。ちょっと具合がよくなると数年放置していた机の引き出しの整理などはじめるから、思い [続きを読む]
  • 生まれっぱなしに育った子供の自分が悪いのではない
  •  私の中から声がする。それはこう語っている。「悩みあることを悩むなかれ。 人は世に生まれ、世に育ち、世に働き、世から去る。ただ、それだけのことなのである。 私たちは生滅の間にいる。生まれては死に、現れては消え、出会っては別れる。いまこのとき生まれつつあるといえるし死につつあるともいえる。現れつつあるといえるし消えつつあるともいえる。出会いつつあるともいえるし別れつつあるともいえる。生滅の間を行き過 [続きを読む]
  • 人は変わろうと思えば変われる(私の宗教遍歴の回顧)
  •  高慢は、「普遍の真理への無知から来る」と書いたが、お釈迦様の教えによれば「無明」ということになる。「無明」の反対語は「明智(めいち)」というが、いずれも軽々しく用いてよい言葉ではない。 では、そういった「無知」「無明」とは何か、また「明智」とは何がどう明らかに知られた智慧なのかと考えてみた。 簡単にいうと次の三つのことを知ろうとしないことは「無明」であるし、それに回答を与えるのが「明知」だと思う [続きを読む]
  • わが憎しみの青春の季節が終わる
  •  昨年の1月23日から座禅を開始して、短い時間だが、毎晩寝る前に座ってきた。 この一年の間に、知らない間に変化が起こってきたらしい。私がAC性を発現させて家庭内問題のフラッシュバックを起こし、飲酒をはじめた17歳から18歳にかけての自分が表に現れている。私にとっての神なき時代の病んだもっとも苦しんだ絶望の時代だ。 19歳で大学に入学し、新約聖書によってキリストの言葉に触れ、自殺を思いとどまった日の [続きを読む]
  • 高慢と愛欲と依存症2
  •  しかし、イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』には「神の慈愛は無償で無条件」と書いてある。 たいていの霊的なことに盲目な人間は、神の慈愛が太陽の光のように、無条件で無償で与えられている事実を知らないし、認識できない「無知」に覆われている。天照大御神と産土鎮守の神々様のご慈愛もまた無条件で無償なのに、それに気づかない日本人としての「無知」でもある 自分はすでに真理真実を知っており、人に教えられたり学んだ [続きを読む]
  • 高慢と愛欲と依存症
  •  思い返せば、私が好きになり恋をした女性たちは、ほとんどの女性に、なんらかの「嬌慢(きょうまん)さ」の言動があったと気づいた。普段は自他も気づかない、けれども、別離やショックな出来事があった場合に顔を出す、隠し持っていた高慢さの言動を、初めて過去から連続して何人分も思い返した。 だが、彼女たちどころではない、自分の過去をさかのぼれば、高慢さは祖父も祖母も父や叔父たちにもあらわであった、そして謙虚に [続きを読む]
  • イグナチオ・デ・ロヨラの『霊操』を読み始める
  •  座禅を開始して、もうすぐ1年になる。 昨年7月から、友人の神秘学講座に参加するようになると同時に、個人的に読むのが止まっていたブラジルの作家・パウロ・コエーリョの『星の巡礼』をやっと読み終わり、キリスト教神秘主義に興味を持つようになった。『星の巡礼』に、イエズス会の創始者イグナティウス(イグナチオ)・デ・ロヨラの『霊操』について書いてあったように記憶するが、昨年12月に、上智大学の図書館での「心 [続きを読む]
  • 明るく和んで自分を大切に生きていきたい
  •  新年あけましておめでとうございます。 あと3年で還暦の赤いチャンチャンコの年齢なのですが、私は実は意外に可愛いもの好きです。 小学校4年の時に、祖母がきまぐれに大きな熊のぬいぐるみを買ってくれたときは、妹よりも私の方がとてもうれしがりました。 近年のマイブームは「リラックマ」「チェブラーシカ」「やんやんマチコ」の三大なごみキャラです。 タオルやレターセットやクリアファイルなどを独りで買っては喜ん [続きを読む]
  • 不特定多数の異性とセックスすることの危険性
  •  愛のないセックスはしたくないと書いたが、それはよく知らない相手とセックスすることの危険性も感じるからだ。 男性でも女性でも、見ず知らずの人とセックスすれば、その分性病をもらう危険性が高くなる。女性が男性を相手にするときは、相手の男性から予期せぬ暴力を受けたり、薬物を射たれたりすることもあるから物騒である。 出会い系で会ったり、デリバリーヘルスなどを利用する場合は、客になる方はともかく、風俗嬢の方 [続きを読む]
  • 愛とセックスと利他の心
  •  20歳のころ新約聖書に書いてある「愛」がわからなくて、そこから男女の愛を主軸とした「愛の感覚」をなんとか獲得したいと、もがき格闘しはじめた。以来40年以上経って、相手への愛おしさや慈しみを学んできたし、耐えることも学んだ。裏切ったり裏切られる痛みも知ったし、幻滅や失望や嫉妬の苦しみも大いに味わった。 恋愛といえば、セックスの話題は避けられないけれども、そこに共依存や恋愛依存の要素はあったにせよ、 [続きを読む]
  • 心を病んだ女性とお付き合いするということ〜一人の男として
  •  病んだACの女性たちとつきあってきたことでわかったことがある。 それは、彼女ら自身と彼女らの持っている病人の部分と、体はひとつでも、二人の人と同時につきあっている感覚にさせられたということ。 彼女たちは、自分で自分のことをなんとかしようと悪戦苦闘するけれど、すでに病んでいる部分がそうさせていることに気づかないことがほとんどだった。他者の助けを借りたり頼ったり、十分かつ長い休養期間をもたないといけ [続きを読む]
  • 皇室はどうやって家を存続させてきたか
  •  2012年の6月はじめに薨去された「ヒゲの殿下」で有名な三笠宮寛仁親王殿下(みかさのみやともひとしんのうでんか)が、アルコール依存症であったことは、殿下御自身のカミングアウトで明らかになった。妃殿下も、殿下のお酒のことでは大変に悩まれ苦しまれたという記述を見た記憶がある。 皇室のようなやんごとない御血筋でも、こうした依存症が発現するし、ご家族も苦しまれるし、家庭で起こるトラブルには皇族といえども [続きを読む]
  • 「生き方の病」と「宗教依存」
  •  これまで述べたように、病的な一発逆転願望は、依存症者の「生き方の病」の現れである。この症状が、「カルト宗教依存・教祖依存」という形で社会現象化してきたことを、過去の体験を振り返って思いがけず発見した。 具体的には、過去・現在に宗教化して今に伝わる、「ノストラダムス予言」やさまざまなカルト団体が喧伝する「ハルマゲドン思想」「終末思想」あるいは日本でも平安時代にあった「末法思想」、大正時代に大流行し [続きを読む]