小田陽子 さん プロフィール

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小田陽子さん: グラス片手に・・・小田陽子です
ハンドル名小田陽子 さん
ブログタイトルグラス片手に・・・小田陽子です
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/oda1961/
サイト紹介文シンガー小田陽子、本人によるブログ。食、音楽、時事、経済、ライブ情報などなど多岐に渡るエッセイ。
自由文知っていますか?「百万本のバラ」の原曲を。それは旧ソ連の弾圧に耐え抜いた、ラトビア共和国で生まれたのでした。一発の銃も撃たず、国境6百kmに手に手をつないだ人々が、「歌う」ことで勝ち得た独立。そのさなかに生まれたのが原曲の「マーラが与えた人生」です。日本語訳でCDに挿入しました。「百万本・・」と全く違う歌詞です。アルバムタイトルは「ロマンサー」。ラトビアに取材旅行もしました。どうぞよろしく!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供7回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2007/10/13 18:58

小田陽子 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 阿佐谷ジャズストリート2017のお知らせ
  • ことしもジャズストリートの季節になりました10月27日(金)28日(土)の二日間街が音楽で染まる2日間私、小田陽子は28日(土)12時30分より新東京会館3階ホールです。  超早口の「チコチコ鳥の歌」はブラジルから、トルコの「シナナイ」なんて珍しい歌、 「空に星があるように」は懐かしい日本の歌。楽しいラテンナンバーや、シャンソン、  ジャズスタンダードもふんだんに盛り込んで国際色豊 かにお届けします下記が 阿佐谷JA [続きを読む]
  • 小田陽子 ライブのお知らせです2017年9月15日
  • 皆さま小田陽子ライブのお知らせです是非お越しください。お待ちしていますいつもの上野池之端ライブスペースQuiのお知らせです今回は間隔があまりなく9月15日(金)になってしまいました。おしゃれでゆったりしたスペースでピアノトリオをバックにお届けします。例によって、鰻の老舗「亀屋一睡亭」からのメニューもご利用いただけます。是非皆様、ちょっとのんびり、覗いてみてくださいタイムスケジュールは以下の通りですがご都合 [続きを読む]
  • 上野池之端ライブスペースQui(き)のお知らせ
  • 恒例のライブです。薫風爽やかな不忍池のほとり、ライブスペースQui(き)2017年5月10日(水) ピアノトリオをバックにお届けします。例によって、鰻の老舗「亀屋一睡亭」からのメニューもご利用いただけます。是非皆様、ちょっとのんびり、覗いてみてくださいタイムスケジュールは以下の通りですがご都合のよろしいお時間にお越しおくださいませ。お越しの際はご一報ください。 Piano 上保一恵 Bass 内田隆造 Percussion 小田智 [続きを読む]
  • 小泉元総理提唱「米百俵」学校完成祝賀会の続報
  • 「長岡藩米百俵、ホンジュラスへ行く」でお伝えした通り3月4日に米百俵学校、100校越え完成記念式典が行われた。詳しくは過去記事長岡藩米百俵、ホンジュラスへ行くをご覧ください。毎日新聞 2月28日の記事です サンケイ新聞 事後記事2001年当時の小泉元総理が所信表明演説で引用した長岡藩の「米百俵」の逸話から始まったプロジェクト。日本のODAでホンジュラスに学校が100校以上完成した。祝賀会の場所は赤坂の永楽倶楽部。外 [続きを読む]
  • モンスターは森友学園だけか!?
  • あのけったいなモンスター幼稚園が世間を煩わせている。「前例ナシ」を最も嫌う役所が前代未聞の大サービスで森友学園側の要求に将棋倒し状態になった。そこで思い出すのが80年代の「ヤマト運輸」対運輸省の喧嘩。当時免許制だった路線トラック。事業拡大のため運航許可を申請するが、待てど暮らせど棚ざらし、引き出しの奥深くに掘っておかれた。結局申請から4年以上もかかり、それも行政訴訟に持ち込んで、ようやく観念した役所 [続きを読む]
  • 長岡藩米百俵、ホンジュラスへ行く
  • 米百俵とは2001年小泉元首相が所信表明で引用して流行語にまでなったフレーズ。概要は、江戸末期、戊辰戦争で焼け野原になった長岡藩にお見舞いのコメが百俵届く。分配を求める藩士たちを相手に 時の大参事小林虎三郎は「皆が食えば2日程でなくなる。国が興るのも、ほろびるのも、ことごとく人にある。人物さえ養成しておいたら、どんな衰えた国でも、必ず盛り返せるそういう信念の下に、このたび学校を建てることに決心したのだ」 [続きを読む]
  • 福島第一原発構内視察をして
  • 9月29日かねてより望むところの発電所内の視察が実現した。区の商工会議所主催の企画に便乗させてもらった。メンバーは20人限定。午前中はいまだ帰還困難地区になっている地域をバスで回り、午後におなじみのJビレッジ入り。そこでIDカード配布と、原発被災から現在に至る説明を受ける。 初期の避難指示地区はフクイチから半径20キロ。南側20キロちょうどのところにJヴィレッジがある。今にしてみればうまい具合にギリギリのとこ [続きを読む]
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