sekirai さん プロフィール

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sekiraiさん: SENgoKU anD VISIon -乱世を追う-
ハンドル名sekirai さん
ブログタイトルSENgoKU anD VISIon -乱世を追う-
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/sengokuranse/
サイト紹介文戦国、武将、城、武装。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供147回 / 365日(平均2.8回/週) - 参加 2007/10/25 00:17

sekirai さんのブログ記事

  • 松本まりかのま
  • 乱世休話今年ネットをザワつかせている女優さんのひとりと云えば松本まりか今年に入って怪演を魅せて注目されていますが、その女優デビュー作がドラマ「六番目の小夜子」私が松本まりかさんを最初に発見したのもこのドラマでした。山田孝之・勝地涼・山崎育三郎・栗山千明・鈴木杏と今も活躍されている俳優さんがまだティーンエイジだったころの作品。松本まりかさんもその中で新人とは思えない堂々とそしてフレッシュな演技をして [続きを読む]
  • 1807 7月のトーハクその2
  • 今回も東京国立博物館織田有楽書状五日付、木村重成宛。伊達政宗書状五郎八姫宛。娘の五郎八姫より桃の節句の祝いを贈られた際の礼状。松平忠輝黒印状越後高田藩主時代の知行宛行状。松平忠輝の正室は伊達政宗の娘・五郎八姫。本阿弥光悦書状百人一首帖 烏丸光広筆聯 松平不昧筆五彩金襴手水注明時代に焼かれた水注。加島屋広岡家旧蔵。 [続きを読む]
  • 1807 7月のトーハクその1
  • 東京は上野東京国立博物館千利休書状森傳公(森可隆)宛。内容は「茶杓が必要とのことですので、一つ差上げます。これは私の取っておきのものです。」といったもの。森可隆は織田信長の家臣であった森可成の長男。元亀元年(1970)朝倉氏の支城・天筒山城を攻めた際に可隆は初陣で参加。一番乗りを目指すが深入りしすぎて討ち死にしている。享年19歳。次は松平定信(白河楽翁)が収集した「茶室おこし絵図集」より不審庵(千宗左宅 [続きを読む]
  • 1807 センチュリーミュージアム 歌仙
  • 東京都新宿区早稲田センチュリーミュージアム歌仙期間:7月9日(月)〜9月29日(土)三十六歌仙図屏風 近衛信尹賛 六曲一双の屏風に三十六歌仙を描き上部に近衛信尹がそれぞれの歌人の代表的和歌を大字で認める。歌仙図と和歌色紙を屏風に貼り交ぜる形式のものが多い中で絵・文字ともに直に描かれた今作は珍しい。歌仙絵〈藤原興風〉狩野山楽筆 松花堂昭乗賛 狩野山楽が三十六歌仙のひとり藤原興風を描き、上部に松花堂昭乗が [続きを読む]
  • 1807 森美術館 建築の日本展
  • 六本木森美術館 建築の日本展:その遺伝子のもたらすもの期間:4月25日(水)〜9月17日(月)「日本の建築を読み解く鍵と考えられる9つの特質で章を編成し、機能主義の近代建築では見過ごされながらも、古代から現代までその底流に脈々と潜む遺伝子を考察します。貴重な建築資料や模型から体験型インスタレーションまで多彩な展示によって、日本建築の過去、現在だけでなく、未来像が照らしだされることでしょう。」(公式より) [続きを読む]
  • 1807 MOA美術館 琳派−光悦と光琳
  • 熱海MOA美術館 琳派−光悦と光琳期間:6月8日(金)〜7月17日(火)琴高仙人図 尾形光琳筆虎図屏風 尾形光琳筆色絵薄文茶碗 尾形乾山作花卉摺絵新古今集和歌巻 本阿弥光悦筆鹿下絵新古今集和歌巻断簡 本阿弥光悦筆、(下絵)俵屋宗達竜虎図 双幅 俵屋宗達筆西行物語絵巻断簡 俵屋宗達筆藤・蓮・楓図 酒井抱一筆琳派を代表する芸術家たちの作品を拝見できました。 [続きを読む]
  • 1806 京都文化博物館 高津商会「小道具〜映像美術と共に〜」
  • 京都京都文化博物館 別館ホール高津商会 創業100周年記念事業「小道具〜映像美術と共に〜」期間:6月27日(水)〜7月1日(日)高津商会は京都太秦にある映画・テレビ用の小道具・衣装を扱う会社。特に時代劇では欠かせない存在となっています。水戸黄門暴れん坊将軍必殺仕事人有名な時代劇の衣装が並びます。さらに注目は刀・拵勝新太郎が「座頭市」で使用した仕込み杖千葉真一が「影の軍団」で使用した大刀兜割藤田まことが使用した小 [続きを読む]
  • 1806 頼久寺と武家屋敷
  • 備中松山城から下山後に向かったのが頼久寺こちらには小堀遠州作とされる庭園があります遠州と頼久寺の関わりは遠州の父・正次が備中国奉行として松山に赴いた事がはじまり。2人はこの頼久寺を仮の居館として政務を執っていたそうで、庭園はその時作庭されたそう。頼久寺庭園蓬莱式枯山水庭園です。遠州作とされる庭園は色々な場所にありますが、確かなものは少なくこの庭園も明確な記録は存在しないそうです。次は武家屋敷へ旧折 [続きを読む]
  • 現存十二天守 全登城完了
  • って事で前回の備中松山城で現存十二天守の全てに登城できました。結構時間が掛かりましたが、終わってみるとあっと言う間にも思えます。彦根城国宝。ひこにゃんに博物館そして近江牛w姫路城国宝。世界遺産にも登録されている現存最大の天守丸岡城重文。一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 階段急すぎ犬山城国宝。近くに如庵もありますW国宝伊予松山城重文。現存最後の天守。ロープウェイかリフトなら私はロープウェイ派です(慎重) [続きを読む]
  • 1806 備中松山城
  • 今回は備中高梁ってことで備中松山城へ登城です大手門跡さらに登りますまだまだ登りますようやく天守が見えました天守水谷勝宗によって天和元年(1681年)から3年かけて天守が造られた。内部に入ってみます接続廊下内部の展示。鯱瓦2階に上がります御社壇水谷勝宗が天守築城の節に松山藩の守護として三振の宝剣に十柱の神々を勧請し、御社壇に奉納した。二重櫓下山して向かったのは高梁市歴史美術館こちらでは、備中松山藩初代・水 [続きを読む]
  • 1806 後楽園 島茶屋
  • 岡山ラスト後楽園何度も訪れていますが入っていなかった場所のひとつが太鼓橋を渡った先にある島茶屋です丸窓室内床備前焼の茶碗で一服茶屋からの眺め島茶屋は茶室ではなく殿様の涼み処だったそうです。この場所だけ時間がゆっくりと流れているようでした。 [続きを読む]
  • 1806 岡山県立博物館 サムライアーマー甲冑
  • 3館目岡山県立博物館サムライアーマー甲冑 −岡山ゆかりの名品と変わり兜ー 期間:5月25日(金)〜7月8日(日)唐冠形兜付二枚胴具足兜は唐冠形、前立と脇立は欠失しているが脇立は纓の立物だったのだろう。胴は包仏胴で正面に蒔絵で丸龍を背面に密陀絵で松の大樹を表す。由加神社に伝わり守護大名・赤松政則所用とされているが、その造形から桃山〜江戸初期の製作と考えられ由加神社が鎮座する和気一帯を治めていた宇喜多家重臣 [続きを読む]
  • 1806 林原美術館 サムライの纏うもの
  • 今回も岡山林原美術館企画展「サムライの纏うもの」期間:4月21日(土)〜6月17日(日)紺糸威胴丸 兜・大袖付兜は四十八間総覆輪筋兜、南北朝時代の胴丸で古式を示す。南部政長が後村上天皇より拝領したと伝え、後に遠野南部家に伝来した。太刀 銘 備州長船倫光 貞治二二年正(月日)南北朝時代、備前長船の刀工・倫光の作。銘より貞治4年(1365)の作と分かる。土佐藩山内家伝来。人名等覚書 池田光政筆岡山藩主・池 [続きを読む]
  • 1806 岡山城天守閣 サムライ達の関ヶ原
  • 今回からは岡山林原美術館、岡山城天守閣、岡山県立博物館の3館連携事業として「おかやまサムライめぐり」が開催。最初は岡山城天守閣企画展「サムライ達の関ヶ原―秀家・秀秋・輝政に思いを馳せる―」期間:5月18日(金)〜6月24日(日)宇喜多秀家イメージ甲冑小早川秀秋イメージ甲冑池田輝政イメージ甲冑次のところへ移動! [続きを読む]
  • 1806 岡崎市美術博物館 名刀は語る
  • 今回は岡崎岡崎市美術博物館名刀は語る−美しき鑑賞の歴史期間:6月2日(土)〜7月16日(月)今回は展示の一部が撮影OKって事で最初はそちらから紹介大笹穂槍 銘 藤原正真作 <号 蜻蛉切>本多忠勝所用以下は徳川将軍家伝来刀コーナーから刀 金象嵌銘 備前国兼光/本阿弥 <名物 大兼光>伝来は豊臣秀吉・藤堂高虎・徳川将軍家刀 無銘 正宗 <号 疱瘡正宗>津藩藤堂家より5代将軍徳川綱吉に献上、綱吉より紀州徳川吉 [続きを読む]
  • 1806 関鍛冶伝承館 兼元
  • 今回も関関鍛冶伝承館企画展 「美濃の名工・兼元」期間:4月27日(金)〜6月24日(日)刀 銘 兼元長さ65.2cm。「関の孫六」と呼ばれる、和泉守兼定とともに関を代表する刀工・孫六兼元の作。細川家伝来。刀 銘 兼元長さ73.2cm。こちらは「清関兼元」といわれた初代・兼元の作。孫六兼元は2代目にあたる。南宮大社蔵。常設展示では大太刀 号 蛍丸(復元品)本歌は来国俊作で、阿蘇氏・阿蘇神社の宝刀であったが現在は行方不 [続きを読む]
  • 1806 岐阜県博物館 兼定
  • 岐阜県は関岐阜県博物館特別企画展「兼定 刀都・関の名工」期間:4月27日(金)〜6月24日(日)剣 銘 和泉守藤原兼定作/永正八年辛未十二月二十七日室町後期の美濃国関の刀工・二代兼定の作。二代兼定は銘の定の字をウ冠の下に之と切る事から「之定」と呼ばれる。和泉守受領を記念して永正八年(1511)美濃国南宮大社に奉納したと考えられる。刀 無銘 号【鳴神兼定】 (金象嵌銘)和泉守兼定/(金象嵌銘)鳴神「鳴神 [続きを読む]
  • 1805 寺島蔵人邸
  • またまた金沢寺島蔵人邸加賀藩士・寺島蔵人の屋敷です座敷13畳半に一畳半の床がある。玉琴の間室内は4畳。こちらは文化5年(1808)寺島邸を訪れた浦上玉堂がここで琴を弾いた所。さてこの邸宅にはお茶室があります乾泉亭室内は5畳床庭寺島蔵人は中級武士だそうですが、茶室と庭は流石は金沢といったところでしょうか。 [続きを読む]
  • 1805 大樋美術館
  • さらに金沢大樋美術館金沢を代表する茶陶大樋焼を展示しています。展示は歴代の作品とゆかりの人物である井上世外・松永耳庵・野村得庵などの作品が並んでいました。こちらの呈茶では歴代の茶碗5碗ほどから好みのものを選ぶ事が出来ます。私は5代の茶碗で頂きました。さてさて美術館から歩いて数分の場所には仙叟宗室居士邸地跡仙叟宗室は加賀藩前田家に茶頭として仕えた裏千家4代。宗室は加賀に赴く際に楽家4代一入の弟子であった [続きを読む]
  • 1805 中村記念美術館 美のチカラ〜茶事の妙〜 後期
  • 今回も金沢中村記念美術館特別展「美のチカラ〜茶事の妙〜」 後期期間:5月8日(火)〜5月20日(日)後期は風炉の道具の取り合わせ竹茶杓 歌銘 松島 小堀遠州作片身替わりで片方には胡麻が散る。直腰で節はやや下にある。筒には松島の歌と「長兵衛殿」とあり遠州が門人であった橘屋宗玄(長兵衛)に贈った事が分かる。前田家伝来。睡漁夫画賛 松花堂昭乗筆漁夫が釣り糸を垂らしながら居眠りをしている絵に、当時の大徳寺を代表 [続きを読む]
  • 1805 石川県立美術館 美のチカラ「美の力」後期
  • 金沢石川県立美術館企画展「美の力」期間:4月21日(土) 〜5月20日(日)竹茶杓 銘 光高様 小堀遠州 作櫂先は折撓られ露は兜巾形、節上・節下ともに染み模様が広がり絶妙な景色を成している。小堀遠州より加賀藩主・前田光高に贈られた。光高は遠州に茶の湯を学んでおり、茶の湯に関する書状が今も残る。十五首和歌 藤原定家筆安貞元年(1227)藤原定家が道助法親王家で行われた歌会の詠歌を筆写したもの。松花堂昭乗が所持してい [続きを読む]
  • 1805 長流亭
  • 今回も大聖寺江沼神社宝永元年(1704)大聖寺藩三代藩主・前田利直の邸内に菅原道真の霊を祀る天満天神社を建立したのがはじまり。庭園旧大聖寺藩邸の園地で、前田利直が宝永6年(1709)藩邸再建に伴い長流亭とともに築造された。作庭にあたっては兼六園の影響があったと推定されている。ここからが本題長流亭前述のとおり宝永6年(1709)前田利直によって建てられた数奇屋造りの建築。その設計は小堀遠州とされているが、遠州は正 [続きを読む]
  • 1805 大聖寺城
  • 石川県加賀市大聖寺城錦城山(古城山)にある平山城。鎌倉時代には既に城が存在していた様子。戦国時代には一向一揆、朝倉、織田、豊臣系大名が在城した。関ヶ原の戦い以後は前田家が統治し、寛永16年(1639)前田利常の三男・利治が7万石を分与され大聖寺藩を立てた。って事で登城開始!最初は贋金造りの洞穴明治元年、新政府から越後戦争の弾薬供給を命ぜられた大聖寺藩は、軍資金を調達するためにこの場所で贋金を製造。なんと [続きを読む]
  • 1805 西行庵 皆如庵
  • 京都は東山西行庵かつて西行が庵を結んだとされる場所。ここに母屋とともに草庵茶室があります。皆如庵内部は点前座1畳・客座3畳よりなる4畳の茶室。伝えでは宇喜多秀家の息女が久我家へ輿入れの際に持参したもの。入口は貴人口と躙口が並んだ珍しい形式。他にも変わった点があるので資料写真より紹介。床は室床になっており、正面に円窓をあける。点前座は道安囲。西翁院淀看席の点前座と同じ意匠である。さてこの茶室の伝来には [続きを読む]
  • 1805 本能寺 本能寺刀剣展
  • 京都本能寺本能寺大寶殿宝物館特別展:本能寺刀剣展期間:4月28日(土)〜6月3日(日) 太刀 宗近平安時代の刀工・三条宗近作とされる長さ63cmの太刀。織田信長所持とされる。陣太刀長さ1mを超える大太刀。実践用ではなく儀式用と思われる。森蘭丸所持。織田信長禁制朱印状永禄十一年九月日付。この年足利義昭を奉じて上洛を果たした信長が本能寺に下した禁制。この後本能寺の変まで続く信長との関係の最初期のものであろう。この他 [続きを読む]