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杉山葵
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2007/12/26

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  • 流刑家にて

    食卓に並んだ、大根の入ったみそ汁から、ゆらゆらと白い湯気がたちのぼる。窓の外は気持ちのよい秋晴れだった。「ねえ、週末どこか出かけない?」忠敏(ただとし)が、新聞から顔を上げる。「悪いけど、今週は」「そう」今週も、と妻は思う。夫は新聞に目を落としたままもう一度謝る。「悪い」「仕方ないよ、仕事だもの」香織だってこんなつまらないセリフ口にしたいわけではない。けれど結局、最後まで言ってしまう。「忠敏が頑張ってるから、こんな家に住めてるんじゃない」言った後で自分が嫌になる。こんな家、なんて。取り繕うように微笑むと、頬が引きつるのを感じた。「頑張らなきゃな」夫が箸を置いて新聞をたたんだとき、内心ほっとした。逃げるように立ち上がった夫の後を、鞄を手に玄関まで追う。タイミングを見て靴ベラを渡すと、夫は黙ってそれを受け取った。「...流刑家にて

  • ご自由にお食べ下さい

    新しいパン屋がオープンしたらしい。服屋に雑貨屋花屋さん。ショッピングモールをぶらぶらしていると、ほのかに甘い、香ばしい匂いが漂ってきた。ガラス越し、白いコック帽を頭にのせた、西洋系の青年が生地を練っているのが見えて、私は、「本場フランスの有名店がこの町にやってくる」とうたったチラシが家のポストに入っていたことを思い出す。彼ははるばるフランスからやって来たパン職人というわけだ。店の前に出されたカートには、バスケットが置かれている。バスケットの中身は、ひとり分ずつ切られた、粉砂糖のかかったクロワッサン。添えられたプレートを読めば、「ご自由にお食べ下さい」とある。有名店と銘打っているだけあって、店はずいぶん流行っているようだった。レジには昼休み中なのだろうOLや、小奇麗な格好をした主婦が列をなしている。しかし、不思議...ご自由にお食べ下さい

  • 不確かな誓い

    できることなら、なるべく人を傷つけないで生きていきたい。そう、思っていたのに……。――何でだ?何でないんだよ。学校帰り。俺にしてはめずらしく、家の近所にあるツタヤに寄った。普段の俺なら、バレーボール部の活動がない限り、通りの向こう側にあるゲームセンターに直行するところだ。しかしそんな俺でも、今日ばかりは音楽でも聴きながら、柄にもない感傷に浸りたい気分だった。というのも昨日、俺は付き合っていた女と別れたのだ。店内には膨大な数のCDが並んでいるというのに、こんなにも落ち込んでいる俺を慰めてくれるような歌は見当たらない。俺はべつに、特定のアーテイストや楽曲を探しているのではなかった。今の俺が共感出来るような歌なら、別に誰だって何だって構わないというのに。――くそっ!段々探すのにも疲れて来て、よっぽど店員に訊こうかとも...不確かな誓い

  • 空蝉 ―うつせみ―

    お坊さんを見送った後、瑞穂は談笑を始める親たちの輪からそっと抜け出し、台所にむかった。和硝子のグラスに冷やしておいた麦茶を注ぎ、それをもって縁側に出る。すかっと広がる青空。こぢんまりとした庭を、虫取り網を手にした、今年小学校にあがったばかりの甥と姪がきゃっきゃっと走り回っていた。なんだか奇妙なものだ。その木にとまった蝉を取ろうとしていたのは、ついこの間までは自分自身であったはずなのに――。考えてみれば、祖母がいない盆というのも妙なものだった。親戚の和の中に、あるいは祖父の隣に、紺色のカーディガンを羽織った、小さな祖母の背中がないということに、瑞穂はまだ慣れていなかった。いつか、慣れてしまう日が来るのだろうか。祖母の死は、物心が付いてからの瑞穂にとって、初めて目の当たりにする「死」だった。そのせいかどうかは分から...空蝉―うつせみ―

  • 不思議の森の青い馬

    ぽちゃん。音が聞こえた気がした。はっと目覚めてベッドから飛び起き、僕は慌てて外に出た。ドアを開けると濃い森の匂いがする。遠くのほうで獣が鳴く声が聞こえた気がしたけれど、きっと気のせいだ。この森には僕の他には誰も住んでいないはずだから。寝る前に水を張っておいた銀の盥(たらい)の中を覗く。これは一種のおまじないみたいなものだった。近くにある泉の水を汲んで来て、銀の盥にいれて、小屋の外に置いておく。それだけだ。今日はいつもより冷え込みそうだったから、水が凍ってしまうんじゃないかと心配していたんだけど、大丈夫だったみたいだ。水面には波紋が広がっていた。小さなあぶくが銀の盥の中でちらちらと光っている。――やっぱり。あの水の音は聞き間違いじゃなかったんだ。僕は眉をひそめ、涙をこぼさないようにぎゅっとまぶたを閉じた。どうして...不思議の森の青い馬

  • 溝にはまった女の話

    真夜中に烏が鳴いた。「想像してみて」と女は言った。「あなたは今、夜の河原を歩いています。雨上がり。川の流れは速く、辺りには濃い草の匂いが立ち込めている。地面はぬかるんでいて、ジーンズの裾が泥で汚れるのが気持ち悪い。それでもあなたは歩き続けます。歩き続けなければならないと感じているからです。しばらくしてあなたは背後に気配を感じます。振り返って確かめようか。しかしあなたは振り向きません。なぜだか恐ろしい気がするからです。自然、足早になります。すると、どうしたことか背後の足音まであなたと同じテンポで付いてくる。追いつかれてはならない。思ったあなたはいっそう急ぎます。ふっと脳裏にひとつの情景が浮かび上がりました。背の高い男が河原に佇んでいる。雨に打たれたのでしょう。前髪から水滴がしたたり落ちています。優しそうな男です。...溝にはまった女の話

  • 私はその日サイボーグになった。

    幼いころ、私は母のことをサイボーグだと信じていた。もちろん、本当にそう思っていたわけじゃない。ちょっとした喩えだ。うちの母はロボットみたいにガシャガシャ歩いたりはしないし、カリフォルニア州知事には似ていないし、赤いスーツを着て悪の組織と戦ったりもしない。(ゴキブリとなら戦うけれど)ただ、子供だった私は母のことを不死身だと思っていた。というより母が死ぬなんて発想がそもそもなかった。母は恋をしないと思っていたし、(父と母の仲を恋愛と呼ぶのはどうもしっくり来なかった)母はずば抜けて歌が上手いのだとも思っていた。母にも子供時代があったことを信じられなかった私は、母は祖母のお腹の中から、身体中に贅肉をつけた「母」の姿のまま生まれてきたのだと、漠然と思っていた。よくよく考えてみればちょっとしたホラーだ。そういうわけで、やっ...私はその日サイボーグになった。

  • 彼がブログを始めた理由(オススメ)

    『ブログ開設』2007-09-20-22:08/Weblog++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++――俺は、取り返しのつかないことをしてしまったのだろうか?昨夜からずっと、このことばかり考えている。考えれば考えるほど、混乱は深まってゆく。ならば一度、文章にしてみるというのはどうだろう。昨夜から俺の身に降りかかっている、奇妙な出来事を、もう一度順を追って、丁寧にたどってみるのだ。そうすれば、少しは頭の整理ができるかもしれない。何か問題点が、解決の糸口がつかめるかもしれない。そう考えた俺は、このように筆を執ることにした。知人には少し話しにくい内容だ。だが、見ず知らずの人間になら話せると思う。それに、もしかすると俺と同じような経験をした人がいるかも...彼がブログを始めた理由(オススメ)

  • 怒る男

    席に着いて早十五分。草刈忠雄(クサカリタダオ)はテーブルの下で苛いらと足を揺すっていた。駅前、第四ビルの一階にある喫茶店。仕事の打ち合わせのため、相手の男が指定してき店だったが、待ち合わせの時間はとうに過ぎているというのに、どういうわけかその男は一向に姿を現さない。かと思えば注文したアイスコーヒーが運ばれてくる気配もなかった。昼飯時は過ぎていたし、店内を見渡しても客はまばらだ。混んでいるようには思えない。草刈は店員の姿を捜したが、彼が座っている位置からは見当たらなかった。仕方ないかとコーヒーを諦め、草刈は携帯を確かめる。連絡は入っていない。店の中には静かなモーツァルトの弦楽四重奏が流れていたが、今の草刈には気休めにもならないようだった。また、貧乏揺すりを始める。「お待たせいたしました」それから五分後、ようやくお...怒る男

  • 最初に

    こんにちはこんばんは初めまして。こちら、杉山葵が綴る不思議短編集です。ためしにひとつ読んでみようか。迷った貴方は「彼がブログを始めた理由」へゴォー。オススメです。ちなみに。コメントをいただけると頑張って生きていけそうな気がします(笑)↓ランキングに参加しています。下記バナーをポチ。ありがとうございました。最初に

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