遊歩 さん プロフィール

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遊歩さん: 小径を行く
ハンドル名遊歩 さん
ブログタイトル小径を行く
ブログURLhttp://hanako61.at.webry.info/
サイト紹介文社会現象、旅の話、読書の感想、歴史、ペット、芸術まで幅広い分野をフォローするブログです。
自由文自宅周辺には大雨を調整するための人工池やけやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、1400回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供112回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2008/01/03 09:08

遊歩 さんのブログ記事

  • 1696 落語で聞いた特攻の母 無謀な作戦に怒り
  •  桂竹丸の「ホタルの母」という落語を聞いた。これが落語かと思った。それは創作落語で語り継ぐ戦争。「特攻」の「ホタルの母」だった。舞台は鹿児島知覧。太平洋戦争末期、本来なら日本の将来を担う若者たちがここから特攻機に乗り込み、尊い命を失った。この若者たちを支えた女性がいた。それがこの落語の主人公の鳥濱トメさんだ。実話を基にした落語は、涙なしには聞くことができなかった。 [続きを読む]
  • 1694 戦いに仆れた沖縄県知事 「わたしは人間だったのだ」
  •  人は理不尽なことに対し、どのように向き合うか。その一つの答えを示し、道半ばにして仆れたのは現職でがんのために67歳で死去した沖縄県の翁長雄志(おながたけし)知事だった。孤軍奮闘という言葉は、この人のためにあったといって過言ではあるまい。普天間基地の辺野古移設問題で、文字通り命を削って安倍政権と対決した。沖縄の人々は現職知事の死を複雑な思いで受け止めているだろう。私は翁長氏の遺志は、純粋な気持ちを [続きを読む]
  • 1692 先人たちの思いは 東京医大の入試女子差別
  •  日本の女医第1号は、萩野吟子である。そして、日本初の東京女子医学校(現在の東京女子医大)を創設し、女子の医学教育に尽くしたのが吉岡彌生だった。吉岡を尊敬し医師になり、医療活動の生涯を送ったある女性から何回かにわたり話を聞いたことがある。この3人だけでなく、かつて医師を目指した女性たちは差別との闘いを強いられた。東京医大の入試で、女子の合格者を3割以下に抑えるため女子受験者の点数が一律に減点されて [続きを読む]
  • 1688 観測史上最高の「激暑」 心配な東京五輪
  •  近所の自治会の掲示板に、夏休みの子どもたちの「ラジオ体操」や「そうめん流し大会」中止の案内が出ていた。長引く猛暑の影響だ。散歩をしていると干からびたミミズの多くの死骸が目に付き、街路樹からはうるさいほどのセミの鳴き声が聞こえる。大暑の23日、埼玉県熊谷市では午後2時過ぎ、観測史上最高の41・1度を記録した。風呂に入っているような温度である。テレビのアナウンサーは「各地で命に関わる危険な暑さになっ [続きを読む]
  • 1687 孤軍奮闘の御嶽海 甘えの横綱たち
  •  3人の横綱だけでなく、新大関の栃ノ心までけがで休場した大相撲名古屋場所。14日目で関脇御嶽海が初優勝を決めた。それに対し残った大関2人は元気がなく、ようやくカド番を脱した。それでも人気があるから、相撲協会は危機感を持っていないのかもしれないが、大相撲史上に残る寂しい場所といっていい。背景には横綱の甘えがあるように思えてならない。 [続きを読む]
  • 1685 害虫と益虫をめぐる勘違い 「こがねむし」の歌私見
  •  毎年、いまごろの暑い時期になると、庭のナツツバキ(シャラノキ)に昆虫がやってきて葉を食い荒らす。体長2・5センチほどの昆虫だ。背中は緑色に光っている。私はこの昆虫をカナブンだと思い込み、家族に「またカナブンが来ている」と話した。だが、調べてみると、カナブン(青銅色)は実は益虫であり、庭に来ていたのはコガネムシだった。この虫が題名になったよく知られている童謡があるが、こちらも実はこの虫を歌ったもの [続きを読む]
  • 1684 仏像との対話 皮相浅薄時代に
  • 「君たちは古美術品が語りかけてくることを一言一句聞き漏らしてはならない」。日本の古美術再生運動を指導した岡倉天心(1863〜1913)が、東京美術学校(東京芸大の前身)校長就任の際のあいさつで、こう話したという。明治維新後、日本では廃仏毀釈の運動が全国の寺を襲い、多くの寺院や仏像が被害を受けた。明治政府が神仏集合をやめ神仏分離を布告したことがきっかけだった。廃仏毀釈は明治4年の廃藩置県後下火になり、仏教復 [続きを読む]
  • 1683「酷暑」の夏 涼を求めて
  •  新聞に「酷暑」の見出しが躍っている。外からはやかましいクマゼミ(熊蝉)の鳴き声が聞こえる。きょうも暑くなりそうだと思いながら、部屋の温度計を見ると、午前8時を少し回ったばかりなのに、既に30度を超えている。つい「暑い!」と口走ってしまう。すると、体中から汗が吹き出しますます暑苦しくなっていく。避難所暮らしの西日本豪雨の被災者がつらい日々を送っていることを思い、我慢、我慢と言い聞かせる。 [続きを読む]
  • 1682 夢二の逆転の発想 「宵待草」の花が咲く
  •  今夏も近所の調整池を周る遊歩道に、月見草の花が咲いた。早朝の散歩で黄色い、可憐な印象の花を見た。この花の正式名称はアカバナ科のマツヨイグサで、南米チリ原産の帰化植物だそうだ。江戸時代に渡来し、野生化したものだが、太宰治の『富嶽百景』という私小説の中にもこの花が出てくる。太宰が「富士には、月見草がよく似合ふ」と書くように、この花はいつの間にか日本の風景の中に溶け込んだようだ。 [続きを読む]
  • 1681「悪い年回り」にこそ 西日本豪雨災害に思う
  •  物理学者で随筆家の寺田寅彦が「天災と国防」というエッセーを発表したのは1934(昭和9)年11月のことだった。この中で寅彦は「ことしになってからいろいろの天変地異が踝(くびす)を次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える」と書いている。この年は函館大火、室戸台風による近畿地方の風水害が発生し、甚大な被害が出た。あれから84年。関西地方の地震に続き、西日本豪雨という大 [続きを読む]
  • 1678 絶望的状況の中でも タイの少年たちへ
  •  タイ北部チェンライ郊外のタムルアンという洞窟でサッカーチームの少年12人とコーチ1人の計13人が不明になって2日で9日となる。昼夜を徹しても救助活動が続いているが、大量にたまった濁水で作業は難航しているという。このニュースを見て、2010年にチリで起きた鉱山の落盤事故を思い浮かべた。それは絶望的状況に置かれても、人間の強い生命力を示すものだった。 [続きを読む]
  • 1677 恩讐のかなたに 明治維新と会津
  •  ことしは明治維新から150年になるという。明治維新については様々なとらえ方があるが、日本社会が武家中心の封建国家から近代国家へと大きく転回したことは間違ない。その裏で薩摩、長州藩を中心にした新政府軍(官軍)と戦った旧幕府軍は賊軍といわれ、奥羽越列藩同盟各藩の人々は大きな辛酸をなめた。特に会津がそうだった。 [続きを読む]
  • 1676 思い出の花を求めて 乃南アサ『六月の雪』
  • 「欖李」(ランリー)という花の存在を初めて知った。乃南アサの小説『六月の雪』(文藝春秋)は、32歳の杉山未來という女性がけがをして入院中の祖母を励ますため、祖母が生まれ育った台湾の台南を訪ねる物語だ。祖母は台南で「6月の雪を見た」と記憶し、その真相を探る未來の旅の中でこの花が作品の題名に通ずる、重要な役割を演じているのだ。  [続きを読む]
  • 1675 なちかさや沖縄 今を「生きる」
  •  23日は沖縄慰霊の日だった。糸満市摩文仁の平和祈念公園で開かれた沖縄全戦没者追悼式。ことしも中学生による平和の詩の朗読があった。沖縄県浦添市立港川中3年の相良倫子(14)さんが読み上げる「生きる」という詩を聞いていて、胸が熱くなった。それは戦後沖縄でうたわれた「屋嘉節」という民謡を彷彿させるものだった。 [続きを読む]
  • 1674 辞書を引く楽しみ 「問うに落ちず語るに落ちる」
  •  最近、辞書を引くことが多い。分厚い辞書だけでなく電子辞書には出版社別のいろいろな辞書が入っていて、気になる言葉を簡単に調べることができる。例えば「語るに落ちる」という言葉がある。政治家の言動を見ていると、昨今これに当てはまることが少なくないことに気が付く。政治の劣化と言われて久しいが、政治家より政治屋という妖怪が永田町を徘徊していることが背景にあるのだろうか。 [続きを読む]
  • 1672 方丈記と重なる少女の災難 胸えぐられる光景
  •  大阪府北部で最大震度6弱を観測した18日朝の地震で、高槻市の市立寿栄(じゅえい)小学校のブロック塀が倒壊し、小学4年の三宅璃奈さん(9)が死亡するなど、大阪を中心に大きな被害が出た。大阪に住む友人に連絡すると「怖かった」という声が返ってきた。天変地異が相次いだ時代に生きた鴨長明(1155−1216)は、『方丈記』で人生の無常を記したが、その中にも土塀が崩れ、子どもを亡くした武士の号泣する姿が描か [続きを読む]