遊歩 さん プロフィール

  •  
遊歩さん: 小径を行く
ハンドル名遊歩 さん
ブログタイトル小径を行く
ブログURLhttp://hanako61.at.webry.info/
サイト紹介文社会現象、旅の話、読書の感想、歴史、ペット、芸術まで幅広い分野をフォローするブログです。
自由文自宅周辺には大雨を調整するための人工池やけやき並木の遊歩道があり、四季折々自然を楽しんでいます。こうした自然を友にした散歩の途中、現代世相について諸々考えることがあります。2006年9月からスタートし、1400回を超えたこのブログは、そうした私の日常雑感をつづっています。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供72回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2008/01/03 09:08

遊歩 さんのブログ記事

  • 1605 遠くなった無冠の帝王 『デスク日記』の原さんの死
  • 「無冠の帝王」という言葉がある。「(地位はないが強い力のある者、または権力に屈しない者の意で)新聞記者。ジャーナリスト」(広辞苑)という意味だった。「だった」と過去形で書くのは、昨今の記者たちが権力に屈してしまっている印象が強く、「無冠の帝王」とは縁遠い存在になりつつあると感じているからだ。6日に92歳で亡くなった元共同通信社編集主幹の原寿雄さんの現役時代、この言葉は生きていた。 [続きを読む]
  • 1604 生を愛し日々を楽しむ 冬木立の中で
  •  12月ともなると、遊歩道の街路樹のけやきもほぼ葉を落とした。我が家のすぐ前にある2本だけがなぜか、頑張って赤茶けた葉を3分の1ほど残している。しかし、間もなくこの木の葉も落ちてしまい、遊歩道は「冬木立」の風景になるだろう。「妻逝きて我に見えたり冬木立」。知人が詠んだ句からは寂寥感、孤独感が伝わる。 [続きを読む]
  • 1603 孤立する元中国残留孤児 2世も定年世代に
  •  中国残留孤児が社会問題としてクルーズアップされたのは、1980年代だった。1981年3月2日、中国残留孤児の訪日肉親調査がスタートし、1999年まで30回にわたって集団訪日調査が続いた。その結果、孤児とその家族の多くが帰国を果たしたのだが、かつての孤児たちは高齢化し、その2世も定年世代に入りつつあり、新たな問題が浮上しているという。  中国残留孤児を含めた中国帰国者の支援活動を続けている知人は、 [続きを読む]
  • 1602 最善説への痛烈な皮肉 小説『カンディート』の世界
  •   今年も残すところ、きょうを入れて30日になった。少し早いが、2017年を回顧すると、内外とも芳しくない年だったといえよう。この世は到底、哲学の「最善説」を信じることができない時代であることを思い知らされた1年だった。そんな思いに浸っているとき、たまたまフランスの思想家・作家ヴォルテール(本名、フランソワ=マリー・アルエ。1694−1778)の最善説をテーマにした小説『カンディート』(光文社古典 [続きを読む]
  • 1598 ある友人の墓碑銘 「一忍」を胸に生きる
  •  9月に亡くなった高校時代の友人の墓に詣でた。千葉県鎌ケ谷市のプロ野球日本ハム2軍用の「ファイターズ鎌ヶ谷スタジアム」に近い、自然公園風の美しい墓地である。50段近い階段(足腰の悪い人用にはモノライダーという小さなモノレールのような乗り物がある)を上がると広大な墓地があり、事務所の人の案内で友人の名前が記された赤御影石の墓にたどりついた。その墓石には「一忍」の墓碑銘と2輪のバラの花が彫りこまれてい [続きを読む]
  • 1596 病室は高齢化社会の縮図 わが入院記
  •  足のひざ付近のけがで26日間にわたって、入院する羽目になった。当初、手術から1週間程度で退院できるのではないかという医師の話だった。だが、実際に患部を開いてみると傷は大きく、結果的に1カ月近い入院生活を送らざるを得なかった。入院した4人部屋はカーテンで仕切られているが、隣の患者の様子は否応なく伝わってきた。その実態は、私には高齢化社会の縮図のように思えた。 [続きを読む]
  • 1595 リハビリと読書 秋雨はさびしい
  •  既に書いたように、足のけがで1カ月近く入院した。その間、やることと言えば、一日3回(土日は2回)のリハビリと3度の食事ぐらいだから、消灯(午後9時)までに時間はかなりある。テレビは、ニュースもワイドショーも、希望の党と小池氏のことに集中していて、見るのもあきた。結局、本を読んで時間を送った。けがをしたのはつらいことだったが、病院での生活は知的楽しみの時間でもあった。 [続きを読む]
  • 1590 難を乗り切れ スポーツ選手とけがの闘い 
  •  前回のブログで紹介した陸上競技の桐生は、大記録を達成した後「肉離れしたらしゃあないと思ってスタートしたら、思い切り出られた。けがなく終わってよかった」と、述懐している。この言葉から、スポーツ選手にとって、試合に出ることはけがとの闘いであることがよく分かる。大相撲の秋場所で、横綱3人だけでなく、人気力士の大関高安と幕内宇良が休場した。あまりにもけがが多いのはどうしたわけだろう。 [続きを読む]
  • 1588 ある秋の詩 小詩集『風信』より
  •  このところ、私が住む関東南部は涼しい日が続いている。9月の初旬といえば、「残暑」という言葉通り、例年はまだエアコンに頼っているのだが、ことしはそうではない。秋の気配が例年より早く漂い始めているのである。そんな時、一つの詩を読んだ。その詩は「秋の野が奏でる交響詩『たわわ』で結ばれていた。 [続きを読む]
  • 1587 9月に吹く風 変わらぬ人間性
  •  物いへば唇寒し秋の風 松尾芭蕉 今日から9月。急に涼しくなった。秋風が吹き、街路樹のトチノキ(マロニエ)の実が落ち始めた。詩人の大岡信は、日本人の秋風に対する思いについて、面白いことを書いている。最近、ニュースになった政治家のヒトラーに関する発言を考える上で参考になった。 [続きを読む]
  • 1586 「読書は人をつくる」 時間の無駄では決してない
  • 「読書は満ちた人をつくる」(イギリスのフランシス・ベーコン随想集より。原文=Reading maketh a full man)という言葉がある。英文学者の福原麟太郎は『読書と或る人生』(新潮選書)の中で「満ちた人」とは「心豊かな人」という意味だと書いている。書店が地域に1店舗もない「書店ゼロ自治体」が増えている―という新聞記事を読んで、読書に関する本を引っ張り出すと、冒頭の言葉が飛び込んできた。書店が減っているとい [続きを読む]
  • 1584 咲き続ける朝顔 季語は秋でも夏の風物詩
  •  小学校1年生の孫娘から預かった鉢植えの朝顔が咲き続けている。わが家にやってきてから111個、実際に咲き始めてからちょうど150個になる。この先どれほどの花が咲くのだろう。俳句歳時記によると、朝顔は夏の季語ではなく秋の季語だ。「朝顔市」をはじめとして、朝顔にちなんだ行事は夏の風物詩ともいえるのもので、季節感とはややずれがある。旧暦の二十四節季を基にしているためだが、季語は別にして、朝顔は日本の夏を [続きを読む]
  • 1583 ガダルカナル・インパールを生き抜く 元兵士の手記
  •  72回目の終戦の日である。太平洋戦争で310万といわれる日本人が死亡し、中国(1000万人)をはじめアジア各国で2000万人以上が犠牲になったといわれる。天皇陛下は戦没者追悼式で「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」と述べた。一方安 [続きを読む]
  • 1582 戦争文学を読む 72年目の夏
  •  最近読んだ本は、「戦争文学」といえる3冊だ。特攻隊長の体験を基にした島尾敏男の短編集『島の果て』(集英社文庫)、戦争を知らない世代が書いた高橋弘希『指の骨』(新潮文庫)、フィリピン・ミンダナオ島で生まれ、ジャングルでの避難生活を体験した衣山武秀『どこまで行っても上り坂』(自費出版)である。前掲の2冊はフィクション、3冊目は個人史である。手法は違っていてもそれぞれに戦争の実相を描いていて、深く心に [続きを読む]