フッチャン さん プロフィール

  •  
フッチャンさん: 意拳修養拳学舎
ハンドル名フッチャン さん
ブログタイトル意拳修養拳学舎
ブログURLhttp://bunomichi.seesaa.net/
サイト紹介文中国拳法<意拳>を伝える意拳修養拳学舎のブログです。 教室案内も載せてます。
自由文中国拳法<意拳>を伝える意拳修養拳学舎のサイトです。
 管理人の武術について思ったこと感じたことも書いている備忘録でもあります。
教室案内も載せてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供221回 / 365日(平均4.2回/週) - 参加 2008/01/05 10:50

フッチャン さんのブログ記事

  • 道新拳論30
  • 今回は、道新拳論30ということで書いてみたいと思います。以下撃物(物を打つ)訓練は、爆発力と進攻技術の結合訓練である。撃打のエネルギーの主に速度を高めることが出来る梨球と、主に力量を高める重砂袋と、主に協調性を高める吊り球を包括している。また、撃打のエネルギーの霊敏反応のそれら通常でない揺れ動く手の的を高めるのを包括している。他に、各拳派中、それらは価値のある練法を持つ。そしてその他の運動項目の訓 [続きを読む]
  • 道新拳論29
  • 今回は、道新拳論29ということで書いてみたいと思います。以下爆発力訓練は“功力”増長の主要方式である。一般に一定の阻力の弾性を備える、あるいは、突発性の動作進行反復総連を採用している。空操は器械の補助がない下で、幾つかの角度の発力動作を反復進行する。その要点は、動作の急停を重んじることにある。発展動作をもって、反対方向の?力を用いる。棹を振るのは、爆発力を高める極めて有効な方法である。蜡杆を使い、 [続きを読む]
  • 道新拳論28
  • 今回は、道新拳論28ということで書いてみたいと思います。以下具体的に訓練の方式方法に到り、我々の方案は、迅速に戦闘レベルの訓練を高めることが出来、基礎訓練、爆発力訓練、抵抗力訓練と実戦訓練に分ける。純粋な基礎訓練は一般に、訓練の開始をなす。それは長距離走のような最も簡単な攻防動作を包括している。また、力量訓練は一種の補助的練習をなす。それこれの筋肉の発育が良くない人に対して言うと、必要なものである [続きを読む]
  • 稽古日記:人吉稽古二日目
  • 今日は、朝から人吉での意拳の稽古二日目を行ってきました。今回は、特に養生練習から始め、基本的な感覚を捉えるところから、おさらいして、理解を深めてもらいました。養生練習を基本として、そこへ上乗せする形で、意拳の技撃に必要な原則を加えていきました。その後、それら使っての発力練習、推手の練習と進んでいきました。二日間の練習で、強調してきたのは、一つ一つの動作を逐一直すというより、原則を基に考えて動くとい [続きを読む]
  • 稽古日記:人吉稽古一日目
  • 今日は、午後から、熊本県は人吉にて練習会をしてきました。お盆に開いてる会場があるものですね。単操手の練習から、たんとう、試力の練習、少し飛んで、意拳の特徴的な戦闘方法について説明をして、実践してもらいました。練習のつながりが分かるように、代表的な形を多く取り入れ、どの形がどのように使われるかを体験しながら練習してもらいました。最後は、推手の練習を、やはり特徴的な形を使って、実際の運用を行っていきま [続きを読む]
  • 道新拳論27
  • 今回は、道新拳論27ということで書いてみたいと思います。以下一門の技芸を掌握し、そしてより多く、より複雑にではないのが、より良い。深奥の技巧がそのいくつかの見慣れて珍しく感じない招法中に存在するのを知る必要がある。訓練は、平凡な招法が生み出す不平凡な効果を生み出させることである。我々の戦闘レベルを高めるのは、どの方面より実現すべきか?その実、格闘能力の向上は、神経機能の改善、運動素質の増長と行動技 [続きを読む]
  • 道新拳論26
  • 今回は、道新拳論26ということで書いてみたいと思います。以下某数人の武の者の最大の間違いは、彼が自己に間違いがあるのを認めないことである。総じて、自己の想法と技法は最も正確で、最も非の打ちどころがないと考えている。これまでずっと、別の人が提出する異議を容認できない。そして、固執し、いうまでもなく、どの方面の外国の拳術も中国に及ばない、旁国の拳法は本門に及ばないと考える。これは、今後の戒めとするべき [続きを読む]
  • 道新拳論25
  • 今回は、道新拳論25ということで書いてみたいと思います。以下訓練は、実戦に接近するべきである。また実戦は模倣訓練ではない。訓練中に、我々は伝統を重んじ、創新を重んじなければならない。自己の全部の才智と能力を発揮し、一切実戦となす。我々の“拳術観”を正すのは、訓練の前提である。そのいくつかの不可思議な功法を軽く信じてはならない。数人の人の言語といくつかの表面現象の迷惑なところをこうむってはならない。 [続きを読む]
  • 稽古日記:独立椿
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。今回は、単操手から、いつもと順番を変えて、站椿に時間をかけて説明し、練習してもらいました。後半は、特に特殊な部類になる独立椿の説明をして、練習してもらいました。独立椿は、薄家聰先生の著書によると、蹴りの準備姿勢という説明をされます。実際もその通りになり、意拳の蹴りを考えれば、独立椿をどのように練習すればよいのかというのがわかります。意拳の蹴りは、少し特殊で [続きを読む]
  • 8月の予定
  • 8月4日(土)9:00〜12:00 屋内 吹田8月11日(土)お休み8月12日(日)12:00〜17:00 熊本 練習会8月18日(土)9:00〜12:00 屋内 吹田8月25日(土)9:00〜12:00 屋内 吹田変更等がある場合は、随時予定を更新していきますが、不安のある方は遠慮なく私に連絡して確認して下さい。見学を希望される方は必ず前日までに予約をして下さい。申し込み・お問い合わせ  意拳修 [続きを読む]
  • 道新拳論24
  • 今回は、道新拳論24ということで書いてみたいと思います。以下訓練方法習武者の第一の目的は戦闘レベルを高めることである。しかし、多くの青年は長い時間を費やして、大量の汗水を流出している。ただし、はなはだわずかに収めているが、その拳技は、同じ身体をもって、壮健者あるいは殴り合いに慣れたものと対抗するのは難しい。その原因は、訓練中に彼らは、一本の極めてその複雑なものを歩く。しかしながら、また目標への虚し [続きを読む]
  • 道新拳論23
  • 今回は、道新拳論23ということで書いてみたいと思います。以下骨格、筋肉、そして神経中枢各方は言うまでもなく、みな改善を獲得する。とりわけ、それは神経中枢において、向上、鋭敏霊活正確な反応能力を得る。動かされるのを克服し、時間の概念を強める。多種多様な方式方法手段を創造し、それによって、使用において利する。戦術技術と意識方面において、有機的に関係している。身体素質と技術を全面高みに達するようにさせる [続きを読む]
  • 道新拳論22
  • 今回は、道新拳論22ということで書いてみたいと思います。以下ただ、個人がその中において、定かでなく、主宰のない空洞の動作を創るだけである。それは完全に熟練して初めて、意識的なものを捨て去っても良い。訓練は全面発展をもって主となすべきである。厳粛な態度と厳明な訓練規定がなければならない。もし、技術の細節、戦術の運用、各種素質の向上を磨き求めるなら、随時まとめ、それによって良好な基礎を築く。以上今回は [続きを読む]
  • 稽古日記:意拳のスタイル
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。奇しくも台風の影響のためか、本日は少し涼しかったですね。今回は、単操手の練習から、打拳を練習していきました。あまりみっちり練習したことがない、<横拳>の練習も時間をかけて練習してみました。そこから、打拳を連続する練習をして、少し攻撃的な自由試力を行っていきました。意拳で、打撃を多く採り入れる自由試力を<打鬼>という呼び方をするそうです。私も、これだと言って [続きを読む]
  • 道新拳論21
  • 今回は、道新拳論21ということで書いてみたいと思います。以下訓練一般の練習中において、我々が常に見るものは、幾つか間違う傾向がある。例えば、全身各部動作が、協調一致することが出来ない。これにより、身体は結びつなぎ合わせる力を発展させることが出来ない。すなわち、集中の力である。動作は、意識の支配するものではなく、また最大の欠陥がある。たとえ動作意識中であっても、敵情視念がない。以上今回からは、<訓練 [続きを読む]
  • 道新拳論20
  • 今回は、道新拳論20ということで書いてみたいと思います。以下この鍛錬中の対立する一法則は、拳術鍛錬の最も基本の法則である。それを離れれば、すなわち、帰依する方法がない。これを順守し、前進し、経験を積み重ねる。まとめと整理は、実際おいて合い、質変、量変に到達する。実在性のものは豊富にある。それは、まさに拳術知識の深化である。以上今回は、拳術鍛錬中の、対立する法則について書かれているようです。これは、 [続きを読む]
  • 道新拳論19
  • 今回は、道新拳論19ということで書いてみたいと思います。以下動作中に静を宿し、静虚の間に動を隠す。形の変換は、意識の支配と同じである。意識の衝動は、すなわち体貌の動態を表現する。互いは、互いに因果、相互に促成する統一現象をなす。これは、まさに拳術鍛錬上の必然法則である。以上今回は、動作の要領について述べているようです。形の変換が、意識の支配と同じということが書かれていいます。意識をどのように持つか [続きを読む]
  • 稽古日記:站椿の意味
  • 今日は朝から意拳の練習会をしてきました。連日の猛暑で、室内に冷房をかけていたものの30℃を下回らず暑かったですね。今回は、単操手から始まり、最初に集まっていたメンバーが日が浅いこともあり、站椿のやり方、考え方、意味をまとめて説明してみることにしました。站椿は、他の中国武術にもありますが、意拳には意拳の考え方があります。站椿に関しての記述は多く、説明をしだすと、膨大になりますが、端的に言うと、站椿は [続きを読む]
  • 道新拳論18
  • 今回は、道新拳論18ということで書いてみたいと思います。以下内空外松は緊張を解除することである。精紳意思を活発に開眼させ、肢体動作は、展開する正確な方法をゆっくりはなつ。内部の虚静は意念をもっぱら某所にそそがせることが出来る。外部の緩さは、収縮霊敏にすることができる。動作は迅捷を反映する。このようにすなわち、形と意は相合的である、動と静も相反しない。以上今回の箇所も内空外松と言うことについて書かれ [続きを読む]
  • 道新拳論17
  • 今回は、道新拳論17ということで書いてみたいと思います。以下整体から言うと、内空、外松である。内空は、内臓を心地よ妥当に配置させる。心は平安に、気は穏定にする。意念はしとやかに合う。これは、虚静の前提である。外松は筋肉の弛緩緊張である。気血は、円滑で充実し、脈打っている。感覚は敏鋭で、弾性反応の前提に富んでいる。以上今回は、整体方面の見方について、内と外、内空、外松について説明しているところのよう [続きを読む]
  • 道新拳論16
  • 今回は、道新拳論16ということで書いてみたいと思います。以下短く促し、急に排出する。同時に、身体を通して、収縮緊張状を呈する。排気後、すぐに弛緩を回復し、松静状態にする。吸気は、出来るかぎり充実飽満させ、呼の時、ちょうど適当なところで止める必要がある。必ず、腔体にゆとりがあるようにする。細微な空虚感があるのを感じない。たちこめ、漂い、体内において周環する。その他呼吸気の運用方法は、この例に当てはま [続きを読む]
  • 稽古日記:関連性について
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。さすがに、大阪も梅雨が明け、猛暑という感じがしてきましたね。今回も単操手、打拳の練習から入り、今回は、生徒さんからの要望を聞いて、站椿、試力、打拳などを通して行ってみました。さすがに、全てを網羅すると、時間が足りないので、站椿、試力、打拳(発力)の関連性について的をしぼり、説明をして実践していきました。意拳の動きの幾つかは、站椿の延長線上にあり、試力、発力 [続きを読む]
  • 道新拳論15
  • 今回は、道新拳論15ということで書いてみたいと思います。以下吸うのは、静かに、細く、深く、長くを求める。呼は、短く、促す、急、迫る、を求める。吸入は多く、呼出は少ない。吸うとき、意をもって、これを導く。意の立つところより、また注意を蓄える。呼気時、胸腹は排圧動作を行う。以上今回は、具体的な呼吸の要求について書かれているようです。呼吸の長短まで指定してしまうと、調息をしてしまい、現在王向斉伝の站椿の [続きを読む]
  • 道新拳論14
  • 今回は、道新拳論14ということで書いてみたいと思います。以下揺れ動いているのと、穏やかさの状態の交替は身体の代謝功能を促進する。それは全身気血の流転を促進する。それによって、栄養の供給作用を強める。積極的なのは、適当な刺激をもって、功能を与える。消極的なのは、すなわち新物質の補充作用を始め、発育体質を深める。以上今回のところは、代謝や血液の働きについて書かれているようです。動と静の状態の交替は、身 [続きを読む]
  • 道新拳論13
  • 今回は、道新拳論13ということで書いてみたいと思います。以下呼吸方法に注意し、まず、気海に注意し守るのを気にかける。気が充ちるのをまち、腹が蒸騰する発勢を採取し、肩背が挟む脊椎(すなわち任督が交差する感じ)に転向する。この時、意をもってこれを分け、四肢百骸の間において運行する。意念はもっぱら、一つ所にそそぐ。別に気に掛けてはならず、次第に全身に及ぶ。およそ、意念の秘密の注釈は、すなわち気血を運び、 [続きを読む]