フッチャン さん プロフィール

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フッチャンさん: 意拳修養拳学舎
ハンドル名フッチャン さん
ブログタイトル意拳修養拳学舎
ブログURLhttp://bunomichi.seesaa.net/
サイト紹介文中国拳法<意拳>を伝える意拳修養拳学舎のブログです。 教室案内も載せてます。
自由文中国拳法<意拳>を伝える意拳修養拳学舎のサイトです。
 管理人の武術について思ったこと感じたことも書いている備忘録でもあります。
教室案内も載せてます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供227回 / 365日(平均4.4回/週) - 参加 2008/01/05 10:50

フッチャン さんのブログ記事

  • 意拳新編 論意⑧
  • 今回は、意拳新編 論意⑧ということで書いてみたいと思います。以下習拳は、意思を重んじ、意とは、その前の一歩(一段階の)功夫をなすのを知りうるべきで、得られないと、どうして言いのこすのだろうか?何を意を得るというのか?まず、何を意と言うのかを知らなければならない。意の字の解答は、以前既にこれを話している。必要としない、また無駄である。字の功夫を知ることは、動静変化中にこれを求めなければならない。どう [続きを読む]
  • 意拳新編 論意⑦
  • 今回は、意拳新編 論意⑦ということで書いてみたいと思います。以下習拳は、拳理、拳意、拳形を知るべきである。意は全身の外においてとどめさせる。意を身外に存在させ、身上の規則を受け取る。神理は自然にこれを得る。習拳の外形たけていて、かつ拳理拳意を知らぬものは、心がつかれ、意が乱れる。意を得ることなしに終わるだけでなく、おそらく身心はかえって、このために傷つく。”神意が足り、形骸が似るのを求めない、意が [続きを読む]
  • 稽古日記:術理の確認
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。外は、少し寒くなってきましたが、借りている部屋は少し暑いくらいでした。今回も、打拳の練習から入り、少し詳しく説明をしてきました。どういう要素の動作を合わしていけばよいかを、説明し、実践してもらいました。後半は、あらかじめ予定をしていたのですが、先週の続きで、意拳の術理を説明していきました。いつも、質問があるとすぐ脱線してしまうので、あらかじめ白板に説明する [続きを読む]
  • 意拳新編 論意⑥
  • 今回は、意拳新編 論意⑥ということで書いてみたいと思います。以下習拳は、来勢(押し寄せてくる勢い)、去勢(勢いを奪う)を知らなければならない。来の字と去の字は、とてもじっくり考えるのに足る。意思はこの来去の二字にある、すなわちこれを得る。もし、先にどのように力を用いるのか、また後にどのような力を用いるのかを知れば、このように追求するのは、すなわち間違いである。(意は動の先に存在し、その動はすでにと [続きを読む]
  • 意拳新編 論意⑤
  • 今回は、意拳新編 論意⑤ということで書いてみたいと思います。以下勢が左へ行くのを欲すれば、意はまず右を振り向く、勢が右へ行くのを欲すれば、まず左を振り向く。或いは、上の勢が下に垂らすのを欲し、あるいは下の勢が上に高く立つのを欲する。すべて、中心から一区切り状態を経てはいけない。”古拳譜がいう”、力を用いるのは、青蚕が生糸を吐くごとく、またいわく起式は荷をかつぐごとく、進歩は塊虫のごとく。虚中に実を [続きを読む]
  • 意拳新編 論意④
  • 今回は、意拳新編 論意④ということで書いてみたいと思います。以下その気力はちょうど全身をスムーズに達することができ、機運に乗じ、外へ発する。どこでも順調に事が運ぶ。これすなわ力を用いるのはよくなく、かえって害と呼ぶところををなす。学ぶ者は、これをよく考えなければならない、。”意は動の先にあり”は、習拳の要訣をなす。古人の千言万語を覚えるのは、ここに尽きる。力を知りたいなら、動生に随い、争力に基く。 [続きを読む]
  • 稽古日記:基本的な戦闘方法
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。今回は、野外練習となってしまい、あいにくの雨天だったので、思うとおりに練習できませんでしたが、雨を避けながら、ぼちぼちと練習を始めていきました。今回も打拳の練習からはじめ、少し普段やらない練習もしてみました。後半は、新しい人にも、ぼちぼち意拳の戦闘方法について覚えてもらおうと、意拳の基本的な戦闘方法、考え方を説明してみました。意拳には、実戦に対して、独特の [続きを読む]
  • 意拳新編 論意③
  • 今回は、意拳新編 論意③ということで書いてみたいと思います。以下習拳は、精神を集積し、気質をあわせなければならない、養練合一であり、まさにそれをなし、拳となす。この境に達するのを欲し、意思において、これを求めなければならない、。意思を言うのを欲し、まず学ぶ者の習拳の病を知らなければならない。速効を求めるということがある。速効を求めるのは貪念である。この念は一生、身心がきっと力を消耗し、気血の運行を [続きを読む]
  • 意拳新編 論意②
  • 今回は、意拳新編 論意②ということで書いてみたいと思います。以下意気力は、自身以外において運用する。なお、運用の空間がなければならない。意気力の守中が一つに交わり、この空間を捨てると、その妙用をなすことができない。ゆえに、習拳はこの身の外の空間があり、運使をなす。まさに、その運化の妙を尽すことができる。練拳は空気中で遊泳するように、意は身の外にあり、中を守る、身体は自然に均整にする。また、習拳を言 [続きを読む]
  • 意拳新編 論意
  • 今回は、意拳新編 論意ということで書いてみたいと思います。また、新しい項ですね。以下第十二章 論意いわゆる拳義は、精神と気質の運使を説明したものであり、極めて詳細になる。肢体を運用し、筋骨を伸縮させることで、気血が流れ、それによって身体を強健にする。すなわち気質方面においてこれに属し、筋骨がどんな運動に基くかに至っては、精神方面においてこれに属する。身体の運用は、もともと一意の支配に理由がある。意 [続きを読む]
  • 10月の予定
  • 10月7日(土)9:00〜12:00 屋外 吹田(公園)10月14日(土)9:00〜12:00 屋内 吹田10月21日(土)9:00〜12:00 屋内 吹田10月28日(土)9:00〜12:00 屋外 吹田(公園)変更等がある場合は、随時予定を更新していきますが、不安のある方は遠慮なく私に連絡して確認して下さい。見学を希望される方は必ず前日までに予約をして下さい。見学申し込み・お問い合わせ  意拳 [続きを読む]
  • 意拳養生法 レポート配布のお知らせ
  • このたび、宣言していた小冊子(レポート)第二弾が完成しました。題名は<意拳養生法>という名前にしました。今回のレポートは、意拳の養生(健身)効果について書いたものになります。気功とも違う、意拳の養生法について、あくまで私の理解する限りですが、紹介しています。もちろん、無料のレポートになります。読んでみたい方は、下記のフォームから、⇒意拳養生法ここに必要事項を記入し、何かしら、意拳の養生法に関する疑 [続きを読む]
  • 稽古日記:特殊な動き
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。今回は、単操手から、打拳の練習を行いました。その中で、基本拳法の関連性について、話をしました。意拳の直拳、鈎拳、栽拳には、後付けのようですが、関連性があり、良く似ているところもあります。そういったことも少し知識として知っていると、理解の助けになると思います。その後、意拳の原理をもとにした動きを、説明して行ってもらいました。意拳の動きは、少し特殊な場合があり [続きを読む]
  • 意拳新編 養気⑨
  • 今回は、意拳新編 養気⑨ということで書いてみたいと思います。以下気は丹田を貫く、気は小腹へ沈めることは、近来の拳術家が楽しむところをなす。気を引き上げるのは、本来間違いであることを知る必要があり、気を沈めることもまた間違いである。その気を沈めることを求めるなら、気は自然にすることができない。現実は、その自然に任せるのに及ばない。気を付けるまでもなく、奇妙である。ゆえに拳術家は運動を話すと、その気を [続きを読む]
  • 意拳五つの誤解!?配布終了のお知らせ
  • 予告しておりました通り、新レポート<意拳五つの誤解!?>配布を終了しました。思った以上に、質問をして請求して下さった方が多くて、作成してみて良かったなと思います。ありがとうございました。そして、やっぱりこういうことが疑問だったり、不安に思ったりしているのだろうなということや、こういうことで悩んでいるのだということが分かりました。今後、ブログ、メルマガ、また新レポートにて、その辺りにメスを入れて、情 [続きを読む]
  • 意拳新編 養気⑧
  • 今回は、意拳新編 養気⑧ということで書いてみたいと思います。以下養気はもっぱら調息にあり、かえって身外にこれを求めるのを知らない。気が調おうとしないようにさせ、また自ずと調う。その法は目で、遠方を注視し、仮に一つの標点を定める。神が合い、意が合い、光が統合する。我が動くとき、標点はこれに従わせ、全て動く。標点は放大する。その光は輪のようである。縮小すれば、殊に破ることはできない。初めに動く時、標点 [続きを読む]
  • 意拳新編 養気⑦
  • 今回は、意拳新編 養気⑦ということで書いてみたいと思います。以下神を用い、意を用い、力を用いないことは、養気調息ができる。流れが止まらず、神意と気を合わせる。この道の真の主宰(支配する力)、また奥妙と機会を得させる。また、前に言った、養気は故意に我の意の支配を用いてはならない。また神を用い、意の一語を用いる。また、意を用いるのを重んじる。どうして矛盾しないのだろうか。実はすなわち未である。故意に我 [続きを読む]
  • 稽古日記:単推手
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。今回は、単操手から、打拳の練習に入っていきました。その後、しばらく前発力(正発力)の練習を詳細に練習してみました。前発力も、意拳の基本的な発力とされているようなのですが、いろんな要素が含まれていてそこそこ形にするのもなかなか難しいと思います。大体、よくある間違いとしては、手を大きく伸ばして、相手を押しだすようにしたり、、はたくような打ち方をしてしまうことが [続きを読む]
  • 意拳新編 養気⑥
  • 今回は、意拳新編 養気⑥と言うことで書いてみたいと思います。以下肺活量が増大すれば、垂肩虚胸にある、(鳩尾はわずかに収める)胸を突き出し、背を押し出すのは誤りである。少し試してみれば自ずと知るだろう。拳は、虚中に気を取る必要がある。気は虚中に実をなす。動くときは身外において求める。力と気を尽さず、ゆとりをとどめておく。また、全身毛髪は矛のようにまっすぐ立てる(気が尖端へ達するあたかも気が足りている [続きを読む]
  • 意拳新編 養気⑤
  • 今回は、意拳新編 養気⑤ということで書いてみたいと思います。以下この種の呼吸動作は、拳の基本功であり、この基点から発生する操作は、理が合い、おのずとこの動をなす。動は思いのままにでき、しかる後初めて天然、活き活きとして止まない気を得る。またその真の味わいを知る。全身毛髪は、同じく呼吸と鼻呼吸がお互いに順応し合うことをなす。毛孔呼吸は人身の功能に対して、鼻で吸うのを大きくする。また人は自覚しない。ゆ [続きを読む]
  • 意拳新編 養気④
  • 今回は、意拳新編 養気④ということで書いてみたいと思います。以下世間の人はそれぞれ常に坐功をもって、禅学の秘となす。自ずとある日頂点であることをすでに得ていることを知る。その実は口で言う自然に過ぎない。そのあぐらをかいて坐ることを知らないことは、まさしく不自然であろう。すなわち、練習の害なく、またきっと得るところがない。ただ、一時の精がはっきりし、呼吸は静かにするのみである。この非整体の功夫は理解 [続きを読む]
  • 稽古日記:歩法練習
  • 今日は、朝から意拳の練習会をしてきました。今回は、いつもの打拳の練習からはいって、後半は歩法の練習をしていきました。久しぶりに、まとまった時間をとって、必要事項を説明していきました。意拳の歩法の基本は摩擦歩で、別称もいくつかあるそうです。ジグザグの歩法を行うため、三角歩とか、蛇形三角歩とかと呼ばれるというのを何かで見たことがあります。あえてこの歩法を基本に据えているということは、何かしらの意味があ [続きを読む]
  • 意拳新編 養気③
  • 今回は、意拳新編 養気③ということで書いてみたいと思います。以下操拳;動は霊妙であり、推測できない、静は厳粛であり、揺り動かすことができない。この気において基づかないないものはない。養の要素がなければ、何がこれを達することができるだろうか。養気の道は、どうしておろそかにすることができるだろうか。養気を行う者の多くを講ずると:両肺をふくらませ揺れ動かすことによって、或いは胸内に努力し、充実を求めるた [続きを読む]
  • 意拳五つの誤解!?
  • このたび、メルマガの方で宣言していた小冊子(レポート)第一弾が完成しました。題名は<意拳五つの誤解!?>という名前にしました。よくある意拳の誤解について、五つに絞って説明した読み物になっています。ページ数としては、あまりないのですが、意拳を学習する過程で知っておいた方が良いと思われることを書いてみました。人によっては、大きな気づきになるかもしれません。もちろん、無料のレポートになります。読んでみたい [続きを読む]
  • 意拳新編 養気②
  • 今回は、意拳新編 養気②ということで書いてみたいと思います。以下気は力強く充ちることで、習拳の結果をなす。気の順逆虚実は、人の壮老勇怯に関係する。また、身体四肢筋骨の運使変化は、これに因り、これに依存する。ゆえに、気がなければ、その用を養うものはない。人にとって気は、計り知れない需要を満たす。生まれてから、この人生の原動力のあるところであり、力の強大を欲し、養気の入手に従わなければならないのは、自 [続きを読む]