Mickey さん プロフィール

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Mickeyさん: Mickey's world
ハンドル名Mickey さん
ブログタイトルMickey's world
ブログURLhttp://libramikio.exblog.jp/
サイト紹介文湘南在住でさまざまな被写体を撮っています。
自由文少年の頃の"a sence of wonder"を取り戻したくて、写真を始めました。デジタルも使いますが、基本は銀塩と信じています。海・空・山・街。時々モノクローム。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供108回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2008/01/26 14:03

Mickey さんのブログ記事

  • 幸せな海
  • 伊豆の小さな漁港は初秋の明るい光に包まれている。釣り船が出て行く。引き波が湾内に畝を作る。水面は青空の蒼を映し、藍に染まる。振り返れば水面は美しいグリーンに染まっている。小高い丘の樹々が、そのまま水面に反映する。空を映せば藍、樹木を映せば緑。清潔な漁船たちが、漁師の誠実を物語る。外海に面したテトラポッドには中学生くらいの男の子が一人で竿をふるっ... [続きを読む]
  • ツタウルシのルンルン
  • 10月の初めではまだ紅葉が燃えていないことは承知していた。しかし3連休だし、どこかに出掛けたくてしょうがなかった。山中湖のそばの、花の都公園のコスモスを念頭に置き出発したが、ここのコスモスは年を追うごとに淋しくなっていて絵にならない。そうだ、お気に入りの甲斐小泉から甲斐大泉をつなぐ泉ラインの雑木林はどうだろう。遠いな。でも行ってみよう。しかし、案に相違せず(笑)、まだ中途半... [続きを読む]
  • 還暦前夜
  • 明日還暦を迎える。今夜は文字通り、還暦前夜。前夜祭は、ない。こんなにロマンチックに、センチメンタルに、静かなこの夜を迎えるとは想ってもいなかった。入り日は海に還る。そして明日、また朝日となって昇る。強がりもこのところ薄れている。強がる必要がないのかもしれない・・・、そう思い始めた。でも、孤高という言葉は忘れない。 [続きを読む]
  • 非日常
  • 伊東まで来て腹が減った僕は、道の駅で、桜エビのかき揚げ丼を食べた。上品・・・ではないがサクッと揚がった桜エビを愛でながら、備え付けのパンフを読み、海中ボートが頻繁に出ていることを知った。もうすぐ60歳の男が、しかも一人で参加するのに幽かなためらいを覚えたが、乗船料1600円を払ってしまった。海中の光景は大したことはなかった。しかし思ってもみなかったが、船上では「かっぱえびせん」でカモ... [続きを読む]
  • 甦る海
  • 海というステージが持つ美しさに、今日、久し振りに心が向いた。こんなに傍に海があるのに、そしてほぼ土日のどちらかは、波打ち際を歩いて腰越のお墓に花を供えに行っていたのに、このところ不思議と心は全く海に向いていなかった。そして今日も同じように墓参りに行った。子供の頃に身についたピュアな海への憧れを、きっと加山の歌が呼び戻してくれたのだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、僕にとって海... [続きを読む]
  • 加山の時代
  • 現在、世間からすればかなり恵まれた境遇にいるにも関わらず、年齢的な過渡期を目前にし自分が見えにくくなっている。これは前にも書いた。その日、急に降ってきた。手垢にまみれる前の、自分の感性がピカピカに輝いていたころの自分をもう一度見つけることが出来れば、なんとかなるんじゃないか。そう思ったのと同時に、大好きだった加山雄三の世界を触媒に使えば、より見つけやすいのではないか、というアイデ... [続きを読む]
  • 後味がそれほど悪くないフェイクニュース
  • なんと、昨夜あれだけ慟哭した、12歳のフリーダ・ソフィアちゃんは実在しないということが、メキシコ海軍から発表された。元々いなかったんだって。なんじゃそりゃ?でもさ、実際にいて、且つデッドエンドの72時間を過ぎたらば、それはそれで全世界が哀しみに包まれる。結果フェイクでも、どちらかといえば後味が悪くないフェイクニュース、だね。 [続きを読む]
  • フリーダ!!!
  • フリーダ!!!がんばれ!助かれ!傍にいる子も助かれ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!フリーダ!!!!!お願いだから助かって!!! [続きを読む]
  • クロネコ
  • 今回の人文の旅では、どうしても行きたいところがあった。信州は伊那にある、クロネコという得体の知れない食堂である。今夜の宿は佐久海ノ口なのに、先ずは伊那に向かう。これまで何度もここに入ろうとしたが、到着する時間帯がいつも微妙で、いつもCLOSEDだった。一方で常に好敵手の地位にある「とよばらのローメン」は時間帯がルーズで、結局そちらに行き、それはそれで非常に満足していた。今回は昼... [続きを読む]
  • 村境 そして
  • 今朝、信州の南相木村から北相木村へとつながる道を、初めて走っていた。雨の中、道端にブロンズ像があった。案内板を読むと、「不戦の像」ということが判った。一体なんだろう・・・以下、案内板から抜粋。----------------------------ここ村境の「別れの松」は、過ぎし戦いの日、大命を受けた若者たちが、一言の抗弁も許されずに、村民総出の歓呼の声に送られて、愛する人々... [続きを読む]
  • 逸る心
  • 金曜の夜、お天気キャスターたちは「土日は日差しが出ます、でも乾いた空気が肌に心地よいでしょう」と口を揃えて言った。よし、どちらかの日に曼殊沙華を探そう、そう決めた。でも土曜日は、目覚めた時から円覚寺に坐禅に行きたくなり、そっち系で固めた。で、今日、やはり早朝から清々しく、マイフェイバリットエリアに曼殊沙華を求めた。どうだろう、沢山咲いているかしら、もう現地は老若男女のカメラマ... [続きを読む]
  • 地蔵峠、探索終了
  • 拙ブログ、地蔵峠のこと(2015/08/30)に書いたように、上田から松本に抜けるR143の地蔵峠がどうにも気になっていた。実は去年の今頃、探しに行ったのだ。R143のこの辺りには、写真の明通(あけどおし)トンネルと、もう一つ会吉(あいよし)トンネルがあり、双方とも1890年、つまり明治23年に開通したという。このどちらかが旧地蔵峠なのだが、そして集合知では会吉トンネルが地蔵峠であるこ... [続きを読む]
  • 始まりの秋
  • 夏は往きつつある。これから先、もちろん気温の高い日がやって来るだろうが、今年の夏は確実に往きつつある。串田孫一が、「毎年秋の入り口に天馬ペガススの四辺形を見ずに秋を迎えることはない」と書いたのと同様、僕はこのツリガネニンジンの可憐を見ずに秋を迎えることはない。高原の冷涼は、既に8月のうちに彼女を大人の女性にしていた。双眼鏡でとっくりと彼女のいでたちを確認した僕は、毎年の、秋を迎え... [続きを読む]
  • リコリスの頃
  • 久し振りにお気に入りのガーデンに行くと、もうリコリスのワールドだった。秋の田の曼殊沙華ももちろん大好きだが、ちょっと洋装のリコリスもなかなか捨てがたい。このガーデンでは既に花期は盛りを過ぎたようであったが、一体彼女たちはいつ最大のおめかしをしていたのだろう。あの、なんとなく暗かった8月の中旬か。だったらもっと早く訪れればよかった。以前、この花に添えてジョディ・フ... [続きを読む]
  • 塩名田
  • 大好きな場所だ。もう何回も拙ブログにアップしたと思うが、今年も訪れた。中山道、塩名田宿。不思議なものだ。晩年の親父が案外と旧い宿場が好きで、和田宿や海野宿、馬籠宿などによく通っていたが、息子もそうなりつつある。塩名田の、千曲川に掛る中津橋の袂、川魚屋。構図を取っていたら、微妙なお姐さんが歩いて来て、この「のむら」さんに入っていった。影の短さが、真夏の暑熱を留める。... [続きを読む]
  • たすけて
  • 誰かたすけて!おふくろとのコミュニケーションが取れない。彼女の名誉のためにこれだけは先に書くが、彼女は身の回りのことは出来ている。でも耳が遠くて会話が成立しない!成立しないのであれば話しかけないでほしいのだが、お構いなしに細々としたことを言う。たまらない。返事をしても聞こえない。勝手に相づちを打っている。モウダメ、会話が成立しないことほどフラストレーションが溜まる... [続きを読む]
  • 漂流
  • 10日間の長い夏休みをいただき、それはあと数時間で終わる。この長い240時間を僕はどのように使ったのか。一つ一つを指で差し、これは善かった、これは今一つだったなどと自分自身を評論することは愚であろう。自分が決めることが許された、自分の時間の使い方を、自分でけなすことは無用だ。ただ、こんな書き出しをすることは、何か不完全さを身の内に感じているということだ。世間に甘えて、大抵のこと... [続きを読む]
  • 別所 北向観音
  • 別所温泉には夕方着き、大湯とあいそめの湯に連続して入った。どちらも硫黄の薫り高く申し分ない。出ると太鼓の音が聞こえてきた。北向観音で盆踊りが始まろうとしていた。短い参道には本物の蝋燭が灯る雪洞が等間隔でいくつも並べられ、すべての胴に近在の子供たちが描いたであろう絵があり、心なし哀切感が漂う。観音堂はさすがに重厚でありながらも、すぐ脇の広場の太鼓の音、つまり庶民の民芸の極致とも融和してい... [続きを読む]
  • 飽和「葉緑素」濃度
  • 創られた公園、と言ってしまえばすべての公園は創られたものであるが、その中でも特に手入れが行き届いていた。とあるロックフィルダムの、放流サイドにある。造園の仕事は丁寧で、その光景は癒やしを充分に含んでいる。ただ、夏休みだが気温が上がらないことと、適度な雨?のせいか、本当に人っ子一人いない。セミも鳴かない。風も吹かない。替わりに、空気中に植物の葉緑素が放出されたかのよ... [続きを読む]
  • よみがえるバカ
  • 子供の頃父親と散歩をしていたとき、かなり勾配の急な坂を八百屋か何かのカブがスピードを上げて降りて来た。カブは僕たちの近くを歩いていたおばさんの間近で、大きなブレーキ音とタイヤの軋みを発して止まった。カブの兄ちゃんはそのおばさんと面識があったようで、止まった後、悪びれず、満面の笑みで「えへへ、驚いたでしょ」要するにおばさんをからかったのだ。おばさんはもちろん驚き顔が引きつっていた。... [続きを読む]
  • 白樺
  • 子供の頃から海辺の育ちで、だから白樺への憧れは並大抵のものではなかった。或る時従兄が、家族旅行で信州に行ったからそのお土産だ、と言って白樺林のポスターを我が家に持ってきた。そのポスターは今でいうA0サイズ、実に立派で、ほどなく僕の勉強部屋に張られることになった。癒された。そのポスターを見つめていると、NHK-FMの野鳥の声の放送で初めて聞いたカッコウの鳴き声が聞こえてくるのだった。... [続きを読む]
  • 読了
  • 今年になって、重い腰を上げて、これまで中途で放棄していた鈴木大拙の「日本的霊性」を読み終わった。勢いを得て、やはりとん挫していた森清著「大拙と幾多郎」も今日、読了した。3年越し、いや、5年越しかもしれない。合間に「無心ということ」「禅」を読んでいたが、ようやく、大拙・鈴木貞太郎の爪の垢の一塵ほどに目を向けることが出来たレベルか。それにしても明治の日本人力には瞠目すべきものがある。... [続きを読む]
  • キスゲと一緒に太陽を待つ
  • 白樺湖の定宿を、朝の5時半に出る。勝手知ったるフロントは、キーを置いておけばいいから、ということになっている。ニッコウキスゲを見に、車山の肩を目指す。雨ではないが晴れでもない微妙な空気感。ビーナスラインから振り返れば、蓼科山がシルキーな高層雲越しの朝日に影絵になっている。霧ヶ峰はまだ乳色の曖昧なエーテルで満たされている。去年とほぼ同じ日の同じ時刻に霧ヶ峰にいるが、... [続きを読む]
  • 逢いたかった風景
  • 駐車場にクルマを停め、いよいよワンダリングが始まる。年齢と日頃の不摂生が息を弾ませる。弾んでいるうちはいいが、そのうち弾みもしなくなる。でも気温はおそらく25度を下回り、湿度も低く、汗が見事に飛んでいく。何気なく眺望が効く場所に出た。瞬間、これぞ信州! と思った。何という山が見えているのか、が問題ではない。この時の僕にとって、あるべきものが、あるべき場所にあり、すべての配置が黄... [続きを読む]