Mickey さん プロフィール

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Mickeyさん: Mickey's world
ハンドル名Mickey さん
ブログタイトルMickey's world
ブログURLhttps://libramikio.exblog.jp/
サイト紹介文湘南在住でさまざまな被写体を撮っています。
自由文少年の頃の"a sence of wonder"を取り戻したくて、写真を始めました。デジタルも使いますが、基本は銀塩と信じています。海・空・山・街。時々モノクローム。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供134回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2008/01/26 14:03

Mickey さんのブログ記事

  • 水仙
  • 水仙の香りにつつまれたくなった。まだ、早いのかしら。・・・それとも、もうその時が来ているのかしら。伊豆を考えたが、超えざるを得ない峠は路面が凍っているかもしれない。それでは城ヶ島に行ってみよう。行った先の城ヶ島の水仙は、うまいことに、「14番目の月」だった。水仙の香りにつつまれたいと思ってはいたが、まだ、辺り一面に芳香が満ちているということではない。それでもかそけき風がたてば、奥ゆか... [続きを読む]
  • 知と実践
  • 知と実践、とは大層上段に構えたタイトルだが、実感を持ったので自分のために記録する。知と実践は別物でありながら、互いに補完しあう。補完しあわねば意味がない。気づかせてくれたのは、古本屋で何気なく求めた「禅の実践(講座 禅 第二巻・筑摩書房・S49)」という本に収められた、ドイツ人女性リース・グレーニングという方の「参禅記」なる一稿である(1950年代後半)。これは凄い。凄かった。訳あって遥か... [続きを読む]
  • 外外介護から
  • 新聞に、外外介護という見慣れない見出しがあった。記事を読んで初めて、日本に居る外国人の被介護者を、日本に居る外国人が介護することだと知った。是非の次元をすでに通り抜け、現実に始まっているという。日本という国のこの先行きにつき、様々な想いが沸き起こる記事であった。今後日本は、どのようにして国を発展していくのか、or、どのようにして維持していくのか。司馬遼太郎はいいときに死んだな、と思うこと... [続きを読む]
  • 坐り初め
  • 前回、新年にしてはいささか暗いトーンになってしまったが、今回はいささか明るいトーンに転ずる。今日、円覚寺居士林にて坐り初めを行った。(一般的に坐り初めという言葉があるかどうかは知らない)そして今日の坐禅の最中、僕は久方ぶりに足の痛みもなく、意識も散らず、落ち着くことができた。年に何度かこのように素敵な瞬間が訪れるのだが、今日はそういう日だった。昨日、母に、近々特養に行ってもらうことを打診... [続きを読む]
  • 正月
  • 年末29日、母がまた室内で転び左手首を折った。入院はしていないが、夏以降かろうじて回復してきた日々の生活が、また逆戻りだ。互いに虚ろになる眼。暦は確かに巡り、順当に正月は来るが、人の世はなぜこれほど理不尽なのか。精一杯明るくなろうとは、している。 [続きを読む]
  • Antonio’s Song
  • 今日は有給休暇取得促進日でお休み。前から意味もよく知らずに歌っていて気になっていた Antonio’s Song(Michael Franks) の歌詞を調べた。そもそもAntonioって一体誰?・・・なんと Antonio Carlos Jobim なのね。アメリカ人の優秀なアーチスト、Michael Franks が彼に捧げた歌だったのね。まずノッケの、”Antonio lives l... [続きを読む]
  • 平穏な朝
  • しらす漁の船か。かもめがおこぼれを狙うために集まる。漁師はかもめとは無縁だが、別に排除しようとは思わない。これは22度ハロなのか、幻日なのか。もう、どちらでも良い。ただひたすらに美しい。漁に飽いたか。満腹か?彼は一羽でそこに来た。そして声も出さず口を何度も開ける。あくび以外の何ものでもない。 [続きを読む]
  • DEATH
  • 諸々のことから死を身近に感じている折り、新聞広告で目に止まったDEATH を読んだ。装丁がよく、質感も高いので本屋でつい買ってしまった。で、どうだったかと云うと、あんまり面白くなかった。哲学のアプローチで死について考察しており、その手法は楽しめたが、根本的にキリスト教に裏打ちされた文化を前提に論旨の踏み込みをしており、やはり彼我の異なりについてGAPを感じてしまった。死というコトソノモノ... [続きを読む]
  • 氷点
  • 山奥の小川は完全に凍結していた。真冬の知床であれば十分に肯うことができる光景である。就業規則で定められた定年を過ぎた僕はこの一年、この小川のように凍っていた。特殊な条件で再雇用契約を結んでくれた会社には感謝しつつも、やはり日々の業務において現役社員ではないという空気を感得せざるを得ず、割り切れぬ何かを常に背負っていた。一方で世間では60代はまだ若いと言われ、実際、身近なヨット仲間は大半が7... [続きを読む]
  • 山の神
  • 一般的な日本語として「山の神」は女房を指す。しかし実際の山仕事では、山の神は正しく「山」の「神」である。毎年師走の12日、あるいは前の11日に山の神に対し、大なり小なり神事を行う(らしい)。少なくとも道内ではそのようだ。恥ずかしながら僕はこれまで山の神の神事に参加したことはなかった。で、我が社の社有林業務が今年も怪我人なくできたこと、来年もそのように見守って頂きたいことを誓願し、二礼二拍手一... [続きを読む]
  • 山仕事
  • 一言で山仕事、林業といっても実際にはピンと来ない方々が多かろう。このように慈しみ育て成長した立木(りゅうぼく)を伐採し、市場に出し売却するのである。野菜に置き換えれば、時間軸の長さが違えども基本は同じである。そう、時間軸。後輩達が立つ背後の落葉松林は、ほぼ50余年生である。生業であるが故に、50年生きた木を伐倒し、枝を払い、市場の欲する長さに切り揃えることに私情は挟めない。これら... [続きを読む]
  • 寒気に立つもの
  • 4年半ぶりに斜里に行った。久々であれば野山が微笑む初夏、と言いたいところだが仕事なのでこの時期も止むを得ぬ。着陸間際のCAアナウンス、「女満別空港の天気は晴れ、気温はマイナス13度でございます」に心身を引き締める。朝9時前に着き、一連の山仕事の今日の監査を終えたあと、斜里のホテルに向かう。以前も思ったことだが、荒涼とした大地に人工物が黙念と立っている光景ほど寂しいものはない。名に... [続きを読む]
  • 鎌倉夕景
  • 円覚寺(北鎌倉)の坐禅のあとは、気分次第だがよく鎌倉まで歩く。鶴岡八幡宮から鎌倉駅までは小町通りを通る。人の多さに辟易するが、自分もそのうちの一人であるから文句も言えない。土曜坐禅会第二部は16時前に終わる。するとこの季節では、小町通りを流すうちに陽が傾く。なんだか映画のセットのような、横浜のラーメン博物館のような様子が面白い。とっぷり暮れた夜の小町通りも被写体にしたいが、母の晩... [続きを読む]
  • 鎌倉夕景
  • 今年は強烈な台風に幾度も見舞われ、海岸に近い樹木は塩害で広範囲にわたりダメージを受けた。無論鎌倉も例外ではない。紅葉目当ての日本人観光客もインバウンド旅行者も、少し気の毒な気がする。逆光で撮ればまだなんとか格好がつきますよ、と教えてあげたいが全員に教えていたら日が暮れる。円覚寺、坐禅会に並ぶ居士林の前にて。円覚寺(北鎌倉)の坐禅のあとは、気分次第だがよく鎌倉まで歩く。鶴岡八幡宮か... [続きを読む]
  • 雲行き怪し
  • 今朝、まだ暖かかったのだが海に出ると、なんとも怪しい光景が広がっていた。明日からは天気が下り坂で、最高気温は今日より10度近く下がるという。まあ、昨日今日が異様に暖かだったせいもあるが、体に応えそうだ。ところでここ半年ほど意識して使ってきた35ミリ(ライカ判換算での35ミリ相当、つまり昔のフィルムカメラでの35ミリという意味デス)の画角が、ようやく目に馴染んできた。以前はX-T1に28ミ... [続きを読む]
  • 存在感
  • (かえるが苦手な人、ごめんなさい)鎌倉の小町通りを歩いていたら、こいつに出逢った。何という存在感だろう。いでたちからするとこいつは日本蛙ではなく、中世ヨーロッパ蛙のようだ。しかも高貴。あ、・・・イソップだ・・・いや、アンデルセンだ。家に帰ってグリムだということが判った。そう言えばグリム童話って、なんか子供相手じゃない、ダークな帳の向こうにあるような気がする。怖いくらいの存在感。こいつを造った... [続きを読む]
  • 落葉松 晩秋
  • 佐久ホテルの一夜は旭湯のおかげかぐっすりと眠ることができた。チェックアウトは7時半以降です、という厳しい宿の掟があるので、昨晩買ったセブン弁当を7時に食う。さて何処に行こうかとレンタカーを走らせると、幾ばくも進まぬうちになんとも素敵な光景が飛び込んできた。北海道、斜里の自社山林と見紛うばかりの老いた落葉松の並木。ピークは過ぎているにしろ、晩い秋の風に見事に燻された黄金色。折からの低い朝日... [続きを読む]
  • 旅の宿
  • 今回は母のショートステイが急に決まったものだからなかなか希望エリアでの宿が取れず、ようやく宿泊地を佐久に変えて、今夜の宿を取った。その名も佐久ホテルという。貧乏旅行だからもちろん素泊まりで、宿賃も、入湯税と消費税を合わせ5,816円。安上がりであると喜ぶ。チェックインを済ませ、初めてヤッカイになります、よろしくと仁義を切ると、中居さんが親切に説明をしてくれた。まずこの宿では、あまちゃ・天... [続きを読む]
  • The 秋
  • 霜月も下旬に入った信州は、里においてすら裸木に殯笛吹く荒涼とした風景であろうと思い描いていた。ところがどうだ。行く先々で秋たけなわではないか。塩田平の奥に向かう名もない道。こんなに素敵な光景に出逢った。晩い秋にもかかわらず、熟柿、白銀の薄、黄葉の落葉松という役者が揃って僕を待っていた。かぼそい道に穿たれた側溝を気にしながらクルマを停め、どこか野焼きの匂い漂う大気の中に出る... [続きを読む]
  • 無言館への回帰
  • 11月23日 昼前に無言館に着く。館には入らず、周囲を歩く。ここはどの季節が善いということはない。いつも、善い。きょうは、無言館を包む森が黄葉している。昼近くの冬の低い太陽がコナラの葉を透過する。しかし此処を訪れる人は、優しい黄褐色を特に気に留める素振りはない。此処に自然を愛でに来る人は居ない。此処は 人為 の墓標であるから。無言館の奥まったところに 時の蔵 はある。「戦没画... [続きを読む]
  • リズム
  • ふらっと北原白秋に関する文物が展示されている某所に寄った。白秋を取り立てて好んでいる訳ではないが、「落葉松」や、「すずろかにクラリネットの鳴り止まぬ・・・」などには子供の頃から胸をキュンとさせてきた。自筆と思われる「雲の歌」の展示に目を止める。青空高う散る雲は纖(ほそ)い巻雲(まきぐも)、真綿雲(まわたぐも)、鳥の羽のやうな靡き雲(なびきぐも)、白い旗雲(はたぐも)、離れ雲。さて、この3... [続きを読む]
  • 可愛らしい観察者
  • FujiのX30の使い方を忘れてしまったので、久々にスナップがてら鎌倉でトレーニング。このカメラを持って八幡さまに来るときに限って、舞殿で神前結婚が行われている。以前もそうだった。前回もいらっしゃったかもしれないが、笙(しょう)に篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)など雅楽の演者も舞殿に上がり、雅な音を奏でていた。このような雅楽ををたまたま居合わせて拝聴することができるというのは、や... [続きを読む]
  • 対話
  • 日増しに心細くなる母の聴力。これまで大振りなジェスチャーを交えての会話をしてきたが、込み入った話になるとやはり厳しい。ふと思いたち、伝えたいことを紙に書くようにした。その効果たるや絶大で、話がトントン拍子に進む。僕が伝えたいことを書く。すると母は即座に自分の意見を述べる。僕が書き、母が口頭で答えるので、これは会話でも筆談でもなく、対話である。さっきも、つい最近踏み切ったショートステイ(お泊り... [続きを読む]