学び舎主人 さん プロフィール

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学び舎主人さん: 個別指導学び舎 塾長日記
ハンドル名学び舎主人 さん
ブログタイトル個別指導学び舎 塾長日記
ブログURLhttp://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文自分の好きなものを好きなように綴ったブログです。あまり指導と関係ない話が多いと思いますが。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供31回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2008/01/28 12:29

学び舎主人 さんのブログ記事

  • かぼちゃの煮物
  • スーパーで売られているカットかぼちゃが冷蔵庫の隅で暇そうにしていたので、煮物にしてみることにした。これまで一度もかぼちゃの煮物など作ったことはないのだが、これから秋めいてくると、ほっこりした煮物が食べたくなるだろうから試しにやってみようと思った。カットかぼちゃの一片は結構大きいのでさらに半分にし、ひたひたくらいの水を入れて鍋を火にかける。大さじ1杯半くらいの砂糖を最初から入れてかぼちゃを煮ていく。 [続きを読む]
  • 夏休みが明けて
  • 奥州市の中学校は新学期が始まって一週間になる。来月9月に修学旅行というところもいくつかあるので、新人戦や中間試験や実力テストとともに忙しいひと月となるかもしれない。テストが続いたりさまざまな行事が入ったりすると、どうしても目先のことに注意が向いてしまい、少し長い時間でものごとを考えるということがおろそかになりがちだ。これは大人でもそうだ。なかなか先のことまでは目が届かない。けれども、夏休み明けから [続きを読む]
  • あれから二十年以上経つのか
  • テレビをつけたら、オウム真理教の死刑囚7名の死刑が執行されたというニュースが流れていた。教組もその中に含まれている。地下鉄サリン事件が起きたのは1995年。もう二十年以上も前の話だ。その後どれくらいの期間オウム真理教についての報道が続いたか、今となっては記憶の片隅にも残っていない。それでも逃亡していた指名手配中の元信者が逮捕されたニュースが出たりすると、遠い忘却の彼方からぬっと異様なものが顔を見せたか [続きを読む]
  • あっという間に六月・続き
  • しつこくダラダラと続けているといえば、英単語の練習を始めてから二年近くになる。七月の下旬で丸二年だ。なかなか12000語の単語は覚えられない。今の時点でやっと六割弱ぐらいになっているだろうか。おそらく6000語から7000語の間だろうと思う。ベースが4000語程度あったのだから一年で1000語くらいずつしか増えていない。この調子でいくとあと五年か六年はかかることになるなあ。それでやっとアメリカの小学校卒業程度の語彙と [続きを読む]
  • あっという間に六月
  • 同じような毎日を迎えては送り出しているだけなのだが、気がつくともう六月である。新年度が始まってこの二ヶ月、一体何をしてきたのだろうと思う。それなりに教務を片付け中学生の中間試験の準備をし、白ゆりテストの説明会にも顔を出してきた。個人的な生活には大きな変化はないが、ご近所や知人のところに不幸があり、二つほど葬儀に出てきた。その他は相変わらずである。近代史の学び直しは、韓国併合時の朝鮮半島を集中的に学 [続きを読む]
  • 何が違うのか
  • 薬局で薬が調剤されるのを待つ間、BGMに流されているピアノ演奏を聴いていた。聴いたことのある曲だが題名が出てこない。まあいいか。ピアノはとても軽快で耳に心地よく入ってくる。おそらく誰が聴いても不快にはならないだろうと思われるような演奏だ。母が軽いめまいがするというので、かかりつけのお医者さんに診てもらったのだが、季節の替わり目には三半規管の調子が悪くなってめまいを起こす人が多いという。ここ数日そうい [続きを読む]
  • 「道徳」という教科
  • 今年度から、「道徳」が教科化されるという(平成30年度から小学校で、31年度から中学校で)。政府の資料によると、「教科」というのは従来、     ①数値による評価を行う   ②検定教科書を使用する   ③中学校以上の担当教員については、教科ごとの免許を設けるといった原則があったそうだが、それが「道徳」という教科については   ①数値による評価は行わない。記述式など他の評価の在り方を検討する。   ②検 [続きを読む]
  • 節目
  • 年度末である。季節感もなく年がら年中同じような毎日を送っていると、また似たような一日が始まるのだなあ、くらいの気持ちにしかならないが、それでも年度が変わるとそれで一区切りがついたような気もするのだから妙なものだ。大晦日から元日へと年が変わっていくことにさして大きな変化があるわけではないのだが、それでも新年ということになればやはり何か気持ちが改まる、と吉田兼好は『徒然草』で言っていたような気がするが [続きを読む]
  • さて、ここまで何を読んできただろう
  • もうじき新年度が始まる。年が明けてから四分の一が過ぎるということになる。すっかり暖かくなり、桜の花も今年は早く咲くだろう。ところで、今年はここまで何を読んできたのだろう。あれこれ読んだような気もするが、はて何を読んだのかとんと思い出せない。近現代史の学び直しの途中だから、その関連で読んだものが多いはずなのだが、さて何だったか。特に韓国併合後の朝鮮半島に興味を持ち、朝鮮史関連が増えたような気がする。 [続きを読む]
  • 一つずつ
  • 朝、着替えをしながら思う。ものごとは一つずつしか片付かないな。シャツのボタンを止めながら、靴下を履こうと思っても同時にはできない。まず、一つを終わらせてから次に進むしかない。大概のものごとは、そういうものなのではないか。大震災からまる七年経って、復興が遅々として進んでいないように感じる。しかし、これとて一つずつしか解決していかないのだろう。同時に進めていけることがらにはおのずから限度がある。まずは [続きを読む]
  • 雪かき・続き
  • そういえば思い出した。チンパンジーと人間の脳の働きで決定的に異なるのは、目の前にないものやことがらを思い浮かべることができるかどうかなのだそうだ。チンパンジーの脳は人間の脳より小さいらしい。その分だけ脳の働きは限定される。森の中で暮らすチンパンジーは、目の前に現れたものが敵なのかどうか瞬時に判断しなければならない。だから、瞬間的に現われる数字を追いかけるゲームをすると、子どものチンパンジーにすら人 [続きを読む]
  • 雪かき
  • 明日から3月というのに、昨夜からどか雪となり、ひさびさに雪かきをした。夜帰宅したときに一度払っておいたが、朝起きてみるとその上からまた積もり、あらためて雪かきしなければならなかった。昨夜は水分の多い重いベタ雪だったが、明け方にかけて冷えたのかサラリとした軽い雪になっている。朝日に照らされてまぶしいものの、軽い雪だから比較的楽な作業だ。いつものように玄関から道路までの緩いスロープを4、5回に分けてま [続きを読む]
  • 属人的
  • 何十年かぶりに中上健次の文章を読んだ。高校生のときに『岬』を読んで衝撃を受け、二十代の前半ころまではいくつかの作品を手に取った。文芸誌や新聞に載る評論やエッセーもときどき目にしていた。読まなくなってからもいつもどこかで気になり続ける作家だった。図書館でたまたま手にしたエッセー集をパラパラとめくっているうちに、引きこまれてしまった。どこを切り取っても「中上健次」なのだ。忘れていた感触が急速に拡がり、 [続きを読む]
  • 少数派のぼやき
  • 総選挙も終わり、低い投票率の中、自公政権の圧勝という予想外なのか想定内なのかよく分からない結果となった。投票せず丸投げした人も含めて、世の中の多数派は「経済が安定していること」を、「民主的な手続き」や「政治家の説明責任」や「官僚の隠蔽体質」の問題よりも重視したということだ。これは当然といえば当然のことだろう。清廉潔白な政治が行なわれても、食うに困るような毎日では生活できない。経済的なゆとりがあって [続きを読む]
  • それにつけても…・その3
  • 話を価値の交換に戻す。等価であると見なされれば、本来交換は何を使ってもよかったはずだ。「抜け雀」のところで上げたように、娘を嫁に差し上げるから絵を譲ってくれとか、好きなだけお酒を召し上がって結構ですから絵は私に、ということもありうる。黄鶴楼で酒代に絵を描いていった仙人もいたではないか。けれども、最も普遍的に流通すると思われている価値がお金だから、あれこれ考えなくても済む分だけ簡便である。誰にとって [続きを読む]
  • それにつけても…・その2
  • 話を元に戻せば、すべての価値をお金という価値に一元化するという拝金主義に違和感を覚えるのは、金銭化できないものだってあるのではないかとどこかで感じるからなのだが、たとえば同じ落語の「井戸の茶碗」という噺などが浮かんでくる。「井戸の茶碗」では、易で暮らしを立てている長屋住まいの浪人が、くず屋に先祖伝来の小さな仏像を売り払い、中から五十両の金がでてきて騒動になる。仏像を購入して五十両を見つけた細川藩士 [続きを読む]
  • それにつけても…・その1
  • すべてをお金という価値に一元化する拝金主義に違和感をおぼえるのはなぜだろう。人であれ、物であれ、お金で測れない部分があるのではないか。おそらくそのように感じるときがあるから、あらゆるものを金銭というひとつの物差しで測ってしまうことに、何か違うのではないかと心のどこかがつぶやく。「抜け雀」という落語がある。勘当された若い絵師が一文無しで泊まり、宿賃の代わりに白い衝立へ雀の絵を描く。これを形(かた)に [続きを読む]
  • 時事的放談・その5
  • 枝野幸男氏が「立憲民主党」を立ち上げたことで、リベラル勢力の受け皿ができ、「自民+公明」対「希望+旧民進+維新」対「立憲+共産+社民」という三極の選挙戦となるのだろう。3ではなく2.5だという見方もあるが、有権者から見ればこの三者のどれかを選ぶことになりそうだ。videonews.comで社会学者の宮台真司氏が興味深い図式を示していた。「5金スペシャル映画特集 ロクでもない世界の現実を映画はどう描いているか」 [続きを読む]
  • 時事的放談・その4
  • 居酒屋のオヤジ政談状態をもう少し続ける。ダメながらも変わる可能性があるものに賭けるか、それとも変わる可能性のないダメなものを選ぶか、と前回の最後に書いた。もしかすると、ダメながらも変わる可能性があるものに賭けたらホントはダメだった、という結果になるかもしれない。今回の衆議院総選挙は、政権交代まで至らずとも自公政権の過半数を阻止するという結果が期待できそうな状勢に見える。つまり、対抗軸になると有権者 [続きを読む]
  • 時事的放談・その3
  • 前回の記事で「希望」がフェイクだとして安倍独裁よりましではないか、と書いた。さらに、よく考えてみればどちらもあまり期待はできないが、その中でより我慢できるダメさ加減はどちらかという選択なのだ、とも続けた。では、共産党を中心とした左派勢力はどうなのか。残念ながら、正論を述べているのにあるいは正論を述べているがゆえに、一部からしか支持されない。中道から右派側が大勢を占めている日本の現状では、左派による [続きを読む]
  • 時事的放談・その2
  • いやあ、そう来るのか。何がって、あれですよ。民進党の希望の党への合流。これは予想もしなかった。つまり、民進党の前原氏がそこまで肚をくくるとは考えてもみなかった。参議院や地方議会に民進党議員が存在するので、解党したというわけではないのだろうが、衆院選後はどうするのだろう。「希望の党」に「希望」は持てない、と前回書いた。基本的には変わらない。しかし、民進党の衆議院議員がいなくなり希望の党に合流すること [続きを読む]
  • 時事的放談
  • 都知事の小池百合子氏が、新党「希望の党」の党首になるという見出しが新聞の一面に出ていた。自民党に入れたくない有権者の受け皿になることを期待してのことであろう。「都民ファースト」の都議選での躍進を目にして、総選挙でも期待している有権者が多いのかもしれない。だが、果たしてこの新党に「希望」は持てるのか。結論から言えば、野党へ流れる票の収容先としかならず、かつての「日本維新の会」同様第二自民党的な党にし [続きを読む]
  • 大義なき解散
  • 内閣不信任決議案が可決された場合、または内閣信任決議が否決された場合、憲法第69条に基づいて衆議院は解散される。その場合でも、憲法第7条により天皇の国事行為として詔書をもって行われるものだそうである。今朝の報道系番組で、首都大東京の憲法学者木村草太教授は、「憲法のどこにも解散が総理の専権事項であるという記述はありません。内閣に衆議院の解散権があるというのも、憲法第7条が根拠とみなすことはできるでし [続きを読む]
  • 落第生漱石
  • この間、偶然に漱石の「満韓ところどころ」という紀行文を読む機会があった。ちょうど近現代史の学び直しをしている途中でもあるので、漱石も満洲や韓国へ足を運んだのかと興味を覚えて読み進めた。明治四十二年、1909年に「朝日新聞」に連載されたものだから、日露戦争が終結してからまだ四年しか経っていないころのことだ。冒頭に第二代満鉄総裁だった中村是公の名前が出てくる。後藤新平が自分の後がまとして据えた人物だが、こ [続きを読む]
  • 小学生の英語など・続き
  • 変わるのは小学英語だけではない。現状では、   中学 … 1200語   高校 … 1800語合計で3000語レベルが高校卒業時の単語数となっている。これが、中教審の資料によると、   小学 …  600〜700語   中学 … 1600〜1800語   高校 … 2000〜2200語と増加し、高校卒業時で4000〜5000語程度が目標に設定されている。今のセンター試験英語をすらすら解いていくには [続きを読む]