学び舎主人 さん プロフィール

  •  
学び舎主人さん: 個別指導学び舎 塾長日記
ハンドル名学び舎主人 さん
ブログタイトル個別指導学び舎 塾長日記
ブログURLhttp://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文自分の好きなものを好きなように綴ったブログです。あまり指導と関係ない話が多いと思いますが。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 365日(平均0.8回/週) - 参加 2008/01/28 12:29

学び舎主人 さんのブログ記事

  • それにつけても…・その3
  • 話を価値の交換に戻す。等価であると見なされれば、本来交換は何を使ってもよかったはずだ。「抜け雀」のところで上げたように、娘を嫁に差し上げるから絵を譲ってくれとか、好きなだけお酒を召し上がって結構ですから絵は私に、ということもありうる。黄鶴楼で酒代に絵を描いていった仙人もいたではないか。けれども、最も普遍的に流通すると思われている価値がお金だから、あれこれ考えなくても済む分だけ簡便である。誰にとって [続きを読む]
  • それにつけても…・その2
  • 話を元に戻せば、すべての価値をお金という価値に一元化するという拝金主義に違和感を覚えるのは、金銭化できないものだってあるのではないかとどこかで感じるからなのだが、たとえば同じ落語の「井戸の茶碗」という噺などが浮かんでくる。「井戸の茶碗」では、易で暮らしを立てている長屋住まいの浪人が、くず屋に先祖伝来の小さな仏像を売り払い、中から五十両の金がでてきて騒動になる。仏像を購入して五十両を見つけた細川藩士 [続きを読む]
  • それにつけても…・その1
  • すべてをお金という価値に一元化する拝金主義に違和感をおぼえるのはなぜだろう。人であれ、物であれ、お金で測れない部分があるのではないか。おそらくそのように感じるときがあるから、あらゆるものを金銭というひとつの物差しで測ってしまうことに、何か違うのではないかと心のどこかがつぶやく。「抜け雀」という落語がある。勘当された若い絵師が一文無しで泊まり、宿賃の代わりに白い衝立へ雀の絵を描く。これを形(かた)に [続きを読む]
  • 時事的放談・その5
  • 枝野幸男氏が「立憲民主党」を立ち上げたことで、リベラル勢力の受け皿ができ、「自民+公明」対「希望+旧民進+維新」対「立憲+共産+社民」という三極の選挙戦となるのだろう。3ではなく2.5だという見方もあるが、有権者から見ればこの三者のどれかを選ぶことになりそうだ。videonews.comで社会学者の宮台真司氏が興味深い図式を示していた。「5金スペシャル映画特集 ロクでもない世界の現実を映画はどう描いているか」 [続きを読む]
  • 時事的放談・その4
  • 居酒屋のオヤジ政談状態をもう少し続ける。ダメながらも変わる可能性があるものに賭けるか、それとも変わる可能性のないダメなものを選ぶか、と前回の最後に書いた。もしかすると、ダメながらも変わる可能性があるものに賭けたらホントはダメだった、という結果になるかもしれない。今回の衆議院総選挙は、政権交代まで至らずとも自公政権の過半数を阻止するという結果が期待できそうな状勢に見える。つまり、対抗軸になると有権者 [続きを読む]
  • 時事的放談・その3
  • 前回の記事で「希望」がフェイクだとして安倍独裁よりましではないか、と書いた。さらに、よく考えてみればどちらもあまり期待はできないが、その中でより我慢できるダメさ加減はどちらかという選択なのだ、とも続けた。では、共産党を中心とした左派勢力はどうなのか。残念ながら、正論を述べているのにあるいは正論を述べているがゆえに、一部からしか支持されない。中道から右派側が大勢を占めている日本の現状では、左派による [続きを読む]
  • 時事的放談・その2
  • いやあ、そう来るのか。何がって、あれですよ。民進党の希望の党への合流。これは予想もしなかった。つまり、民進党の前原氏がそこまで肚をくくるとは考えてもみなかった。参議院や地方議会に民進党議員が存在するので、解党したというわけではないのだろうが、衆院選後はどうするのだろう。「希望の党」に「希望」は持てない、と前回書いた。基本的には変わらない。しかし、民進党の衆議院議員がいなくなり希望の党に合流すること [続きを読む]
  • 時事的放談
  • 都知事の小池百合子氏が、新党「希望の党」の党首になるという見出しが新聞の一面に出ていた。自民党に入れたくない有権者の受け皿になることを期待してのことであろう。「都民ファースト」の都議選での躍進を目にして、総選挙でも期待している有権者が多いのかもしれない。だが、果たしてこの新党に「希望」は持てるのか。結論から言えば、野党へ流れる票の収容先としかならず、かつての「日本維新の会」同様第二自民党的な党にし [続きを読む]
  • 大義なき解散
  • 内閣不信任決議案が可決された場合、または内閣信任決議が否決された場合、憲法第69条に基づいて衆議院は解散される。その場合でも、憲法第7条により天皇の国事行為として詔書をもって行われるものだそうである。今朝の報道系番組で、首都大東京の憲法学者木村草太教授は、「憲法のどこにも解散が総理の専権事項であるという記述はありません。内閣に衆議院の解散権があるというのも、憲法第7条が根拠とみなすことはできるでし [続きを読む]
  • 落第生漱石
  • この間、偶然に漱石の「満韓ところどころ」という紀行文を読む機会があった。ちょうど近現代史の学び直しをしている途中でもあるので、漱石も満洲や韓国へ足を運んだのかと興味を覚えて読み進めた。明治四十二年、1909年に「朝日新聞」に連載されたものだから、日露戦争が終結してからまだ四年しか経っていないころのことだ。冒頭に第二代満鉄総裁だった中村是公の名前が出てくる。後藤新平が自分の後がまとして据えた人物だが、こ [続きを読む]
  • 小学生の英語など・続き
  • 変わるのは小学英語だけではない。現状では、   中学 … 1200語   高校 … 1800語合計で3000語レベルが高校卒業時の単語数となっている。これが、中教審の資料によると、   小学 …  600〜700語   中学 … 1600〜1800語   高校 … 2000〜2200語と増加し、高校卒業時で4000〜5000語程度が目標に設定されている。今のセンター試験英語をすらすら解いていくには [続きを読む]
  • 小学生の英語など
  • 今日は少しまじめに塾ブログ風の話題を。すでにご存じの方も多いと思うが、来年度から新しい学習指導要領に応じた移行期間に入り、小学生の英語が大きく変わる。それにより、来年2018年から、英語授業が以下の時間数になるという。  小学5,6年 … 年間 50時間  小学3,4年 … 年間 17時間移行措置なので5,6年は7割実施だが、本格移行するとこれが70時間に増える。3,4年は5割実施で、本格移項後は [続きを読む]
  • 現実感のなさ・続き
  • 昨日の記事を書いた後で、ふと妙なことを考えた。まさか、そんなことはないだろうが、もしかして。ほとんど妄想のようなものであるが、よろしければ与太話におつきあいを。先月に続いて、昨日も北海道東沖の太平洋上に北朝鮮のミサイルが着弾した「らしい」。どなたか発射の現場と着弾の現場をご覧になりましたか?だって先月のミサイル発射の様子は北朝鮮の国営テレビが映像を流していたじゃないか。そうですね、確かに。でも、あ [続きを読む]
  • 現実感のなさ
  • 北朝鮮から「また」ミサイルが発射された。朝からテレビはこの話題で持ちきりである。先月と同じように北海道の東沖、太平洋上に着弾したらしい。アメリカと北朝鮮のチキンレースで、交渉カードの切り札とするためミサイル発射が繰り返されるのは「先代」のころから何も変わっていない。本気で挑発するのなら、あるいは本当にアメリカと事を構え得る気なら、とっくの昔にグアム周辺に打ち込んでいるはずだが、それは一度も実行に移 [続きを読む]
  • 一年以上過ぎたのだが…
  • 去年の七月末から英単語12,000語を覚えようと単語カードを作り、ときどきサボりながらも連日覚える努力を続けてきた。三月末ごろに一巡し、そこから二巡目に入った。そのようにして毎日を送っているうちにまる一年がすぎてしまった。まる一年が過ぎてしまったのだが、なかなか覚えられない。記憶力のよい若い頃ではないのだから、まあそんなものだろうなとは思いながら始めたことではあったが、実際にやってみて覚えの悪さに愕然と [続きを読む]
  • ふらんすへ行きたしと思へども・続き
  • フランス語基礎は原先生のおかげで三年目に何とかなったが、おなじ三年目にフランス語講読でお世話になったのは、山本有幸先生と大矢タカヤス先生だった。大矢先生はフランスの大学の客員から戻ったばかりで若手の先生だった。奥さんがフランス人らしいぞ、と同じ講読を受けている学生が噂していた。奥さんがフランス人かどうかはともかく、どうやってフランス語講読の単位をもらえるかのほうが、私には問題だった。テキストはバル [続きを読む]
  • ふらんすへ行きたしと思へども
  • 大学生だったころ履修していた外国語はフランス語だった。萩原朔太郎のように「ふらんすへ行きたし」と思ったわけではない。仏文科に進もうと考えていたわけでもない。もっと打算的な理由からだった。フランス語は文法が楽だ、という誰かの言葉を耳にして、それなら楽をしたほうがいいと安易に思っただけのこと。確かにドイツ語文法の教科書に比べると、フランス語文法の教科書はウソのように薄かった。15章くらいしかなくて、本 [続きを読む]
  • 同時代を生きているということ
  • 近代史の学び直しをしている中で、もどかしく思うことがある。明治の西郷隆盛や板垣退助、あるいは昭和維新期の北一輝や大川周明でもよいのだが、写真やさまざまな記述を読んでも今ひとつつかめない感触が残る。膨大な人物論や評伝が残っている場合でもそれは変わらない。これが例えば、田中角栄だったり佐藤栄作だったら、私と同年代の方はある手触りのある記憶とともに、こういう感じの人物という説明ができそうな気がする。もち [続きを読む]
  • 興味の対象
  • このところ、伝記やそれに準ずる記録などを面白く感じて読んでいる。もちろん小説には小説でしか表し得ない虚構の面白さがあるのだが、事実の積み重ね(それが主観的なものであるとしても)により浮き出てくる、現実に生きた人間の姿は、小説とは別の感慨を呼び起こす。「ありうる姿」としての人間ではなく、「そのようであった姿」を味わうと言えばいいのか。どうも書画骨董を愛でる老人になってしまったような気分だが、おそらく [続きを読む]
  • 伝記を読む
  • 『現代日本思想大系』(筑摩書房)の第4巻「ナショナリズム」を図書館から借りて読んでいる。吉本隆明がこの巻の編者で、少し長めの冒頭解説も吉本自身が書いている。さまざまな著者の文章が収められれていて興味深いのだが、山路愛山や徳富蘇峰、あるいは陸羯南といった人びとの文章はさすがに現代では読みにくい。明治人の著作は擬古文ではないが、江戸時代の候文と地続きで、引用部分や手紙部分など近世古文書かと見まごうばか [続きを読む]
  • 雪崩をうって
  • 昭和の始め、満州事変が起きるまで社会の空気は国際協調をとる幣原外交をよしとするものだった。第一次大戦後の軍縮と国際協調の流れは、大正デモクラシーとともに時代の空気感を形作った。軍事費の削減を求める声が当然のごとく起こり、実際に陸軍の数個師団が整理された。軍服を着た軍人が、電車の中で一般市民から「税金泥棒」といった罵声を浴びせられることも珍しいことではなかったらしい。それが満州事変の勃発とともに、社 [続きを読む]
  • 詮ない事ではあるが・続き
  • 参議院は「良識の府」ではなかったか。二院制は、慎重な審議を行うためのしくみで、法律案は国民に与える影響が大きいため衆参両議院の議決が異なる場合は、衆議院での再可決を要する。こんなふうに中学の「公民」では習う。「共謀罪」は、委員会審議を打ち切り、委員会での採決をせず、「中間報告」による本会議直接採決で成立した。これが「慎重な審議」と言えるのだろうか。「良識の府」である参議院のとるべき姿なのだろうか。 [続きを読む]
  • 詮ない事ではあるが
  • 「共謀罪」が国会で成立した。実行行為なしでも処罰できるという法律は、これからどのように運用されていくのだろう。組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案 (組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律の一部改正) (中略)   第六条の次に次の一条を加える。   (テロリズム集団その他の組織的犯罪集団による実行準備行為を伴う重大犯罪遂行の計画)  第六条の二 次の [続きを読む]
  • Standards
  • エラ・フィッツジェラルドの歌う「These foolish things」を最初に聴いたのは、もう四十年くらい前のこと。FMのジャズ番組から録音したテープを、飽きるくらい聴いた。今思えば、「Ella And Lous Again」というアルバムに入っているものだった。エラとルイ・アームストロングの共演アルバムなのだが、この曲はルイ・アームストロング抜きのセット(ピアノ:オスカー・ピーターソン、ギター:ハーブ・エリス、ベース:レイ・ブラウ [続きを読む]
  • 閉塞感
  • 石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いたのは1910年(明治43年)。日露戦争を経験し、幸徳秋水らの「大逆事件」が起きた直後のことだ。啄木自身は、その閉塞した時代状況の展開を見ることなく、明治の終焉とともに亡くなってしまう。それから二十年ほど経った1931年(昭和6年)、満州事変が起きる。ここから1936年(昭和11年)二・二六事件までの昭和初期も、社会には閉塞感が漂っていた。啄木が「時代閉塞の現状」を書いたころに [続きを読む]