issey さん プロフィール

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isseyさん: イッセーのエッセー
ハンドル名issey さん
ブログタイトルイッセーのエッセー
ブログURLhttps://ameblo.jp/kanmonya/
サイト紹介文『歴史的なこと』『旅や環境など』そして、『教育・人・食物』など、紹介したいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供46回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2008/02/19 10:42

issey さんのブログ記事

  • スミレとパンジー
  •  春先になると、バス停までの路傍それも石垣の間などに、けなげに咲いているスミレの花を見かけることがある。それも美しい紫色の花を突然に咲かせているから見事と言うほかはない。こんなところに咲いてくれたの!と、愛おしくなってしまう。 「山路来てなにやらゆかしすみれ草」聞き覚えのある俳句は松尾芭蕉の名句、その“なにやらゆかし”という気分に、しかし逞しくこんな場所に咲いてくれたという思いが重なってくるので [続きを読む]
  • 下関の工業高等学校2校が閉校
  •  山口県立下関工業高等学校(関工)と同下関中央工業高等学校(中央工)は、県立高校の再編統合によって、平成28年度から同下関工科高等学校として生まれ変わり、県下最大の工業高等学校として開校した。 当時の、在校生は旧学校名のまゝ進級し、本年(平成30年)3月の卒業を持って、関工、中央工の両校は閉校となった。 関工は昭和14年(1939)の開校から79年、中央工は明治43年(1910)市立下関実業補習学校として市内名池山 [続きを読む]
  • 冠梅園の梅見
  •  2月下旬のある日、妹が「何処か温泉にでも連れて行きましょうか」と誘いがあった。 このところ、寒さの関係で外出もほとんどせず、老人の暇人はテレビを点けては見るが、オリンピック放送ばかりが流れ、ライブならともかく、いささか食傷気味だった。 ありがたい誘いである。温泉も悪くはないが、折角の天気だから出来れば光市の冠天満宮に隣接する冠梅園の梅が見たいといった。 冠天満宮の由来は、藤原氏のざん言で、延喜元 [続きを読む]
  • 日本遺産って言われても-3- 六連島灯台
  •  下関市六連島は、武久海岸の西方約4?、竹の子島からは北西約3km。関門海峡、西の出入り口に当たる国際航路の要衝にある、面積は約0.69平方km、周囲3.9km、標高104m、人口は約100人、野菜、草花のハウス栽培が盛んな小島で、東側の高台、北緯33度58分30秒、東経130度52分13秒に六連島灯台がある。 灯台は、白色塔形の石造。毎10秒に1閃光。実効光度、閃光31万カンデラ。光達距離、閃光15.5海里(約29?)。塔高(地上-塔頂)10 [続きを読む]
  • 日本遺産って言われても-2-  長州藩前田台場跡
  •  「外夷来襲すればこれを掃壊せよ」という布告により、文久3年(1863)5月10日が決行の日と決っていた。そのころ、下関海峡には毛利能登守を総大将におよそ千人の兵力が集結。ここにアメリカの商船ペンプローグ号が海峡の入り口にかかり、藩兵が調べると長崎奉行宛公儀の書状を携えていたので攻撃は控えていたが、久坂玄瑞の率いる光明寺党が、5月11日これを攻撃した。 この砲撃をきっかけに、関門海峡では6次にわたる攘夷攻撃 [続きを読む]
  • 人間にとっての酸素
  •  少し大きめの洗濯ばさみのような器材で指先を挟むと、忽ち血中の酸素濃度が測定されるのである。若い看護師が「何だか赤外線で計れるそうですよ」と、学校で教わり試験問題を回答するように教えてくれた。 この検知器には「パルスオキシメーター」と商品名があって、調べてみると、身体に針を刺したり切ったりすることも無く、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)と脈拍数をリアルタイムに測定するしろものである。 その原理は、発光 [続きを読む]
  • 看護師たち
  •  もう少し入院のことなど書いておきたい。 ずいぶん前に、看護学校での戴帽式授与式の写真を撮ったことを思い出しながら、入院生活の間に、看護師さんたちの働きをみつめた。 あの厳かな戴帽式の日、看護師を目指す”白衣の天使の卵たち”は「天使とは、美しい花をまき散らすものではなく、苦悩する者のために戦うものである」というナイチンゲールのことばを、どれほど理解していただろうか。 ある日、疲れきった表情の看護師 [続きを読む]
  • 田中勝の二・二六「昭和維新」決起
  •  慶応4年(1868)9月8日、年号が明治に改元されて平成30年(2018)は150年となることから、最近やたらと明治維新150年の声が聞かれる。 年が明けて、2月ともなると私は、二・二六事件をふと想い浮かべることがある。 二・二六事件は、昭和11年(1936)2月26日、主観的に天皇と国を思う至誠から、陸軍の皇道派青年将校らが約1500名の部隊を率いて首相官邸などを襲った行動(クーデター事件)で、内大臣・斎藤実、大蔵大臣・高橋 [続きを読む]
  • 隣人の騒動(ある入院体験記)
  •  検査のために2泊3日の入院をした。4人部屋入り口には名前があり満室のようだが、私の隣人は夕食のころ入室された。 看護師さんとの不思議で支離滅裂な話は少し長く続いていて「桜・○・○」の痴呆調べは、ちゃんと答えられた。なんだかんだと聞かれながら、2〜3人の看護師さんが、点滴や排泄装置など1時間ばかりも掛かって一応は落ち着いたようだ。 しばらくして、警戒音が鳴りやむふうでもなく、隣人は処置される気配もないの [続きを読む]
  • 車えび②−2
  •  車えびは、明治38年に、天草諸島で海水池を利用した天然稚エビの蓄養が開始されたが、山口県では秋穂大海湾でも明治42年に、時繁菊治郎氏に続いて小川太作氏らが育養漁業の道を開いた。 その一方で、日本水産㈱の研究に従事されていた萩市出身の藤永元作博士(1903〜73)が、山口市秋穂でクルマエビの生態とともに繁殖と配合飼料の研究を進められ、研究を始めて6年目、人口養殖にやっとめぼしが付いたその年、昭和17年(1942) [続きを読む]
  • 車えび②−1
  •  外郭が硬い甲羅で覆われているイセエビや車えびは、茹でると赤くなるので魔よけになるとか、眼がとび出ていて目出度い、腰がまがった姿は丈夫で長寿を意味するなどと、エビは古代からハレの象徴、お目出度いものとして珍重されてきた。 ところが車エビの寿命は、実際は1年半から2年半と見られている。 天丼、天ぷらうどんで、その美味さは天下一品。日本ではホンエビ、マエビ、マキなどと呼ばれるが、腹を丸めたときの縞模様 [続きを読む]
  • 関門”ノスタルジック海峡」−1−日本遺産と言われても
  •  平成29年(2017)4月28日、文化庁が「日本遺産」として、「関門”ノスタルジック”海峡〜時の停車場、近代化の記憶〜」を認定した。 それは、関門海峡を挟む下関と北九州市の歴史的な近代建築や街並みと海峡特有の景観などが、明治から昭和にかけてのレトロでノスタルジックな雰囲気で、時を停止したかのように存在し、その構成遺産は下関側は旧英国領事館や六連島灯台など16件、北九州側は旧門司税関、世界平和パゴダなど23件。他 [続きを読む]
  • 下関で発見された恐竜卵化石
  •  下関市立考古博物館で11月18日から「発見!恐竜卵化石」副題に“日本初の恐竜化石は下関で発見されていた”という企画展が始まった。 これは、今年(平成29年=2017)6月5日、福井県立恐竜博物館と下関、美祢の両市が、下関市の綾羅木川上流域で昭和40年(1965)に採取されていた「卵状化石」が、恐竜の卵化石と発表してから5ヶ月を経ての待望されていた公開だった。 先ず、副題の“日本初の発見”と言うのは、昭和53年(1978 [続きを読む]
  • ある法事に参列して
  •  母方の叔母が38回忌、叔父が33回忌ということで、すでに当方の母も亡くなっているので、私たち兄弟夫婦に法要参加へのご招待があった。 実は、7回忌までは関係親族までご案内したと思うが、父の25回忌、母の13回忌を、身内家族で昨年終えたばかりで、それには声をかけなかった戸惑いもあった。 子供のころ母に連れられて田舎に行ったころ、叔父叔母さまには、お世話になり様々な思い出もないわけでもない、下関まで何度か来ら [続きを読む]
  • 吉見永田の塩田跡②-2
  •  塩田の注目は「吉見の塩田は日本最古の古式入浜式塩田」という見出しだった。 永田浜の塩田が、文献に見られるのは嘉歴2年(1327)の『乳母屋神社文書』(龍王神社蔵)であり、「物部武久請文」によると、弘安年間(1278〜87)長門二ノ宮(忌宮神社)領内で製塩が行なわれており、その場所が、富安名(永田郷から黒井郷)正吉入江で現在の吉見永田郷。すなわち長門二ノ宮供僧慶尊の訴えは「正安2年(1300)の御内検目録で、毎 [続きを読む]
  • 吉見永田の塩田跡②-1
  •  藩政時代の毛利藩の重要な物産といえば米・塩・紙で、いずれも白いことで防長三白といい、蝋を加えて防長四白ともいわれていた。 塩は、三田尻(現防府)浜を中心に、藩内の瀬戸内沿岸地帯の新田干拓による塩田開発によって生産された塩が広く藩外の市場まで出回り、北前船も此処から北陸までも塩を運んでいた。 江戸時代以降、下関では松屋(小月)・才川(長府)・彦島・永田(吉見)に塩田が有ったといわれ、松屋・彦島は [続きを読む]
  • 病床の古川さんと
  •  PHP文芸文庫から出版された「西郷隆盛―英雄と逆賊―」という本の第2刷が、9月下旬に古川さんから「お見舞いありがとうございました」と添え書きして送られてきた。 来年(2018年)のNHK大河ドラマが、西郷隆盛を主役にした『西郷どん』に決定したことで、この本には池波正太郎「動乱の詩人―西郷隆盛」、海音寺潮五郎「西郷隆盛と勝海舟」、南条範夫「兄の陰―西郷従道小伝」、古川薫「秋霜の隼人」、植松三十里「可愛岳超え [続きを読む]
  • 宇部の常磐公園
  •  今年5月のゴールデンウイークには”世界の植物がド迫力”という前触れの「ときわミュージアム・世界を旅する植物園」がリニューアルオープンした。  此処には、熱帯アジア、オセアニア、中国・アジアなど8ゾーンに分かれて、例えばヨーロッパゾーンには推定樹齢千年のオリーブ、熱帯アメリカゾーンには幹が徳利のように膨らんだパラボラッチョなどと、ゾーンごとに特徴のある大型の樹木が植えられ、約740種、5840株を植栽し [続きを読む]
  • 北前船おちこち(55)−北海道・江差(3)−
  •  姥神大神宮から江差の町にさしかかった時「なんと綺麗な町ではないか」と驚き感心したのである。もともと一方通行だった道路を拡張、この道路沿いにある明治から昭和初期までの特徴的な歴史的建造物を再現して、レトロな景観の市街地を実現しようと、平成時代に入ってから開始された「歴史を生かすまちづくり事業」に端を発している。  約100億円をかけて平成5年(1993)から復元工事を始め、その年(2004)11月に完成したも [続きを読む]
  • 北前船おちこち(54)−北海道・江差(2)−
  •  江差湾の西側にあって、沖からの強風や荒波をさえぎる天然の防波堤の役をして、上空から見るとカモメが羽を広げたように見えるという「かもめ島」。 現在は陸繋島となっているが、周囲が2.6?、高さは海抜20mほどの小島で、弁天島と呼ばれていた島が、何時からか鴎島と呼ばれるようになったという。江戸時代、ニシン漁や北前船発着港の舞台として江差が天然の良港として繁栄したのも一つにはこの鴎島の地の利であったかも知れ [続きを読む]
  • 北前船おちこち(53)−北海道・江差(1)−
  •  北海道の江差町は、北前船の発着港として栄えた町と聞いていて、なんとしても訪ねたいと思っていたが念願かなったのは平成16年(2004)10月だった。 江差の内海と呼ばれる港は、北前船などが碇を下ろした場所で係留柱を入れる穴や係留環の細工をした跡が今でも多く残り町指定の文化財になっている。また、高さが10mほどの瓶をさかさまに立てたような形の瓶子岩があり、江差の繁栄をもたらした伝説に結びついている。 『500年 [続きを読む]
  • 笠戸島(2)−2
  •  山口県は、特にヒラメの水揚げが多い県でもないが、昭和58年(1983)笠戸島に下松市栽培漁業センターが開設されたことから、まずは宮の瀬戸周辺で多く獲れていたヒラメを主体に、アワビ、ガザミなどの育苗・養殖の研究が始まった。 現在は、マコガレイ、オニオコゼ、キジハタなどを含めて10種類。ここでは、これら3種は卵から孵してプランクトンや人口の餌を与える種苗生産、そのほかトラフグ、クルマエビ、ガザミ、アワビなど [続きを読む]
  • 笠戸島(2)−1
  •  下松市街地南側に続く工業地帯の、東洋鋼鈑と日本石油・日立製作所の間を宮の洲鼻という約500mの砂州が延びていて、その先端から約150mほどの海峡(宮の瀬戸)を挟んで笠戸島(かさどじま)の瀬戸岬になる。この瀬戸には、昭和45年(1970)に、歩道を含めた全幅8m、全長476.2mの真っ赤なランガートラス橋、笠戸大橋が完成した。 笠戸島は、北東から南西にかけて約8kmの細長い三日月型の島で、東は周防灘、西は笠戸湾を挟ん [続きを読む]
  • クスの森のピンチ
  •  川棚温泉街から北側に約1km、立石山(標高205m.)の北麓の台地に、高さ27m、幹周り11.2m、県下第一の大きさを誇り大正11年(1922)天然記念物に指定された楠木(くすのき)がある。 説明版には、樹勢は旺盛で、四方に伸びる枝は東西58m、南北53mに広がり、その一部2ヶ所の枝は地中に埋もれ発根し再生(飛び枝と呼ばれる)している。この木は、一株から四方に長く伸びた枝が周囲を広く覆い、遠目には森のように見えるその姿 [続きを読む]
  • 写真家「ナダール」(3)−3
  •  巨人号は、1863年10月4日、20万人の群集の前で13人を乗せて地上を離れて上昇、高度600m気球はゆっくり東へ流れその後1500mまで上がって飛行が安定したので、ワインを掲げ陽気な夕食の宴が始まった。ところが夜になると寒さと湿気が襲いかかり、気球は雨雲の中に入って乗員はびしょ濡れ、やがて巨人号が降下し始め気球のガスが抜けはじめていた。結局飛行3時間で約40キロを経た場所に不時着、吊り篭の綱が切れたことが直接の原 [続きを読む]