issey さん プロフィール

  •  
isseyさん: イッセーのエッセー
ハンドル名issey さん
ブログタイトルイッセーのエッセー
ブログURLhttps://ameblo.jp/kanmonya/
サイト紹介文『歴史的なこと』『旅や環境など』そして、『教育・人・食物』など、紹介したいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2008/02/19 10:42

issey さんのブログ記事

  • 命の尊厳
  •  神奈川県相模原市の知的障害者で40数人の刺殺傷害事件(犯人が26歳)があってから1ヶ月、今度は埼玉県東松山市の河川敷で少年たちによって1人の少年(16歳)が殺ろされるという事件が起こった。 また、群馬県前橋市内では強姦致傷容疑で俳優(22歳)が逮捕され、母親(俳優)が謝罪会見した。母親としての気持ちは分からぬでもないが、成人した子どもに、親は何処まで責任を持たなければいけないのか?という疑問も感じ [続きを読む]
  • 時ならぬ消防自動車
  •  8月になって、市内各所で住宅火災が続いていた。それも朝刊を見てびっくりしたのは、見覚えのあるクラシックな家の輪郭で住所を確認すると友人宅の隣を消火放水中の写真だった。そのころ下関は2週間くらい日照りが続いて、夕立もまったくないカラカラの乾燥状態である。 新聞写真と記事を照らし合わせて、先ずは大丈夫だろうと思ったが朝刊を手にしたまま電話してみた。“電話は通じた”一軒は空き家、放火は怖い。 「 [続きを読む]
  • 北前船おちこち(45)−酒田の日和山公園−
  •  酒田市は、日本海に面し、古くは出羽の国府が置かれ現在の山形、秋田両県の政治・経済・文化の中心的な場所だった。 平成17年(2005)11月に、近隣の八幡町、松山町、平田町が合併して面積は約600?、人口約12万人、市の木「ケヤキ」、市の鳥「イヌワシ」、市の花「トビシマカンゾウ」。 「人いきいき、まち快適、未来想像都市・酒田」を目標に、対岸諸国との貿易・交流を通じて、北東アジアの主要都市として発展を目指してい [続きを読む]
  • 北前船おちこち(44)−新潟市から酒田市へ−
  •  東北といえば、私には「芭蕉」というイメージがある。芭蕉がたどった「奥の細道」の行程を見ると、新潟、酒田、象潟、羽黒、新庄、山寺、尾花沢などのコースで、この間を約1月半、尾花沢や酒田にはそれぞれ10日も滞在している。 それに比べて、私たちが訪ねた旅では、飛行機で新潟に着きその日のうちに新潟市を少し見学して、宿泊は酒田市の予定だった。奥の細道を掠めるわけでもなく、せめて国道7号線を、東北の気分を味わい [続きを読む]
  • 平岡さんの寄せ書き帳
  •  「当時、上海には日本人が20万人位いて、普通科のほかに商業、工業の中学校(現在の高等学校)が在りました。上海で生まれ、学校にあがって中学校の時には特攻隊にあこがれましてねぇ・・・念願かなって配属されたのが四国の松山航空隊でした」 下関市南部町在住の平岡さん(87)に、お話を聞くきっかけとなったのは『回天感懐』の写真展案内状(前回の写真展『軍艦島寸見』の芳名禄から送付)を受け取った方から「回天に関し [続きを読む]
  • 唐津の名護屋城址
  •  唐津城・唐津くんち・鯨組主の中尾家屋敷などと唐津は何度も訪ねているが、NHK大河ドラマ『真田丸』で、いよいよ文禄・慶長の役が始まりそうになったとき、名護屋城博物館では何か特別展でもあるかなと思うと、ついつい出かけたくなった。 ちょうど梅雨の中休みとなった日帰りで、福岡ICからは都市高速、西九州道と整備され2時間半で唐津に着く、久しぶりに海抜284mの鏡山に登ったみた。展望台の施設はまったく新しくなってい [続きを読む]
  • 大津島の回天 3-3
  •  現在「五卿登陸處」の碑は埠頭公園に移設されている、徳山港には、以前と同じように人間魚雷「回天」のレプリカが置かれ、そばに周南子ども百人一首「若者の命が散った徳山湾 今はスナメリのゆりかごとなり(周陽中3年 石丸奈緒子)」の看板があった。 渡船は「フェリー新大津島」、新造船だがフェリーだから島までの所要時間は45分。 ところで、黒髪島を過ぎたとき「カメラの人、こっち、こっち・・」と呼ばれて、海上に2 [続きを読む]
  • 大津島の回天 3-2
  •  大津島の回天記念館には、太平洋戦争末期の難局打開のために、特攻作戦しかないと研究開発された人間魚雷が、採用されたことの経緯、若者の志願、訓練、出撃、そして終戦から平和までを考えることが出来る解説と遺品などがある。 幕末と昭和それぞれの時代に、若者たちが身をとして、祖国や、愛する者たちへの思いを込めた「回天」。純真無垢の忠義から生まれ、時を経て現在の平和がある。その尊さを持続させたいものである。 [続きを読む]
  • 大津島と回天 3-1
  •  ある会社の創業記念研修旅行に、大津島に行かないかとのお誘いをうけた。すでに3度ばかり戦争遺跡の取材で訪ねてはいるが、12年ばかり前のことであり有り難く同行することにした。 研修だからと誘われたこともあり「大津島に関して、あるいは回天のことについて」バスの退屈凌ぎのお喋りをさせてもらった。 下関長府の功山寺山門前に「高杉晋作回天義挙之所」と刻まれた石碑があり、今回訪ねる周南市の大津島は「回天の島」と [続きを読む]
  • 高杉晋作の花押
  •  東行庵境内に作家・古川薫さんの文学碑『夢魂独飛春秋志』を建立して10年になる。あのとき黒髪石材さんから原石の提供があり余剰金が出たことで、建立実行委員会は東行庵資料展示室のリニューアルをすることになった。 そのリニューアルのとき、古川さんの提案で、2階に向かう階段壁面に高杉晋作の花押をデザインして装飾した。それは、古川さん自身「花押の壁画」を暖められて20年ぶりの実現だった。 古川さんが昭和62年の年 [続きを読む]
  • 五十嵐さんのリサイタルに野村さん出演
  •  気安くしていることもあって、会うたびに「疲れた、つかれた」と口癖になっている野村忠司さんが、「まったく記憶が鈍って、覚えられんのよ」と嘆く。「私も覚えが鈍って」と話に付き合い。「それが、今度の五十嵐さんのリサイタルに出演してくれって頼まれて!断りきれんのよ。そのセリフが、まったく覚えられなくって・・」とぼやく。 オペラ『夕鶴』の出演依頼で悩んでいるらしく、それから2週間くらいは「覚えられんのよ」 [続きを読む]
  • 駐下関大韓民国名誉総領事館
  •  4月21日、駐下関大韓民国名誉総領事館が西中国信用金庫本店内に開設された。 韓国の文化財には興味もあるし朝鮮通信使にも関心はあるのだが、「にんにく」その臭いがたまらなく嫌い、ましてや言葉も知らない私は、これまで釜山や慶州に興味があり行く機会も幾度かありながら訪問することは断念していた。 ましてや韓国の領事館なんて関わりのない場所と思っていたが、平素からお世話になっている西中国信用金庫(ニシシン)会 [続きを読む]
  • 高杉晋作150回忌
  •  高杉晋作の眠る下関吉田の東行庵では、毎年、命日の4月14日墓前に多くの人々が集って「東行忌・墓前祭」が行われている。今年平成28年はこれが150回忌だった。 墓前祭は、先ず吉田緑こども園の園児が散華の舞いを奉納して開始、松野實應兼務住職の読経、参列者の焼香など、今回はいつも来られている高杉晋作の子孫、高杉力さんのほかに。娘さんたちも参加されていた。 ところで今年は、京都島原の芸妓、その最高位にある「葵 [続きを読む]
  • 高杉晋作の墓誌碑
  •  今年は高杉晋作150回忌で、高杉晋作(1839〜67)の眠る東行庵(下関市吉田)では、この150年を意識しながら、昭和31年(1956)に備前焼で建立された欠損するなどの傷みもある高杉晋作像の銅像建立を、平成26年(2014)に先ず実施された。 それから東行庵の清水山に、戦前建てられた山縣有朋公軍服姿の銅像があったが金属供出で撤去され、戦後その台座に高杉晋作陶像が建立された経緯がある。山縣公は、東行庵の開基からその維 [続きを読む]
  • 北前船おちこち(43)−新潟市立歴史博物館−
  •  新潟が、安政5年(1858)の修好通商条約で、神奈川、函館、長崎、兵庫と並んで開港場に選ばれ、明治元年(1868)に開港したとき、翌年、関税業務を行う新潟運上所として造られ、後に税関となったが旧税関庁舎で、新潟を象徴する開港当時の面影を伝える建物である。その柳島町の旧新潟税関庁舎(重文)を利用していた市立郷土資料館があったところを活用する形で、旧税関前には荷揚げ石段を復元し、さらに石造の銀行を移設したり [続きを読む]
  • 北前船おちこち(42)−白山神社の大絵馬−
  •  新潟の総鎮守と親しまれている白山神社の祭神は、菊理媛大神・伊弉諾大神・伊弉冉大神である。白山は、岐阜、石川、福井県の県境にある標高2702m.の霊山で、古くから信仰の山、頂上には全国に約2760社ある白山神社の総本山・白山比咩神社の奥宮があり、これが、新潟に祀られたのは延喜(901〜)とも寛治(1087〜)時代とも言われ、二度の火災で旧記を失っていて建立の年代がはっきりしていない。 現在の社殿は、新潟地震後に修 [続きを読む]
  • 北前船おちこち(41)−北野町の意気込み−
  •  まったく久しぶりに兵庫県の名湯・城崎温泉に行った。 桂小五郎が泊まったという「つたや旅館(当時は松本屋)」に泊まることが一つの目的。 旅館内の展示品、桂小五郎や司馬遼太郎などの遺墨などは、以前に増して多くなっているように感じた。この度は、大正14年の北但大震災と城崎のことを、貴重な写真を見せて頂きながら、ご主人からのご説明を頂いた。 下駄履き生活から遠ざかっている。舗装された道路のせいか、カラン [続きを読む]