ハル さん プロフィール

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ハルさん: 金田治のスケッチ日記
ハンドル名ハル さん
ブログタイトル金田治のスケッチ日記
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/onbi99
サイト紹介文裸婦スケッチを元に詩や物語を織り込んだ絵作りを楽しんでいます。
自由文絵に様々な陰影を与える物語を感じながら鑑賞する絵を求めて自作の絵画やエスキースを載せています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供71回 / 365日(平均1.4回/週) - 参加 2008/04/08 15:16

ハル さんのブログ記事

  • 着衣クロッキー2 物質愛
  • 着衣クロッキー2 物質愛絵には様々な要素があり色彩や描法など素材や造形もあれば観察眼や想像力から形を見出し物語につなげてゆくようなイメージの部分もあり、人生の大事小事を見分ける力やその人なりの真善美といった美意識を謳い上げる人間的な魅力の部分もあります。絵が好きと言ってもこれら総合的な鑑賞を好む人から一部分の突出した技量を好む人までいます。奇抜な服装を好む人もいれば、地味な分相応が最も洒落て見える [続きを読む]
  • 最近のクロッキー285 ぼやき
  • 最近のクロッキー285 ぼやきこの時代に絵を描き続けるのは大変なことです。何しろ、絵の好きな人というのが極めて僅かで、それに反して絵は何やら無闇に価値のあるもの、高価なものと信じられているからです。何でも鑑定団でよくあることですが、「良い絵ですが、これは贋作です、500円」などとテレビなどの大手メディアでやられると、それが絵への接し方の様に思ってしまいます。今描かれる絵の自分なりの評価の仕方を誰も説明し [続きを読む]
  • 最近のクロッキー284 日本人とリアリズム絵画
  • 最近のクロッキー284 日本人とリアリズム絵画日本人は生まれながらにして耽美主義だからリアリズム絵画は無理だと思うことが屡々です。日本人の写実絵画は技術の完璧主義、職人の耽美主義でリアリズムという精神的なバックボーンがないのです。リアリズムには社会や世間の欺瞞を糾し、本来の姿を取り戻そうという壮大な意志があります。社会に物申すとなると政治家同様にその人の生き様が問われます。その人の思想、論理、行動、 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー283 藤田嗣治展2
  • 最近のクロッキー283 藤田嗣治展2今回の藤田嗣治展では、藤田の画業全体を俯瞰できるように構成されていました。白地に線描という定番となった藤田の様式だけでなく、厚い油絵の表現から中世的な宗教画の主題まで、幅広くアンテナを張り巡らせていた画家のあり方を見せてくれます。中で一部不可解なのが、藤田の戦争画です。日本画壇から戦争協力者とのレッテルを貼られ日本を追い出される羽目となるその戦争画はどう見ても戦争 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー282 藤田嗣治展 
  • 最近のクロッキー282 藤田嗣治展 今日はもう9月です。夏は終わり季節は移ろう頃となり、そろそろクロッキーに復帰です。上野では都美術館で藤田嗣治展をやっています。藤田の裸婦の戦略はうまいところをついているなと思います。裸婦自体は簡潔に表現していながら背景となるカーテンや壁紙、動物や鳥たちなどは克明に細密画のように描かれていて画面の密度を保っています。絵画の充実度は主題にのみかかっているのではなく、画面 [続きを読む]
  • サムホールスケッチ
  • サムホールスケッチSMサイズすなわちサムホールの由来は文房堂の小さな油彩スケッチ箱です。箱の底に親指を入れる穴があり、立った姿勢で箱を持って油絵を描くことができます。親指の穴、すなわちサムホールというのだそうです。英語のままだとTですが、ローマ字でわかりやすくSとなったそうです。その小さな箱にはSMサイズのキャンバスボードを2枚収納でき、そのままで描くこともできます。今回の夏休みはサムホールスケッチ箱を [続きを読む]
  • 最近のクロッキー281 夏休み
  • 最近のクロッキー281 夏休み  しばらく夏休みをとって裸婦から離れて風景を描いていたのですが、風景でも裸婦でも絵を描くワクワク感は変わりません。絵は楽しいですね。描きながらどこか狩猟に似ていると思いました。一つ一つ出来上がる度に獲物を手にした満足感があります。この楽しさが絵を描かせる原動力だったのですね。絵画が今日のように偉くなって時代を先取りした創作的な芸術分野としてのみ扱われると、専門家が純粋 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー280  何気ない大問題13
  • 最近のクロッキー280  何気ない大問題13最近の写実絵画というのか写真絵画というのかともかく若い人たちの模写の精度は驚くばかりです。30センチぐらいまで近づいても画面に何の乱れもなく、神経が隅から隅まで行き届いています。10人20人とこうした模写に熟達した若い人たちが出てきます。これからも次々に出てくるだろうし、それで評価されるとなると周辺国からも曲芸的な人がたくさん出てくるでしょう。そしていずれはこうし [続きを読む]
  • 最近のクロッキー279  何気ない大問題12
  • 最近のクロッキー279  何気ない大問題12手描きの写真表現では欠落するのですが、手描きの魅力につて考えてみます。小説家のの場合、本分は活字となって出版される小説になるはずなのですが、文学者の人格を愛する人には自筆原稿には代えがたい魅力があるようです。自筆原稿からは作家の個性や創作時の気分などが現れていて、ことさらに手で描かれたものを鑑賞する文学愛好者は自筆原稿から作者の肉声を感じるのでしょう。活字に [続きを読む]
  • 最近のクロッキー278  何気ない大問題11
  • 最近のクロッキー278  何気ない大問題11写真では無造作にシャッターを切っても何かが写ります。とりあえず撮っておいて、細部は後で確認しようなどと考えることもあるでしょう。絵では何らかの意図がなければ何物も画面には現れないと言われています。しかし、写生に慣れてくるとほとんど無意識に手が形を捉えて描き込んでいきます。何を描いたか思い出せないこともしばしばです。とりとめもない日常会話を全ては覚えていないの [続きを読む]
  • 最近のクロッキー277  何気ない大問題10
  • 最近のクロッキー277  何気ない大問題10絵画の起源は対象の模倣にあるのでしょう。しかし、対象を把握して人に伝えるべく再現してみせるのは視覚だけの作業ではありません。対象の認識に関わる概念と視覚との調和が必要です。絵の起源はこうした視覚的概念といったものなのでしょう。写真に映り込むにはそうした概念化といったものはありませんから、フレーミングによってのみ作者の意志を表現します。概念化されていないものも [続きを読む]
  • 最近のクロッキー276  何気ない大問題9
  • 最近のクロッキー276  何気ない大問題9写真がもたらすクールな印象は人間的な配慮の欠落によるものです。写真のように即物的に描くとき、そこには人々の思惑とは無関係な事物の姿があります。あえてそのような即物的表現をとるならば、単にうまく見せようと言う以外に何らかの主張があるのかもしれません。「事物に纏わる物語を捨てて現実の具体的な事象と向き合うべき」「人々は勝手な妄想を抱いて現実の事物を見ているがそれは [続きを読む]
  • 最近のクロッキー275  何気ない大問題8
  • 最近のクロッキー275  何気ない大問題8デザインや写真と違って絵画が手で描かれるべきだと主張するのは人間の行為として多くの情報、すなわち主題やテーマだけではなく、作者の様々な心理的な状況や修練などの痕跡があり、それだけ作者を間近に感じるからかもしれません。手で描かれたものの優しさは不思議に人肌のぬくもりを感じさせます。それ故に、人々とのスキンシップを嫌うところに現代らしい潔癖感があるとも言えます。ポ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー274  何気ない大問題7
  • 最近のクロッキー274  何気ない大問題7東洋の絵画論では西洋のイコンとトロンプルイユ「本物らしさ」の2つの他に品格というものを重視してきました。書画は高貴な趣味であって、生まれ育ちがよく、人格高潔な君子のたしなむものであって、身分のいやしい者には優れた絵は描けないというのです。それは嘘でもなさそうですが、いたずらに豪放磊落を装ったり、稚拙画を画品と称したりで、詐欺的な天才画家を多く生みました。絵に人 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー273  何気ない大問題6
  • 最近のクロッキー273  何気ない大問題6絵画の源流と言えるものに大きく2つあります。一つは特定の物語を背景とした象徴的な記号としてのイコンでもう一方は「本物らしさ」というトリックアート的な楽しみです。人間は様々のものを模倣し再現する本能をもっています。これが言語と同様に人間を人間らしくしていると言ってもよいでしょう。これは人間本来の衝動であり本能なのです。それ故、模倣されたものに興味を持ち、おもしろ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー272  何気ない大問題5
  • 最近のクロッキー272  何気ない大問題5ラウシェンバーグが登場してきたポップアート時代以降、写真は写真であることによって現代のイコンとなりました。現代社会の中で数値化され相対化されて群衆の中に埋没してゆく自我が器械的で非人間的な処理で現れる写真画像のニュアンスとパラレルな印象を生むのでしょう。写真に置き換えられた画像が空虚な実在感を生み、写真に現代の肌触りを与えているのでしょう。ラウシェンバーグもウ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー271  何気ない大問題4
  • 最近のクロッキー271  何気ない大問題4絵画の源流の一つがイコンです。イコンは複雑な事情を抱えた物語を具体的なオブジェによって象徴します。シャガールにおける花束や花嫁、裸婦やロバやロシニョールは人生のエポックを象徴していて鑑賞者の心に物語を伝えます。イコンが写真画像によって示されたものもあります。1960年代を代表するラウシェンバーグは写真を絵の具や筆のように描く材料として使って時代を見事に表現した彼流 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー270  何気ない大問題3
  • 最近のクロッキー270  何気ない大問題3写真に模した描き方、ほとんど手描き写真といっても良い写真表現とは絵画のドキュメンタリータッチということです。ドキュメンタリータッチすなわち大きな問題が現実の中に潜んでいるのですよと警告する手法です。テーマも明確でないのにドキュメンタリーというのは自然物と変わりません。写真が絵ではないという主張は単なる写真は絵ではないとの意味です。単なる写真とは被写体を写し取る [続きを読む]
  • 最近のクロッキー269  何気ない大問題2
  • 最近のクロッキー269  何気ない大問題2ヌードが単なる裸ではなく女性の存在の象徴であることを知れば、欧米の庭園に裸婦彫刻が平然と据えられている非日常性を理解します。そこは日常の事物が象徴へと変化する特別の場となるのです。それを文化の香りといっても良いでしょう。非日常で形而上学的な精神の認識が文化です。自然物と象徴として描かれる絵画との差はそこにあります。巨木が人生の姿を映し出したり、山が不動の理念を [続きを読む]
  • 最近のクロッキー268  何気ない会話の大問題
  • 最近のクロッキー268  何気ない会話の大問題普段の何気ない会話から突然大問題が現れた。「それって絵じゃないから、いくら描いても面白くならないよ」と何気に言ったのだが「でも手で描いてるのだから絵でしょう」と切り返された。「絵とはね・・・そうじゃないんだよ」と言いかけたが、口を噤んでしまった。自分の中にははっきりとあるのだが、「絵とは何々である」という客観的な定義が見当たらず、皆が自分の尺度で勝手に話 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー267  モダニズムの方向性
  • 最近のクロッキー267  モダニズムの方向性「普遍的」文化を持つとは文化を持たないと同義です。それを「インターナショナルな文化」とか「ユニバーサルな文化」とか「世界で通用する文化」などと呼んでみたところで根無し草です。畜産業で能率よく家畜を管理し、生産性を上げるにはと考えてみれば答えは簡単です。現在世界中で行われているように自然の飼料から切り離してしまえば、どんな餌にでも飛びつく家畜の容易な管理がで [続きを読む]
  • 最近のクロッキー266  モダニズムの思考
  • 最近のクロッキー266  モダニズムの思考モダニズム的な考えでは鑑賞者はある未来的な情報に対して無知と想定されます。そこでモダニストが登場して情報を伝え行動を示します。ファッションリーダーと同じです。ファッションは消費文化ですから一般大衆との接点が多くあり、潜在的なニーズが必要ですが、芸術となるとより神学的観念的な領域であり、先駆的で政治色の濃いテーマを扱うこととなります。人生で様々の現実に触れ、多 [続きを読む]
  • 最近のクロッキー265  モダニズム
  • 最近のクロッキー265  モダニズムモダニズムは美術の在り方を本質的に変えました。絵画を美術品という工芸的愛玩的な品物から政治的でポスター的なコンセプチャルなデザインを鑑賞するものに変えました。モダニズム以前の美術は鑑賞者の趣味嗜好の内側からの表現でした。自分たちの価値観の代弁者が美術家であったのですが、モダニズム以降の表現者は先導家でありアジテーターとなりました。それまでの絵画は時代の先見性を持た [続きを読む]
  • 最近のクロッキー264 ジョルジュ・ブラック
  • 最近のクロッキー264 ジョルジュ・ブラック1910年代は美術が別のパラダイムへと決定的なシフトをする時代でした。キュビズムはセザンヌを祖とすると言われますが、実のところ1910年代のパリのモダニズムを代表するのはジョルジュ・ブラックでしょう。ブラックのパピエ・コレや版画を見れば絵画的なニュアンスのよって来るところを端的に表現しているのがわかります。対象物のズレやトーンの形態、明暗の簡潔なコンポジションをそ [続きを読む]
  • 最近のクロッキー263 マーグ画廊と・・・展
  • 最近のクロッキー263 マーグ画廊と・・・展「マーグ画廊と20世紀の画家たち―美術雑誌『デリエール・ル・ミロワール』を中心に」と長い名の展覧会が上野の西洋美術館版画ギャラリーで開かれています。1910年代のモダンな息吹が素晴らしいのです。マーク画廊自体は1945年以降の戦後のパリの画廊でしたが、そこでの作家の多くは1910年代に作家として確立したマチスやブラック、カンディンスキー、ミロといったモダニストたちです。 [続きを読む]