はなそらパパ さん プロフィール

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はなそらパパさん: はなそらDAYz!
ハンドル名はなそらパパ さん
ブログタイトルはなそらDAYz!
ブログURLhttp://hanasora0526.blog72.fc2.com/
サイト紹介文フラットの花とそらの日常をノホホンと綴っております(^_^)よろしかったらおいでくらさいまし〜!
自由文フラッティの花とそらの日常をホノボノ綴っています!ノンビリペースで更新してますが、よろしかったらのぞいてみてくださいね〜!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供58回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2008/04/13 23:38

はなそらパパ さんのブログ記事

  • 黄金の夕暮れ
  • 今年後半の最大の試練と思われたある会議が信じられないほどの大成功をおさめる結果となり、関係者の皆が笑顔で帰路につくこととなったあの日の夕刻、私は半分放心状態で建物から出て秋の深まりを感じさせる風にふと視線を上げた。雲が黄金に輝いていた。美しい丹沢の上空に、荘厳な夕焼け雲が広がっていた。そこに浄土があると云われれば確信を以て頷いたであろうほどの神々しさであった。目頭が熱くなった。その光に照らされてい [続きを読む]
  • 鈍刀を磨く
  • 坂村真民という詩人、あり。たいへんに優しく、同時に力強く、弱く、且つ、生きる意志に満ち溢れた実に人間的な詩を残されている。妙心寺派のお寺で5年、禅の修行をされたそうだが、成程、と思うところがある。禅を学ぶ人というのは、なんというか、根底にある共通点として妙な血潮の生々しさと、人生に前向きな人間的強度があるように思う。そして不思議なことに、黙々と一人の修行を積んでゆくのが禅の修行という印象であるのだ [続きを読む]
  • 歯医者
  • 私は歯医者というものが大の苦手だ。あの恐怖に並び立つものは他には先ずない。並び立つものがないという意味では、平地に唐突に存在するあの富士の山と同じだ。富士には月見草がよく似合うというが、歯医者にはキョウチクトウがよく似合う。キョウチクトウの花言葉は「危険」だ。ウツボカズラの花言葉も「危険」らしい。陰性の言葉を勝手に押し付けられた花たちはいい迷惑だろう、などと考えながらページを進めてゆくのだが、目に [続きを読む]
  • さて、新九郎君の考えですと、蝉の前半生は慎ましく地味なものとなる訳ですが、果たしてそれは真実なのでしょうか?蝉にだって個性があるはずです。ですから、もしかしたらじっと地面の下にいる生活を悠悠自適と考えている蝉がいるかも知れません。特になにもせず、植物の根から美味しい樹液を吸って、静寂に包まれながら何年も暮らす…もしかしたらこれは、夢のような生活とは云えないでしょうか?外出するのが嫌いな人だっている [続きを読む]
  • 新九郎譚「蝉」
  • 夏の終わりは新九郎君をちょっぴりメランコリックにさせるそうです。盛夏の折、あれほどの隆栄をほこった蝉たちが一羽、そしてまた一羽、乾いた死骸になって地面に横たわる様は、まさに虚しい無常を表しますのでまぁ、新九郎君でなくとも物悲しくなる人はなるでしょう。蝉は暗い地面の下で何年も、ただじっと、慎ましく暮らします。何の贅沢もせず、何の栄華も望まず、ただじっと、身の丈にあった生活を粛々と続けるのみです。そん [続きを読む]
  • 彼岸花
  • 先日、老師のお話に彼岸花の話題がでた。彼岸花といえば思い出すのが、そらが亡くなった後に花と二人きりで歩いた、丹沢のある小さな小道だ。そらのいない違和感と、色を失い花弁を落としはじめた無残な彼岸花の群れ、物事の終焉を予感させる薄暗い曇天。物悲しさの中を私たちは無言で歩いた。その時になぜか、山間に見えた大山の姿が妙に神々しく感ぜられたのを思い出す。花は凝っと座って、何事かを考えながら大山を見上げ、私は [続きを読む]
  • LUKA 後編
  • 子供というのは100%親に依存して生きている。だからその親から攻撃を受けるともうどうにも逃げ場なんてありはしないのだ。だから、『現実の自分は実際の自分ではない(これは単なる悪夢だ!)』と信じきようとする悲しい逃避しか残されていない。こういった逃避は「乖離」という現象に結果する。この言葉を書くだけで、もう胸が痛く指が震えてくるが、どうしようもない現実の自分を自分ではないとし、「あの可哀想な子は自分で [続きを読む]
  • LUKA 前編
  • 女性のアカペラが静かに流れるなかでコーヒーを飲むだけの情景。昔そんなCMがあった。(すこし大袈裟だが)80年代を生きた日本人なら誰もがおぼえているだろう。あの不思議に美しい歌声の主はスザンヌ・ヴェガという米国カリフォルニアの歌手で、日本でも、まぁ、件のCMソング(「Tom's Diner」という題)もありお馴染みだと思うが、彼女の「LUKA」という曲については本邦に於いてどの程度の認知度があるのかはわからない [続きを読む]
  • 桜散る
  • ある春の日、近所のお寺に寄ったところ桜が実に美しく咲き誇る・・・ ほんの手前の状態だった。8分半咲きプラス、といったところだったか。風に揺れて青空に映えるその姿を写真に収めておこうと思ったが、私はその時、「否、どうせなら満開の姿を撮りたい」などと考え、カメラを収めてしまった。桜だって、一番キレイな姿で撮って欲しいはずだ。そして数日後、再びそのお寺を訪れると、あの美しかった桜たちは、無残にも散ってし [続きを読む]
  • 7分の勝利
  • 信玄公がご遺訓で、軍勝はおよそ五分が上で、七分が中、十分をもって下と為す、トいった意味のことをおっしゃっている。完勝は驕り高ぶりをもたらすという意味で、しかも相手の面子も潰して恨みを買うことにもなるのだから、なるほど、これは真理だ。洋の東西を問わず、あらゆる兵法書も同じことを云っている。さて、私はというと、歴史や兵法書が好きなのでいろいろと読み漁って知識だけはあるつもりだ。そして、そう云っていると [続きを読む]
  • 過去は静かに佇む
  • Good morning♪ Good morning♪ Good morning 花ちゃん♪ Good morning♪ Good morning♪ How are you ぽっくん♪こう歌いながら花とそらを見つめると、二人は歌に合わせるかのように小さくジャンプしながら嬉しそうに笑ってくれたものだった、最早遠い日々だ。「未来は躊躇いながら近づき現在は矢のように飛び去り、そして過去は永遠に静かに佇んでいる」これまでこのシラーの言葉を何度も書いてきたが、今、漸く、その結びの句 [続きを読む]
  • 特訓
  • このところ実に気分がいい。小鳥のさえずりと風の音が心地よく、人も美しくみえるし、なにより空の青が綺麗だ。太宰治っぽく云うと、その空に舟を浮かべたくなるほどに気分がいい。さて、その青空のしたで私はある特訓をすることにした。この真夏の屋外、身を焼く紫外線の照射に晒されながら、公園のベンチで模試に挑戦することにしたのだ。この特訓には2つ(+1)の利点がある。過酷な状況で模試を行うことにより本番がより楽に [続きを読む]
  • 立ち止まらぬこと
  • 一日サボるのは一日分後退するのと同じことであります。立ち止まりは後退を意味しますので、それを諫めるために「その場に留まる為には全力で走り続けなければならない」、と、そんな言葉があるくらいです。本来この言葉はよく進化の仕組みの説明に使われ…否、元々はルイス・キャロルの「不思議な国のアリス」からの引用ですが。立ち止まりは後退を意味すると云いました。想像してみてください。ある試験を受けようと、その項目を [続きを読む]
  • 熊谷直実
  • 有名な一ノ谷に於いて敦盛を討って後、熊谷直実は法然のもとで出家を果たした。自分の息子と同年代の敦盛を討ったという事実が決定打となり出家を決意したそうだが、そうなるまでには様々な艱難辛苦がありその果てでの出家だったに違いない。過冷却の実験を思い出す。この世はもう、実に無常で、何もかもが絶えず変化し続けている。行く川のながれは絶えずしてしかも本の水にあらず、とは、本当によく云ったものだ。いつまでもこの [続きを読む]
  • ああ我が戦友
  • 「ああ我が戦友」という古い歌がある。蕭々とした荒野を思わせる一文から始まり、友の戦死に際し、死んだら互いの故郷へ知らせたの手紙を書く約束から、どう筆を運べばよいのか、ト、悩む過程を経て、遂に手紙を書きあげた後の、最後の一文で完結する。私が今回紹介したいのは、この締めの一文である。涙で書いたこの手紙 涙で読んで笑うだろう 君の母君妹御も やっぱり大和の女郎花(おみなえし)前回、「手巾」の母親の話に引 [続きを読む]
  • ハンカチ
  • 先日何気なくテレビをつけていたら、脳死と判定された子供の臓器が他の子供へ移植されることになった、ト、伝えるニュースを目にした。会見で、ドナーの母親が、臓器提供へと至った経緯や思いなどを話しておられたが、その様子があまりにも淡々としていたので私は少々の違和感をおぼえた。子供の死という、自分たちの身にかかったおそらくこの世で考えられる最も過酷な運命のなか、母親のその冷静な態度は現実認識に至るまでのショ [続きを読む]
  • 永遠を実現するヒント
  • ある小説での話。愛する女性の美しい姿が損なわれた時、男は自らの目を潰してその美を永遠のものとしました。肉眼で知覚する外見的な美を保持する為に自らの視覚を封じたその行為は実に合理的と云えます。そして実際に美が永遠化された、つまり、この理論が現実的である以上、私がかつて、一度は不可能と決めつけた「永遠」というものに、実現の可能性が見えてきたのです。今は、暗闇の中の一点の光のような可能性ですが、これには [続きを読む]
  • 現実の痕跡
  • 花とそらの写真を見るたび、その輝くような生命の眩しさに私は思わず頬を緩ませる。その表情は、今の倖せを謳歌する喜びと純粋な生きる意志に満ちていて、あまりにも鮮明な現実の痕跡に私は改めて損失を実感するのだ。私はこの記憶にすがって生きてゆく。写真のみせるその美しい生命の美はゆっくりと私の胸に流れ込んできて、明日を生きる活力となる。いつも読んでくださっている皆様、有難う御座います。 [続きを読む]
  • 時間薬
  • 私にとっての最も心強い希望は「時間薬」という言葉であった。これを知っていたからこそ、歯の喰いしばりを以て、艱難の日々を耐え抜く事が出来た。実体験から確信を以て云えるが、時間は必ず、どんな悲しみをも癒してくれる。時間薬の最も優れた、そして最大の特徴は、何もする必要がない、ということだ。時間とは勝手に進むもの。時とは経つものなのだ。ごく自然に朝日は昇り、夕陽は自ずから沈んでゆく。私たちは今ではなく、そ [続きを読む]
  • 今日の倖せ
  • 人にはそれぞれ執念深く追う題材があると思うが、私の場合、人生が時間に従って下らなければならないというどうにもならない自然の摂理がそれに当たる。「今日の倖せを感謝します。」神仏に祈るある深夜のこと、自然と口にでたこの言葉に少々驚いた。いつも口にしているはずなのに、妙な違和感というか、新鮮さを感じたからだ。私はかつて、永遠を祈り、願った。この子たちとどこまでも歩いてゆけますよに、と、その事ばかりに執着 [続きを読む]
  • 経を唱える意味
  • 春の朧月夜は この世とあの世の境界を曖昧にする。 最早、神となった死者と交わす言葉は私の胸に沁み入り、霧雨が深々と土を濡らして 野山の新緑を育ててゆくように、 死して尚、私の生きる根拠であり続ける。「般若心経は生きてゆく為の智慧ではないのか?それを死者に唱えて供養になるのか?」 そんな問いをある僧侶に投げかけたことがある。こたえは概ねこういったものであった。確かに般若心経は生者の為の智慧であって死者を [続きを読む]
  • 風鈴に風が言葉を伝えてる
  • 私が蜻蛉好きなのは、武田家の重臣、板垣信方に由来する。その思いが高じすぎ、遂には蜻蛉の風鈴を買うまでに至ったのは、子供っぽい私の性質であるので、笑って乾杯のグラスを差し出して欲しいところであるが、さて…私はこの風鈴を室内に掛けている。この季節になってリビングの窓を開ける機会が多くなり、畢竟、涼やかな春の夜風に風鈴が鳴る機械が増えたのであるが、その何気ない音色が、時折、私の心に流れる様に滑り込んでく [続きを読む]
  • 現実を補完する
  • (前回からの続きです)はたしてあのペンダントにはどんな背景があったのか?何にもないでは、あんなに張り切っていた新九郎君が報われませんので、ここはひとつ、何か考えてみましょう。…男女の名前や日付が刻印されているのですからただ事ではありません。その日付はきっと大事な記念日でしょう。結婚かも知れないし、出会いの日かも知れない。いずれにせよ、形にしなければならない程の重大な出来事があったはずなのです。それ [続きを読む]
  • 新九郎譚 「続・落し物」
  • 今回は久しぶりに、我らが新九郎君のお話をしましょう。新九郎君は事情があって様々な公共のイベントに関わる事があるのですが、昨年、落とし物係を経験しました。ゴミに見間違えるほどの猫の写真が届けられた時、受理作業の手間を思って心の中で舌打ちした新九郎君でしたが、その写真を探しに現れた老人が写真を見るなり抱きしめて泣き崩れた姿を見るに際し、新九郎君は己の浅慮を大いに恥じる事となりました。人生到る所に学びの [続きを読む]
  • 普通の日々
  • 私とボクシングは最早20年の付き合いとなった。ジムで一緒に汗を流す面子も気心のしれた良い仲間である。さて、その中でA氏は先日膝を痛め、サンドバッグを打つスィングがゆっくりだ。前に出す足の膝を痛めるとパンチに体重が乗らなくなるので、ここは無理せず、ゆっくりとコンビネーションを確認するかのような、穏やかな動きだ。B氏は長年膝を痛めており、こちらは30代後半でありながらすでに70代の膝と診断されているほど関節 [続きを読む]