Tulipan さん プロフィール

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Tulipanさん: トランシルヴァニアへの扉
ハンドル名Tulipan さん
ブログタイトルトランシルヴァニアへの扉
ブログURLhttp://kistulipan.blog70.fc2.com/
サイト紹介文トランシルヴァニア地方で 自然生活を楽しんでいます。 古きよき村の暮らしをめざして・・・
自由文ルーマニア西部トランシルヴァニアは、ルーマニア、ハンガリー、ドイツ、ジプシー・・・その他いろいろな民族、文化が混ざった土地です。このフォークロア文化の色濃い地方から情報を発信します。
ルーマニアの子育て事情、アート、旅行情報もあり。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供25回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/04/25 00:15

Tulipan さんのブログ記事

  • 初夏の花畑
  • 一日をもてあまし、夕方ころ散歩へと旦那を誘った。 濃い青空に入道雲、そして灼熱の太陽。 梅雨のないトランシルヴァニアでは、夏がやってくるのが早い。 5月終わりは、もう初夏といってもいい。 そして、この頃が最も美しく大地がかがやく季節である。 トーンの異なる緑の中に、色とりどりの無数の野の花が混ざり合って、なんとも形容できない微妙な色彩を作るのだ。 トランシルヴァニアは、まさに緑の王国である。 家から徒 [続きを読む]
  • 旅の終わりに
  • 帰りのバスがないと聞いてから、あれこれ考えていたが、結局は運命にゆだねることにした。幸いにも、ちょうど信仰告白式の日なのでもしかしたら、帰りのお客がいるかもしれない。6時過ぎ、大通りに向かって坂を上り、エルジおばさんが見送りがてら、車が通り過ぎるたびに手招きをするしぐさをした。10分、20分が過ぎた。そろそろ、立ちっぱなしのおばさんに申し訳なくなってきた。「何を言っているの。私に時間がないと思うの。」 [続きを読む]
  • セーク村の信仰告白式
  • 信仰告白式の朝がやってきた。昨日の午後の雨で大地の熱がすっかり冷めきったかと思いきや、だんだん熱くなることが感じられる。エルジおばさんに誘われて、この日の主人公のひとりのおばあさん宅へ散歩した。ちょうど昼食のロールキャベツを窯で煮る所だという。「今は4キロの米に8キロのひき肉を使うけれど、私たちの頃はそれが反対だったわ。」というおばあさんに、エルジおばさんはこう返す。「それはまだいい方。私たちの小さ [続きを読む]
  • セーク村のエルジおばさん
  • セークという、不思議な村がある。赤い衣装に身を包み、白いスカーフを頭にかぶったおばあさん、小さな麦わら帽子をちょこんとのせ、白いシャツに青いフェルトベストのおじいさんが、日常生活を送っている。昔ブダペストで学生時代を過ごした頃も、通りやメトロの中で幾度となくこうした「赤いおばあさん」たちを見かけたことがあった。市では商売心旺盛なたくましいおばあちゃんたちが、セークの名のもとで何でも売っている。いつ [続きを読む]
  • 旅のはじめに
  • 出発は、私の思い違いで一週間延びてしまった。信仰告白式を写真に収めるのが、大きな目的だ。その翌週は、すでにクルージに行くことが決まっているから、週末の二日間だけを過ごすために7時間以上かけて夜行列車で旅することになる。昨年の夏に、セークの結婚式に行けなかったこと、カロタセグでカティおばあちゃんの最後の元気な姿を見られなかったことが大きな後悔として残ってしまった。時間は、もう巻き戻せない。深夜12時半 [続きを読む]
  • 5月の菜の花畑
  • タンポポが綿毛に変わり、リンゴの花が散るころに、毎年決まって黄色い菜の花畑が姿をあらわす。 何ヘクタールも続く、黄色。その色といったら、まるで初夏の太陽の光をそのまま集めたかのようだ。何とも言えない、甘い香りが鼻をつく。いつか車窓から眺めたとき、この菜の花畑の中を泳いでみたいと思ったものだ。 その美しい花畑を見たとたん、子どもたちは中に飛び込んだ。そして、すいすいと気持ちよさそうに花をかき分け、ど [続きを読む]
  • 海を越えるイーラーショシュとハワイアンキルト
  • 4月になって、不思議な縁が舞い降りてきた。タイのバンコクで暮らす女性からの、突然のメッセージだった。イーラーショシュのワークショップをしに来てほしいというお誘いだった。彼女は現地でキルトショップのオーナーをし、さらに日本手芸普及協会のタイ局長をしているという。数年前に、文化出版局の「トランシルヴァニアの伝統刺繍イーラーショシュ」がタイ語版でも出版された。当時は、どうしてタイで出版されたのかが疑問で [続きを読む]
  • トランシルヴァニア、4月の森
  • 春の奇跡を最もよく感じることができるのは、森の中である。トランシルヴァニア地方の自然は、この春の一か月の間でドラマティックな変化をむかえる。半年もの間、眠っていたかのように見えた森の木々や無数の植物、生き物がいっせいに目を覚ます。大地に耳をすませば、あふれんばかりの生命のエネルギーを感じることができる。 まだ裸のままの木々の下では、これまでになく春の太陽が降りそそぐ。その恵みを浴びて、枯れ葉の大地 [続きを読む]
  • Luiza Zanの歌声
  • 彼女の歌声との出会いは、まだ長女が赤ちゃんの頃だった。娘を寝かしつける時に、旦那が偶然に動画で見つけたのだった。低く包容力のある歌声で揺らされ、いつしか娘は眠りについていた。ルーマニア人のジャズシンガー、Luiza Zan。名前の響きからして、すでに美しい。長女が生まれた年の冬、偶然に彼女のコンサートが町のカフェであると知ったが、娘が授乳期だったため、諦めた。はじめてコンサートを見たのは、3年前の夏だった [続きを読む]
  • 花の日曜日−信仰告白式
  • イースターのちょうど一週間前。町のルター派教会で、長男の信仰告白式が行われた。この日のために、この二年間、聖書の時間で勉強をつづけてきた。160問からなるカーテーと呼ばれる小冊子に、聖書や教会についての知識が詰まっている。プロテステスタント教では、生まれてすぐに信者になるのではなく、本人の自覚と意志をもってはじめて信者になれるという決まりがある。子どもたちは一昨年に洗礼をしたばかりなので、いきなりの [続きを読む]
  • 羊を追うひと
  • 冬の合間に、ふと温かな日がやってくることがある。そんな時に青空が見えたら、それは遠足に絶好の機会だ。裸の大地も、太陽の光のおかげで温かく見える。 何もない大地でかけっこをする子どもたち。突然、娘が大声をあげて駆けてきた。羊の群れが目の前に現れたのだ。羊の群れには猟犬がつきものであるから、緊張が走る。 そのとき、心配は無用と羊飼いの声がした。羊飼いのおじさんはロバをひいてゆっくりと歩いていく。「ロバに [続きを読む]
  • トロツコーの謝肉祭(後)
  • 謝肉祭の土曜日がやってきた。約束の午後1時、待ち合わせの家のドアを叩く。「まだ来ていないわ。もう少し後でね。」と女性が答えた。しつこいように、何度もここに来ているのだが、準備は大丈夫なのだろうか。心配になりはじめた頃、通りで待ちぼうけする私たちを呼んだ。「もう始まっているわよ。」狭い部屋の中では、着替えをする少年たちと着付けをする女性たちでひしめき合う。こちらとしては、ガラスケースなしに貴重な衣装 [続きを読む]
  • トロツコーの刺繍を学びに
  • 今から二年前の秋だった。 トロツコーを訪ねようと思い立って、雨のふる夕方にひと晩の宿を求めた。 その翌日に、トロツコーの刺繍を学ぼうと人を探し、やっと探し当てたのがイロナおばあさんだった。大きな枠を使って縫う刺繍。セークのアウトラインステッチにも似ているようだが、どちらかというとサテンステッチに近い。次の年の謝肉祭に学びに来たいと行って別れたのだが、結局、来ることができなかった。こうして、ついにイロ [続きを読む]
  • カロタセグ、空色の教会
  • 1月のある日、私たちはカロタセグ上地方の村を訪れた。村の中心にある、教会の中へと入る。真っ白な壁に、まるで青空のようなブルーが鮮やか。壁にはドロンワークのタペストリー、その白が清々しい。 カルバン派教会に描かれているのは、キリストでも聖人でもなく、素朴な植物模様だけ。まるで村の民家にいるような、温かさを与えている。 天井から下がるのは、村人たちが麦の穂でつくったシャンデリア。つり鐘の形をしている。 「 [続きを読む]
  • トロツコーの謝肉祭(前)
  • 3月に入り、大寒波がやってきた。大雪はまたたくまに氷に変わり、大地は厚い雪と氷で覆われてしまった。私たちがトロツコーを目指したのは、ちょうどその日最高の寒さが訪れた直後だった。国道から山沿いの道へとそれ、両側を山に挟まれた渓谷の間を奥へ奥へと入っていく。しばらく行くと、目の前に巨大な山が姿を現した。通称「セーケイの岩」と呼ばれる山である。トロツコーはその山の裾に位置する、世にも美しい村である。 村人 [続きを読む]
  • 霧のなかのお正月
  • 2018年の幕開けはことに静かだった。 大晦日は集まらず、町外れの森のなかの泉で家族だけで お祝いをした。「黄金の水」という言い伝えがある。大晦日の深夜12時に湧水を汲みに行き、その水を一年間ずっと大切に取っておくと幸運がやってくるという。オレンジ色の電球がともる森の中で、湧水の流れる音を聞きながら過ごした。その翌日、朝目覚めると珍しく空が青かった。太陽の光がそそぐ冬の日は、短く貴重だ。心が急かされるよう [続きを読む]
  • おばあちゃんの遺言
  • カロタセグの土地を踏んだのは、新年が明けてからだった。一番の目的は、カティおばあちゃんの弔いのため。死が近いことを感じたのか、「見てごらん。ここの墓場はそれはきれいなのよ。」「いつか私が死んだら、お墓に花をそえてちょうだい。」生前にこう話しては涙した。村を見下ろす高台の上に、ひっそりと広がる墓場。家から煙が立ち上るのがよく見える。高齢者にはきつい、この高い丘を登って、おばあさんは生前、亡き息子やご [続きを読む]
  • カロタセグのバラが枯れた夜
  • 20日の夜、古き良き時代を知るカロタセグの花が枯れた。小さな村で生を受け、その村で育ち、子孫を残して大地へと返っていった。 ほぼ一世紀にわたる長い生涯も、夢のように短かったと私に告げた。カロタセグの宝を詰め込んだ美しい部屋を守りつづけ、きらめくビーズで刺繍した花をつぎつぎと生み出した。少女のような心をもち、美しいものを愛してやまなかった。 カロタセグへの扉を開けてくれたのも、彼女だった。カロタセグは [続きを読む]
  • イースターのカロタセグ、手芸の旅ツアー
  • 4月のトランシルヴァニア。冷たい大地がやわらかな若草色に染まると、人々は新たな季節を迎えるために身支度をはじめる。色とりどりの衣装に身をつつんで、厳かな足取りで教会へと向かう。イースターの日曜日。 カロタセグ地方に残る、清潔の部屋。村人たちは、先祖から受け継いだ極上の手仕事を大切に守りながら、聖なる空間を生み出しています。 おばあさんたちが紡ぐ伝統刺繍。いくつかの村には未だに昔ながらのやり方で、美し [続きを読む]
  • イースターのカロタセグ、手芸を訪ねる旅
  • 2017年の春。その年は4月の終わりで、いつもより遅いイースター。芽吹いたばかりの木々がすでに春の訪れを感じさせてくれた。はじめての試みでお客さんを連れて、カロタセグへ手芸を学ぶ旅へと出かけた。はじめに目指すのは、上地方。カロタセグの中でも最も古いままの姿で手仕事が残るところ。半世紀以上も時がとまったかのような清潔の部屋では、幾層にも積み上げられたベッドカバーに天井まで届くほど積み上げられた枕カバー、 [続きを読む]
  • グリーンのケープコート
  • ウール素材の鮮やかなグリーンのケープコート。裏がめくれると、青いウールが見えるフードつき。胸には赤い合皮の花の飾りが愛らしい。娘が生まれるずっと前から、買っておいたものだった。だんだんと肌寒くなってきた9月の朝、娘にかけてやった。「こんなコート、子供の時に着たかったなあ。」何気なくそう言うと、娘はしっかりと目を見据えてこういった。「ママがいつか死んで、赤ちゃんになって生まれてきて、子供になったら、 [続きを読む]
  • イーラーショシュを繋ぐ人たち
  • ふたりの子どもをお姑の家においてきたので、長居はできない。 ましてや、明日から新学期がはじまるのだから尚更だ。 帰りを急ぐため、早起きをして村を出た。 カロタセグを横断する道すがら、森のはずれにあまりに美しい風景が広がっていた。急ぎたいと思いながらも、車を止めずにはいられなかった。秋を告げる花、イヌサフラン。草原を見渡すかぎりに、淡く紫色に透きとおる野生の花を見つけると、不思議と胸がときめく。 ハン [続きを読む]
  • 針金細工のボクレータを学びに
  • セーケイ地方から北西へと車を走らせること、6時間。カロタセグ地方の土を踏むのは、この春に訪れて以来のことだった。夏と秋のはざま、9月の二週目が過ぎようとしていた。それは、人々が長い夏を終えて、平常の仕事ペースに戻ろうとゆるゆると重い腰を上げる頃。新学期がはじまる、ちょうど前の週末だった。 長い夏の大半を日本で過ごしたため、休息とたまった仕事に費やしたこの8月。すぐに次の旅へと気持ちを移すことができなか [続きを読む]
  • おばあちゃんの最後の針仕事
  • こんな日が遠からず来るような気がしていたのだが、この夏の終わりに不意に訪れた。87歳になるカティおばあちゃんが、自宅の庭で倒れたという報せだった。すぐに隣人が気がつき、病院に運ばれたものの、左腕左足の神経が切れて動かないという。「わたしは、飼い主のいない犬のよう」と言っていたように、あれこれ仕事を見つけては体を動かすのが好きだった。それでいて、空色のおばあちゃんの部屋は、キッチンと食卓と、寝室と居 [続きを読む]
  • 2017年の夏
  • 2017年、夏が目覚めるよりすこし早くに、私たちはルーマニアを飛び立った。フレデリック・ショパン空港で、8時間の待ち合わせ。ぴかぴかの、とびきり高価な玩具を見つけて、大喜びのふたり。散らばったおもちゃ箱のように、にぎやかな音がはじける。3人の子供たちを連れて、長い長い旅がはじまった。 飛行機に揺られて10時間。成田空港で、おばあちゃんと合流。久しぶりの再会に胸を躍らせながら、電車に揺られて宿泊所へ [続きを読む]