みなみやま 僑 さん プロフィール

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みなみやま 僑さん: パリ、東京 L'ambiance
ハンドル名みなみやま 僑 さん
ブログタイトルパリ、東京 L'ambiance
ブログURLhttp://rvabeille.blog80.fc2.com/
サイト紹介文フランスやパリの旅行に関する話題、旅先の日常、日本の日常徒然まで
自由文フランス旅行情報のサイトRUEABEILLE.COMのみなみやま他がおくる、フランスの旅をメインとした使える情報と使えないかもしれない情報や、時と場合によって、フランス以外の話題も。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供360回 / 365日(平均6.9回/週) - 参加 2008/05/23 13:58

みなみやま 僑 さんのブログ記事

  • Cité D'Antin シテ・ダンタンのトンネル
  • 何とも雰囲気のあるトンネルが、プロヴァンス通りの脇に現れます。このトンネルからは、シテ・ダンタンと呼ばれる抜け道になっています。どうやら、もともとは、建物内の通路だったようで、今も、建物に囲まれたコの字の通路になってます。プロヴァンス通りから、ラファイエット大通りへ抜けられる路地で、パリの中心部に近いのですが、結構静かな感じですね。9区。通りをふさぐように見える奥の建物は、シテ・ダンタンを通り抜け [続きを読む]
  • グレーニュの風景 空
  • 鐘楼跡の墓地に入る。墓地は壁で囲まれているが、教会の壁ではなく、あとで、墓地をかこったのだろうと思われる。その壁の向こうに、沼沢の緑と青い空と白い雲が広がる。プレスキルという地名は、アメリカにもあるようで、ペンシルバニア州に、プレスクアイルという競馬場があることから知った。プレスクという単語が英語にあるのかどうかは知らないが、ほぼ島ともいうべき、そういう地形につけられている。 [続きを読む]
  • スミュール・アン・ノクソワの段葛
  • クール・シャルル・ドゥ・ゴール。この道は、この町の目抜き通り、リベルテ通りと並行して走っている。リベルテ通りは、普通のアスファルトであるが、こちらは、土の並木道。鎌倉の段葛を思わせる。ここは、段葛よりも幅が広い。人間さまの道ではない。馬道なのだ。5月の後半、この町はお祭りになる。指輪祭りである。2キロ向こうから続くこの道で行われる競馬は、勝者に、指輪が送られるのだ。レースは5/31である。ゴール地点のAR [続きを読む]
  • サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会の絵
  • ちょっと離れたところから写真を撮った方が、臨場感があるのかもしれません。反対側には、別の人の絵がある。こちらはフレスコ画なのだそう。漆喰が乾かぬうちに描かねばならぬフレスコ画。これだけ大きいとなると、ゆっくり描きたい気持ちもわからぬでもないような。乾かぬうちというのが、その程度の時間なのかわかりませんが、なんだか、やっつけ仕事のような気分になりそうですね。 [続きを読む]
  • ワルシャワ中央駅前にて
  • ワルシャワの中央駅まで、宿からトラムでやってきた。初めての街だから、とりあえず、中心地へというわけだ。駅前から文化科学宮殿が見える。ポーランドに行こうと思っていなかったついさきごろまで、文化科学宮殿自体を知らなかった。文化科学宮殿は、いわば、ワルシャワのエッフェル塔的な存在でした。初文化科学宮殿を、停留所に入ってくるトラムと共に。 [続きを読む]
  • ユトリロと同列に並んでみる モンスニ通り
  • ユトリロという画家の絵に出会った時が、パリへのあこがれの始まりだった。ユトリロの絵に描かれた道を探して歩くときは、いわば、ユトリロファンであり、ユトリロは師匠でもある。むろん、絵心のない私にとっては、画の師匠ではなく、道の師匠である。だが、ユトリロの絵を知る前に、気に入った道を見つけ、その後に、ユトリロが描いているのを知ったとき、ユトリロは師匠ではなく、道の同好会の同僚となるのである。道といっても [続きを読む]
  • グレーニュの鐘楼址にて
  • グレーニュで調べると、よく見かける鐘楼の址らしき建物の写真。それを見るために、ぶらりと歩いてきた。少々ゆるい坂道を登ってくると、丘の上に鐘楼址がある。あ、これだ。戦争で壊されたのに違いない。周りを見ると、看板に往時の説明書きが。どうやら、ここへ至る道にもあった部隊名の話になるが、6月6日に、グレーニュの沼沢に170人の米軍82空挺師団がパラシュート降下をしたようである。兵どもが夢の跡というには、少々まだ [続きを読む]
  • スミュール・アン・ノクソワの門標
  • アレジアから乗ってきたバスを降りて、荷物をもって宿へ向かう。旧市街内の宿へは、門をくぐる。門をくぐって、また、門をくぐる。ギリエ門とソーヴィニー門という名前。それぞれ、13世紀と15世紀初頭と書かれたプレートが門下の壁に。通り名のように、門の名前が表示されているんですね。一つは門で、もう一つは建物下の通路といった趣。 [続きを読む]
  • シャンティイ城庭園へ
  • シャンティイ城へ出かけて、お城を見学すると、たいていそれだけでおなか一杯。そこから、庭園へ向かって長い階段を降りてゆくには、ちょっとした根性がいる。なにしろ、そこを再び上らねばならぬからだ。上から眺めるだけでも、随分堪能できる。だが、今回は、その階段を下りて、少しだけ入ってみた。ちょっと、入ってみたという程度ですけどね。ウォーキングか、ランニングか、ダイエットか?それを行う覚悟と同じぐらいの決意が [続きを読む]
  • フレッチャロッサに乗る
  • 初めてイタリアに来た時は、わずか2日間。フレッチャビアンカという新幹線に乗った。今度は、フレッチャロッサである。トレニタリアというのは、旧国鉄であって、イタリア国鉄じゃないんですね。JRみたいなものですかね?でも、JRにも、民間企業という印象は薄ですが、こちらも、そういう空気が漂います。秋田新幹線にカラーも似てますが、こちらのほうが、明るい赤。こまちの方がかわいいような気もします。今回はメラーノま [続きを読む]
  • ソコウォフスキエゴ通りの通り名道標 生キエゴ
  • ポーランド語っていうのは、なんでも、名詞が、固有名詞だろうが、何名詞だろうが、ガンガン変化する。て、に、を、は、が替われば、名刺の語尾も変わってゆく。まあ、ほんの初心者クラスでならってみると、覚えることが多すぎて、頭が火を噴く前にショートしてしまう感じだ。まだ、むつかしいなどということを感じられるレベルではない。覚えることが多すぎて、ついて行けぬというレベルである。そんな、まともにアルファベットも [続きを読む]
  • イタルスカー通りとヴィノフラドスカー交差点にて
  • 木々の間から見える、赤い建物がかわいらしいので一枚。ピンクとか赤とかいえば、日本では、結構物議をかもしたこともある建物カラー。こちらでは、そういう色の建物だらけかもしれませんね。オレンジ色の鉄板に覆われた、新しいマンションの向かいのホテルに泊まって事があるのだけれど、確かに、部屋の中が、微妙にオレンジ色化していたような気もする。ベランダで写真を撮るときは、明らかに補正が必要な色味だった。でも、この [続きを読む]
  • Rue de Provence プロヴァンス通り
  • 華やかな百貨店通りの裏側である。裏通りな雰囲気の通りであるのだが、パリとも思えぬ看板も並ぶ。こういう場所にあるということは、それだけ、この界隈で買い物する中国のひとが多いのだろう。爆買いは、きっと日本だけではあるまい。今回は、北京経由であったから、あの夜中の出国ラッシュ状態を見ると、納得も行く。 [続きを読む]
  • Rue du 507 RIP グレーニュの道標
  • 左へ入ってゆくと、鐘楼後の墓地がある。ということがわかっていたので、そこへ向かって歩く。競馬場へ行く前に、ちょっとした観光。立派な道標である。下のプレートには、En hommage à nos libérateursと書かれている。解放してくれたひとへの感謝ということなのだろう。どうやら、517は、82空挺師団の517歩兵連隊のようだ。サント・メール・エグリーズは、映画の舞台にもなったし、今でも、落下傘部隊の一人が引っ掛かったまま [続きを読む]
  • スミュール・アン・ノクソワへ
  • レ・ローム・アレジア駅の脇にあるバス停から、スミュール・アン・ノクソワ行きのバスが出ている。通常は、モンバールの駅からということになるのだろうが、今回は、アレジア経由であるので。美しい、緑の牧場の中を走ってゆく。美しい緑の牧場の中を走ってゆく。延々と変わらず続く、美しい風景の中、眠りに落ちる。バス通りというのがあって、そこまで言ってバスに乗るというわけではない。あちらこちらの街道脇の村中まで入って [続きを読む]
  • シャンティイ城の階段手すり
  • お城に入ると、脇に豪勢な階段がある。そちら側へ降りてゆく人の数は少ない。見学は、正面の居室方面か、右のギャラリー方向へいくからだ。階下には、お土産屋がある。観光大国であるが、お土産大国とはいいがたいフランスであるので、こちらにお土産があります!みたいな大胆な表現は見つからない。降りてゆく人もまばらな階段の手すりの写真を撮ろうとカメラを向けてみたのだが、こういう時に限ってね、次々と人がやってくる。写 [続きを読む]
  • サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会
  • 壁に描かれた絵をフレスコ画という。そう思っていたが、そうではないのだそうだ。壁に向く、フレスコという技法で、漆喰が乾かぬうちに描かれた絵だそう。ダヴィンチはその方法ではなかったから、画の壁面の損傷が激しい。よって、入場制限ということのようである。中に入って写真などを撮れるとは思っていなかったが、こうして、普通に撮れた。絵だけにしちゃうと、自分で撮ったのか、絵葉書なのか、なんなのか、臨場感なくなりま [続きを読む]
  • Římská リームスカー通りとの交差点にて
  • イタルスカー通りを歩いていると、かわいらしい通りの建物並ぶ通りが現れたので一枚。こういう風景は、プラハのどこにでも転がっているのだが、まあ、光の具合や、その前に歩いていた風景などによって、おっ!と思う瞬間がある。そういう時は、できる限り撮る。とある、プラハ、ヴィノフラディの交差点。通りはリームスカー通りだった。 [続きを読む]
  • 聖サンドニが歩いたのか?
  • モンスニ通りの通り名の上に、旧サンドニ通りの表示がある。旧通り名の方がお金がかかっている作り。このモンマルトルの丘は、その名の通り殉教者の丘。パリの守護聖人のサンドニ他が殉教したところ。そこから、サンドニ大聖堂まで、自分の首を持って歩いて行った。この通りは、そのモンマルトルの丘から、北のサンドニ方向へ向かって下ってゆく。とすればね、ここを歩いて行った伝説があるから、こういう名になったのではないか? [続きを読む]
  • サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会とトラム
  • 教会内のダ・ヴィンチの最後の晩餐は、時間制限ありの交代制。その時間までの待ち時間、写真を撮りに。サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会とトラム。そんなタイトルの写真を撮りたいのだが、なかなかいいタイミングがない。時間内に撮れた写真がこれ。車の位置にトラムだと、ちょうどいいんだけどね。こちらの都合では、なかなか。待つのも大事。でも、集合時間になりました。教会脇の白い建物から、中へ入ってゆきます。 [続きを読む]