ミヤケン さん プロフィール

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ミヤケンさん: 琉球国を統一した尚巴志 興亡物語
ハンドル名ミヤケン さん
ブログタイトル琉球国を統一した尚巴志 興亡物語
ブログURLhttp://riyukyurekisi7.seesaa.net/
サイト紹介文琉球国が三山に分立していた頃、尚巴志は琉球国を統一し、交易立国の基礎を構築した国王だった。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 64日(平均1.6回/週) - 参加 2008/05/26 16:08

ミヤケン さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 源為朝と舜天
  • 源為朝と舜天  源為朝は保元の乱(156年)の頃から戦国乱世の時代に大暴れした武将として、また弓の達人としても有名な大男であったと伝えられている。 身長は七尺の大男。現在のメートにすると二メートル十センチ程あったといわれている。腕は左腕の方が右腕よりも四寸程長かったというから左腕は十二〜三センチ程長かった分けである。弓は五人張りの弓(五人がかりで引く弓)、長さ七尺五寸の弓を得意に使用していた [続きを読む]
  • 尊敦 中山王に推戴され舜天王と称す
  • 尊敦 中山王に推戴され舜天王と称す    利勇は長年仕えてきた恩金松兼王を毒殺し、自らを国王と称し君臨しようとたが、各地の按司達の動揺は広がってきた。 そのような時、浦添按司尊敦(そんとん)は二十二歳の青年であったが、逆臣利勇を誅(ちゆう)すべく兵を集めたところ、各地から応じた兵五十余騎を引き連れて、利勇の居城、首里城に向かった。 首里城では利勇の配下の者二十四人が慌てて迎え撃つべく陣を構えた。  [続きを読む]
  • 天帝子の子追記
  •  天帝子の子追記     この天帝子の子というのは琉球国の開闢伝説で伝えられているところのシネリキヨという男神とアマミキヨという女神によって、三男二女が生まれ、長男は天孫氏と称し、国君の始めとなり、次男は按司の始めとなり、三男は百姓つまり庶民の始めとなり、長女は君々となり、次女は祝々の始まりとなった。と伝えられている。 この志仁礼久(しにれく)という男神と 阿摩弥姑(あまみく)という女神によって太鼓の [続きを読む]
  • 天孫氏二十五紀の系図
  • 天孫氏二十五紀の系図天孫氏二十五代最後の国王は、恩金松兼王であった。当時、国王の側近として務めていた利勇の謀反によって恩金松兼王は殺害され、その王統は終わった。その時、王子として各地に配置されていた王子達の動静について、『古琉球三山由来記集』は次の通り伝えている。 恩金松兼王には十男二女がいたが、父王が逆臣利勇に滅ぼされた時、 太子の浦添王子は、豊見城間切瀬長島に逃げ隠れ自害す。死骸は瀬長島の西北 [続きを読む]
  • 万國津梁の鐘銘  意訳 (詳細)
  • 「万國津梁の鐘銘」は、尚巴志のころから急速に発展を遂げた交易立国の方針を国是としたもので、尚泰久の代に命を受けた相國住持・渓隠安潜叟(けいいんあんせいそう)によって鐘に銘文が刻み込まれ首里城の正殿前に掛けられていたものである。 万國津梁の鐘銘 琉球国者南海勝地而 鍾三韓之秀以大明為 輔車以日域為唇齒在 此二中間湧出之蓬莱 島也以舟楫為万国之 津梁異産至宝充満十 方刹地靈人物遠扇和 夏之仁風故吾 王大世主庚寅慶 [続きを読む]
  • はじめに
  •  尚巴志は、琉球国が三山に分かれて百有余年にわたり対立抗争が続く世に、風雲児として登場し、三山を次々と打ち従え、琉球国の統一を成し遂げた國王であった。 特に中国との朝貢交易を中心に東南アジア、日本、朝鮮等との交易を盛んに行い、人々の共存、共栄、繁栄、平和等を指針として努めてきた。 交易こそ立国の基盤である事に全力で意を注ぎ、船舶を以て万国への架け橋となすという、万国津梁の展望を標榜して琉球国の発展 [続きを読む]
  • 現代語訳注 万国津梁の鐘銘
  • 現代語訳注 旧首里城正殿銅鐘 (万国津梁の鐘)の銘                             平成30年10月20日                              諸見 友重 旧首里城正殿銅鐘(万国津梁の鐘)の銘  原文琉球国者南海勝地而鐘三韓之秀以大明為輔車以日域為唇歯在此二中間湧出之蓬莱島也以船楫為万国之津梁異産至宝充満十方刹地霊人物 [続きを読む]
  • 夏姓大宗由来記 現代語訳
  • 光緒十年甲 甲蒲月下浣 (1884年)    夏姓大宗由来記    現代語訳                      夏姓大宗家十六世之裔孫            摩文仁親雲上賢貞 「夏姓大宗由来記」の現代語に訳し.. [続きを読む]
  • 万國津梁の鐘銘の意訳
  • 「万國津梁の鐘銘」は、尚巴志のころから急速な発展を遂げた交易立国の方針を国是としたもので、尚泰久の代に命を受けた相國住持・渓隠安潜叟(けいいんあんせいそう)によって銘文を明らかにしたものである。  万國津梁の鐘銘 琉球国者南海勝地而 鍾三韓之秀以大明為 輔車以日域為唇齒在 此二中間湧出之蓬莱 島也以舟楫為万国之 津梁異産至宝充満十 方刹地靈人物遠扇和 夏之仁風故吾 王大世主庚寅慶生尚泰久茲 承宝位於高天育蒼生 [続きを読む]
  • はじめに
  •  尚巴志は、琉球国が三山に分かれて百有余年にわたり対立抗争が続く世に、風雲児として登場し、三山を次々と打ち従え、琉球国の統一を成し遂げた國王であった。 特に中国との朝貢交易を中心に東南アジア、日本、朝鮮等との交易を盛んに行い、人々の共存、共栄、繁栄、平和等を指針として努めてきた。 交易こそ立国の基盤である事を、尚巴志は特に力を注ぎ、船舶を以て万国への架け橋となすという、万国津梁の展望を標榜して琉球 [続きを読む]
  • カテゴリー項目の内容
  • カテゴリーの項目を したとき、表示される項目は次の通りです。 カテゴリ 1番目 はじめに (5) (1)お知らせ カテゴリーで編成ミスが生じて(錯覚) (2)万国津梁の鐘銘 意訳 詳細 (3)お知らせ 調べた結果問題ありませんでした。 (4)動画のテスト ハーリーの様子 動画 (5)はじめに2番目 第一章 夜明け (17) (1)佐敷の鬼鷲(その1)  (2)佐敷の鬼鷲(その2) (3) [続きを読む]
  • お知らせ
  • カテゴリについて 先日、カテゴリの事でご迷惑を掛けましたが、  調べた結果問題ありませんでした。 修復の必要はありませんでしたので、お知らせ致します。 [続きを読む]
  • 万國津梁の鐘銘の意訳 詳細
  •  本記事は 万国津梁の鐘銘  交易立国 で追加された記事と同じです。 うっかりして重複に記載されたものです。 万国津梁の鐘銘  の大意を更に詳細にした銘文です。  「万國津梁の鐘銘」の大意を、さらに詳しくした意訳は、次のとおり紹介されている。 琉球国は南海のすぐれた土地で 各国の秀でたものをあつめて 大明国をささえとし 日本と兄弟のよしみを結び この二つの国の中間に湧き出たゆたかな島である 舟を [続きを読む]
  • お知らせ
  • ブログの編集作業中にカテゴリーヘの編成ミスが生じて、現在、ブログの最近の記事は問題ありませんが、カテゴリの項目は、 しても別の項目が反映される状態で、大変ご迷惑を掛けてしまい 誠に申し訳けありません。 修復まで、しばらくの間、 時間が掛かると思いますので、ご了承のほどよろしくお願い致します平成30年9月26日管理人より。 [続きを読む]
  • 動画のテスト
  • 動画のテスト その1 那覇ハーリーの様子 2008年10月16日那覇市泊漁港で行われた那覇ハーリーの模様。  チームは那覇、泊まり、久米の三チームで毎年行われている。 優勝した泊まりのデモンストレーションは格好良かったナア,,     [続きを読む]
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