梓の小鳥 さん プロフィール

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梓の小鳥さん: ポカホンタスの里にて
ハンドル名梓の小鳥 さん
ブログタイトルポカホンタスの里にて
ブログURLhttp://japow.blog74.fc2.com
サイト紹介文バージニアの先住民やいにしえ人達の事、 そして当地に纏わるお話などを写真をまじえて語っています
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供12回 / 253日(平均0.3回/週) - 参加 2008/06/03 01:54

梓の小鳥 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • フィシアン日誌 − 前回の続きです
  • 奴隷制に支えられた富裕階層・・そこにヌクヌクと暮らす居心地の悪さをカーターが感じ出していたのは奴隷制を疎んじていた北部出身のフィシアンの感化ではなく彼が家庭教師として同居する以前からだったのではないだろうかその素材を植えつけたのは、 ウィリアムスバーグ時代に交流のあった知識人たちだったかも知れない親交のあった名士たちの中には後に大統領となるジェファーソンが師と仰いだ、ウィリアム&メリー大学の教授で [続きを読む]
  • ロバート・カーター家の家庭教師の残した日誌と書簡ー3
  • バージニア植民地首都、ウィリアムスバーグに再現されたBruton Parish 教会は1660年建設されたロバート・カーター邸はこの直ぐ近くにあるたまたま同教会の手持ちの写真があるので 今日は載せることにしただがフィシアンを家庭教師に雇ったのはウィリアムスバーグから別邸に越した後だったNomini Hall という(写真は こちら から拝借した)残念ながら2014年に焼け落ちてしまって今は無い見学しておかなかったことが [続きを読む]
  • ロバート・カーター三世の家庭教師が残した日誌や書簡
  • 冒頭から言い訳がましいのだが眼精疲労がひどく読書が容易に先に進まない目に悪い、と知りつつ再読を始めたのはカーター三世が時流に逆らって奴隷解放を実行したその勇気の背後にどんな力が、影響が、 理由があったのだろう?そのヒントがこの本の何処かに見つかるのでは、と フィシアン氏の観察日誌に期待を寄せたからであったわずか217頁の本なのに漸く半分、 と情けない有様だがメモをこのブログに残しておきたいと思うい [続きを読む]
  • ウエストオーバー・プランテーションとリッチモンド市
  • ウエストオーバー・プランテーションは1730年はバード家所有の大農園だったバード家は所謂バージニアのファースト・ファミリーと呼ばれた、 米国が英植民時代の名家のひとつであり、 現在のバージニア州都、 リッチモンドに深い関係のある富豪一家であった先ず 1673年 ウィリアム・バード一世が、現リッチモンド市周辺の広大な土地を英国より下付される1737年になると、 ジェイムス河沿いの、 ほぼ未開拓だった [続きを読む]
  • 銅像撤去問題その後
  • (モンティチェロ付近の丘から見下ろしたシャーロッツビル)前回 ロバート・リーの銅像を取り壊すことに反対するケーケーケーが大集会を開き それに反対するグループが妨害したという記事を書きましたが、 単発事件でそのまま立ち消えになるのだろう、と高を括ってましたら この数日・・ 特に週末にかけて何やらとんでもない物騒な騒動へと広がって行った様子・・【米東部バージニア州シャーロッツビルで12日、集会を開いた [続きを読む]
  • ロバート・リー銅像撤去をめぐって
  • ( こちら のサイトより拝借しました)(収納してある中から 筆者が撮影して写真が見つかり次第 差し替えます)??七日の新聞サイトの或る見出し、シャーロッツヴィルでケー・ケー・ケーによる大会が行われる、 というニュースに 思わず目を疑った同市はバージニア州にある田園都市だトーマス・ジェファーソン大統領が創設した名門の州立大学、University of Virginia のある大学町で女優のシシー・ [続きを読む]
  • 七月四日 − 独立記念日
  • (ジェファーソン邸 − モンティチェロ)この日 建国の父と呼ばれた独立革命に貢献したリーダー達の最後のふたりが亡くなった奇しくも独立宣言の五十周年記念日であったひとりは第二代大統領 ジョン・アダムズそしてもうひとりは当地バージニア出身のトーマス・ジェファーソン、 第三代大統領だこのふたりは互いに革命を目指す同士、強い友情で結ばれていたのだが次第に政策など考え方のギャップが増し対立するようになり長年 [続きを読む]
  • リッチモンド市の和解記念碑
  • 英国のリバプールといえば ビートルズのメンバー生誕の地として知られているがかつて奴隷貿易が行われた地であることを知ってる人は多くないのでは。。。アフリカのベナンと リバプール市、 そしてアメリカのリッチモンド市は18世紀 奴隷貿易トライアングルと呼ばれた三地点だった? 写真は こちら から拝借しました ??ベナンから積荷として運搬!されて来た人たちは リッチモンドで降ろされた後 競売にかけられ  [続きを読む]
  • 筆不精だったシドニー・リー /六年ぶりに再開
  • 数週間前のこと・・朝日だったか読売だったかのネット新聞で ふと黒船来航(だったと思う)のヘッドラインを見かけた咄嗟にシドニー・リーのことを想い出しグーグル検索をしてみた新たに知ったのはシドニーが無類の筆不精だったことだ安否を気遣う母、 アン・カーター・リーや弟のロバート・リーの促しの手紙による要請にも殆ど応えなかったようだ若し 彼がロバート・リーのように筆まめであったら当時の様子、 黒船、 航海中 [続きを読む]
  • 六年ぶり
  • ご無沙汰いたしました少しずつまた続けて行こうかな、 と思い始めておりますどうなりますやら・・のんびりとした 相変わらずの下手な文章のブログですがまたどうぞ宜しくお願いいたします [続きを読む]
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