kamaboko さん プロフィール

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kamabokoさん: 新選組&幕末 ばんざい!!
ハンドル名kamaboko さん
ブログタイトル新選組&幕末 ばんざい!!
ブログURLhttp://miburou.blog103.fc2.com/
サイト紹介文新選組を中心に歴史の舞台を巡ります
自由文新選組&幕末以外の歴史の舞台も巡っています。
メジャーな史跡巡りよりも、マイナーな史跡巡りの方が好きです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2008/06/07 19:35

kamaboko さんのブログ記事

  • 行きたくなった
  • ブログを書いていたら、史跡巡りに行きたくなってきました。さっき書いた、日野・三鷹・八王子以外だったら、観光地ではない場所がいい。今まで行った中だと、母成峠函館の碧血碑高知薊野の岡田以蔵墓梼原とか、ほとんど人がいなくて、すんなりと目的地に行けずに探しまくるっていうのが最高!!!あ〜行きたいな。母成峠ではまだ見つけられていない碑もあるのです。新選組ではないけれど、龍馬脱藩の道も歩いてみたいですね。そし [続きを読む]
  • 土方歳三150回忌
  • 今年“土方歳三 150回忌”だったのですか!え〜!!もっと早く言ってください!って感じですが、私がバタバタしていて何もチェックできてなかっただけです。150回忌なんですね。150年経ってもこうして多くの人にお参りしてもらえる…維新では敗者でしたが、その志は間違っていなかったということなんでしょうね。明治維新はどちらが正しいか、正しくないかというは本当に決められないと思います。領地争いや純粋な跡目争いとかで [続きを読む]
  • 天保山 龍馬とお龍
  • 天保山山麓(大阪府大阪市港区築港3丁目2番)に見つけた看板です。  前回来た時にもあったかな?日本で最初の新婚旅行に行ったといわれる坂本龍馬は、ここから出発したそうですね。    私は船は得意ではないので、船で新婚旅行の龍馬を尊敬します。たぶん今の船より揺れもすごかったのではないでしょうか?船酔いはつらいです。ただ、天保山から対岸のUSJまで渡船に乗った時はさすがに大丈夫でした。ここより下はどうでもい [続きを読む]
  • 海遊館
  • 昨年始まった海遊館(大阪府大阪市港区海岸通1丁目1番10号)での「顔博」に行った時の写真です。                オオカミウオ      メガマウス              オジサン       アザラシ              シュモクザメ目玉動物のひとつはジンベエザメで。開館当時、ジンベエザメを飼育する水族館は世界中で沖縄美ら海水族館しかありませんでした。ジンベエザメを観ることがで [続きを読む]
  • 爆心地
  • 2度目の広島で初めて爆心地(広島県広島市中区大手町1丁目5−25)を知りました。  現在、広島の原爆の爆心地は、相生橋の南東、島病院であると考えられています。当初の投下目標は相生橋であったが、風の影響により流されたとされています。この橋は広島市の中央を流れる太田川が分岐する地点にかけられたT字型の橋で、特異な形状は、上空からでもその特徴がよく判別できるため、目標に選ばれました。もっとも早い段階で原 [続きを読む]
  • 原爆ドーム
  • 広島を訪れたのですから、原爆ドームにはいかなければ。原爆ドーム(広島県広島市中区大手町1丁目10)日本の広島市に投下された原子爆弾の惨禍を今に伝える記念碑(被爆建造物)です。元々は広島県の様々な物産を展示するための広島県物産陳列館として開館され、原爆投下当時は広島県産業奨励館と呼ばれていました。ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。アクセス[鉄道]JR広島駅から、広島電鉄市内線のうち、0号線 [続きを読む]
  • 大河ドラマ…坂本龍馬
  • NHK大河ドラマ“西郷どん”の坂本龍馬役に小栗旬さんが決定しましたね。“龍馬伝”の福山雅治さんや今回の小栗旬さんとカッコイイ龍馬が続いていますね。しかし、一番有名な龍馬の写真を見るとどうしても男前とは思えない…。座っている写真は意外と男前だとおもうので、身だしなみを整えたら男前なのかな?ドラマですから男前でいいのですが、やはり龍馬は人気がありますね新選組は出てくるのかな?というか、まだ安政5年(安政 [続きを読む]
  • 新選組隊士だとすれば…
  • テレビを見ていて考えた話。ちょうど1年前も同じことを考えていたようです。でもね、今回はテレビで性格判断を見てまた私の妄想癖が…。あまり前回との変わりはないかとは思うのですが、でも改めて考えてみると楽しいんですよね、これが…。“計算高い欧米人 頭キレキレ冷血人間”の二宮さんは、土方歳三“頼れる縁の下の力持ち ご奉仕大好き菩薩人間”の大野さんは、山南敬助“無邪気なハッピー野郎 自由すぎる永遠のお子様” [続きを読む]
  • 玄武館跡 − 情報を頂きました
  • 2008年8月13日に書いた“北辰一刀流 玄武館跡”の情報をいただきました。ありがとうございます。北辰一刀流剣術・玄武館道場跡(東京都千代田区神田東松下町26、29)現在は見られないそうです。新設置場所は現在検討中…って、おかしいですよね。あった場所に建ててこその「碑」ですもの。坂本龍馬の関連で訪れる人も多いだろう北辰一刀流でさえ、時流には逆らえず消えていくんですね。坂本龍馬や新選組は教科書からも消えるそう [続きを読む]
  • 広島城
  • 旧国泰寺跡から実際は、原爆資料館や原爆ドームなど、現在の重要歴史史跡を廻り、広島城に向かいまいした。その記録は広島城などの後に記したいと思います。さてようやく、広島城(広島県広島市中区基町21番1号)に到着です。        【広島藩】外様 42万6千石 居城文久2年、軍政改革に着手、甲州流軍学をあらためて様式兵制とし、小銃の製造を進め、翌年には約1600名の銃隊が編制され、農兵が採用されました。第一 [続きを読む]
  • 国泰寺跡
  • 一度は行ってみたいと思っていた、国泰寺跡(広島県広島市中区中町7−6)に行くことができました。      慶応元年11月、前年の第一次長州征伐の事後処理として幕府は長州藩に対し、大坂に出頭して釈明せよと命令しましたが、長州藩はそれに応じなかったため、幕府は朝廷から征長勅許を得ました。そして大目付の永井尚志を代表とする長州訊問使の派遣を決定。近藤勇は長州訊問使に随行することになり、伊東甲子太郎、武田観 [続きを読む]
  • 上野忍者ドライブイン
  • 上野忍者ドライブイン(三重県伊賀市大内2017番地1)です。行きは甲賀、帰りは伊賀で休憩です。伊賀といえば伊賀忍者と松尾芭蕉。伊賀忍者といえば“忍びの国”“忍びの国”といえば嵐の大野智さん。もうワクワクです。伊賀市の忍びの国関係のんパンフレットもゲットして嬉しかったです。30数年前なら伊賀忍者といえば、“伊賀のカバ丸”を思い出しましたし、さらに古いところでは“忍者ハットリくん”です。そういえば、“仮面の [続きを読む]
  • 堀跡
  • これは堀跡(三重県桑名市)ですか?  どこかで“堀跡”という文字をみた気がするのですが、探せないのです。お城の堀となんだかの関係があると思ったのですがどうでしょう?中途半端ですがすみません。桑名市内の史跡はこれで一応終わります。後は帰りに寄った一か所だけです。今回は桑名城跡などには行けませんでした。城跡はまた次回のお楽しみということですね。今回巡ったところは、歩いただけでは特に歴史を感じませんでし [続きを読む]
  • 通り井跡
  • 通り井跡(三重県桑名市)という説明板を見つけました。  「通り井」とは、通り道に設けられた井戸のことです。通り道に設けられた井戸ですか?共同水道みたいなものでしょうか?道の下に水路がある感じはします。便利なものだったのでしょうね。しかし、勉強せずに行って、よくわからずに見ると今一つピンっと来ませんでした。斬捨御免【新品】 カードゲーム アナログゲーム テーブルゲーム ボドゲ 【メール便不可】幕末歴史散 [続きを読む]
  • 七里の渡し跡
  • ようやく七里の渡し跡(三重県桑名市東船馬町)に到着です。        東海道五十三次で知られる宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海路で、かつての官道。この渡しの宮宿側、または、桑名宿側の渡船場のみを指して「七里の渡し」と呼ぶことも多い。慶長6年、東海道に伝馬制が実施され、五十三次の宿駅の設置が始まりました。熱田(宮)宿と桑名宿の間は海路「七里の渡し」で通行することになり [続きを読む]
  • 舟会所跡
  • 七里の渡し跡に向かう途中に、舟会所跡(三重県桑名市川口)と書かれた碑を見つけました。  渡船の手配をする所です。まぁ〜この写真は笑ってしまうほど×です。説明が書かれた写真は、しっかりカメラが写りこんでいます。日差しの関係もありますが、一緒に回っていた家族がドンドン歩いて行ってしまうので、急いでシャッターを切ったので出来栄えのチェックをしなかったのがダメでしたね。京都と江戸を往復するには、揖斐川に木 [続きを読む]
  • 桑名城城壁
  • 桑名城城壁(三重県桑名市三之丸)を見ることができました。    この石積みは、築城当時のものだそうです。桑名市街の東端に位置し揖斐川に臨む水城です。城の北辺には東海道桑名宿「七里の渡し」があり、交通の要衝となっていました。城跡には現存建造物はなく、石垣、堀が残るのみで、現在は桑名城址九華公園として整備されています。平成15年に国土交通省水門統合管理所を建造するにあたり、かつての蟠龍櫓跡に建てることと [続きを読む]
  • 光徳寺 − 新選組謹慎の寺
  • 光徳寺(三重県桑名市新町54)も新選組隊士が謹慎していたお寺です。謹慎していたのは、竹内徳雄です。     【竹内徳雄】竹内篤平と同一人物ですか?私が調べきれなかっただけです。竹内篤平箱館編成新選組、第一分隊所属隊士。武内とも。越後長岡の出身で、長岡城下表町生まれ。新選組入隊の経緯は不明ですが、弁天台場で降伏しました。最期の新選組隊長相馬主殿の家来だったといいます。津軽藩お預かりとなり、東京送りとな [続きを読む]
  • 善西寺 − 関川代次郎の墓
  • 善西寺(三重県桑名市西矢田町27−21)に関川代次郎の墓があるというので向かいました。  本名は関川代次郎克海。他に代治郎、代二郎。伊勢桑名藩士(御下横目・八石二人扶持)箱館新選組第四分隊隊士。京都所司代時代には池田屋事件、禁門の変にも出動。戊辰戦争時は藩主松平定敬の御供方の一員として各地に随行。明治元年9月、仙台で新選組に入隊。翌年5月、弁天台場で降伏。同10年、西南戦争には桑名士族約300名が応募した [続きを読む]
  • 顕本寺 − 新選組謹慎の寺
  • 顕本寺(三重県桑名市萱町74)です。  内山栄八、前田岩太郎が謹慎していました。法盛寺を出て、左方向(南?)に真っ直ぐ約350m(5分)です。萱町交差点の角にあります。【内山栄八】箱館編成新選組、第二隊所属隊士。元伊勢桑名藩徒士。生国は越後戊辰北越戦争にさいして、御勘定方下役を務め六石二人扶持。北越より転戦し会津へ。さらに松平定敬の供をして会津を逃れ仙台に赴く。明治元年9月に仙台で新選組に入隊しました [続きを読む]
  • 法盛寺 − 渡部平太夫の墓
  • 法盛寺(三重県桑名市萱町93)では渡部平太夫の墓もみました。さて、渡部平太夫ってどなたでしょうか?桑名藩士で9石3人扶持 の下級武士。矢田磧八幡瀬古庚申堂近くに住んでいた。というのは書いてあるのをみました。天保の頃の人みたいですね。幕末とは少し時代が違いますね。新選組関係の高木貞作はわからなかったのですが、この渡部平太夫の墓は墓地入り口に説明板付きでありました。桑名では高木貞作より有名人なのかな?雰 [続きを読む]
  • 法盛寺 − 高木貞作の墓
  • 法盛寺(三重県桑名市萱町93)には高木貞作の墓があるそうです。              高木貞作の墓?高木貞作嘉永元年11月23日生まれ、昭和8年1月14日没。本名は高木剛次郎貞廉。変名は衝鋒隊で高橋一、新選組では神戸四郎。維新後高木貞作と称しました。伊勢桑名藩士。御小姓役で三人扶持。箱館新選組第四分隊隊士。慶応4年3月、藩主松平定敬に随行して海路で越後柏崎へ向かう。北越転戦後、明治元年9月、庄内で降伏 [続きを読む]
  • 十念寺 − 成瀬杢右衛門・森弥一左衛門の墓
  • 十念寺(三重県桑名市伝馬町53)には、成瀬杢右衛門と森弥一左衛門の墓があります。    森弥一左衛門(森常吉)の墓  森弥一左衛門文政9年6月12日生まれ、明治2年11月13日没。享年44歳。本名は森弥一左衛門陳明。変名は森常吉。桑名藩士。藩主松平定敬の京都所司代時代から藩公用人(三〇〇石)として活躍しました。明治元年9月、仙台で入隊。箱館編成新選組では頭取改役(隊長)を務めました。明治2年11月13日、桑名藩 [続きを読む]