韓国雑記帳 さん プロフィール

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韓国雑記帳さん: 韓国雑記帳(かんこくざっきちょう)のブログ
ハンドル名韓国雑記帳 さん
ブログタイトル韓国雑記帳(かんこくざっきちょう)のブログ
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/kankoku_zakkicho/
サイト紹介文韓国に暮らして20年。なぜか韓国。いまだに韓国。これからも韓国。一味違った韓国を紹介します。
自由文 韓国で暮らし始めて20年。なぜか韓国。いまだに韓国。これからも韓国。〜 韓国雑記帳(かんこくざっきちょう)と言います。いろいろなきっかけで韓国に興味を持ち、韓国の歴史を学び、韓国語を勉強し始め、韓国の伝統音楽や伝統舞踊に触れ、もう30年近く、こちらで暮らして20年になります。今はソウルに住み、韓国の歴史や自然に触れる旅行の企画や翻訳、通訳などの仕事をしています。どうぞ、よろしく。
 
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供45回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2008/08/01 10:15

韓国雑記帳 さんのブログ記事

  • 最初の一歩 9
  • <最初の一歩 9>今回から成田空港反対、いわゆる三里塚闘争のことを書くが、たぶん話が行ったり来たりして分かりにくいかもしれないが、ご理解ください。僕が初めて三里塚闘争のことを意識したのは、高校生の時だったと思う。実は高校のとき写真部にいたので... [続きを読む]
  • 最初の一歩 8
  • <最初の一歩 8>先週末から、日本の選挙が気になり、かつての出来事や体験をまとめる気になれませんでした。どうにかリベラル派の政党が新しくでき、自民+公明+希望vs立憲民主+共産+社民+市民連合の対決構造ができて、ほっとしています。ただ、選挙の予... [続きを読む]
  • 最初の一歩 7
  • 大学での色々な経験はもう少し後で書くことにして、朝鮮半島との関わりがどんなきっかけで始めたのか、思い出しながら書いてみよう。ただ、先日、チェジュでのバスツアーの時、福岡の後藤弁護士から僕が書いている時代についてよく分からないと言われて、どう書き進めていけば良いかちょっと悩んでいる。ちなみに後藤さんは、今年49歳、10歳ちょっと離れているので、世の中への感覚が違うのかも。さて、72年の年末からベトナム戦争 [続きを読む]
  • 最初の一歩 6
  • 68年の時に中学生だった世代は、もう少し早く生まれていたら間に合ったのにと思ったことはなかっただろうか? 72年ごろからベ平連のデモに行くようになって社会に<覚醒>した僕も、かつてはそう思ったことがよくあった。一つには、68年を前後した世界的な変革の流れに身を置くことが出来なかったという思いだ。たぶん、あの時代にたいしてなんとなくロマンを感じていたのだろうと思う。<覚醒>して間もない僕にとって、68年前後 [続きを読む]
  • 参与連帯で衝撃を受けたこと、続き
  • <参与連帯>の事務所でいろいろ話しながら、今まで疑問に思っていたことを聞いてみました。ただ、とても微妙な問題で、とくに日本の運動圏(あまり日本では使いませんが、韓国で使うのであえて使います)の状況を知っていないと、何を聞きたいのかわからないのです... [続きを読む]
  • 参与連帯で衝撃を受けたこと
  • キャンドル集会1周年のスタディツアーで<参与連帯>という市民団体の事務所を訪問しましたが、一緒に訪問して意見交換をした参加者の皆さんは、とてもショックを受けたようです。わずか1時間半しかいませんでしたが、韓国の市民運動の強さとレベルの高さを実感し... [続きを読む]
  • 最初の一歩 5
  • 1972〜3年頃、地域に根ざした運動のなかで、僕が行ったり、チラシ等でどんな運動なのか知っていたものを思い出すと、こんな感じだ。まず、もののべながおきさん達のちょうちんデモの会、武蔵野で活動していた老舗で、ベ平連ではない、といつも言っていたとべ平連事務局長の吉川勇一は書いている。次に、小沢遼子で有名だった埼玉ベ平連、たしか事務所は浦和にあったはずだ。新宿べ平連というのもあって、いつも和服で月例デモに来. [続きを読む]
  • 最初の一歩 4
  • ベ平連の事務所は東西線の神楽坂駅のすぐ上にあった。1階にコーヒー専門店とラーメン屋?がある小さな建物の2階だった。僕の高校が新宿にあったので、飯田橋まで国鉄!で行って神楽坂の坂を登って事務所まで行った。事務所は、確か4つに区切られていて、入り口の部屋に小西裁判を支援する会と三菱反戦一株運動の事務局が入っていた。右側が印刷機、と言ってもガリ板の輪転機、青焼きのコピーもあったと思う。奥の二部屋の左が事務 [続きを読む]
  • 最初の一歩 3
  • べ平連、ベトナムに平和を!市民連合が立ち上がったのが1965年のことだから、1972年の暮れから参加した僕などは、若手というか少年べ平連というか、はっきり言って、一番最後をヨチヨチついて行ったようなものだ。べ平連を最初にキチンと知ったのが、三一新書の「ベ平連」だったと思う。ただ、当時は「朝日ジャーナル」とか「展望」(筑摩書房)、そして泣く子も黙る「世界」等が頑張っていて、読み始めていたと思う。この辺の記憶は [続きを読む]
  • 最初の一歩 2
  • <最初の一歩 2>話しは今から45年も前の1972年から始まる。その年の夏、相模原補給厰から修理をおえベトナムに送られていた戦車を、横浜市が村雨橋で止め、2日ほど現場で睨みあいを続けたあげく、補給厰に戻るという出来事が起きた。当時の横浜市長は社会党の飛... [続きを読む]
  • 最初の一歩 1
  • <最初の一歩、その1>日本の政治状況を韓国から眺めると溜め息ばかりです。アベ一族の身勝手な国家運営を黙って見ている一部の国民も問題ですし、憲法改正を阻止する陣営を作るために努力をしない政党にも腹がたちます。どうして日本という国は、こんなにワガママで情けない国になったのでしょうか?高校生の時から、ベトナム反戦デモなどに参加して、できる範囲で様々な運動に、時にはのんびりと時にはラジカルに関わってきました [続きを読む]
  • キャンドル集会1周年スタディツアーのお知らせ
  • キャンドル集会1周年スタディツアー     〜ソウル光化門&ナヌムの家〜パク?グネ大統領を権力の座から引きずり下ろしたキャンドル市民革命は、昨年10月下旬、タブレットPCの報道を受けて急きょ行われたチョンゲ川広場でのキャンドル集会から始まりました。予想より10倍も多く集まった集会は、そのまま光化門までデモ行進をしました。そして、毎週土曜日、場所を光化門広場に移して、キャンドル集会は行われました。約6ヶ月の [続きを読む]
  • 久しぶりに、伝統芸能~東菜鶴舞い
  • YouTube에서 '왕비의 잔치 - 백성의 잔치/동래학춤' 보기韓国の伝統芸能、特に音楽や舞踊は、僕が韓国に定着するきっかけの一つです。その事は、別の機会にじっくりお話することにして、釜山の東菜鶴舞いを紹介します。この踊りは見て分かるように、鶴の動作をモ... [続きを読む]
  • キャンドル市民革命の作り方7
  • 今、日本にいます。今日(7/19)まで3泊4日の日程で九州の河川を見てまわりました。その報告もいずれ書きますが、キャンドル市民革命についてまとめをしてみましょう。2週間前、パク?グネ退陣非常国民行動の二人と福岡を巡り参加者の皆さんと質疑応答をしながら一番... [続きを読む]
  • キャンドル市民革命の作り方 4
  • 5ヶ所の講演で共通して出された質問のひとつが、どうやってあれだけの人数が集まったのか、集めることが出来たのかという質問でした。その質問の背景には、パク?グネと同じように安倍政権は権力の私物化を行い一部の特権階層のための政治を行っています。それなのに... [続きを読む]
  • キャンドル市民革命の作り方 3
  • 以前、フェイスブックに次のようなことを書いたことがあります。まず、これを読んでもらってから、今回の連続講演会で出てきた話を紹介しましょう。×××××××××××××××××××× キャンドル集会を主催した"退陣運動"が、1億ウオンの赤字を抱え、特別カンパを要請したとこ... [続きを読む]