miyaken さん プロフィール

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miyakenさん: 首里城の起源を探る
ハンドル名miyaken さん
ブログタイトル首里城の起源を探る
ブログURLhttp://syurijyou-kigen.seesaa.net/
サイト紹介文首里城の起源について、いくつかの説に分かれている。その起源を探り埋もれた歴史の真相を明らかにしたい。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 14日(平均4.5回/週) - 参加 2008/08/05 07:50

miyaken さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • カテゴリについて
  • 先日、カテゴリの事でご迷惑を掛けましたが、  調べた結果問題ありませんでした。 修復の必要はありませんしたので、お知らせ致します。 カテゴリの項目の記事内容は、 下記の通りですので、参考のため掲載して起きます。 首里城の起源を探る(改訂版)   カテゴリーの項目を したとき、表示される項目は次の通りです。  カテゴリー 1番目  首里城の起源を探る(27) すると (1)お知らせ ( [続きを読む]
  • お知らせ
  • お知らせ ブログの編集作業中にカテゴリーヘの編成ミスが生じて、現在、ブログの最近の記事は問題ありませんが、カテゴリの項目は、 しても別の項目が反映される状態で、大変ご迷惑を掛けてしまい誠に申し訳けありません。 修復まで、しばらくの間、 時間が掛かると思いますので、ご了承のほどよろしくお願い致します。  平成30年9月25日 管理人より [続きを読む]
  • 琉球史における「首里遷都説の問題点」
  • 首里遷都説は、尚巴志が浦添から首里に遷都したという説と察度が浦添から首里に遷都したという説等がある。 しかし、私は尚巴志や察度が浦添から首里に遷都したのではなく、首里城はもともと浦添「うらおそい」の拠点であり、百浦添として歴代王統の王城であったと解釈している。 その根拠は「球陽」、「中山世鑑」、「中山世譜」等の正史、「オモロ」、それらを裏付ける三山に関する系図等である。内容はこれまでにも「首里城の [続きを読む]
  • 琉球と沖縄
  •   隋書の琉球伝 琉球の名前が、むかしの史書に見える場合、ときには台湾であったり、または、琉球なのか、台湾なのか、意見が分かれている場合があり、必ずしも沖縄とは限らない。それらの背景には、台湾も琉球と称していた事実があったことが要因のように思われる。    まず、琉球の名が歴史に最初に見えるのは、隋書の流求伝であるが、その流求について、沖縄説、台湾説、または、沖縄と台湾の混合説に分かれて [続きを読む]
  • 遣唐使と南島
  •  開元通宝伝来の謎  沖縄本島をはじめ、久米島や石垣島の貝塚から中国の唐時代(七〜十世紀)の開元通宝が出土し、その伝来のいきさつが注目されている。これらの貝塚は、グスク時代以前の遺跡といわれているが、一体なぜ、七世紀から十世紀ころの唐の開眼通宝が出土したのだろうか。                          開元通宝は遣唐使との関係が推測されながらも、いつごろ、どのような関連によって伝えら [続きを読む]
  • エッセイ    八重山の哀歌
  •  島人たちの心情                          唄の島、踊りの島と云われる八重山には、名曲といわれる民謡がいくらでもある。これらの民謡は、琉球王国の時代から歌い継がれてきたもので、当時の島人たちの悩みや、苦しみ、喜びなどの心境が伝えられている。なかでも「とばらーま」や、「安里屋ユンタ」、「つぃんだら節」などには、人々の悩みや、せつなさが込めらている。 安里屋ユンタは、ひと頃、全 [続きを読む]
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