峡陽文庫 さん プロフィール

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峡陽文庫さん: 峡陽文庫
ハンドル名峡陽文庫 さん
ブログタイトル峡陽文庫
ブログURLhttp://kaz794889.exblog.jp/
サイト紹介文山梨の郷土史あれこれ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2008/09/28 16:38

峡陽文庫 さんのブログ記事

  • 甲府市 柳町
  • 【東宮殿下御来峡記念 柳町奉迎門】    大正11年10月3日から8日までの間、当時の皇太子殿下(後の昭和天皇)が山梨県を行啓されている。 甲府市街には甲府駅前などの各所に奉迎門が設置されている。写真の奉迎門はその内の一つである柳町と八日町の交差点に設置された柳町奉迎門である。 左手前は浅川商店 [http://kaz794889.exblog... [続きを読む]
  • 甲府市 常盤町通り 2
  • 【(甲府名所)常盤町通り】 常盤町通りは、現在の城東通りである。 甲府バイパスが開通する昭和46年以前の国道20号線であり、戦前戦後を通じ甲府市街におけるメイン道路のひとつである。 写真右の建物は大正13年に建設された第十銀行本店(現在の山梨中央銀行)、その奥が日本勧業銀行甲府支店(現在のみずほ銀行)、更に奥が昭和6年3月に建設された甲府郵便局であり、左の三階建て建物は野々垣写真... [続きを読む]
  • 甲府市柳町 鐘紡サービスステーション甲府代理店
  • 【鐘紡サービスステーション甲府代理店】 甲府市柳町44番地(現在の中央4丁目8-1)で営業されていた昭和11年頃の鐘紡サービスステーション甲府代理店である。 土蔵造りのこの建物は明治31年10月1日に創業した松浦銀行(同行は昭和7年8月26日に廃業)の社屋であり、一階部分を相当改修の上、店舗として使用されていた。 鐘紡サービスステーションは当時の鐘紡製品のアンテナショップであり、... [続きを読む]
  • 南アルプス市 小笠原長清公祠堂
  • 【明治期の小笠原長清公祠堂と石碑】 明治期に撮影された小笠原長清公祠堂(おがさわら ながきよこうしどう)の写真である。  小笠原長清は応保2年(1162年)3月に、加賀美遠光の二男として生まれ、原小笠原荘(南アルプス市小笠原)を本拠とし、現在の南アルプス市立小笠原小学校附近に館を構えたという。 小笠原長清は父親である加賀美遠光とともに鎌倉幕府の創建に活躍し、文治元年(1185年)... [続きを読む]
  • 甲斐絹販売株式会社旧社屋
  • 【甲斐絹販売株式会社旧社屋】  都留市中央3丁目に所在する甲斐絹販売株式会社旧社屋(現在は村松新聞店)が国の登録有形文化財に過日答申された。 文部科学省の報道資料(平成29年7月21日)には次のとおり記載されている。  [名称]      村松新聞店(旧都留市役所分庁舎) [建設年代等]    大正8年/大正3年、昭和43年改修 [特長等]   ... [続きを読む]
  • 甲府城 東側の東橘通
  • 【甲府城 東側の東橘通】 甲府城の数寄屋曲輪から昭和6年5月15日に撮影された甲府城の東側、東橘通の風景である。 通りに面した東側は、建物の位置及び建物後方の空地を含め、かつての甲府城内堀であり、空地は内堀の名残りである。 後方は愛宕山の南麓にあたり、英和女学校や甲府市の水道施設が認められる。  東橘通に面した東側は、当時、橘町に属し、当時の市街図によると、通称「東橘町」と云わ... [続きを読む]
  • 戦時期の山梨 21「侍従御差遣」
  •  昭和17年4月18日、昭和天皇は戦時下における国内一般状況、珠に国民総努力の実相視察のため、侍従を各地方に差し遣わすことを治定され、山梨、長野、静岡、神奈川の各県には戸田康英侍従が御差遣されることとなった。 戸田侍従は各県への御差遣に先立ち、同年6月6日に昭和天皇より謁を賜り翌日7日に出発し、神奈川、静岡、山梨、長野県の順で各県下を実視し、18日帰京、29日に復命を行っている【聖旨伝... [続きを読む]
  • 竜王の武田神社
  • 【竜王の武田神社】 竜王下宿の神明神社境内に鎮座する武田神社は、武田信玄公を祀る神社である。  明治維新前は信玄堤附近にあったというが、神社附近の免租屋敷が維新後に有租地になるとともに、徐々に荒廃した社殿も失われ祭儀を行うこともできなくなったことから、明治36年に同地区の信徒総代らによる現在地への社殿建設が進められたという。 明治30年代に建設された社殿は、近年改修整備されてい... [続きを読む]
  • 島田村 島田小学校敷地内の忠魂碑
  • 【島田小学校敷地内の忠魂碑】 上野原市鶴島の上野原市立島田小学校敷地内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥陸軍大将 正二位 勲一等 功一級 子爵 川村景明書」の文字が、また、背面には「大正十年四月十五日建之 嶋田村」の文字が刻まれている。  島田小学校の創立は明治8年の公立鶴島学校の開校を嚆矢としており、忠魂碑は島田尋常小学校当時の建立である... [続きを読む]
  • 上野原町 久善寺公園裏山の忠魂碑
  • 【久善寺公園裏山の忠魂碑】 上野原市の久善寺公園裏山の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥陸軍大将 子爵 川村景明書」の文字が、また、背面には「大正十年九月 帝国在郷軍人会 上野原町分会」等の文字が刻まれており、忠魂碑の竣工除幕式は、大正10年9月20日に挙行されたという。 ブログをご覧いただきありがとうございます。... [続きを読む]
  • 『地下鉄90年』展
  • 【『地下鉄90年』展のチラシ】 山梨県立博物館でシンボル展『地下鉄90年 -早川徳次、東京の地下鉄を拓く-』が開催[平成29年5月27日〜6月26日]されている。 この展示会について、同展のチラシには「2017年は、昭和2年(1927年)12月30日に、日本最初の地下鉄である東京地下鉄道上野・浅草間(現在の東京メトロ銀座線)が開業して90周年を迎えます。さまざまな困難を乗り越えてこ... [続きを読む]
  • 旭村 大公寺の忠魂碑
  • 【大公寺境内の忠魂碑】 韮崎市の大公寺境内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥陸軍大将子爵 川村景明 書」の文字。 また、背面には「大正十三年三月十日 帝国在郷軍人会 旭村分会建之」と建設年等が刻まれている。 この忠魂碑は、終戦後、大公寺境内の現在地に移されたものであり、当初は、旭村宮下の甘利尋常小学校(現在の韮崎市立甘利小学校は昭和58年... [続きを読む]
  • 旧日川村役場
  • 【日川村役場】 日川村は明治8年6月、山梨郡 一町田中村、歌田村、上栗原村、下栗原村、中村の五か村合併により成立した村である。 (その後、山梨村、日下部町、八幡村、加納岩町、後屋敷村と合併し、現在は昭和29年7月1日に誕生した山梨市の一部となっている。) 日川村役場庁舎は、昭和3年3月に同村下栗原1064番地への建設が決定し、同年7月に鉄鋼コンクリート二階建ての庁舎が落成している。... [続きを読む]
  • 商店の包装紙22 『松壽軒 長崎』
  • 【松壽軒 長崎の包装紙】 「にしごおり、和菓子の世界」展を南アルプス市野牛島のふるさと文化伝承館で観覧した際、西郡の和菓子店としてイメージした店舗の一つが、かつての五明村荊沢の「松壽軒 長崎」である。  [『にしごおり、和菓子の世界』展]    http://kaz794889.exblog.jp/27784517/ 掲載の包装紙は、同店で昭和初期頃に使用されていたと思われる... [続きを読む]
  • 「にしごおり、和菓子の世界」展
  • 【「にしごおり、和菓子の世界」展のチラシ】 南アルプス市の「ふるさと文化伝承館」で5月17日まで開催している『にしごおり、和菓子の世界』展をこの連休中に観覧した。 当日は同館職員の方から展示内容についての説明を受けながら観覧することができ、同展開催の趣旨とその内容について理解を深めることができた。 同展の観覧でまず確認したのは「なぜ、西郡(南アルプス市)で和菓子の世界なのか」につ... [続きを読む]
  • 没後100年 野口小蘋 展
  • 【『没後100年 野口小蘋』展のパンフレット】 本年は大正6年2月17日に71歳で亡くなった、野口小蘋(のぐち しょうひん)の没後100年にあたる年である。 甲府柳町の造り酒屋である十一屋、野口正章との結婚を機に、甲府で一時期を過ごしたことなどから、山梨ゆかりの南画家として知られている。 山梨県立美術館は昭和53年11月3日の開館以来、『明治の才媛 南画 野口小蘋展』(昭和57年6月5... [続きを読む]
  • 村松新道と村松醤油店
  • 【東方向からの村松新道入口】  城東バイパスの延長に伴う道路の取り付け工事により、既に消滅している、村松新道の遊亀通り側からの入口である。 ※ 村松新道に関する由来の詳細は、『村松新道と村松甚蔵』を参照   http://kaz794889.exblog.jp/22881272/   【村松新道東側入路附近】  村松正三が経営した醤油、味... [続きを読む]
  • 甲府城 数寄屋曲輪
  • 【舞鶴公園(甲府名所)】 甲府城跡の自由広場(鍛冶曲輪)から見た、大正後期から昭和初期における数寄屋曲輪の景観である。 写真の左に建つ洋館は、当時公会堂として使用されていた機山館であるが、曲輪への石段左側に四阿やその脇の門も含め、現在は残されていない。【現在の同位置】 平成2年からの舞鶴城公園整備事業により整備された、上記写真の現在の景観である。... [続きを読む]
  • 徳栄山 妙法寺 総門
  • 【小室山 妙法寺 総門】 南巨摩郡富士川町小室の日蓮宗寺院である徳栄山妙法寺は、役行者により仁王山護国院金胎寺として開山された真言宗寺院であったが、文永11年(1274年)に住持の恵頂が日蓮との法論に破れて日蓮宗に改宗し、その際に寺号を日蓮が銘した徳栄山妙法寺としている。 恵頂は鞍馬山で修験道を修め、東国33国の山伏の頭領となった人物といわれ、改宗とともに日伝と改めている。 妙法寺は... [続きを読む]
  • 山梨県庁旧館三階からの景観
  • 【旧県庁舎三階北側の景観】 「昭和5年12月20日 午後二時 快晴 県庁舎三階ヨリ議事堂附近ヲ望ム」と記録された、県庁旧館三階から北側、甲府駅方面を写した写真である。 撮影位置と撮影方向のイメージは、後記の山梨県庁舎配置図のとおりである。 山梨県庁旧館は、昭和2年10月1日に起工、同5年3月31日に山梨県庁舎として竣工しており、現在は山梨県議会議事堂とともに山梨県指定の文化財として... [続きを読む]
  • 第十銀行 営業案内
  • 【株式会社 第十銀行 営業案内】 山梨中央銀行の前身である第十銀行は、銀行類似会社である「興益社」として明治7年6月1日に開業し、その後明治10年4月15日に第十国立銀行として営業を開始した後、「国立銀行満期前特別処分法」に基づき、明治30年1月1日に株式会社第十銀行として営業を開始している。 写真は、明治34年4月28日に本店営業室の大改修が完了した後に、顧客に対して配布された「株式... [続きを読む]
  • 旧妙法神堂境内の石造物
  • 【旧妙法神堂境内の石造物】 旧増穂町と旧鰍沢町の境となる戸川に架かる戸川橋の南側、国道線から小室山妙法寺に通ずる小室路の分岐点脇にある、道路から数段高い石積みの植え込みに、何基かの石造物が建てられている。【遠忌塔】 植え込みの中央に建つ正面中央に「南無妙法蓮華経」と刻まれた塔本体の高さ3.4m、幅2.1m、台座を含め4.4mの石塔は、文政12年10... [続きを読む]
  • 「近代鰍沢教育発祥之地」碑と鰍沢学校
  • 【蓮華寺境内の「近代鰍沢教育発祥之地」碑と副碑】 「近代鰍沢教育発祥之地」碑は、南巨摩郡富士川町の日蓮宗蓮華寺境内に平成11年3月に建立されている。 同碑の左側に建つ副碑「公立鰍沢学校」には、「この地に公立鰍沢学校が創設され近代鰍沢の教育がここに始まりました」と刻まれている。 鰍沢学校の創立は明治7年11月1日(現在の富士川町立鰍沢小学校のHPは明治6年2月1日としている。)に、日蓮... [続きを読む]
  • 穂積村 妙法寺の忠魂碑
  • 【妙法寺境内の忠魂碑】 南巨摩郡富士川町の妙法寺境内の忠魂碑である。 忠魂碑表面には「忠魂碑」の文字と、その揮毫者である「元帥子爵 川村景明 書」の文字が刻まれている。 また、背面には「大正十四年十一月 帝国在郷軍人会 穂積村分会」と建設年等が刻まれている。 ブログをご覧いただきありがとうございます。峡陽文庫のブログ運営の励みとなります、ご覧の都度1日... [続きを読む]
  • 鰍沢警察署 旧庁舎
  • 【鰍沢警察署新築記念 大正十一年九月三十日撮影】 山梨県内における警察署の前身は明治6年3月に山梨県庁内に置かれた取締掛の出張所として同年8月に、山梨県内16か所に設置された取締出張所である。(鰍沢取締出張所は鰍沢村の日蓮宗蓮華寺に置かれている。) ※ 16か所の取締出張所   甲府・八日町、山梨郡・勝沼、八幡、八代郡・市部、浅利、市川   大門、巨摩郡・鰍沢、西条、古市場、河原部、... [続きを読む]