四十路 さん プロフィール

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四十路さん: 四十路直前日記?
ハンドル名四十路 さん
ブログタイトル四十路直前日記?
ブログURLhttp://mn98.blog50.fc2.com/
サイト紹介文四十路直前男の、くだらない日記
自由文城跡巡りやドライブがメインです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供117回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2008/10/26 01:23

四十路 さんのブログ記事

  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(9) 〜唐川城〜
  •  福島城の後は唐川城に行きました。 場所はここ(41.072173, 140.356011)です。 国道339号線のこの交差点(41.060425, 140.352765)かこの交差点(41.063198, 140.339548)から行くことができますが、後者の交差点からのほうが楽でしょう。 私は前者の交差点から向かって、途中で諦めてしまいました(汗) 峠がある場所が唐川城の駐車場になっています。  その駐車場からの眺め。 手前が大沼で、奥が十三湖です。 この唐川城 [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (8) 〜是心院・島並城〜
  •  続いては島並城です。 常光院からは南に4キロほどの場所にあります。 今は島並城主の菩提寺・是心院の境内になっています。 案内は無かったけど、これが島並氏の墓かな? 島並氏の情報も島並城の情報もないけれど、このあたりの他の城と同じく、佐竹氏の三十三館の謀殺によって落城したのかもしれません。 怪しい土の盛り上がりは土塁かもね。[鹿行] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (7) 〜常光院〜
  •  続いては常光院です。 この常光院は、佐竹氏中興の祖といわれた佐竹義舜(よしきよ)の開基です。 戦国時代に鬼義重と呼ばれた佐竹義重の曽祖父に当たります。 火災から免れ、創建当時からの姿を今に伝えるこの山門には、佐竹氏の家紋が彫刻されていました。 本堂は再建ですよ。 そして誰のかはわかりませんが、佐竹氏の供養塔がありました。 常光院の裏山は小高城という城なのですが、入口がどこだかわかりませんでした…[ [続きを読む]
  • 江戸城を歩く 2017 〜虎ノ門〜
  •  先日は秋葉原に行ってきました。 というのも、カメラのイメージセンサの表面ではなく奥のほうに埃がついてしまったようで、メーカーまで行って掃除してもらいにいに行ってきたのです。 上の写真だと、左上に影が映っています。 うん、埃は無くなりました♪ 用事が済んだら地下鉄に乗って、虎ノ門まで行きました。 虎の門駅の11番出口に向かいます。 するとこんな看板が… 少し歩くと見えてきました。 これは、この付近 [続きを読む]
  • 加須で、『おんな城主 直虎』
  •  先日は埼玉県加須市(かぞし)旧騎西町にあります、大英寺に行ってきました。 この寺は、騎西城主・松平康重が父である松平康親(松井忠次)の菩提を弔うために、1591年に建立しました。 というわけで、松井松平家の墓があのるかと思ったけれど、それは今は無いようです。 この寺を建立した松平康重の母親は江原政秀の娘で、康重が騎西に転封になった時に一緒についてきて、1599年に亡くなりこの寺に葬られました。 その江原の娘 [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(8) 〜福島城〜
  •  続いては福島城です。 鏡城からは西へ36キロほどの場所にあり、国道339号を走っていると上のような目印があります。 そこから100mほど歩けば、上の写真のような復元された門が出迎えてくれます。 ここは内城といわれる主郭部分で、水濠の跡も良く残っています。 内部は例によって草がボーボーでありました。  [鹿行] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(7) 〜鏡城〜
  •  続いては鏡城です。 中里城からは北へ車で30分ほどの場所にあり、保食神社が目印になります。 主郭付近にも駐車場はあるようですが、保食神社用の駐車場があるので、そこに車を置き歩きました。 城址は今は太田ふれあい公園という公園になっています。 城とは全く関係ないオブジェがありました。  ちょっと登ると主郭らしき場所に到着できますが、ここも草刈が出来ておらず、展望台までたどり着くことが出来ませんでした [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (6) 〜相賀城〜
  •  続いては相賀城(おうがじょう)です。 津賀城の南西5キロほどの場所にあります。 最初の写真の龍翔寺(相賀城主の菩提寺らしい)を目印に、となりの神社が登城口になります。 写真にあるように85mで主郭に到着できます。 切岸っぽいが… そして主郭に建つ神社です。 事前の調査ではこのあたりに櫓を模した展望台があると聞いたのですが、探しても見当たりませんでした。 社殿の裏には土塁らしきものがありました。 この奥 [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (5) 〜津賀城〜
  •  続いては津賀城です。  卜伝の墓からは、北北西に8キロほどの場所にあります。 最初の写真のように公園として整備されているので、ナビで行けば迷う事は無いでしょう。 この津賀城址公園は最近整備されたようで、山頂の主郭付近以外は工事で改変されてしまっているようです。 とはいえ主郭付近は、土塁や堀・虎口などの遺構が良好に残っています。 物見櫓?に登ってみました。 北浦がよく見えました。[鹿行] ブログ村キー [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(5) 〜高楯城〜
  •  続いては高楯城です。 上の写真の五所川原市妙龍寺が城の入口になります。 城を見る前に、立派な仁王門を見ていきましょう! …って、仁王様がいないじゃないか〜 と思ったら… こんなマンガチックな仁王様が扉に張り付いていました(笑) さて、先ほどの妙龍寺の前の道を登っていくと、怪しい城郭建築が見えてきます。 これは公民館らしいのですが、草がボウボウで近づくことが出来ませんでした。 こちらは切岸っぽい遺構 [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(6) 〜中里城〜
  •  高楯城の後は中里城です。 中泊町営中里墓地へ向かう途中に、上の写真の駐車場があります。 高楯城からは北へ20キロほどでした。 階段を登るとすぐ遺構が見えますが、ここも高楯城同様に草が生い茂り、自由に散策することが出来ませんでした。 私が訪れたのは5月中旬だったのですが、色々あるでしょうが、せめて観光シーズンのゴールデンウイークには草刈をしてほしいですよね… この中里城は、築城時期や城主もわかってい [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (4) 〜塚原卜伝の墓〜
  •  続いては塚原卜伝の墓です。 鹿島城からは北東に4キロほどの場所にあります。 とても分かりにくいですが、google map やゼンリンの地図にも載っているので(ナビなら)迷う事はないでしょう。  塚原卜伝は、戦国時代に生きた剣豪です。 足利義輝や山本勘助、そして今川氏真にも剣術を指南したといいます。 2011年には堺雅人さん主演でドラマにもなりました。 ところで、堺さんは剣豪とか猛将とかを演じるのはあまり似合 [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (3) 〜根本寺〜
  •  鹿島城の後は、その城主の墓がある根本寺に行きましたS。 場所は鹿島城のすぐ西側です。 この根本寺は、聖徳太子が開いたとされています。 いったい聖徳太子はいくつの寺を開いたんでしょうかね(笑) 17世紀には松尾芭蕉も訪れ、一句読んだそうな。 そしてこちらが鹿島氏の墓です。 佐竹氏の『南方三十三館仕置き』によって武家としての鹿島氏は滅びてしまいましたが、徳川家康が再興して鹿島惣大行司職として明治維新を迎 [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(4) 〜高照神社〜
  •  続いては岩木山神社から東へ1.5キロほどの場所にある、高照神社です。   創建は18世紀初め、津軽藩三代藩主・津軽信政を祀ったことが始まりとされます。 色使いが岩木山神社の随身門と似ているから、同時代のものなのかもしれません。 先ほどの拝殿もこの本殿も国の重要文化財です。 というわけで、ここには津軽信政の墓があります。 本殿の裏の道をまっすぐ行けば、突き当りにあります。 大名墓で神道式なのは珍しいで [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(3) 〜岩木山神社〜
  • サッカー日本代表W杯出場おめでとう! さて弘前城の後は、岩木山神社に行きました。 奥に隠れていて雪をかぶっている山が岩木山です。 創建は八世紀頃とされ、参堂は奥宮がある岩木山山頂へと繋がる登山道になっています。 登山道になっているだけあって、山頂に向かってダラダラ登る感じで社殿に向かっています。 こちらの随身門は元々どこかの寺の山門だったそう。 そう言われれば、寺の山門っぽいですね。 そしてこの神 [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (2) 〜鹿島城〜
  •  鹿島神宮の後は鹿島城へ行きました。 鹿島神宮からは西へ1キロほどの場所にあります。 上の写真は堀跡なのですが、やっぱり写真にするとわかりずらいなぁ… 平山城ですが、頂上まで車で登っていくことができて、公園として整備さsれています。 土塁の上は遊歩道になっていて、主郭と思われる部分を一周することができます。 これは虎口かな? 鹿島城は平安時代末期に鹿島氏によって築かれたとされます。 戦国時代には佐 [続きを読む]
  • 鹿行遠征記 (1) 〜鹿島神宮〜
  •  さて今日からは、7月に行った鹿行地方の史跡めぐりのレポートです。 鹿行とは、茨城県の鹿島郡と行方郡のことです。 大体、霞ヶ浦の南東部辺りですね。 まずは鹿島神宮です。 神武天皇元年創建といわれる、常陸国一宮ですね。 上の写真は徳川頼房奉納の楼門で、日本三大楼門の一つとされます。 あとの二つは熊本の阿蘇神社と福岡の筥崎宮でした。 ところで阿蘇神社の復旧工事は進んでいるのかなぁ… 心配です。 楼門を潜 [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(2) 〜弘前城・その2〜
  •  弘前城の続きです。 写真は本丸入口の石垣。 こちらは本丸内部から見た石垣工事の様子です。 そういえば最近、天守台の石垣から、イカの形をした“いかすみ石”が発見されたというニュースがありましたね。 上の写真だとどの部分にあったのだろう? そしてここから真後ろを振り返ると… こんな光景が! 岩木山と天守のツーショットは、今しか見られない光景です。 別角度から… 裏に回ると地味なんですよね(笑) 天守 [続きを読む]
  • 奥津軽と秋田沿岸部の旅(1) 〜弘前城・その1〜
  •  さて、今日からは、5月に行った東北旅行のレポートです。 弘前城と久保田城のスタンプをメインに、その周辺の城と寺などを回ってきました。 まずは弘前です。 埼玉を昼前に出て、到着したのは20時頃だったかな? 昨年に新しい(以前より大きい)車に変えてから、長距離ドライブが楽になったように感じます。 とはいえ、700キロ弱のドライブはさすがに疲れました… ホテルで十分に疲れを取ったら朝一で弘前城です。 い [続きを読む]
  • 雪解けを待って中通り(最終回) 〜会津若松城〜
  •  高玉城を攻略した後は、100名城のスタンプを押すだけのために会津若松城に向かいました。 スタンプが置いてある天守の最終入城時間は16:30。 その時間に合わせて時間の余裕を持って出発したはずだったのに、駐車場に到着して上の写真を撮ったのは16:25。 そう、二本松の桜はもう終わっていたのに、会津の桜はこの時が最盛期だったのです。 すっかり、『花見渋滞』というものを忘れていました。 結局は間に合っ [続きを読む]
  • 雪解けを待って中通り(11) 〜高玉城〜
  •  続いては高玉城です。 場所は磐越自動車道の磐梯熱海IC付近で、県道24号線を北に向かっていると上の写真の看板が出ているので、そこに車を停めましょう。  案内に沿って歩くと鳥居があるので、そこが登山口です。 この日三回目の山城は、キツイよね〜 たどり着いた場所は平場になっていて、社殿が鎮座しています。 当時はここが主郭かと思っていたのですが、社殿の裏側に主郭があったようです。  この高玉城の築城時期は [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (最終回) 〜長篠城と馬場信房の墓〜
  •  最終回は長篠城です。 野田城からは、東へ車で20分ほどの場所にあります。 超有名な城だけあって、駐車場も資料館も完備です。 でも土の城ということで、建物や石垣なんてありませんよ〜 でも、それがいい! この土塁の“折れ”なんて、いい眺めでしょ? 私は二回目の訪問ですが、前回行かなかった線路の向こう側にも行ってみました。 一応、平場があったです。 そして長篠城を攻略したら、長篠の戦で亡くなった武将の墓 [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (32) 〜野田城〜
  •  続いては、野田城へとやってきました。 近くまで行けば、案内が出ているので迷う事は無いでしょう。 でも駐車場が無いので路駐するしかないです。 野田城といえば、武田信玄が最後に攻め落とした城として、そして信玄が鉄砲で狙撃されたという伝説の残る城ですね。 というわけで、狙撃されたとされる場所も残っています。 遺構も残っているとの事でしたが、雨上がりで足元がぬかるんでいた為に、主郭だけ見学して退散しま [続きを読む]
  • 美濃・尾張・三河遠征記 (31) 〜砥鹿神社〜
  •  続いては三河国一の宮の砥鹿神社(とがじんじゃ)です。 上の写真は駐車場にいちばん近い鳥居を何気なく撮ったのですが、これは空襲に耐えたものなんだそうです。 デコボコしている所が空襲の跡らしいです。 あとは表に回り境内へ… 鳥居以外は戦後の再建だそうだす。。 拝殿です。 昭和37年再建。 次はお城です。[三河国] ブログ村キーワード [続きを読む]
  • 安中で、『おんな城主 直虎』
  •  時間があったので、高崎市から安中市に移動しました。 市街地の東部にある大泉寺です。 こちらにも井伊家の史跡があります。 上の写真は井伊直政の正室・唐梅院の墓です。 長男の直勝を生んだのですが、直勝は彦根藩を継ぐことが出来ずに、安中藩の初代藩主になりました。 ということで、この安中市に墓があるのですね。 こちらは二代安中藩主・直好を生んだ、側室・隆崇院の墓です。    安中藩主の奥様たちの墓参りを [続きを読む]