横手聡 さん プロフィール

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横手聡さん: 天守が建てられた本当の理由
ハンドル名横手聡 さん
ブログタイトル天守が建てられた本当の理由
ブログURLhttp://castles.xsrv.jp
サイト紹介文大胆仮説でビジュアルに解き明かす「天守は天下布武の革命記念碑(維新碑)説」!!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供36回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2008/10/27 14:27

横手聡 さんのブログ記事

  • ものすごく本丸御殿側がアッサリしていた?…石川・小笠原・戸田時代
  • 全エントリ記事の一覧はこちらものすごく本丸御殿側がアッサリしていた?…石川・小笠原・戸田時代石川康長の「改築途上」天守(慶長18年/1613年当時)のシミュレーション(※改築用の「足場」等の描写は省略しています)【新規シミュレーション!!】小笠原秀政による「設計変更」で高欄廻り縁が閉じられた状態前回と前々回のブログ内容をまとめますと、ご覧のごときシミュレーション画像にたどりつくことになります。(※→ [続きを読む]
  • 今度は松本城「旧天守」=創建天守のシミュレーション画像で。
  • 全エントリ記事の一覧はこちら今度は松本城「旧天守」=創建天守のシミュレーション画像で。前回記事のラストでは…「(慶長18年に小笠原)秀政が領地受け取り役で松本におもむいた時、おそらく城では(※宮上茂隆先生の指摘のとおりに)乾小天守が「旧天守」として建っていた一方で、そのとなりでは、まさに大天守が(二代目・石川康長自身の発意の五重天守として)新規に改めて建造中!! だったのでは―――」などと申し上げ [続きを読む]
  • 松本城天守の最上階のナゾを追う
  • 全エントリ記事の一覧はこちら松本城天守の最上階のナゾを追う → 注目は流転の末に旧領回復した「小笠原秀政」の意地かまずは前々回までの「望楼型天守って何?」という話題のポイントを箇条書きにしますと…【1】 高欄廻り縁は望楼型天守の必須条件ではなかった(→ 望楼型であるか否かの判断材料にもならない)【2】 高欄廻り縁の天守における目的は、多くの場合、美観ではなく、その大名の新領地において、昼夜を問わぬ領国 [続きを読む]
  • 伝統工法の木造天守に「エレベーター」を要求する人々の登場
  • 全エントリ記事の一覧はこちら伝統工法の木造天守に「エレベーター」を要求する人々の登場今回のブログ記事は、前回までの「望楼型天守って何?」という話題をちょっとだけ中断して、余談の余談を申し上げたいのですが、最終的に言及したい「城」は下写真のドイツ・モーゼル川沿いのエルツ城(Burg Eltz)でありまして、まずはその前に、名古屋城天守の木造化をめぐる紛糾の件から…かねてから話題の名古屋城天守の木造化が、また [続きを読む]
  • 続・純然たる「望楼型」天守は、羽柴秀吉のこだわりが生んだ新型天守か
  • 全エントリ記事の一覧はこちら続・純然たる「望楼型」天守は、羽柴秀吉の …前回のラストでご覧いただいた図のうち、左側の安土城天主でグリーンに塗った天主台上一階(二重目)の範囲について、一部に実線の無いところをグリーンに塗っている部分もあって、疑問を感じた方がいらっしゃったかもしれません。静嘉堂文庫蔵『天守指図』の二重目(赤)の上に三重目(緑)を重ねると…そうしたグリーンの塗り方は、以前のブログ記事で [続きを読む]
  • 純然たる「望楼型」天守は、羽柴秀吉のこだわりが生んだ新型天守か
  • 全エントリ記事の一覧はこちら純然たる「望楼型」天守は、羽柴(豊臣)秀吉のこだわりが生んだ新型天守か前回は話の流れの都合で、図解に説明の足りない部分が残りまして、まずはその点を補足させていただきます。――― 千田嘉博先生の安土城天主の復元案において、天主が建てられた範囲として、四角い南北20間×東西17間の「矩形版」を図示しましたが、千田先生の著書『信長の城』の読み方によっては、下記の「変形版」も想定 [続きを読む]
  • 「定義」に従がうと安土城天主は「層塔型」でもOKか?
  • 全エントリ記事の一覧はこちら「定義」に従がうと安土城天主は「層塔型」でもOKか?前回に続いて <望楼型天守って何?> というお話になりますが、前回の図表はどうやら「大津城天守」などが抜けていたようでありまして、この手の図表で合格点をいただくのは難しいなと反省しております。…【訂正版】高欄廻り縁の存在が確実な天守と御三階櫓(低層階での付設はのぞく)大津城天守(彦根城天守の前身建物)の推定図/昭和35年 [続きを読む]
  • 試案/天守の“塔化”進行プロセス …二重天守から巨大層塔型まで
  • 全エントリ記事の一覧はこちら試案/天守の“塔化”進行プロセス …二重天守から巨大層塔型まで九州一帯の膨大な数の信者を前提にした、未完のキリスト教国「日本」の総天守…幻の福岡城天守とは?前回にご覧いただいた福岡城天守の独自復元イラストは、一見して奇妙キテレツと感じられたかもしれませんが、しかしこれは荻野忠行著『福岡城天守と金箔鯱瓦・南三階櫓』の口絵ページに、下記のごとき“正体不明”の絵葉書の写真が載 [続きを読む]
  • 四段重ねの十字形八角平面とは… 福岡城天守の独自復元イラスト
  • 全エントリ記事の一覧はこちら四段重ねの十字形八角平面とは… 福岡城天守の独自復元イラスト正月以降、欧州の城との比較をあれこれと続けたなかで、前回のベルクフリートやドンジョンは「天守とは100%別物である」と重ねて申しましたが、城に攻め寄せる敵勢に対し、これを迎え撃つ射撃の「死角」を少しでも無くしたいという願望は、洋の東西を問わぬ関心事と見えて、ご覧のアイルランドのトリム城 Trim castle には、写真のご [続きを読む]
  • ベルクフリートはやはり天守ではなく「大櫓」か「千貫櫓」に相当か
  • 全エントリ記事の一覧はこちらベルクフリートはやはり天守ではなく「大櫓」か「千貫櫓」に相当か今回のお話は前回の補足になりそうですが、まずは前回のラストで、我が国の城の【機能の復活】などと、やや物騒なことを申しまして、その意図がちゃんとお伝えできたのか心配になって来ました。そこで初めに、レプリカか否かという話題で申し添えますと、ちょっと強引な例えで恐縮ですが、ご覧の零戦の実物大模型を例にとれば、私が申 [続きを読む]
  • 大注目の松山城「古本壇」は 二重天守の典型か?
  • 全エントリ記事の一覧はこちら大注目の松山城「古本壇」は、原初的な「二重天守」の典型か?西部邁先生が多摩川に入水自殺した翌日の、関東周辺を襲っている大雪は、これは何かの… 大乱の兆(きざ)しではないのかと感じてしまう八王子市民が、気を取り直して、今日の本題を申し上げます。四国・伊予の松山城と言えば、山頂の本丸の「本壇」上に、江戸後期に再建された三重の大天守や小天守・櫓群が建ち並んでいて、その壮観さに人 [続きを読む]
  • 世界一奇妙な城!!…と思いきや。トロスキー城
  • 全エントリ記事の一覧はこちら世界一奇妙な城!!…と思いきや。チェコのトロスキー城昨年の9月26日にNHK「一本の道」(チェコの自然保護区「Český ráj/チェスキー・ラーイ」の回)で、ご覧の奇妙な城がテレビに登場しまして、ご存じの方もいらっしゃるかと思います。当ブログでは、昨年末の駿府城「小傳主」イラストの補足のお話だとか、前回の萩原さちこ著『城の科学』のあとがきからインスパイアされたお話だとか、いま申 [続きを読む]
  • <<当ブログ引越し先のお知らせ>>
  • <<当ブログ引越し先のお知らせ>>前回にお伝えしたとおり、ご覧のブログのブログ・サービス「のブログ」が正月31日で終了するため、当ブログの引越し先として【新たな独自サイト】を開設しましたので、お知らせいたします。引越し先はこちら今後はこの新サイトでブログ活動を精力的に続け、新しい記事については、やはり新サイトの方だけに掲載をさせていただきますので、何とぞ宜しくお願い申し上げます。作画と著述=横手聡 [続きを読む]
  • <新設の当ブログ引越し先にようこそ!!>
  • 全エントリ記事の一覧はこちら<新設の当ブログ引越し先にようこそ!!>引越し先はご覧のごとき形でありまして、出来るだけ旧ブログと似た感じに…… とは思ったものの、ワードプレスにあるテンプレートの、引越しサイトを受け入れる機能を、あれこれ比較した結果の選択です。まだまだ過去の記事のリンク先などは、旧「のブログ」記事のままである箇所も多々残ってはおりますが、正月31日までに随時、切り替えてまいります。…… [続きを読む]
  • これぞ幻の「小傳主」か――『武徳編年集成』の大胆な読み直し
  • <<<当ブログの引越しのお知らせ>>>はじめにお知らせですが、当ブログが利用中のブログ・サービス「のブログ」が、来年の正月31日をもって終了することになり、現在、当ブログは引越し先を選定中です。現状と似た形のブログ・サービスに引っ越すか、独自サイトを作りたいと考えておりますが、確定した引越し先については、追って、お知らせいたします。そのうえで正月31日までは同時並行で記事をアップし続ける予定です。 [続きを読む]
  • 城の再発見!当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について
  • 当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について(『モンタヌス日本誌』の大坂城天守 → 実は駿府城天守?の紹介文より)… 第一第二の屋背は石を以て葺き、第三第四は鉛、第五は銅、第六は金の瓦なり。そこで我田引水ながら、当サイトの復元案ですと…ご覧の写真とイラストは前回記事のラストでご覧いただいたものですが、この中では、当サイト復元案の方の「第五は銅」という部分は、おそらく皆様には唐突の感があり、補足の説 [続きを読む]
  • 当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について
  • 当サイト復元の駿府城天守の「銅瓦」屋根について(『モンタヌス日本誌』の大坂城天守 → 実は駿府城天守?の紹介文より)… 第一第二の屋背は石を以て葺き、第三第四は鉛、第五は銅、第六は金の瓦なり。そこで我田引水ながら、当サイトの復元案ですと…ご覧の写真とイラストは前回記事のラストでご覧いただいたものですが、この中では、当サイト復元案の方の「第五は銅」という部分は、おそらく皆様には唐突の感があり、補足の説 [続きを読む]
  • 大坂城天守の記録はまさに「駿府城天守」のことか
  • 続『モンタヌス日本誌』→大坂城天守の記録はまさに「駿府城天守」のことか前回も挿絵をご覧いただいた『モンタヌス日本誌』は、是非この機会に、ご覧の挿絵についても申し上げておきたいと思うのですが、このとおり同書には「大坂城」の挿絵がありまして、石垣や虎口の形状から、明らかに豊臣滅亡後に徳川幕府が大改修を行なったあとの大坂城だと分かります。ところが、本丸の「天守」の姿をよくよく見ますと…屋根は六層あるらし [続きを読む]
  • 『モンタヌス日本誌』の挿絵は予想外に写実的
  • 今回は『江戸始図』の補強になるか? 『モンタヌス日本誌』の挿絵は予想外に写実的有名な『モンタヌス日本誌』挿絵(さしえ)の江戸城 / 三基の巨大な大小天守が建ち並ぶ…ご覧の挿絵は、ザクセン・アンハルト州立図書館のデジタルコレクションにある『モンタヌス日本誌』の江戸城の絵ですが、このように三基の巨大な大小天守が建ち並んでおりまして、さながら、話題の『江戸始図』や『慶長十三年江戸図』にある慶長度天守と符合す [続きを読む]