hidesan さん プロフィール

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hidesanさん: YOSHIHITO DIALY
ハンドル名hidesan さん
ブログタイトルYOSHIHITO DIALY
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/hapy24hide
サイト紹介文劇作家・映画監督秀嶋賢人の日記 東映作品を中心に人権啓発、教育・社会問題を題材とした作品を制作
自由文主な作品に、尾崎豊の詩集を再構成した『尾崎豊eyes』格差社会を映画いた『見えないライン』(すかがわ国際短編映画祭招待作品)幼児虐待を題材とした『子育て不安を乗り越えて』(優秀映像教材選奨優秀作品賞)日常に潜むDVや高齢者虐待を描いた『虐待防止シリーズ』(文部科学省選定作品)など多数。近著に『思春期の心をつかむ会話術』(学陽書房刊)公式HP:http://www.hideshima.co.jp
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/12/01 19:52

hidesan さんのブログ記事

  • ゆりかごの中のぼくら
  • 三島由紀夫の『文化防衛論』が出版されたのは、1969年。執筆はその前年のことだ。当時、世界に広がり、日本にも怒涛のように押し寄せた学生運動の潮流に危機感を抱いた三島は、左翼を含め、この国に蔓延している欧米主義、明治以後の日本の極端な欧化政策による、近代化と戦後一層顕著になった日本のアメリカ属国主義の過ちを改めて痛烈に批評した。三島由紀夫は左翼も右翼も遥かに越えたところで、日本の未来を見据えていた…と、 [続きを読む]
  • 大人の姿勢と知性
  • 子どもであった頃の記憶を消して、大人のふりをする。子どもの頃の満たされなかった欲求感情を引きずって、子どもであった頃の純真さを持ち越していると勘違いする。思春期、青年期の子どもたち、若者たちが一番疎ましく思うのは、そんな大人たちだ。昨今の若者たちは、育ちのいい子が多いので、そんな自分好きの大人たち相手でも、とりあえずはうまく立ち回り、程よく相手をしてくれるが、決して信頼や尊敬など抱いてはいない。自 [続きを読む]
  • I have a dream
  • 「私には夢がある…」。その言葉で始まった、キング牧師の演説は、アメリカ公民権運動を強く牽引する力になった。「私には夢がある…」。その言葉が生んだ行動は、実現不可能を人々の小さな力の結集が可能にすることを証明した。ぼくは若い頃から、「それは実現不可能なことだ」とする世間や社会、世代の壁にぶつかってきた。そして、いまもまだ、それは続いている。果たして、実現不可能だと決めているのはだれかのか。何なのか。 [続きを読む]
  • まやかしの日常
  • 聡明な人たちは気づいている。ぼくらは日常を生きてはいない。それは、日常というものが実は存在しないからだ。聡明でない人も、直感として、本当は察知している。日常と思い込もうとし、思い込むことによって、初めて日常が成立し、維持されるていることを。思い込むことによって、世界からはじき出されずに済んでいることを。日常とは、ぼくらがかつて、信じていたような何か普遍的で、揺るがない価値意識に裏付けされて、そこに [続きを読む]
  • 自問と反省
  • ぼくは中学生の頃から、大人たちが決めたルールや決まり事といったものに一言二言、場合によって三言以上意見をいう癖があった。それを疑問も持たず受け入れている同世代ともうまくはやれなかった。唯々諾々と大人の考えや意見に従うという子どもではなかったのだ。それがいいことだったのか、よくなかったのはわからない。しかし、この歳になっても、それが続いているということは、たぶん、それでよかったのだろう。少なくとも自 [続きを読む]
  • 忘れてはいけない感動と課題
  • あらかじめ約束されていたかのように、ぼくはまた東北のいろいろな人たちと、表に見えていない震災後の現実と再び出逢っている…前回の弾丸ロケハン、それに続く撮影。そして今回の弾丸ロケハン。あの震災のときと同じように、回を重ねる毎に、見えていなかった現実、人々の言葉にしない向こうにある思いの形を垣間見させてもらっている。取材で大事なのは、こちらの投げかけに応えてもらっている言葉やそのときの表情ではなく、話 [続きを読む]
  • ありがとうございました。
  • ぼくらは常に主役ではない。ぼくらの仕事は、悲嘆や恩讐や後悔や無念…それらを乗り越え、回復や挑戦へと向かい、喜びや感動、新しい世界と出逢う人々の姿を知り、学び、その人生の傍らから、そこにある人の思いを整理し、伝えやすい形とし、そこから見える地域や社会、国、世界のあり方を自らの問題、課題として問いかけることだけだ。だから、ぼくらの仕事は、人々のどんなに近くにあっても、常に脇役であり、お手伝いさんであり [続きを読む]
  • 我なすことは
  • 我なすことは我のみぞ知る…そう言葉を遺したのは龍馬だ。何につけ、これを実現しよう、達成しようと心に誓った思いは、そしてその行動は、余人に理解できるものではない。それが社会的なことであればなお、真意や思いの誠は容易に理解されないものと相場が決まっている。簡単なことだ。達成したときの姿、世界がその人にしかビジュアルとして見えないからだ。そして、ビジュアルを実現するために、いまここで何が必要かが余人には [続きを読む]
  • とどまらない予感
  • 東北でも北に行くほど、訛りが強くなる。その岩手訛りを聴きながら、この音を直に耳にするのは、久し振りだなと心の中で、ぼくはつぶやいていた。相馬からトンボ返りで、飯田橋のKADOKAWAホールで国指定無形文化財岳神楽、別名早池峰神楽の会長と打ち合わせをしていたときだ。岩手県を初めて訪ねたのは、20年以上前、衛星サテライト放送で全国の地方に取材するヒューマンドキュメントのレギュラー番組を制作していた頃のことだった [続きを読む]
  • 仮説の証明
  • 人というものの謎を解く。それがぼくらの仕事だ。だが、人というのもの謎など解けるものではない。なのに、解けない謎に果敢に取り組み続ける。徒労ともいえるその命題から逃れられない。それがぼくらの仕事の姿だ。仮説に基き、一定の答えを探り当てたとしても、必ずそにには、「そうではない」別の影が付きまとう。影がよぎる。そこでまた仮説を見直す。それがぼくらの仕事のやりきれなさだ。亡くなった物理学の英才ではないが、 [続きを読む]
  • ポケットの小銭
  • 立場(肩書き)が人をつくるとかつてはいわれた。ちょっと頼りなく、あぶなかっしく思える人材でも、それなりの要職、責任を伴う肩書きを与えると、その役分に見合うように成長していく…というものだ。確かに、自分の青年期から中年期を振り返ると、当たっていると思う。先輩たちは、さほど実績もないぼくのような生意気な人間をおもしろがり、責任ある役職や重要な役務に就かせた。芝居でも、映画でも、その他の仕事でも。その結 [続きを読む]
  • センス
  • 会話としての外国語を習得することと文学や評論を外国語で学ぶことには大きな違いがある。文学や評論を外国語で学ぶのは、外国語を習得することが究極の目標ではない。外国語の習得がなければ、海外の文学や評論、その他を理解することは、もちろんできないけれど、重要なのは、単に意味がわかるということではなく、意味の向こうにある世界を知り、理解することだ。すっかり英文学から遠くなったいまのぼくには、学生時代読んでい [続きを読む]
  • チコちゃんに叱られるの先
  • NHKの週末の高視聴率番組「チコちゃんに叱られる」。ご覧になっている方も多いはずだ。NHKらしく、子どもから大人まで、だれでも楽しめる教養番組だが、この番組、じつは、世の中の常識とされているものの原理、原則、基本を問いかけ、常識ゆえに素通りしていた原理、原則、基本に気づかせることでおもしろさを演出している。人は、「常識」といわれているもの、されている事柄に、じつに弱い。弱いといういのは、それが「常識」と [続きを読む]
  • 検察の誠
  • 多くの日本人が知らない。そして、政界、法曹界の多くが知っている。日本の司法、とりわけ検察には、青少年期から東大法学部進学のために勉学に励み、在学中または卒業後、司法試験を突破して、検事、検察庁高官、裁判官、最高裁裁判官になった熱心な創価学会の子弟会員が多い。池田大作先生の肝いりで、検察、警察、そして自衛隊に多くの学会会員が入庁、入省したことはじつは宗教界や政財界では知られている事実。仮面をかぶって [続きを読む]
  • デラシネの旗
  • いま虎ノ門界隈を始め、港区、中央区、渋谷区など、都内主要区では大規模都市開発が進行している。三井住友不動産や森ビルが競うように複合型高層ビルを建設し、これに合わせた道路整備事業も加速している。ぼくの住む乃木坂、赤坂周辺も道路拡張工事とマンション建設が続き、20年前の風景も次々に消えている。新橋や虎ノ門で打ち合わせなどがあると、徒歩で乃木坂まで帰ることが多い。今日も夕刻のラッシュを避けて徒歩で乃木坂ま [続きを読む]
  • 無恥の文化のいま
  • 「こんな恥ずかしいことがよくできるなー」とか、「恥の上塗りをして、よく平気でいられるものだ」とかいった言葉をぼくらは口にする。あるいは、そういいたくなるような場面を目にする。アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトが『菊と刀』を上梓したのは、1946年。敗戦の1年後のことだ。じつは、ベネディクトは一度も滞日経験がない。だが、綿密に日本の戦間期資料に当たり、欧米人からみたら、異様、異常にさえ思えた [続きを読む]
  • 幻想としての国、社会
  • ぼくは、20年以上前からいっている。国、社会といった公的概念は、人々が同じ幻想を共有し合うことで成り立っている。同じ規範、同じ倫理・道徳観を共有することで、法があり、法に基づき、社会制度やシステムが維持されているのだ。欧米や中東など諸外国では、さらに、これに宗教が深く関与し、公的概念を宗教的概念が根幹で支えている。人々に概ね共有された社会的、宗教的ルールが成立することで、国、社会は維持されているだけ [続きを読む]
  • 簡単な問い
  • 国の豊さとは何を基準とするのだろう…。人の幸せの基準って何なのだろう…。世界の安定は何を目指せばいいのだろう。簡単な問いに、ぼくらは確かな答えを持っていない。国の豊かさを成長率やGDPが示す時代は、もう終わっている。成長を実感できるのは、限られた人々のものであって、成長による富の再配分が機能しなくなっているからだ。これはこの国だけではなく、先進国すべてに当てはまる。アダム・スミスが描いた資本主義の理 [続きを読む]
  • 犬の遠吠え
  • 高齢化の波と格差の波が同時に進んでいる…ということに、ぼくらはあまりにも無頓着だ。江戸末期、西欧諸国が脅威とすら考えた、この国。西欧化しかり、軍事力の近代化しかり、敗戦後の高度成長しかり。システム変更といえば聞こえはいいが、要は、外圧からの刺激によって制度変更しただけのことなのだが、乗り換え方が極端で、素早い。その理由は、過去の清算をまったくしないこと。清算しないから、切り替えが早い。だが、過去を [続きを読む]
  • ツケ
  • 宮澤賢治は一度、現実から逃避したことがある。父との確執から上京。信奉する法華経の勉強の傍ら、のちに発表される童話の多くをモラトリアムなその時期、書き綴った。東京での生活苦と妹とし子が肺病にならなければ、きっとそのまま東京で過ごし、農業指導者としての賢治は誕生しなかったかもしれない。帰郷した賢治は、それでも再び上京することを考えていた。それを引き留めたのは、とし子の言葉だ。「賢治兄ちゃんさ。法華経こ [続きを読む]
  • あなた自身が
  • ぼくらは普段、憲法を意識していない。人によっては、憲法の条文をまともに読んだことのない人もいるだろう。中学や高校で学んだはずなのだが、全く覚えていないという人もいるに違いない。確かに、日々の生活で憲法を意識することも、憲法を知っていないと日々の暮らしですぐに行き詰まるということもないかもしれない。だが、その意識しないでいられる生活を根底で支えているのは、じつは憲法なのだ。日々の生活が平穏である場合 [続きを読む]
  • 少しずつ勝つ。
  • 高校生のときだ。「北朝鮮のミサイルが日本の米軍基地に発射された!」というデマが流れたことある。いまの福岡に住む人にはわからないだろうし、基地のある町に住んだことのない人たちにもわからないだろう。福岡空港が板付空港といわれ、空港の半分が米軍に占領されていた時代だ。いま全日空ホテルが建つ、志賀島に続く、和白には米軍の演習場があり実弾訓練がされていた。郊外の春日原、白木原などかつて陸軍の基地だった場所は [続きを読む]
  • だって、わたし、悪くないもん!
  • だって、わたし、悪くないもん!このところ、ぼくらの回りには、言葉にするにせよ、しないにせよ、そう思う人が増えているような気がする。自分は悪くない。それは加害者ではないという主張だ。果ては、私は悪くない、ほかの誰かが悪いのだという被害者意識にすり替えられてくる。               このすり替えられた被害者意識…。実は、相当にやっかいな代物だ。本当は、加害者なのに、自分が被害を受けている側だ [続きを読む]
  • 傷のない腕に巻かれた包帯
  • ぼくは、もう10年ほど前から、ある評論本の企画を持っている。内容を検討しているときに、あの震災が起きた。そして、その評論本の中で、描こうとしていたことの多く、ぼくらが取り戻さなくてはいけない課題をあからさまに震災が突き付けてくれた…と実感した。映画作品をリリースして、試写会や上映会の席でよく、どうしてこうした作品をつくったのかといった質問をされる。果ては、どうして映画を始めたのか…震災以後の活動の中 [続きを読む]
  • きれいごとの増産
  • 教育というのは、そもそも不遜なものだ。そういったのは、ルソーだった。子どもを大人たちが求める人間に意図して育てる。それが教育の本質に過ぎない。ルソーはそう言いたかったのだ。大人たちのつくった、家庭、地域、社会の規範や倫理、道徳に従うのが当然だという前提で子どもを育てる。あるいは、大人たちが作り上げた、制度や社会的な仕組み、慣例、慣習に従順な人間にさせるために子どもを育てる。果たして、それが教育とい [続きを読む]