hidesan さん プロフィール

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hidesanさん: YOSHIHITO DIALY
ハンドル名hidesan さん
ブログタイトルYOSHIHITO DIALY
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/hapy24hide
サイト紹介文劇作家・映画監督秀嶋賢人の日記 東映作品を中心に人権啓発、教育・社会問題を題材とした作品を制作
自由文主な作品に、尾崎豊の詩集を再構成した『尾崎豊eyes』格差社会を映画いた『見えないライン』(すかがわ国際短編映画祭招待作品)幼児虐待を題材とした『子育て不安を乗り越えて』(優秀映像教材選奨優秀作品賞)日常に潜むDVや高齢者虐待を描いた『虐待防止シリーズ』(文部科学省選定作品)など多数。近著に『思春期の心をつかむ会話術』(学陽書房刊)公式HP:http://www.hideshima.co.jp
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2008/12/01 19:52

hidesan さんのブログ記事

  • ありがとうございました。
  • ぼくらは常に主役ではない。ぼくらの仕事は、悲嘆や恩讐や後悔や無念…それらを乗り越え、回復や挑戦へと向かい、喜びや感動、新しい世界と出逢う人々の姿を知り、学び、その人生の傍らから、そこにある人の思いを整理し、伝えやすい形とし、そこから見える地域や社会、国、世界のあり方を自らの問題、課題として問いかけることだけだ。だから、ぼくらの仕事は、人々のどんなに近くにあっても、常に脇役であり、お手伝いさんであり [続きを読む]
  • 我なすことは
  • 我なすことは我のみぞ知る…そう言葉を遺したのは龍馬だ。何につけ、これを実現しよう、達成しようと心に誓った思いは、そしてその行動は、余人に理解できるものではない。それが社会的なことであればなお、真意や思いの誠は容易に理解されないものと相場が決まっている。簡単なことだ。達成したときの姿、世界がその人にしかビジュアルとして見えないからだ。そして、ビジュアルを実現するために、いまここで何が必要かが余人には [続きを読む]
  • とどまらない予感
  • 東北でも北に行くほど、訛りが強くなる。その岩手訛りを聴きながら、この音を直に耳にするのは、久し振りだなと心の中で、ぼくはつぶやいていた。相馬からトンボ返りで、飯田橋のKADOKAWAホールで国指定無形文化財岳神楽、別名早池峰神楽の会長と打ち合わせをしていたときだ。岩手県を初めて訪ねたのは、20年以上前、衛星サテライト放送で全国の地方に取材するヒューマンドキュメントのレギュラー番組を制作していた頃のことだった [続きを読む]
  • 仮説の証明
  • 人というものの謎を解く。それがぼくらの仕事だ。だが、人というのもの謎など解けるものではない。なのに、解けない謎に果敢に取り組み続ける。徒労ともいえるその命題から逃れられない。それがぼくらの仕事の姿だ。仮説に基き、一定の答えを探り当てたとしても、必ずそにには、「そうではない」別の影が付きまとう。影がよぎる。そこでまた仮説を見直す。それがぼくらの仕事のやりきれなさだ。亡くなった物理学の英才ではないが、 [続きを読む]
  • ポケットの小銭
  • 立場(肩書き)が人をつくるとかつてはいわれた。ちょっと頼りなく、あぶなかっしく思える人材でも、それなりの要職、責任を伴う肩書きを与えると、その役分に見合うように成長していく…というものだ。確かに、自分の青年期から中年期を振り返ると、当たっていると思う。先輩たちは、さほど実績もないぼくのような生意気な人間をおもしろがり、責任ある役職や重要な役務に就かせた。芝居でも、映画でも、その他の仕事でも。その結 [続きを読む]
  • センス
  • 会話としての外国語を習得することと文学や評論を外国語で学ぶことには大きな違いがある。文学や評論を外国語で学ぶのは、外国語を習得することが究極の目標ではない。外国語の習得がなければ、海外の文学や評論、その他を理解することは、もちろんできないけれど、重要なのは、単に意味がわかるということではなく、意味の向こうにある世界を知り、理解することだ。すっかり英文学から遠くなったいまのぼくには、学生時代読んでい [続きを読む]
  • チコちゃんに叱られるの先
  • NHKの週末の高視聴率番組「チコちゃんに叱られる」。ご覧になっている方も多いはずだ。NHKらしく、子どもから大人まで、だれでも楽しめる教養番組だが、この番組、じつは、世の中の常識とされているものの原理、原則、基本を問いかけ、常識ゆえに素通りしていた原理、原則、基本に気づかせることでおもしろさを演出している。人は、「常識」といわれているもの、されている事柄に、じつに弱い。弱いといういのは、それが「常識」と [続きを読む]
  • 検察の誠
  • 多くの日本人が知らない。そして、政界、法曹界の多くが知っている。日本の司法、とりわけ検察には、青少年期から東大法学部進学のために勉学に励み、在学中または卒業後、司法試験を突破して、検事、検察庁高官、裁判官、最高裁裁判官になった熱心な創価学会の子弟会員が多い。池田大作先生の肝いりで、検察、警察、そして自衛隊に多くの学会会員が入庁、入省したことはじつは宗教界や政財界では知られている事実。仮面をかぶって [続きを読む]
  • デラシネの旗
  • いま虎ノ門界隈を始め、港区、中央区、渋谷区など、都内主要区では大規模都市開発が進行している。三井住友不動産や森ビルが競うように複合型高層ビルを建設し、これに合わせた道路整備事業も加速している。ぼくの住む乃木坂、赤坂周辺も道路拡張工事とマンション建設が続き、20年前の風景も次々に消えている。新橋や虎ノ門で打ち合わせなどがあると、徒歩で乃木坂まで帰ることが多い。今日も夕刻のラッシュを避けて徒歩で乃木坂ま [続きを読む]
  • 無恥の文化のいま
  • 「こんな恥ずかしいことがよくできるなー」とか、「恥の上塗りをして、よく平気でいられるものだ」とかいった言葉をぼくらは口にする。あるいは、そういいたくなるような場面を目にする。アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトが『菊と刀』を上梓したのは、1946年。敗戦の1年後のことだ。じつは、ベネディクトは一度も滞日経験がない。だが、綿密に日本の戦間期資料に当たり、欧米人からみたら、異様、異常にさえ思えた [続きを読む]
  • 幻想としての国、社会
  • ぼくは、20年以上前からいっている。国、社会といった公的概念は、人々が同じ幻想を共有し合うことで成り立っている。同じ規範、同じ倫理・道徳観を共有することで、法があり、法に基づき、社会制度やシステムが維持されているのだ。欧米や中東など諸外国では、さらに、これに宗教が深く関与し、公的概念を宗教的概念が根幹で支えている。人々に概ね共有された社会的、宗教的ルールが成立することで、国、社会は維持されているだけ [続きを読む]
  • 簡単な問い
  • 国の豊さとは何を基準とするのだろう…。人の幸せの基準って何なのだろう…。世界の安定は何を目指せばいいのだろう。簡単な問いに、ぼくらは確かな答えを持っていない。国の豊かさを成長率やGDPが示す時代は、もう終わっている。成長を実感できるのは、限られた人々のものであって、成長による富の再配分が機能しなくなっているからだ。これはこの国だけではなく、先進国すべてに当てはまる。アダム・スミスが描いた資本主義の理 [続きを読む]
  • 犬の遠吠え
  • 高齢化の波と格差の波が同時に進んでいる…ということに、ぼくらはあまりにも無頓着だ。江戸末期、西欧諸国が脅威とすら考えた、この国。西欧化しかり、軍事力の近代化しかり、敗戦後の高度成長しかり。システム変更といえば聞こえはいいが、要は、外圧からの刺激によって制度変更しただけのことなのだが、乗り換え方が極端で、素早い。その理由は、過去の清算をまったくしないこと。清算しないから、切り替えが早い。だが、過去を [続きを読む]
  • ツケ
  • 宮澤賢治は一度、現実から逃避したことがある。父との確執から上京。信奉する法華経の勉強の傍ら、のちに発表される童話の多くをモラトリアムなその時期、書き綴った。東京での生活苦と妹とし子が肺病にならなければ、きっとそのまま東京で過ごし、農業指導者としての賢治は誕生しなかったかもしれない。帰郷した賢治は、それでも再び上京することを考えていた。それを引き留めたのは、とし子の言葉だ。「賢治兄ちゃんさ。法華経こ [続きを読む]
  • あなた自身が
  • ぼくらは普段、憲法を意識していない。人によっては、憲法の条文をまともに読んだことのない人もいるだろう。中学や高校で学んだはずなのだが、全く覚えていないという人もいるに違いない。確かに、日々の生活で憲法を意識することも、憲法を知っていないと日々の暮らしですぐに行き詰まるということもないかもしれない。だが、その意識しないでいられる生活を根底で支えているのは、じつは憲法なのだ。日々の生活が平穏である場合 [続きを読む]
  • 少しずつ勝つ。
  • 高校生のときだ。「北朝鮮のミサイルが日本の米軍基地に発射された!」というデマが流れたことある。いまの福岡に住む人にはわからないだろうし、基地のある町に住んだことのない人たちにもわからないだろう。福岡空港が板付空港といわれ、空港の半分が米軍に占領されていた時代だ。いま全日空ホテルが建つ、志賀島に続く、和白には米軍の演習場があり実弾訓練がされていた。郊外の春日原、白木原などかつて陸軍の基地だった場所は [続きを読む]
  • だって、わたし、悪くないもん!
  • だって、わたし、悪くないもん!このところ、ぼくらの回りには、言葉にするにせよ、しないにせよ、そう思う人が増えているような気がする。自分は悪くない。それは加害者ではないという主張だ。果ては、私は悪くない、ほかの誰かが悪いのだという被害者意識にすり替えられてくる。               このすり替えられた被害者意識…。実は、相当にやっかいな代物だ。本当は、加害者なのに、自分が被害を受けている側だ [続きを読む]
  • 傷のない腕に巻かれた包帯
  • ぼくは、もう10年ほど前から、ある評論本の企画を持っている。内容を検討しているときに、あの震災が起きた。そして、その評論本の中で、描こうとしていたことの多く、ぼくらが取り戻さなくてはいけない課題をあからさまに震災が突き付けてくれた…と実感した。映画作品をリリースして、試写会や上映会の席でよく、どうしてこうした作品をつくったのかといった質問をされる。果ては、どうして映画を始めたのか…震災以後の活動の中 [続きを読む]
  • きれいごとの増産
  • 教育というのは、そもそも不遜なものだ。そういったのは、ルソーだった。子どもを大人たちが求める人間に意図して育てる。それが教育の本質に過ぎない。ルソーはそう言いたかったのだ。大人たちのつくった、家庭、地域、社会の規範や倫理、道徳に従うのが当然だという前提で子どもを育てる。あるいは、大人たちが作り上げた、制度や社会的な仕組み、慣例、慣習に従順な人間にさせるために子どもを育てる。果たして、それが教育とい [続きを読む]
  • ようなもの、なるもの
  • 30年…それは数字や文字にするとずいぶん長い歳月のような気がする。だが、こうしてその歳月を生きてしまうと、なんとその短いことか、速いことか…光陰矢の如しというたとえが、年齢を重ねるうちに実感として染みわたる。ひとつの仕事、一つの会社。そういう時代はずいぶん前に終わっているけれど、依然として、それを続ける人も決して少なくはない。ひとつの職業、ひとつの組織や集団、地域にずっといると、人は相応に歳をとる [続きを読む]
  • 申し訳ない
  • 人を幸せにするのものはなんだろう…。人権にかかわる映画や社会問題をテーマにした舞台や映画をつくってきて、福島というこの国や地方のあり方を問われる現実に向き合ってきて、いつもどこかにあるのは、そんな簡単で、一番難しい問いだ。快楽度数、快感度数というのは千差万別だし、その対象となるものも人それぞれだろう。だから、これが幸せと一律には定義できない。ある人にとっての幸せは、ある人にとっての不幸せかもしれな [続きを読む]
  • 一生懸命のその先
  • 「一生懸命なんて、最低限の庶民のルールだろうが! そんなものひけらかして、自分はがんばってますなんて、くだらない言い訳してるんじゃないだろうな!」正確ではないけれど、つかこうへいの名作『熱海殺人事件』にそんなセリフがあった。つからしいアイロニーだが、ぼくも一生懸命という言葉は好きじゃない。一生懸命やるのは当然だから。その上で、なにをやるか、なにをするかが重要だから。一生懸命は、その上、言い訳にもな [続きを読む]
  • たて・よこ・ななめ・右左真ん中・その向こう
  • 視点の取り方で世界はいろいろに違ってみえる。だが、それはおかしいことでも、いけないことでも、まして、不思議なことでもない。なのに、ぼくらは、どうしてもいろいろな視点とそれゆえにもたらされる、多様な意見や異なる考え方を受け入れたがらない。なぜか。いろいろに理由は挙げられるのだけれど、要は、ひとつにしてしまうことが一番簡単で、わかりやすいからだ。安心だからだ。多様性がもたらす、多様な視点、考え、意見は [続きを読む]
  • そのためなのだ
  • 三世帯同居の家でもない限り、高齢者の姿やふるまい、言葉が日常的な時間からすっかり遠くなっている。かつて、老い行く姿と死は生活としてあった。家や土地の普通としてそこにあったからだ。老いと死を含めて地域があったからだ。だが、いまでは、それらは施設や病院、あるいは孤立しつつある地域、孤立してしまった地域や孤立した家、団地の一室に閉じ込めれられている。ぼくのように少年の頃からデラシネで、ひとつの土地で過ご [続きを読む]
  • くじけて強くなるんだよ
  • 世の中は、大義という名の名目で動いている。自分には道義がある、事を起こす道理がある。自分という個人で覚束ないときは、集団や組織、地域、社会、国家のそれに置き換えて、大義を主張する。だが、軸にあるのはあくまで、自分のそれであり、自分が属する集団のそれであり、場合によっては、属する集団をまた支配する集団のそれであったりする。つまりは、大義というのは相対的なものでも、絶対的なものでもない。普遍的な価値に [続きを読む]