商会長 さん プロフィール

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商会長さん: ドラネコ画報
ハンドル名商会長 さん
ブログタイトルドラネコ画報
ブログURLhttp://doranekodoradora.blog123.fc2.com/
サイト紹介文自分の会の宣伝と共に、武術全般にまつわる話をつらつらと書いています。
自由文本サイト

http://hakutoukai.web.fc2.com/
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/12/05 17:21

商会長 さんのブログ記事

  • 太極・両儀
  • 太極拳は太極の思想に基づいています。そして太極の思想は易や老荘、道教、中国禅と深く結びつき、混然一体となっています。そんなに色々あるんじゃわからないよ、と思うかもしれませんがテキストで勉強しようとするからそう思うので、端的に言うならば物事を一面的に見ない、ということです。太極は陰陽が相生して循環しています。「マネーの虎」の社長が大体破産しているように、お金をもうけすぎると巨額の借金に化ける。あるい [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • ◆復讐するは我にあり復讐は何も生まないというが、何か自分の譲れないものを踏みにじられた時、本気でまず復讐を志す方が良い。それが成就するかどうか、実行するかはどうでもいい。それは対相手の問題ではなく「自分が蹂躙された時、自分が立ち上がってくれなかった。自分は自分を見捨てた」という事実が生まれるからで、多くの場合、他者につけられた傷より深く残る。自分が踏みにじられた時、身近な人が本気で怒り、立ち上がっ [続きを読む]
  • 甲野氏の現代剣道批判は正当か? という話
  • 武術研究家の甲野善紀氏が、現代剣道は「正しい剣道」などという言い方をしているが、その竹刀の握り方や足運びは本来の真剣刀法とは違う、そういう「正しい○○」なんていう偏狭なことはやめて個人の創意工夫を生かさせるべきだ! という主張をしていた。また、現代剣道の足使いについても、私は甚だ疑問がある。現在、剣道の指導では前足後ろ足ともに踵を上げて立つ事が「正しい剣道」となっている。しかし、これでは一気に前に [続きを読む]
  • 死生を自由にするということ
  • 武術は実用品です。実用品というのは大体、デザインが使いやすさという一点に集約され、定まっていきます。しかし、武術の場合、多種多様な流儀があり、ある流派では良しとされることがある流派では悪しとされています。これはなぜかというと、想定しているシチュエーションが違うので最適解も変わる、ということなのですが、サバイバビリティとしての武術ということを考えると、槍をずっと稽古してきたのに屋内で短刀で刺されまし [続きを読む]
  • 新年特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ・その7(FINAL)
  • ◆経営論・謝礼論豪 今、自分の会の中で試行錯誤している部分があって、伝承武術として教える時間と、そもそもそれを担っていくための身体性や意識の土台作りと……両面必要になってくるんですけれど。佐 黒田鉄山先生の振武館とかも最初から型をやっても難しいから遊び稽古から入ったりしてますね。豪 そうなんですよ。でも遊び稽古をやっているとそれだけで時間が終わってしまう問題もある。要するに最終的な制限というのは時 [続きを読む]
  • 新年特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ・その6
  • 豪 (技の数ではなく原則が大事という話の流れで)やはり急場に際して人間が出来ることのオプションの数なんて高が知れているという。佐 話が最初に戻るのですけれど、そうなると急場で何ができるか以前に、それに対応できる精神状態を作れるか……まあ本当は作るのではなく日常と地続きで、非常心を以って日常を生きるというのが望ましいのでしょうけれど。豪 そうですね。難しいですね。それは僕らのやっている剣術のスタイルだ [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その5
  • ◆流派性とはなにか佐 その、流派性ということで言いますと、直接、実在流派の名前を出すと角が立つので、漫画の『修羅の門』の陸奥園明流に託して話しますけれど、あれの第弐門が何故つまらなかったのかというと、それこそ園明流って「僕の考えた必殺技」の集合体みたいなもので、流儀、スタイル、考え方として成立してないんですよね。作者にそういう概念がない。豪 ああ、ないんでしょうね。そこまでは理解していない。佐 た [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その4
  • ◆一刀と二刀の身体論佐 メルマガ拝見していますと、もういいかげん「二刀流使えない論争」に終止符を打つぞ、という。豪 いや、別にそんなないですね。放っておけばいいやと思ってます(笑) だって二刀を否定するのは結局やったことのない人だけですから。佐 それだけ関心があるという現れかもしれませんね。最初、迫害者として現れた存在が理解者になるという男塾的なパターンもありますし。豪 私の理想としてはもう迫害を乗 [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その3
  • ◆一回性の再現佐 向こう側に行って戻ってこないのが良いのか悪いのかは分からないですけど……。カルロス・カスタネダの『ドンファンの教え』という呪術を題材にしたシリーズがありますよね。あれに、そこに溺れちゃいけないんだという禅宗でいう魔境(座禅中、トリップして多幸感を得た体験を悟りだと思い、その状態に固執してしまうこと)みたいな話が書いてあって。そこで書かれているのはまず恐怖と戦うということ。そうすると [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その2
  • ◆ビッグウェンズデイと補陀落渡海豪 いままで見てて一番、誰でも簡単に入神状態を作れる可能性が高そうだなと思ったのは、映像でしかみたことないんですけどメブラーナ教、スーフィズム(イスラム神秘主義)の旋舞ですね。バリ島のケチャともちょっと似てるんですけれど、ある種の動作と発声をくりかえしながらグルグル回る。佐 今、知らないんでイメージしか頭に浮かばなかったんですけど、本部御殿手って近い事をしていませんで [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その1
  • 第一弾はこちら。前編後編音声版は実名が出てしまっているので関係者のみ公開です。聞き漏らした方で興味のある方はリクエストしてください。いいかげん実名でいいと思うのですが、豪先生が「どうせ世に出すならもっと陽の当たるところで改めて」ということなので、ふたたび匿名での対談となります。◆入神・没我佐 精神をメソッドによって一定の状態に導くというのが難しいな、と。生徒に「集中してくださいね」と言っても、言わ [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから &動画
  • ■ 三尖相照三尖相照(鼻・指先・爪先が相手の方に向く)は中国拳法でよく言われる要訣だが、対多数の際にはどうするのか、という問題がある。一人に対して構えるという事は他の相手に対して無防備になるということでもあるからだ。これは映画だからフィクションであろうが「箭士柳白猿」の中でそれを示唆するようなシーンがあった。主人公・柳白猿は弓の名手で、弓はまさに三尖相照の武術である。柳白猿は常に生体反応に対して爪先 [続きを読む]
  • 武術・チャーハン・怪物
  • 武術は考え方のシステムです。白桃会は技ではなく技に対する考え方を教えている、と繰り返してきました。それは言い換えるなら、How(どうやるか)ではなくWhy(なぜそうするのか)という必然の理を導き出すことをやっているともいえます。「魔術」が「おまじない」になってしまうのは前者がwhyというシステムの原理を理解して運用しているのに対し、後者はその形式だけを真似しているからです。それは初めて時計を見た人が、針をも [続きを読む]
  • 站椿(たんとう)の展開
  • 站椿功とは中国武術の基本の一種です。たまに中腰で立っているだけで強くなる訳ないだろうと揶揄されたり、空気椅子的なシゴキの一種のように思われることもしばしばです。そうした誤解に対しての回答はこのブログでも何度か書いています。私の書いてることは私の認知できた範囲内での効能ですので、それ以外の意味もたぶんあるでしょう。が、2017年時点で白桃会の站椿に求めるものは、1・骨格を曲刀・アーチ状に再編し、外圧 [続きを読む]
  • いぬはりこの絵馬ができたよ! の巻
  • 今日は豊島区有数のいぬはりこグッズ蒐集家としての私が満を持しておとどけするグッズの紹介です。ジャジャーン!いぬはりこ絵馬!いぬはりこ(犬張子)は東京名物の縁起物で、安産祈願や子供の守りとして親しまれている、犬だか猫だかよくわからない外見の置物です。それを私ならもっとかわいく出来る! という衝動の元、発作的に絵馬にしたのがこちらになります。・足の裏の肉球と躍動感がチャームポイント。ドラネコ商会の社運を [続きを読む]
  • 礼と殺・脚下照顧
  • ・礼と殺武術は礼に始まり礼に終わるという。礼の基本は挨拶だが、「もしもし」という話しかけ方は、元は暗がりで人に呼び掛ける際に「もし…」だけだと妖怪かと思われたからで、それが顔の見えない電話にも適用された、と荒又宏は解説している。礼が無い存在は怪物なのだ。礼は儒教の概念だが孔子の教えでは「怪力乱神を語らず」と「君子危うきに近寄らず」はセットで考えるべきだろう。妖異や怪物に対しては「礼」の力が及ばない [続きを読む]
  • 自己を奴隷化しないということ
  • 太極拳の動作は大体、動く前に「動きやすい状態を作る」という普段省略して省いている動作を一つ入れる。そのためにモーションがヌルヌル滑らかに見える。アニメのコマ数が多いからだ。たとえば方向転換の際にはまず行く方向を見て、重心をどちらかに寄せ、軽くなった方の爪先を進行方向の妨げにならない方角に開放する。このひと手間が日常でも習慣化した場合、転倒や怪我のリスクが非常に減る。怪我の多いスポーツ、たとえばバス [続きを読む]
  • ヘッセ・ユング・太極拳
  • ヴァン・デル・ポストの『戦場のメリークリスマス』の原作本を取り寄せて読んだ。非常にヘッセ的だと思ったら、この人もユングの系譜に連なる人だった。そういえば先日、太極拳の指導で初めての人に「太極拳には何の意味があるのですか? それを知るテキストは何が良いですか?」と聞かれたユングが一番、現代人的にわかりやすい入門書かもしれない。なぜなら現在の日本人の意識は(残念ながら)ネイティブな東洋人より西洋人に近い [続きを読む]
  • 柔の拳の考え方
  • 白桃会の武術のバックボーンは柔術と太極拳です。この二つは共通するものがあります。前回の記事とも関連することですが、そもそも非攻撃的手段で構成されているということです。太極拳はアン・リー・ジー・ポン・カオといった要素で出来ていますが、この中で明確に攻撃的なのはカオ(体当たり)だけです。柔術も、挟む・捻じる・擦る・押す・伸ばす・曲げるといった非攻撃的要素で出来ています。当身も、ぶん殴る、痛めつける、骨を [続きを読む]
  • 思考停止した努力は怠惰に似る
  • たまに珍念がこんなことを聞いてきます。「これをやったら強くなりますか?」「ローキックは足を上げればいいってことですね?」などなど。これらはつまり決まった正解があってそれをやればよいという考え方ですが、それはすでに武術的ではありません。優れた訓練法であってもやる人の意識によっては無意味ですし、三年間崩拳を打つとかそういう万人向けでない訓練法でも本人の意識次第では強くなります。ローキックに対しても、受 [続きを読む]
  • 剣と拳/気について
  • 剣と拳白桃会の剣の原則は、移動、振りなどすべてを剣の重さの均衡を用いることでやっている。站椿も、上体を固めずゆらゆらさせ、前に倒れそうになったら合気挙げ的な動き、後ろに倒れそうになったら合気下げ的な動きでバランスをとる。これは前腕を剣のように使っているという事だ。通常、腕はブラブラしている。腕がブラブラするのは上体がそれを吊るす支柱として固定されているからだ。しかし、電車の吊革やポールダンスのポー [続きを読む]
  • 圧縮と解凍
  • 大体の人は殺されたくないと思います。死にたい、自殺したいと思っている人でさえ、他人に殺されるのは嫌だと考えるのが大多数でしょう。しかしこの世にはこちらを殺そうとしてくる存在がいます。すると、殺されたくないというこちらの要求と、殺したいという相手の要求の間に齟齬が生まれます。なぜ我執を捨てる、ニュートラルであるということが必要かというと、武術はこの構造の中のどこに位置するかというと、自分と相手の間に [続きを読む]
  • 吉祥寺カルチャーセンターで講座をひらきます
  • 続報です。5月18日(木)13:00から、第一・第三木曜に吉祥寺カルチャーセンターで新講座を持ちます。5/18と6/1はお試し価格540円で体験できるのでよろしくどうぞ。https://t.co/1rVzc0yWb4— 佐山史織 (@doranekocompany) 2017年5月11日この講座では『ふわふわ柔術』と題しまして、柔の技法に特化した内容の稽古をします。武術は一種の外交ともいえますが、童話『北風と太陽』の例のように、倒す、勝つ、といった方法以外の解決 [続きを読む]