商会長 さん プロフィール

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商会長さん: ドラネコ画報
ハンドル名商会長 さん
ブログタイトルドラネコ画報
ブログURLhttp://doranekodoradora.blog123.fc2.com/
サイト紹介文自分の会の宣伝と共に、武術全般にまつわる話をつらつらと書いています。
自由文本サイト

http://hakutoukai.web.fc2.com/
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供26回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2008/12/05 17:21

商会長 さんのブログ記事

  • 試合と演武
  • 哺乳類で同種の雄を死ぬまで攻撃する種はほとんどありません。そんなことをするのは人間くらいという説もあります。当たり前ですが、同種を死に至るまで攻撃していたらその種は存続できないからです。以前、高尾山の猿山の飼育員が話していましたが、そこの猿山のボスは禿げてて年老いておりケンカが強いわけではない。しかし、自分と血のつながりのない小猿が電流の流れる柵の向こうの木に登ってしまい降りれなくなった時、危険を [続きを読む]
  • コンテナとコンテンツ
  • 白桃会で教えているのは技術ではなく技術に対する考え方です、と、しつこく書いてきました。デザイナーの人がコンテンツとコンテナ、という言い方をしていて腑に落ちたのですが、中身とそれを包括するものがあるとしたら包括するものを見ることを教えています。コンテナがあればコンテンツはそれに沿っておのずと生まれていくからです。youtubeで公開している動画などはその一例ですが、多くの人はその動画の中の技、コンテンツに [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • 《勝負に捉われずに勝負を追求するということ》推手は攻防の理合を学ぶものでもあり、体をほぐすものでもあり、感覚の訓練でもあり、純粋な永久運動のモデルでもあり、対話でもある。そしてそのどれでもない。しかし、なまじ「武術」であるから、二人で一つの運動を作る、同化するという理想から外れて、勝ち負けを競う競技的なものになりやすい。そこで推手から攻防要素を取り除き「純粋運動」に昇華しようとした運動があった。そ [続きを読む]
  • カンフーパンダ考
  • 3Dアニメーション映画『カンフーパンダ』シリーズは東洋思想、武術の本質をわかりやすく描いている。以前、東洋思想の入り口としてはユングが良いかもしれない、と書いた。それは西洋人が西洋人向けに書いたもの、つまりゼロから学んだ外部の人間がそれを同じく予備知識のない人に伝えるために書かれたものだから、そして今の日本人の伝統文化に対する感覚はむしろ西洋人のそれに近いからだ。その意味ではカンフーパンダも同じ構 [続きを読む]
  • 視覚障害者のための護身術のおしらせ
  • 7月16日月曜日(海の日)の17:30から視覚障害者のための護身術講習会を行います。場所:西池袋第二区民集会室 会議室料金:3000円また、7月から小金井市総合体育館で、毎週金曜日17時から18時に、視覚障害者のための護身術を定期教室で教えることになりました。こちらの詳細は042−386ー2120へ直接お問い合わせください。実際的な危機に対する技術はもちろんのこと、武術という文化の妙味を楽しんでいただ [続きを読む]
  • 迷信の効用
  • あちこちで大きな地震が続いた。こういうときに話題になるものに奇怪な雲を見た、地震の前触れだったのでは、という「地震雲」の話である。古来から人は天地人は何らかの相関関係があると考え、生まれ月に星座を当てはめたり、白虹が太陽を貫くと革命が起きるとしたりしてきた。地震雲も今のところ科学的根拠はないのでそうした類と思われる。では迷信か、そんなものを信じてるやつは馬鹿か、というと、そういう短絡こそが愚であろ [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • ◆コンプレックスからの解放不思議なことに腕力のない人ほど技を腕力でやろうとする傾向があり「やはり出来ない。自分には腕力がないからだ」と思いたがる。潜在的に上達を拒んでいるからだ。上達を拒むメリットなど一つもないのに何故そんな願望があるかというと、ブラック企業で退職より自殺を選んでしまう人のように、人はたとえプラス方向であっても変化を嫌い「いままでやってきたことが無駄になる」ことを恐れるからだろう。 [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • ◆足指の話昔の中国の纏足を残酷、野蛮と感じる人もいるが、現代人の外反母趾も、日常化して麻痺しているだけで、これは相当な運動能力のハンディキャップになっているように思える。無闇に過去の武術家を持ち上げるのは疑問があるが、基底面の安定感と大地をグリップする感覚に関しては間違いなく草鞋の時代の方が発達してただろう。自分は13くらいからもっぱら雪駄なので、たまに法事などで革靴を履くと驚く。歩けないのだ。関節 [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • ◆武術を救うには?武術を守る、救う。それは大事なことだ。しかしそれには武術の側に立っていてはいけない。人は自分たちの権益を守ろうとする人間に興味を持たない。まず武術が何を守り、救えるか、が先にある。たとえば融資を銀行に頼みに行くときに「自分が如何に会社を愛してるか」というような話をされても銀行側としてはそうですか、とした言えない。武術は敵対的他者に対してのネゴシエートであるのに自分の情熱のみを発信 [続きを読む]
  • 太極・両儀
  • 太極拳は太極の思想に基づいています。そして太極の思想は易や老荘、道教、中国禅と深く結びつき、混然一体となっています。そんなに色々あるんじゃわからないよ、と思うかもしれませんがテキストで勉強しようとするからそう思うので、端的に言うならば物事を一面的に見ない、ということです。太極は陰陽が相生して循環しています。「マネーの虎」の社長が大体破産しているように、お金をもうけすぎると巨額の借金に化ける。あるい [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから
  • ◆復讐するは我にあり復讐は何も生まないというが、何か自分の譲れないものを踏みにじられた時、本気でまず復讐を志す方が良い。それが成就するかどうか、実行するかはどうでもいい。それは対相手の問題ではなく「自分が蹂躙された時、自分が立ち上がってくれなかった。自分は自分を見捨てた」という事実が生まれるからで、多くの場合、他者につけられた傷より深く残る。自分が踏みにじられた時、身近な人が本気で怒り、立ち上がっ [続きを読む]
  • 甲野氏の現代剣道批判は正当か? という話
  • 武術研究家の甲野善紀氏が、現代剣道は「正しい剣道」などという言い方をしているが、その竹刀の握り方や足運びは本来の真剣刀法とは違う、そういう「正しい○○」なんていう偏狭なことはやめて個人の創意工夫を生かさせるべきだ! という主張をしていた。また、現代剣道の足使いについても、私は甚だ疑問がある。現在、剣道の指導では前足後ろ足ともに踵を上げて立つ事が「正しい剣道」となっている。しかし、これでは一気に前に [続きを読む]
  • 死生を自由にするということ
  • 武術は実用品です。実用品というのは大体、デザインが使いやすさという一点に集約され、定まっていきます。しかし、武術の場合、多種多様な流儀があり、ある流派では良しとされることがある流派では悪しとされています。これはなぜかというと、想定しているシチュエーションが違うので最適解も変わる、ということなのですが、サバイバビリティとしての武術ということを考えると、槍をずっと稽古してきたのに屋内で短刀で刺されまし [続きを読む]
  • 新年特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ・その7(FINAL)
  • ◆経営論・謝礼論豪 今、自分の会の中で試行錯誤している部分があって、伝承武術として教える時間と、そもそもそれを担っていくための身体性や意識の土台作りと……両面必要になってくるんですけれど。佐 黒田鉄山先生の振武館とかも最初から型をやっても難しいから遊び稽古から入ったりしてますね。豪 そうなんですよ。でも遊び稽古をやっているとそれだけで時間が終わってしまう問題もある。要するに最終的な制限というのは時 [続きを読む]
  • 新年特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ・その6
  • 豪 (技の数ではなく原則が大事という話の流れで)やはり急場に際して人間が出来ることのオプションの数なんて高が知れているという。佐 話が最初に戻るのですけれど、そうなると急場で何ができるか以前に、それに対応できる精神状態を作れるか……まあ本当は作るのではなく日常と地続きで、非常心を以って日常を生きるというのが望ましいのでしょうけれど。豪 そうですね。難しいですね。それは僕らのやっている剣術のスタイルだ [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その5
  • ◆流派性とはなにか佐 その、流派性ということで言いますと、直接、実在流派の名前を出すと角が立つので、漫画の『修羅の門』の陸奥園明流に託して話しますけれど、あれの第弐門が何故つまらなかったのかというと、それこそ園明流って「僕の考えた必殺技」の集合体みたいなもので、流儀、スタイル、考え方として成立してないんですよね。作者にそういう概念がない。豪 ああ、ないんでしょうね。そこまでは理解していない。佐 た [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その4
  • ◆一刀と二刀の身体論佐 メルマガ拝見していますと、もういいかげん「二刀流使えない論争」に終止符を打つぞ、という。豪 いや、別にそんなないですね。放っておけばいいやと思ってます(笑) だって二刀を否定するのは結局やったことのない人だけですから。佐 それだけ関心があるという現れかもしれませんね。最初、迫害者として現れた存在が理解者になるという男塾的なパターンもありますし。豪 私の理想としてはもう迫害を乗 [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その3
  • ◆一回性の再現佐 向こう側に行って戻ってこないのが良いのか悪いのかは分からないですけど……。カルロス・カスタネダの『ドンファンの教え』という呪術を題材にしたシリーズがありますよね。あれに、そこに溺れちゃいけないんだという禅宗でいう魔境(座禅中、トリップして多幸感を得た体験を悟りだと思い、その状態に固執してしまうこと)みたいな話が書いてあって。そこで書かれているのはまず恐怖と戦うということ。そうすると [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その2
  • ◆ビッグウェンズデイと補陀落渡海豪 いままで見てて一番、誰でも簡単に入神状態を作れる可能性が高そうだなと思ったのは、映像でしかみたことないんですけどメブラーナ教、スーフィズム(イスラム神秘主義)の旋舞ですね。バリ島のケチャともちょっと似てるんですけれど、ある種の動作と発声をくりかえしながらグルグル回る。佐 今、知らないんでイメージしか頭に浮かばなかったんですけど、本部御殿手って近い事をしていませんで [続きを読む]
  • 年末特別企画・ぼっけもん豪先生との対談リターンズ その1
  • 第一弾はこちら。前編後編音声版は実名が出てしまっているので関係者のみ公開です。聞き漏らした方で興味のある方はリクエストしてください。いいかげん実名でいいと思うのですが、豪先生が「どうせ世に出すならもっと陽の当たるところで改めて」ということなので、ふたたび匿名での対談となります。◆入神・没我佐 精神をメソッドによって一定の状態に導くというのが難しいな、と。生徒に「集中してくださいね」と言っても、言わ [続きを読む]
  • 最近のつぶやきから &動画
  • ■ 三尖相照三尖相照(鼻・指先・爪先が相手の方に向く)は中国拳法でよく言われる要訣だが、対多数の際にはどうするのか、という問題がある。一人に対して構えるという事は他の相手に対して無防備になるということでもあるからだ。これは映画だからフィクションであろうが「箭士柳白猿」の中でそれを示唆するようなシーンがあった。主人公・柳白猿は弓の名手で、弓はまさに三尖相照の武術である。柳白猿は常に生体反応に対して爪先 [続きを読む]
  • 武術・チャーハン・怪物
  • 武術は考え方のシステムです。白桃会は技ではなく技に対する考え方を教えている、と繰り返してきました。それは言い換えるなら、How(どうやるか)ではなくWhy(なぜそうするのか)という必然の理を導き出すことをやっているともいえます。「魔術」が「おまじない」になってしまうのは前者がwhyというシステムの原理を理解して運用しているのに対し、後者はその形式だけを真似しているからです。それは初めて時計を見た人が、針をも [続きを読む]
  • 站椿(たんとう)の展開
  • 站椿功とは中国武術の基本の一種です。たまに中腰で立っているだけで強くなる訳ないだろうと揶揄されたり、空気椅子的なシゴキの一種のように思われることもしばしばです。そうした誤解に対しての回答はこのブログでも何度か書いています。私の書いてることは私の認知できた範囲内での効能ですので、それ以外の意味もたぶんあるでしょう。が、2017年時点で白桃会の站椿に求めるものは、1・骨格を曲刀・アーチ状に再編し、外圧 [続きを読む]
  • いぬはりこの絵馬ができたよ! の巻
  • 今日は豊島区有数のいぬはりこグッズ蒐集家としての私が満を持しておとどけするグッズの紹介です。ジャジャーン!いぬはりこ絵馬!いぬはりこ(犬張子)は東京名物の縁起物で、安産祈願や子供の守りとして親しまれている、犬だか猫だかよくわからない外見の置物です。それを私ならもっとかわいく出来る! という衝動の元、発作的に絵馬にしたのがこちらになります。・足の裏の肉球と躍動感がチャームポイント。ドラネコ商会の社運を [続きを読む]