コロポックル さん プロフィール

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コロポックルさん: 素物語
ハンドル名コロポックル さん
ブログタイトル素物語
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/korpukkru
サイト紹介文言葉は光。そこに残すことができたなら、いつだって輝き出す。
自由文何も語らない事、それさえ心を伝える手段の一つ。

でもね、言霊に触発されて人は歩んできたんだ。
僕らはいつだって希望を見出す。希望は光だ。言葉とシンクロしてこそ人は成長できる。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供13回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2008/12/29 11:05

コロポックル さんのブログ記事

  • さよなら、友よ
  • 出会いの後で、それぞれの人生を全うするために離れて生きていても、いつかまた会えるとどこかで信じている。そして再会の後で、またいつもの生活に戻っても、モチベーションが格段に上がることを、これまでも実感してきた。あいつも頑張っている、ならば私も頑張ろう、と。40歳を目前として、家族も仕事も最も充実する時期。自分の更なる成長を決意する時。それが突然終わることもあるなんて、微塵も考えていなかった。小学生の頃 [続きを読む]
  • 秋と米と私
  • かつて共に学び、そして今も同じ環境で走り続ける友がいる。彼の故郷、新潟から新米が届いた。玄米のまま、無垢な美味さを秘めたコシヒカリ。近年、食味ランキング等では色々言われているようだが、精米したての炊き立ての米で作った塩むすびの美味さは、どんなご馳走にも叶わない。芸術に食欲。形容詞の多い秋だ。伝統工芸展、日本橋にはいけないけれど、日本人である誇りをまずは食から感じることができたことに、ありがとう。PV [続きを読む]
  • 早生の秋を味わう
  • 今年の北アルプス計画は折しも訪れた台風に吹き飛ばされてしまい、茫然自失に陥る間もなく、来春のための藤棚の整理や木こりに汗を流していた。台風一過による風と湿度が、不謹慎に美しい夕焼けをもたらす。後ろを振り向くと、月にコウモリが舞い、あたかも夏と秋の稜線に立っているようだった。夏は星で、秋は月だ。暑さで呆けていても、風にオシロイバナの香りを見ると、仲秋を過ぎていることに気づかされるのだ。そして、台風が [続きを読む]
  • 富士登山マラソンに散る
  • 大好きな夏を謳歌するために、いつも懸命に走り抜けてきた。熱中症との紙一重の中で、暑さに食らい付くがごとく敢えて炎天下に自らを晒す行為は、常に目標があったからだ。富士登山マラソン。その当たり前だった日々が特別であったことを改めて知らされる故障という現実は、私から夏を遠ざけた。富士山を苦しんで楽しむはずだった。序盤も序盤、金鳥居をくぐって国道が見えてきたと同時に左ふくらはぎが悲鳴を上げた時、今年のレー [続きを読む]
  • 負けに不思議な負けなし
  • 侍魂とも言うべきか、日本ならではと思っているのだが、スポーツの勝敗を巡る時に、結果をおざなりにするかのごとくその過程に議論が起きることに辟易している。全てを肯定している訳ではない。日本が夢のワールドカップで予選突破が決まった時、私の脳裏を過ったのは、かつての明徳義塾と松井擁する星稜高校の、あの連続敬遠だった。観客はつまらないだろうが、歴史に立ち会えている事を、後に知ることになる。サッカー界において [続きを読む]
  • 仕事のやりがいと生きがい
  • 睡眠時間を割いて仕事をする深い眠りにつくことよりも仕事のやりがいを味わいたい経験値を上げることに喜びを感じたい仕事が生きがいにならないのはある意味当然で好きなことが仕事になっていることは少ないはずだただ やりがいが仕事を好きにさせるのもまた事実眠れなくても 疲労困憊でも一日の終わりを迎えるこの時にやりたいことをやりぬいて明日も頑張ろうと思える自分でありたいPVアクセスランキング にほんブログ村 [続きを読む]
  • 時には守るために〜FTR名栗トレイル〜
  • 地元の棒ノ嶺でトレランがある。半年前この山の尾根続きでの滑落事故の記憶も新しい。何かできることはあるだろう。だから救護ボランティアに参加してみた。富士登山競争とは違う、レースを走ることなく救護に徹することに、もどかしさは全くなかった。客観的立場にいることで見えることがあるものだ。本当に事故があった時に、防災ヘリや地元消防と訓練を積んでいない連携の弱さ。応急手当は可能でも、車搬送はもちろん搬送資機材 [続きを読む]
  • 最初の物語
  • 卒園式を終えた息子と風呂で、平仮名の練習をする。浴室の壁に「やだ」と書きなと促すと、「やら」としたためる息子に心配はしていない。君は幼稚園という最初の物語を、深く認識していないかもしれないけれど、これでおしまい。次は、もっと強く心に刻む小学校という物語の始まりだ。卒園おめでとう。父ちゃんも、楽しみです。 [続きを読む]
  • 未来に走る〜青梅マラソン〜
  • 私の中で特別な青梅マラソンでの、人生2度目となるDNF。大会前に馴染みの鍼灸院で、ここ3年痛みを繰り返す右ふくらはぎへの対処療法的な鍼治療をお願いしたのは、完走が目的ではなかった。分かっていた。恐らくは10キロの澤ノ井酒造までこの足が持てばラッキーだろう。再三断裂する感覚を味わっては、安静とリハビリに近いLSDの日々を過ごしたのだから。満身創痍でも私の原点である青梅の大会の雰囲気やラン仲間の情熱を感じた [続きを読む]
  • 日々是好日
  • 青山大学の4連覇で幕を閉じた箱根駅伝、納棺の準備が始まると隣の実家から連絡が入ったのは2位の贔屓である東洋大学のゴール直後だった。波乱の平成30年の幕開けだった。紅白を終え、初詣に意気込んだ娘とのお参りを終え、眠りに入った直後に掛かってきた一本の電話。果たして、祖母の危篤を知らせる内容であった。暮れのそれから覚悟はしていた。とは言っても、簡単に受け入れられるものでもない。家族に見守られながら、静か [続きを読む]
  • 延命拒否 私が私であるということ
  • 変わり果てた祖母の姿を前に、我が子が驚愕し病室から逃げ出そうとしたのは、実に自然なことであった。認知症の進行に伴い、体の自由を奪われたその先にたどり着く寝たきりという現実が、元来痩せていたその姿を羸痩著しい骨と皮だけにさせ、ばあちゃんは、ばあちゃんじゃなくなっていた。大晦日を前にした昨夜、痙攣を生じた病態変化があり、急遽家族が呼ばれた。そこには、もう呼びかけても微かに眼球を動かし、酸素マスクを付け [続きを読む]
  • 栞 しおり
  • 好きなことを恐ろしく乱雑に綴ってきた創作ノートの束はいつの頃から増えなくなり、今では浮かぶ言葉の置き場所はパソコンと手帳の片隅だけになった。PCの引っ越しに伴い、整然と整理されていたはずのパソコン砂場に埋まる、過去の砂粒を探りだすのは難しく、縦横無尽に探すことのできるアナログなノートの秀逸性を改めて噛み締めている。日記のような創作ノート。自分の人生の匂いとでも言うべき歴史の刻み方が、今の自分を形作っ [続きを読む]
  • 再開
  • 今の自分がどう思って生きているか、言葉で残していきたい。自分のために綴れば良い。それがPC不調でこの部屋から離れた一ヵ月、感じたこと [続きを読む]
  • 追い風
  • 「池の水ぜんぶ抜く」というテレビ番組が面白い。環境への興味関心を増すだけでなく、どこか好奇心をもくすぐる。予てから入間川の外来魚駆逐にどこか後ろめたさを覚えながらも奔走してきた私にとって、あそこまで堂々と外来生物に対して徹底的に排除しつつも、学習的要素を含め環境保護の必要性を訴える番組のコンセプトから吹いてくる風を背中で感じている。でもふと立ち止まって考えても見るのだ。在来ってなんだと。大陸から渡 [続きを読む]
  • ここにある平和
  • 小学3年生の娘の頬を、一筋の涙が伝った。年長の息子は、それを黙って見ていた。悲しいからなのか、残酷だからなのか、きっと自分自身でも判断できない感情が涙の源泉に湧いていたのだろう。「広島・長崎 原子爆弾の記録」という、戦争の惨さを写真で伝える本を、今日と言う日に子供達と見ることができたのは、大いに意味のあることであった。知らなくては考えることはできない。かねてから、戦争を勉強する絶好の時期が夏休みと [続きを読む]
  • 忍耐の果てに
  • 頂上へ、ただひたすらに頂上へ。慣れや経験は、目標までの過程の力の抜き処を悟らせるものだが、富士登山競争だけは別格だ。体調や睡眠、仕事との兼ね合いに抗えない気候との勝負。他の誰とでもない、自分との勝負。歩けばどれだけ楽になるだろう。止まってしまえば、この疲れも忘れることができるかもしれない。馬返しまでは意地でも走ると決めていた覚悟、どんなに苦しくとも走り続けることができたなら、頂上までの活路が俄然拡 [続きを読む]
  • 夕立に
  • 夕立に 蕎麦屋軒先 雨宿りピンポイントに雲の動きがパソコンやスマホで確認できるようになって、素人天気予報も予報士顔負けの確率で空の機嫌を窺えるようになった。雨が降ることが分かったとしても、帰宅の途に着く頃には雨が上がるとわかるのだから傘も持たないし、レインブーツも履かない。畑の飢えをしのぐ為の水やりの判断も、雨乞いするでもなく調べられるのだから便利なものだ。それでも暴力的な暑さがもたらす積乱雲の動 [続きを読む]
  • 夏、1ページ目
  • 飯能河原と言えば地元のみならず、近隣の市や都内からも来訪者が多いバーベキュー場の代名詞で、夏にはあちこちで香ばしい匂いが立ち込める。7月1日の川開きに合わせて飯能水泳連盟が行ってきた飯能河原清掃も、25年目の節目を迎えることとなった。生憎の天気の中、サンダルとゴミ袋を片手に、中にはゴーグルを用いて水中検索してまでゴミ拾いをしようとする仲間もいて、老若男女入り乱れての作業となった。数年前には、炭や紙 [続きを読む]
  • 恋愛と親愛
  • 「愛してる」最期の言葉がそれだなんて、彼女をテレビの中でしか知らない私とて、目頭が熱くなるじゃないか。小林麻央さんの訃報は衝撃だった。かつて病気がちだった妻が共感するように覗いていた彼女のブログの言葉に、次第に興味が湧いてきていた。儚い余命と知りつつも、彼女の残す恐ろしく直向きで前向きな言葉が何か奇跡的なことが起こるんじゃないかと思わせもした。自分の人生観に影響する程の別れ、特に死別ってやつが歳を [続きを読む]
  • 経験という積木
  • やりがいや充実感だけで、この歳から始める新しい挑戦が上手くいくなんて思っていない。できなくても繰り返すこと、自ら求める事でいつだって納得に向かって突き進んできた。「成功や失敗、結果だけで物事を判断することはない」とは言っても、勝つことや上手くいった仕事でしか得ることのない自信に価値があることも経験してきた。それでもだ。挫折が人を謙虚にさせ成長させること、時に誇りをも生みだすことも知っている。負の経 [続きを読む]
  • 端午の節句
  • 青空に水を得たりと言う如く 鯉の家族が五月を泳ぐ四季折々の行事の中でも子供の日は、伝統と文化を重んじ、子等の成長と健康を願ってきた日本人ならではの文化で、鯉のぼりはその象徴だ。今年も入間川に若鮎の群れが躍動する傍で、ギャング的な役割のスモールバスが脅しをかけている姿を目の当たりにしたが、雑魚と呼ばれる在来種の魚が減る中にあって極めて目立つ存在の真鯉達もまた外来魚と定め、実際生態系を乱しているという [続きを読む]
  • サクラサク
  • 入間川に掛かる加治橋下流の土手沿いに整然とソメイヨシノが咲き誇る。それぞれの淡く白い点が、線を描く。ここは、昔から通った場所だ。ただ通り過ぎるだけだった桜並木の美しさを再認識させたのは、家族が出来たことや惹かれる歳になったからだけではなく、それらに気付く余裕があるからとも言えるのかもしれない。昨年の私にはそれがなかった。速く流れているのではと錯覚した時間の中で、いつも逃げるように走っていた。桜は、 [続きを読む]
  • 水やり3年
  • 盆栽の世界に、「水やり3年」という格言がある。一見単純な水やり作業も、盆栽を枯らさずに上手く水をやることは簡単ではなく、一人前になるためには3年の月日が必要ということだ。これまで働く中で希望や夢、生きがいを見出そうとしても、時に挫折することをがあることを経験してきたつもりだ。それでも知ることができた。誇りや情熱が、自分を高める最高の原動力であることも。2月3月という試験や資格取得の多い時期に、挑戦 [続きを読む]
  • 水やり3年
  • 盆栽の世界に、「水やり3年」という格言がある。一見単純な水やり作業も、盆栽を枯らさずに上手く水をやることは簡単ではなく、一人前になるためには3年の月日が必要ということだ。これまで働く中で希望や夢、生きがいを見出そうとしても、時に挫折することをがあることを経験してきたつもりだ。それでも知ることができた。誇りや情熱が、自分を高める最高の原動力であることも。2月3月という試験や資格取得の多い時期に、挑戦 [続きを読む]