希土暁宣 さん プロフィール

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希土暁宣さん: (京大学生運動)(カンボジア難民救援)の思い出
ハンドル名希土暁宣 さん
ブログタイトル(京大学生運動)(カンボジア難民救援)の思い出
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/anti_war1021
サイト紹介文京大での76年の暴力反対運動の経験、カンボジア難民キャンプで書いた反戦詩と写真、反戦絵画など。
自由文「思想とは、信じる、信じないの問題でなく、主体が自ら選び取るものだ。希土君が暴力反対の思想を選んだことは、共産主義の思想とは直接に関係ない」(恩師からの手紙)

 京大学生運動(暴力反対運動)と中学生時代にベトナム戦争報道に触れたことが私の原体験です。そこで、後述の理由から、07年10月より、暴力とは何か?どうしたらなくせるのか?を改めて学び、考えることにしました。

参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2009/01/14 23:46

希土暁宣 さんのブログ記事

  • キリスト教的精神の自己展開
  •  7月6日以来、元妻を苦しめた罪の意識に苦しんだが、その中で、下記のような「キリスト教的精神の自己展開」があったので、驚いた。牧師からヒントをもらい、最終的には、「罪の苦しみ」を経験したことのある元上司の⑤「愛」によって救われた。「キリスト教的精神の自己展開」は、以下のプロセスで構成された。①罪:完全に自分の過ちで他人(元妻)を苦しめた、②贖罪:償うことのできない苦しみを、一生涯背負い、③赦し:人 [続きを読む]
  • 罪と祈り:元上司からのメール
  •  先輩、友人諸兄  お届けした「秋のお便り」に、 元上司(77)から返信をいただいた。 苦しみを、苦しみ抜いた人にしか、 語れないことばだった。これほど深く、私の抱えている問題を把握 してくださったことに、驚いた!順調な人生を歩んでこられた方と 思っていたからだ。この文章を読むと、元妻に関する私の苦しみが、成長の糧となったことを感じる。  「罪」と「祈り」は、神を問わなくても、成立する、ということ [続きを読む]
  • 秋のお便り
  •  離婚して二十二年間、私は当時の妻の苦しみと自分の罪に、ひたすら目を背けて生きた。しかし近年、病気の治療のため、自分の心を観察する習慣ができた。その結果、七月六日、突然に、妻の尋常ではなかった苦しみの記憶を、私は「直視」したのである。 借金漬けの親と、重病の兄を背負う私に、求婚する資格はなかった。私は、自分と妻をだまして結婚した。私を守るために戦い続けた妻を、実家は果てしなく苦しめた。さらに私の学 [続きを読む]
  • 罪の根幹
  •    私の罪の根幹は、「親と病気の兄をいずれ背負うことから、元妻を幸福にする自信もなかったのに、求婚した」という点にある。「だまして結婚した」と言えるかもしれない。   それによって、一人の誠実極まりない女性の人生に傷をつけてしまった。大変なことをした。今、彼女が私のことなど、とうに忘れて、幸せになっていてくれればいい。   父はあまりに非常識な人物だったので、私の人生には親を絶縁して元妻に求婚す [続きを読む]
  • エッセイ:「罪の苦しみ」
  •  三歳のとき万引きをした。胸が苦しくなった。「罪の苦しみ」は、罪という言葉を知る前から、人間にあったのである。 七月六日、あるきっかけで、二十二年前の離婚のときの元妻の苦しみを、まざまざと思い出した。年月を経て見識が生まれ、自分の心を守る防衛の仕組みも消えた。その結果初めて、当時の元妻の苦しみと愛の、深さを理解した。 以来、私は「罪の苦しみ」から、逃れることができない。 父の奇怪な性格は、単に父に [続きを読む]
  • 「罪の苦しみ」と「女性トラブル対策」
  • 1.精神状態:2カ月間、病気の症状はない。わずかに不安症状があっただけだ。医師の精神療法に感銘を受け、自分でも意識的に精神をコントロールするよう、鍛錬したおかげか?2.現状認識:以下のすべてが心の中の世界として進行した。7月6日に「元妻の苦しみ」→「元妻に対する罪の苦しみ」が発生し、8月11日まで続いた。消滅したのは苦しみに慣れたせいだろう。▼二名の牧師と面談したが、言外に「信仰の苦しみ」のみが伝 [続きを読む]
  • 牧師との面談レジュメ
  • ○○教会 牧師 ○○先生22年前、元妻を苦しめた。罪の苦しみからの救済を願う。希土暁宣※自己紹介:60歳男性・早期退職済み・信仰歴なし・      大学で暴力反対運動を展開したことにより、PTSD発症。 1.22年前の離婚のあらまし借金を抱えた両親と、重い統合失調書の兄を背負うであろうと考えながら、31歳で結婚した。元妻は激しく悩みながらも結婚してくれた。しかし、結婚7年後の1995年に私が突然、妄想状態となり入院 [続きを読む]
  • 父の奇怪な性格
  •  父が電話に出ると、誰彼なく、叱ったり、けんかしたりするのです。私の友人たちもよく、叱られていました。朝目が覚めると、「佳宏、昨夜11時頃、女性から電話があったけど、遅い時間だから、叱っておいたよ」などと言われるのです。その女性が誰だったのか、わからずじまいですが、夜、淋しさに耐えられず、電話したのかもしれない、などと思ってしまいます。 一番、ひどい話は、次のようなものでした。 私は大学院に進学す [続きを読む]
  • 私の結婚の歴史
  • 苦しみながらも、元妻のことを考え続けたい。眠っていても苦しい夜があるが、病気のせいではないと思う。▼ 親兄は他人を利用することなどできない、お人よしだが、結果的・外形的には、私を利用して安泰な老後生活を手に入れ、妻はその犠牲になった。妻は私を守るために、身を呈して戦ったが、矢折れ刀尽きて去った。▼そもそも22年前、「妻に申し訳ない」という罪の苦しみから私を守るため、私の精神は発狂した。また私の現実は [続きを読む]
  • 現在の病状
  •  20年以上、躁うつ病を営んで来たが、3年前に医師が替わってから、病状がすっかり変わった。この1年、そううつの症状はない。その代り、神経症的な症状が現れた。①不安症状②疲労が激しい。電車に乗るのも辛い。③叱責反応 他人に責められると寝込む [続きを読む]
  • 人生で一番哀しいワンシーン
  •  私の人生で最も哀しいワンシーンは、妻が過激派の赤いヘルメットを被っているという、フラッシュバックを見た瞬間だ。その時、私は怯え、妻も怯えた。薬剤師の妻は、統合失調症患者が幻覚に怯えると、反撃することを知っていた。それは、私が学生時代の人権活動に起因してPTSDを発症した瞬間でもあったし、離婚の引き金が引かれた瞬間でもあった。私の人生の二つの苦しみが交差した。 ただ、発病はあくまでも引き金であり、離婚 [続きを読む]
  • 希土気家の歴史
  • 親兄は人が良く、他人を利用する気などなかったが、外形的には、親兄が私を利用して安泰な老後を手に入れ、妻は犠牲になった。妻は、私を守るために身を呈して戦ったが、矢折れ刀尽きて去って行った。これが、希土家の歴史だと思います。 妻に償いたいという気持ちは、どうしても消えません。やはり、信仰を求めるしかないのでしょうか?今は他人と接するのが、とてもおっくうですが、来週は近所の教会に行ってみます。 [続きを読む]
  • 希土気家の歴史
  • 親兄は人が良く、他人を利用する気などなかったが、外形的には、親兄が私を利用して安泰な老後を手に入れ、妻は犠牲になった。妻は、私を守るために身を呈して戦ったが、矢折れ刀尽きて去って行った。これが、希土家の歴史だと思います。 妻に償いたいという気持ちは、どうしても消えません。やはり、信仰を求めるしかないのでしょうか?今は他人と接するのが、とてもおっくうですが、来週は近所の教会に行ってみます。 [続きを読む]
  • 考え抜いても解決しない
  • 心の中だけの問題だから、考え抜けば解決するはず、と、22日間、考え抜いたが、妻を苦しめたことへの罪悪感は、解決しない。このままでは、鬱状態になる。一旦、休憩する。明日は、教会には行かない。他人に会いたくない。 妻の苦しみの実感が、あまりに大きかったので、言葉を論理構成するだけでは、解決しない。学生運動の問題は、40年も前であり、結婚ほど深い問題ではなかった。だから、簡単に解決した。 「忘れる」という [続きを読む]
  • 妻を選ぶか、親兄を選ぶかの二択
  •  出会いから別れまで、私の結婚は、煎じ詰めれば「親兄を選ぶか、妻を選ぶか」の二択でした。親が生活保護を受けて入れば安心でしたが、借金で高級マンションを借りて住んでいたのです。役所に将来の生活保護を相談しても、「二親等は扶養義務がある」との回答しか得られませんでした。父の奇怪な言動も常に不安をかきたてました。 今考えると、一旦、親と絶縁して、生活保護になったら復縁して世話をすればよかったのです。しか [続きを読む]
  • キリスト教会探し
  •  西田正夫先生 「元妻を苦しめた」という強い罪の苦しみが二十日間消えず、牧師に面会しました。三年ぶりに会った牧師は急に老け込み、もはや信仰に希望を持っていないようにも見えました。神の存在を感じるか、など、あまり気にしない信者が多いそうです。 私は当面、信仰を「償いの代償行為・思惟」と位置付けることにしました。元妻に償いたい一心です。これから、近所の教会を探します。プロテスタントもカトリックも新興宗 [続きを読む]
  • 「償いの代償行為・思惟」としての信仰
  • 友人諸兄 罪の苦しみが治まらないので、外形だけでも行動して、ラクになりたい。なんらかの儀式的行為を通じて、元妻のことをずっと考えていたい。等の理由で、信仰を選び取ることにした。今日面談したS牧師によれば、「神の存在について厳格に考えている教会員は、あまりいない」とのことだった。神がいなくては、信仰は成立しない、との思いもあるが、当面、私も神を直感できないので、信仰を「償いの代償行為・思惟」と位置付 [続きを読む]
  • 22年前
  •  22年前、私は元妻の強い愛情と、大きな苦しみと、払った大きな自己犠牲が、わからなかった。 それで、「(どれだけ無能無責任な親であっても)お父さん、お母さんを大切にしよう」というバカげた道徳から、逃れることができなかった。 私は、親と兄を離縁し、私を守るために必死だった妻に報いるべきだった。それができなかった自分に、今、大きな罪を感じないではいられない。妻に償うことが、何より重要であるが、なにをど [続きを読む]
  • 【戦闘終了を告げる】
  •  ある日、ふと妻を恋しく思い、封印していた記憶の扉を、次々に開いた。二十二年を経て現れた記憶は、美しい心の触れ合いと、やさしさゆえの苦しみ以外、何もなかった。 借金に埋もれた私の両親と病気の兄を、いずれ背負うことを考え、妻は結婚式前夜、脳が破裂するほど悩んだ。そして幸福な七年間の後、私の突然の発狂に直面し、離婚を決意するまでの二ヵ月間、ひっきりなしに、火傷し続けるように、苦しんだ。 その姿が、あま [続きを読む]
  • 神経衰弱と別れた妻のこと
  •  賀状にも書いたが、心がやたらに傷つきやすくなった。少しでも他人に責められると、波に洗われる砂の城のように、精神が崩壊する。神経衰弱状態となり、苦しむ。 「妻からの精神的虐待」が男性の離婚動機の第二位になった。女性には男性を責める習性がある。恋愛がらみの話なら楽しいが、今の私の状況は、断じて違うのだ! 「傷つきやすい」ことは病気ではないから、治療法がない。人生の最後まで、がんばって自己実現を続ける [続きを読む]
  • 森田療法と精神交互作用
  •  西田正夫先生 ①老後の心構えは、もうできているのです。「なんでもいいから頑張る!」ということです。それがけっこう楽しいから、というのが、その理由です。頑張る柱は闘病です。 近年、医師の交代により、私の症状が大きく変わってきました。躁鬱はほとんど消滅し、「不安」が主訴となりました。しかし、若いころに抗不安剤を飲み過ぎたせいか、耐性ができて、その効果がありません。 そこで、友人精神科医に指導を求めた [続きを読む]
  • おもいっきり楽しかった!
  •  西田正夫先生 今日はおもいっきり楽しかったです。句会の七六歳の男性と公民館祭りの当番をした後、拙宅で飲みました。昨年からパソコンを教えていました。戦争孤児で、定時制高校卒ですが、とてもウマが合います。お互いの苦労がわかるのか、と思います。趣味や感心も一致するし、とても繊細な方です。 田中が持ってきた高い日本酒が役に立っています。やはり、この歳になると、うまい料理とうまい酒が必要ですね。辻の言う通 [続きを読む]
  • 精神科医への報告
  • 1.精神状態:2月24日以降、症状は何もなかった。が、3月20日の句会のお茶会の後、弱い不安があった。何に対する不安かは不明。俳句に集中したら、不安はすぐ解消した。22日は、句会の人間関係で、強い不安が発生し、水泳を休んだ。丸一日苦しんだ後、すっかり回復した。▼疲れてだるいと感じるときも、スポーツや会話をすると、逆にすっきりして疲れが取れることが多い。私の疲労は神経的なものだ。▼この3年で全般的に症状は [続きを読む]
  • 精神科医への報告
  • 1.精神状態:2月24日以降、症状は何もなかった。が、3月20日の句会のお茶会の後、弱い不安があった。何に対する不安かは不明。俳句に集中したら、不安はすぐ解消した。22日は、句会の人間関係で、強い不安が発生し、水泳を休んだ。丸一日苦しんだ後、すっかり回復した。▼疲れてだるいと感じるときも、スポーツや会話をすると、逆にすっきりして疲れが取れることが多い。私の疲労は神経的なものだ。▼この3年で全般的に症状は [続きを読む]
  • なんの症状もない日々
  •  西田先生 なんの症状もない、おだやかな日々が続きます。 昨年来、私の病状が良くなったことは確かです。原因は、新しい医師が ①私の病気を「学生運動のPTSD」と診断し、その記憶を手放すよう指導したこと。 ②薬を大幅に減らしたこと。 ③水泳を始めたこと。などでしょう。 今迄の高齢の医師たちは、PTSDという新しい概念に馴染みがなかったと思います。とはいえ、精神病は簡単に治る病気ではないので、また揺れ戻しがあ [続きを読む]