九州の石造美術 さん プロフィール

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九州の石造美術さん: 石造美術IN九州
ハンドル名九州の石造美術 さん
ブログタイトル石造美術IN九州
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/stjtomo
サイト紹介文九州の石塔・石仏の調査資料報告です。
自由文主に九州の歴史考古学に含まれる石造文化財(石造美術)の調査資料報告です。
写真・測量図・拓本と金石文等を中心に記録紹介しています。
過去の資料から遡って紹介しているため、一つでも多く早めに紹介していきたいために解説や、説明文は今のところ殆ど付けていません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供150回 / 365日(平均2.9回/週) - 参加 2009/01/23 21:12

九州の石造美術 さんのブログ記事

  • 長安寺 宝篋印塔 元禄十三年銘 豊後高田市
  • 1700.04.03  元録十三年四月三日大分県豊後高田市屋山 長安寺境内安山岩製  本堂脇の斜面を背にして、石垣の1段を作り、石塔が並べられている。その内、2基有る宝篋印塔の左側(向かって右)塔である。塔高;175.0センチ基壇二重高;44.5 基礎は、側面を少し低めにして、上に5段を造り出している。基礎側面は、3区に分けて輪郭を取り、中に更に方形枠を平底に彫り込んでいる。 塔身は、天正十二年銘 [続きを読む]
  • 長安寺 宝篋印塔 天正十二年銘 豊後高田市
  • 1584.03.12. 天正十二年三月十二日大分県豊後高田市大字加礼川635 長安寺 安山岩製  本堂脇の斜面を背にして、石垣の1段を作り、石塔が並べられている。その内、2基有る宝篋印塔の右側(向かって左)塔である。第一重基壇高;12.5センチ第二重基壇幅;75.5 第二重基壇高;21.5塔高;200.5基礎幅;58.0 基礎高;38.5塔身幅;31.5 塔身高;38.0笠軒幅;57.0 笠高;39. [続きを読む]
  • 長安寺 国東塔 豊後高田市
  • 鎌倉時代後期大分県豊後高田市大字加礼川635 長安寺 身濯(みそぎ)神社(旧六所宮)境内安山岩製第一重基壇幅;148.0 第一重基壇高;42.5第二重基壇幅;109.0 第二重基壇高;36.0基礎幅;82.5 基礎高;31.5反花座下部径;80.0 反花座高;25.0身部径;70.0 身部下部径;60.0 首部径;44.0 首部高;9.5 塔身高;68.0笠軒幅;86.0 笠上部幅;33.5 笠高; [続きを読む]
  • 千燈 庚申塔 青面金剛立像 自然石塔婆 宝永四年銘 大分県国東市
  • 1707.09.11.  宝永四年九月十一日大分県国東市国見町千燈 千燈石仏覆堂脇安山岩製塔高;約110センチ 千燈石仏の覆堂脇に有る。    自然石の正面外周を駒形に粗く整え、側面から背面は切り出しのままに残している。その外周に沿って、縦長の駒形龕を平底に深く彫り窪め、青面金剛立像を厚肉彫する。 青面金剛立像は、合掌手、右手蛇、三叉戟、左手羂索?金剛杵(経巻?)。下半身の幅は広いが、極端に短く、膝下の両足も [続きを読む]
  • 浄水寺跡 古碑 延暦九年銘 宇城市
  • 790.02.23  延暦九□二月廿三日熊本県宇城市豊野町下郷 寺村 浄水寺跡凝灰岩製碑高;134.0碑面基部幅;54.0 碑面高;130.5基部幅;62.0 基部厚;47.0 最大幅;67.0 最大厚;53.0 角柱状に粗く整えた一面を磨き、幅50.0高さ86.0の長方形枠内に立罫線で12枠を作る。2行から11行までは同じ幅で、1行目と12行目はそれより幅広に取っている。その枠内に長文の銘を彫る [続きを読む]
  • 浄水寺跡 南无如法妙法蓮華経塔 康平七年銘 宇城市
  • 1064.11.10  康平七年十一月十日熊本県宇城市豊野町下郷 寺村 浄水寺跡凝灰岩製 不整四角柱状。笠は新しい別物。上部に枘の造り出し加工が有るか不明。塔高;112.0センチ基部幅;38.0 最大幅;39.0最大奥行;42.0 銘が正面にある。      「願主道入」 「南无如法妙法蓮華経」  「康平七年十一月十日辛未」      「甲辰」1991.05.03調査この項未稿にほんブログ村 歴史ブ [続きを読む]
  • 竹内峠入口弥陀石仏 大阪府 1979年7月27日 184
  • 大阪府南河内郡太子町山田 竹内峠入口室町時代後期?花崗岩製 大阪側から山田の集落が途切れた竹内峠への入口直ぐの所に有る。 定印の半肉彫阿弥陀如来坐像。蓮座の幅は十分に拡がっているが、蓮弁の形に抑揚が無く先尖りで形式化が進んでいる。参考文献;『カラーブックス122大和路の石仏』(入江泰吉、嵯峨崎司朗著 保育社 S.42.03.01.)*石造美術に関心を持ち始めた時期の写真資料です。記録がなく記憶もあいまいです。誤 [続きを読む]
  • 「史迹と美術」第八七六号に論文が掲載されました。
  • 「清水磨崖仏塔群95線刻五輪塔の造立時期について(下) 佐藤誠著」が「史迹と美術」第八七六号に掲載されました。2017年7月28日発行です。 そのほかには、 一休寺と観世音阿弥の出自をめぐって(上) 村上 泰昭 著 他が収録されています。 購入出来ます。興味をもたれた方は、下記にお問い合わせください。 史迹美術同攷会 1冊990円 送料不要です。 申し込み先 〒602−8048 京都市上京区下立売通小川東 [続きを読む]
  • 糖尿病が完治してホッとしています。
  • 糖尿病が完治してホッとしています。2017年4月07日 健診 で糖尿病と診断されました。2017年7月24日 健診 で糖尿病が完治していました。安堵しています。数値の推移は下記のとおりです。        4月07日      7月24日 血糖        142        89HbA1c       8.0        5.6中性脂肪      177        69血圧       155/87      113/73(自宅測定 [続きを読む]
  • 鹿谷寺跡石窟仏 大阪府 1979年7月27日 183
  • 大阪府南河内郡太子町山田 鹿谷寺跡奈良時代後期(『日本石造美術辞典』)凝灰岩製 十三重塔の脇、東側に凝灰岩層を彫り込んで石窟が作られている。「間口290センチ、高さ170センチ」(『日本石造美術辞典』)の奥壁に三尊仏坐像の線刻がある。太い線刻で彫られている。頭部だけは、薄いレリーフ状に加工されているように見える。像下の蓮座の蓮弁は特徴があり、上部を幅広にして頂部を尖らせ、当麻寺石燈籠中台の平面的に [続きを読む]
  • 鹿谷寺跡十三重塔 大阪府 1979年7月27日 182
  • 鹿谷寺跡十三重塔 大阪府 1979年7月27日 182大阪府南河内郡太子町山田奈良時代後期(『日本石造美術辞典』)凝灰岩製  竹内峠から山道を登ったところに、凝灰岩が露出した広場があり、十三重塔と石窟仏が残っている。 十三重塔は、広場の岩盤から彫り残す形で、生え抜きの一石造りになっている。寺跡の広さからみて、石窟を伴う寺院の伽藍配置の塔として建造されたことが伺える。十三重目の笠の上部が破損している。相輪も失 [続きを読む]
  • 竹内峠十一面観音石仏龕 大阪府 1979年7月27日 181
  • 大阪府南河内郡太子町山田 竹内峠頂上付近江戸時代か花崗岩製    石垣を組んで、石室を作り、屋根をのせている。屋根の作りは江戸時代と思われる。中に、舟型に近い光背一杯に十一面観世音菩薩立像を半肉彫に表す。左手は、肘を曲げて胸前に挙げ花瓶を持つ。花瓶には、長い茎の蓮華と蓮葉の2本を挿す。右手は下げて細い柄の錫杖を持つ。この持物の組み合わせは、長谷寺十一面観音と同じである。参考文献;カラーブックス『大和 [続きを読む]
  • 竹内峠地蔵石仏 大阪府 1979年7月27日 180
  • 大阪府南河内郡太子町山田 竹内峠頂上付近江戸時代花崗岩製     江戸時代製の「南無阿弥陀仏」名号駒形塔等と並んで建っている。 右手錫杖、左手宝珠、剃髪の半肉彫地蔵菩薩立像。造立の時代は分からなかったが、舟形光背型龕の両袖に文字が彫られ、道標を兼ねている。これが当初からのものであれば、江戸時代もかなり下ってから造立されたものということになる。ただ、彫刻は、室町時代のものと遜色ないようにも見えたと記 [続きを読む]
  • 岩屋三尊磨崖仏 大阪府 1979年7月27日 179
  • 大阪府南河内郡太子町山田奈良時代後期(『石造美術辞典』)凝灰岩製   岩屋岩窟右壁面(向かって左)に三尊磨崖仏がある。表面が摩耗して、その輪郭だけが確認でき、手印、衣文線、顔などは確認できない。 現状では、表面が摩耗して薄いレリーフ状に見えるが、元は半肉彫されていたようである。中尊には、頭光と身光が確認でき、脇侍にも頭光がかすかに残っている。 塔と磨崖仏がセットになっており、石窟寺院であったと考え [続きを読む]
  • 岩屋層塔 大阪府 1979年7月27日 178
  • 大阪府南河内郡太子町山田奈良時代後期(『石造美術辞典』)凝灰岩製塔高;約200センチ 竹内街道から急坂を登ったところに岩屋がある。凝灰岩壁を彫り窪めた岩窟中央に、基壇を備えた層塔が生え抜きに彫り出されている。現在は三層が残り、上部は欠失している。『石造美術辞典』には、「当初は五重であったかと思う。」とある。  基壇の上の基礎は、幅が広く比高が低い。 第1層軸部は、幅よりも高さを高くする。2重目、3 [続きを読む]
  • 「史迹と美術」第八七五号に論文が掲載されました。
  • 「清水磨崖仏塔群95線刻五輪塔の造立時期について(中) 佐藤誠著」が「史迹と美術」第八七五号に掲載されました。2017年6月28日発行です。 そのほかには、 再び高野山最古の在銘一石五輪塔について   木下浩良 著 他が収録されています。 購入出来ます。興味をもたれた方は、下記にお問い合わせください。 史迹美術同攷会 1冊990円 送料不要です。 申し込み先 〒602−8048 京都市上京区下立売通小川東 [続きを読む]
  • 当麻北墓層塔残欠 2基 奈良県1979年7月27日 177
  • 奈良県葛城市当麻 当麻北墓 十三重塔残欠(現在十二重)花崗岩製 鎌倉時代末期 三重塔残欠 平安時代後期 凝灰岩製 雑草が繁茂して近づけなかった。写真のみで、詳細は確認できなかった。*石造美術に関心を持ち始めた時期の写真資料です。記録がなく記憶もあいまいです。誤り等気付かれたらご教示ください。にほんブログ村 歴史ブログ [続きを読む]
  • 舞尾薬師堂梵字「キリーク」自然石塔婆 大永三年銘 熊本市
  • 1523.02.吉日  大永三年二月吉日熊本県熊本市植木町舞尾 薬師堂境内安山岩製図は見取り図薬師小堂の脇に基部を直接土中に埋め込んで建っている。塔高;120.0基部幅;99.0最大幅;102.0基部厚;11.0 最大厚;12.5 不整板状の安山岩の切出し石材の、表面が整った面を利用している。石材は、右肩が大きく欠けている。その形に合わせて、上部は左側に拠った位置を中心にして本尊と銘が配置され、下部 [続きを読む]
  • 厳島神社薄肉彫五輪塔自然石塔婆 熊本市植木町
  • 室町時代後期熊本県熊本市植木町大字豊岡舟底 厳島神社境内図は見取り図 厳島神社と同敷地の観音小堂との境に、崖面を背にして並んでいる。現在は、猿田彦大神碑の背後に間を開けて並んでいるが、1970年頃には、2基隣接して並び建っていた(モノクロ写真)。右塔塔高;60.0  最大幅;55.0 基部厚;14.0五輪塔高;40.0地輪幅;16.5 地輪高;13.0水輪最大幅;14.5 水輪高;10.0火輪軒幅;1 [続きを読む]
  • 厳島神社五輪塔 元亨二年銘 熊本市
  • 1322.12.20.  元亨二年十二月廿日熊本県熊本市植木町大字豊岡字舟底 厳島神社境内凝灰岩製(図は見取り図)      塔高;134.0地輪幅;55.0 地輪側面高;26.5 地輪高;27.0水輪下部径;32.0 水輪最大径;50.0 水輪上部径;25.0水輪高;37.0火輪軒下部幅;54.5 火輪軒上部幅;55.0 火輪上部幅;25.0火輪軒中央厚・端厚;10.0 火輪軒下部厚;約3.5 火 [続きを読む]