九州の石造美術 さん プロフィール

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九州の石造美術さん: 石造美術IN九州
ハンドル名九州の石造美術 さん
ブログタイトル石造美術IN九州
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/stjtomo
サイト紹介文九州の石塔・石仏の調査資料報告です。
自由文主に九州の歴史考古学に含まれる石造文化財(石造美術)の調査資料報告です。
写真・測量図・拓本と金石文等を中心に記録紹介しています。
過去の資料から遡って紹介しているため、一つでも多く早めに紹介していきたいために解説や、説明文は今のところ殆ど付けていません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供133回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2009/01/23 21:12

九州の石造美術 さんのブログ記事

  • 川中不動三尊磨崖仏 豊後高田市
  • 室町時代後期大分県豊後高田市長岩屋字天念寺 天念寺川中凝灰岩製 不動三尊磨崖仏は、天念寺前の道路を挟んで流れる長岩屋川の中の独立した巨岩の上流側に彫られている。表面を粗く整え、凸字型の龕を平底に浅く彫り込み、中央に大きく右手に剣を持つ不動明王立像、その左右に少し小さく衿羯羅(コンガラ)童子、制?迦(セイタカ)童子の三尊を薄めの半肉彫にする。不動明王立像、像高;約270.02童子は各  像高;役70 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔13 青面金剛尊供養之塔 舟形塔 元文二年銘  大分市
  • 1737.02.02. 元文二年二月初二日大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、3列目左(向かって右)から3番目。 下部幅より上部幅を少し広くして頂部を尖らせ、大まかに舟形に整形した塔婆。碑面を整え、一杯に刻字がある。「元文二丁巳年」  「金剛大慈尊 □□□□」「奉待青面金剛尊供養之塔」  「有無非性□ □□□□」「二月初 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔12 青面金剛塔 駒形板碑 明和九年銘 大分市
  • 1772.11.29. 明和九年霜月廿九日大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、3列目左(向かって右)から2番目。下部幅より上部幅を広くした縦長長方形を厚板状にして、上部を低い山形に加工した塔婆。碑面一杯に花頭窓型の縦長龕を平底に彫り込み、中に3行               「明和九壬辰年」  「青面金剛塔」        [続きを読む]
  • 大分社庚申塔11 庚申天 円頭墓碑型塔婆  大分市
  • 時代不詳大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、3列目左(向かって右)端。縦長長方形を厚板状にして、上部を円頭状に加工した、近世墓碑に多く用いられた形の塔婆。碑面一杯に頂部に茨の無い花頭窓型龕の縦長龕を平底に彫り込み、中に「庚申天」と彫る。他に刻字は見られなかった。2017.09.06.撮影撮影のみで調査はしていない。にほんブ [続きを読む]
  • 大人地蔵堂宝篋印塔群8 西臼杵郡日之影町
  • 室町時代末期から桃山時代前期宮崎県西臼杵郡日の影町大字岩井川字大人小字西中 地蔵堂境内凝灰岩製 石塔群の8は、一部破損は有るものの、群中、完形に近いと考えられる塔の内の1基である。塔高;133.5センチ基礎正面幅;40.0 基礎奥行;40.5 基礎側面高;17.0基礎上面1段高;約.3基礎高;18.5 塔身幅;22.0   塔身奥行;21.0塔身高;31.0   基礎枘との噛合せ高;1.5笠下辺幅 [続きを読む]
  • 大人地蔵堂宝篋印塔群2 西臼杵郡日之影町
  • 桃山時代宮崎県西臼杵郡日の影町大字岩井川字大人小字西中 地蔵堂境内凝灰岩製 石塔群の2は、基礎、笠、相輪の組み合わせである。この内、基礎は、笠より幅が小さすぎるので、笠とは別物であることがわかる。そのため、基礎の測量は、行っていない。相輪は、笠と大きさが良く合っているように見受けられる。 基礎は、同所の宝篋印塔基礎との比較で、幅が小さい割に、他より比高が大きくなっており、他の宝篋印塔の中には、見合 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔10 庚申尊 自然石塔婆 宝暦十銘 大分県大分市
  • 大分社庚申塔10 庚申尊 自然石塔婆 宝暦十銘 大分県大分市1760.01.  宝暦十 一月日大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、2列目左(向かって右)から5番目。 縦長長方形の上部を不整三角に加工し、粗く整えた碑面一杯に銘を彫っている。         「宝暦十辰」(梵字)「ア」奉待上庚申尊供養塔    *3字目「上」は [続きを読む]
  • 大分社庚申塔9 青面金剛立像 舟形塔 明治廿二年銘 大分県大分市
  • 1889.03.15.  明治廿二年三月十五日  (大分県の青面金剛・庚申塔より)大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、2列目左(向かって右)から4番目。 舟形に整形し、六臂の青面金剛を厚肉彫する。萬延二年銘塔を手本にしているようである。 右手宝剣、左手ショケラ、右宝箭、三叉戟、右宝弓、宝輪。 像の足下、台状に彫り残して整 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔8 青面金剛立像 舟形塔 大分県大分市
  • 時代不詳大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、2列目左(向かって右)から3番目。 舟形に整形し、六臂の青面金剛を半肉彫に彫りだす。頭の上から割れた部材を接着して乗せてある。 右手宝剣、左手ショケラ、右宝箭、三叉戟、右宝弓、宝輪。頭上に彫刻が有るようだが判別できない。この位置だと蛇かもしれない。 像の足下、山形状に彫り残した [続きを読む]
  • 大分社庚申塔7 青面金剛立像 舟形塔 萬延二年銘 大分県大分市
  • 1861.  萬延二年(大分県の青面金剛・庚申塔より)大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、2列目左(向かって右)から2番目。 舟形に整形し、六臂の青面金剛を厚肉彫に彫りだす。胸に瓔珞を彫る。裳を朱色で彩色、手首にも腕釧を朱色で書き込んでいる。 右手宝剣、左手ショケラ、右宝箭、三叉戟、右宝弓、宝輪。 像の足下、台状に彫り残 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔6 青面金剛菩薩 駒形板碑 大分県大分市
  • 1849.11.  嘉永二年十一月大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、2列目左(向かって右)端。 山形を高く尖らせ、駒形に整形した板碑。碑面中央一杯に、碑面幅に合わせた縦長長方形の隅を2弧で角を落とした龕を平底に彫り込み、中に3行  「嘉永二己酉年」  「青面金剛菩薩」  「十一月」の刻字がある。 基部は、基礎石にセメン [続きを読む]
  • 大分社庚申塔5 猿田彦大神 自然石碑 大分県大分市
  • 1891.   明治廿四年大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、1列目右(向かって左)端の碑。 切出した頂部の尖った自然石を粗く整え、中央に「猿田彦大神」その左側に「明治廿四年」と彫る。 基部は、直接セメント基壇に埋め込まれている。2017.09.06.撮影撮影のみで調査はしていない。にほんブログ村 歴史ブログ [続きを読む]
  • 大分社庚申塔4 猿田彦大神 自然石碑 大分県大分市
  • 1924.08.   大正十三年八月大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、1列目左(向かって右)から4番目。  切出した自然石の上部を額状に残して、碑面を平らに整え、碑面一杯に、刻字だけで「猿田彦大神」その右側に紀年銘「大正十三年八月成」 隣の猿田彦大神像と全く同じ紀年銘の表現で、これによって、隣に並ぶ2体の厚肉彫の像が [続きを読む]
  • 大分社庚申塔3 猿田彦大神?立像 大正十三年銘 大分県大分市
  • 1924.08.   大正十三年八月大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、1列目左(向かって右)から3番目。 自然石の正面を整え、碑面一杯に、猿田彦大神と思われる立像を厚肉彫している。彫刻の仕上げはていねいである。碑頂部の一部は、少し割れ欠けており、元は舟形に近い形に整えられていたものか。像頭部の上際で割れたものをセメント [続きを読む]
  • 大分社庚申塔2 猿田彦大神?立像 大分県大分市
  • 時代不詳大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、1列目左(向かって右)から2番目。   自然石の正面を整え、碑面一杯に、猿田彦大神と思われる立像を厚肉彫している。基礎に造立者の交名があるが、元からのものか不明。庚申信仰によって造立されたものかは不明。隣に建つ大正十三年造立の像容彫刻と比べてそれより古いものと判断される。201 [続きを読む]
  • 大分社庚申塔1 寛政七年銘 南無青面金剛大士自然石塔婆 大分県大分市
  • 1795.03.01.  寛政七天三月一日大分県大分市大字羽田字宮田435―2凝灰岩製 大分社境内の神殿の左(向かって右)奥隅に集められている庚申塔群の内、1列目左端(向かって右端)。 自然石の正面を整え、銘を彫っている。          「田?十右衛門」          「濱?佐兵衛」  「寛政七乙卯天」 「田? 永 吉」          「濱?太兵衛」「南無青面金剛大士」          [続きを読む]
  • 長安寺 宝篋印塔 元禄十三年銘 豊後高田市
  • 1700.04.03  元録十三年四月三日大分県豊後高田市屋山 長安寺境内安山岩製  本堂脇の斜面を背にして、石垣の1段を作り、石塔が並べられている。その内、2基有る宝篋印塔の左側(向かって右)塔である。塔高;175.0センチ基壇二重高;44.5 基礎は、側面を少し低めにして、上に5段を造り出している。基礎側面は、3区に分けて輪郭を取り、中に更に方形枠を平底に彫り込んでいる。 塔身は、天正十二年銘 [続きを読む]
  • 長安寺 宝篋印塔 天正十二年銘 豊後高田市
  • 1584.03.12. 天正十二年三月十二日大分県豊後高田市大字加礼川635 長安寺 安山岩製  本堂脇の斜面を背にして、石垣の1段を作り、石塔が並べられている。その内、2基有る宝篋印塔の右側(向かって左)塔である。第一重基壇高;12.5センチ第二重基壇幅;75.5 第二重基壇高;21.5塔高;200.5基礎幅;58.0 基礎高;38.5塔身幅;31.5 塔身高;38.0笠軒幅;57.0 笠高;39. [続きを読む]
  • 長安寺 国東塔 豊後高田市
  • 鎌倉時代後期大分県豊後高田市大字加礼川635 長安寺 身濯(みそぎ)神社(旧六所宮)境内安山岩製第一重基壇幅;148.0 第一重基壇高;42.5第二重基壇幅;109.0 第二重基壇高;36.0基礎幅;82.5 基礎高;31.5反花座下部径;80.0 反花座高;25.0身部径;70.0 身部下部径;60.0 首部径;44.0 首部高;9.5 塔身高;68.0笠軒幅;86.0 笠上部幅;33.5 笠高; [続きを読む]
  • 千燈 庚申塔 青面金剛立像 自然石塔婆 宝永四年銘 大分県国東市
  • 1707.09.11.  宝永四年九月十一日大分県国東市国見町千燈 千燈石仏覆堂脇安山岩製塔高;約110センチ 千燈石仏の覆堂脇に有る。    自然石の正面外周を駒形に粗く整え、側面から背面は切り出しのままに残している。その外周に沿って、縦長の駒形龕を平底に深く彫り窪め、青面金剛立像を厚肉彫する。 青面金剛立像は、合掌手、右手蛇、三叉戟、左手羂索?金剛杵(経巻?)。下半身の幅は広いが、極端に短く、膝下の両足も [続きを読む]
  • 浄水寺跡 古碑 延暦九年銘 宇城市
  • 790.02.23  延暦九□二月廿三日熊本県宇城市豊野町下郷 寺村 浄水寺跡凝灰岩製碑高;134.0碑面基部幅;54.0 碑面高;130.5基部幅;62.0 基部厚;47.0 最大幅;67.0 最大厚;53.0 角柱状に粗く整えた一面を磨き、幅50.0高さ86.0の長方形枠内に立罫線で12枠を作る。2行から11行までは同じ幅で、1行目と12行目はそれより幅広に取っている。その枠内に長文の銘を彫る [続きを読む]
  • 浄水寺跡 南无如法妙法蓮華経塔 康平七年銘 宇城市
  • 1064.11.10  康平七年十一月十日熊本県宇城市豊野町下郷 寺村 浄水寺跡凝灰岩製 不整四角柱状。笠は新しい別物。上部に枘の造り出し加工が有るか不明。塔高;112.0センチ基部幅;38.0 最大幅;39.0最大奥行;42.0 銘が正面にある。      「願主道入」 「南无如法妙法蓮華経」  「康平七年十一月十日辛未」      「甲辰」1991.05.03調査この項未稿にほんブログ村 歴史ブ [続きを読む]