史郎 さん プロフィール

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史郎さん: 伊那の谷から古代が見える!
ハンドル名史郎 さん
ブログタイトル伊那の谷から古代が見える!
ブログURLhttp://utukusinom.exblog.jp/
サイト紹介文古代文字で書かれた 大御食(おおみけ)神社の古記録『美しの社社伝記』の秘密を解明しています。
自由文思兼尊・倭武尊・神代文字「アヒル草文字」の読み方・「壬申の乱」以降の信濃の変遷など、いろんな切り口から地方の古代史を読み解こうと、ぶらり旅に出ました。どこかでお会いしたら、お話をしましょう。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供38回 / 365日(平均0.7回/週) - 参加 2009/02/05 06:58

史郎 さんのブログ記事

  • 八華形之御鏡と、花禽双鸞八花鏡
  • 八華形之御鏡(やつはながたのみかがみ) と、花禽双鸞八花鏡(かきんそうらんはちかきょう) 阿智村 阿布知神社は、駒ヶ根市 大御食(おおみけ) 神社の本家筋に当たる。阿智村 阿布知神社の御鏡 花禽双鸞八花鏡は、和泉市久保惣記念美術館蔵の花禽双鸞八花鏡の踏み返しの鏡である。踏み返し技法とは、原型鏡の文様を写した鋳型を使い作る方法のことで、阿布知神社の鏡は、比較的原型に近く、地元伊... [続きを読む]
  • 霊宗道の神髄「日抱きの御魂鎮め」
  • 今話題の「あじまりかん」は「吾道(思兼尊) の円鏡(まるかかみ)」のことであり、霊宗道の物実(ものざね) です。霊宗道の神髄「日抱きの御魂鎮め」 霊宗道【鎮魂帰神法】の変遷飛騨地方に30以上あったという日抱宮には、最近まで「日抱きの御魂鎮め」が伝わっていたという。「日抱きの御魂鎮め」は、先祖の亡骸を埋めた傍に池を造りその池を囲んで心を静めた。一方、宮中には「祝(は... [続きを読む]
  • 現代に生きている「神代文字」
  • 荒神山神社滋賀県彦根市清崎町1931【御祭神】 火産霊神  ほむすびのかみ 奥津日子神 おきつひこのかみ 奥津比売神 おきつひめのかみ【お神札】  おきつひこのみこと ほきつひのおほかみ  おきつひめのみこと(奥津は、カマドの下の燃え残りをオキまたはオキ火ということから生れたと思われます) [続きを読む]
  • 日本書紀には、高皇産霊尊系列を葬ったことを記してある。
  • 日本書紀には、高皇産霊尊系列を葬ったことを巧妙に記してある。「第九段一書 大物主神を祀った始まり」高皇産靈尊因勅曰「吾、則起樹天津神籬及天津磐境、當爲吾孫奉齋矣。汝、天兒屋命・太玉命、宜持天津神籬、降於葦原中国、亦爲吾孫奉齋焉。」乃使二神、陪從天忍穗耳尊以降之。高皇産靈尊は命じた。「わたしは神が宿る『樹』の天津神籬(アマツヒモロキ) と神が宿る『岩』の天津磐境(アマツイワサカ... [続きを読む]
  • 「蘇民将来、来福之守」は、哀しい話し!
  • ★ 哀しい「蘇民将来、来福之守」の話し!古代大化改新以前の日本では、新羅系の蘇我と白山が主導権を握っていた。その蘇我(白山連合) 権力を倒したのが大化改新で、百済系の奈良王朝(中大兄皇子) と中国系の吉備王朝(藤原鎌足) が連合してのクーデターだ。律令体制はそのままで、六世紀頃には神奈川県の蘇我川畔に栄えていた蘇我(蘇民) らの末裔は全国に散らばった。哀しいことに列島... [続きを読む]
  • ホツマの姿が今に残る「諏訪」
  • ホツマの姿が今に残る「諏訪」!諏訪大社上社境外摂社に「御射山神社」がある。御祭神は、建御名方神・大己貴神・高志沼河姫神・ 国常立命古来、この辺は狩場であり、この地で行われる御狩の神事は全国的にも有名で、諏訪信仰の広める一因でもあった。ホツマツタヱにこうある。アマテル神は言った。スワの神(建御名方) が山深き国からやって来て願い出るのには、「信濃は大層寒... [続きを読む]
  • 神歌
  • かみうた(神歌)ドイツ人、ケンパーマンがローマ字表記したものです。 かみうた かみはゆく としきはとまね かねこなる ますみのかかみ おもかははりてや あ吾郷清彦 訳(読み違いがあるとしてます) カミウタ         (神歌) カミハユク        (神は行く) ヒキコハヒカヒ カヒヤフル (?) マスミノカカミ      (真澄の鑑) オモハ... [続きを読む]
  • ひふみ
  • 「ひふみ傳」の 始め 上古第二十代天皇:惶根王身光天津日嗣天日天皇(カシコネ オウミヒカル アマツヒツキ アメノスメラミコト)、詔(みことのり)して 四十七音文字 言歌を作らせ給う。ヒフミ伝の始めなり。  ( 竹内文献 より ) [続きを読む]