yzal-jule さん プロフィール

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yzal-juleさん: 兵どもが、夢のあと・・・
ハンドル名yzal-jule さん
ブログタイトル兵どもが、夢のあと・・・
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/th0828jp
サイト紹介文素人ながらの私見を交えて史跡(特に城・城跡)を訪問しています。
自由文そのほか、野球で監督兼選手として革命を起こしたいと思っています
そして、その疲れを癒すがごとく、南国の水中を彷徨う・・・
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供47回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2009/02/22 10:37

yzal-jule さんのブログ記事

  • 50.水郡線 郡山〜水戸
  • 2018年の夏の陣第1陣は7月15日、磐城平城跡攻略と周辺ローカル線。『ひたち』でいわき、いわき駅前物件一本勝負の磐城平城跡のあとは磐越東線で郡山、郡山から水戸へ水郡線を。別名・奥久慈清流ライン。非電化で水戸 - 安積永盛間 137.5kmを結ぶ。安積永盛までであるが、運行は全て郡山まで運航。ローカル線とはいえ水戸発着ということもあり車両も新しく、2007年デビューと新しいキハE130系が基本的な運行。待ちの間に『 [続きを読む]
  • 49.磐越東線 いわき〜郡山
  • 2018年の夏の陣第1陣は7月15日、磐城平城跡攻略と周辺ローカル線。『ひたち』でいわき、いわき駅前物件一本勝負の磐城平城跡のあとは磐越東線。別名・ゆうゆうあぶくまライン非電化でいわき - 郡山 85.6kmを結ぶ。キハ110系が基本的な運行。線形もよくそこそこの高速運転で列車交換も比較的スムーズでほぼ1,2分で列車交換。いわきで待機中のキハ110系。入線。2+1の配置。川前。小野新町。神俣で列車交換。山と川の原風景。三 [続きを読む]
  • 343.磐城平城跡 〜 鳥居元忠、伏見城忠死の功
  • 2018年の夏の陣第1陣は7月15日、磐城平城跡攻略と周辺ローカル線。いわき駅前物件一本勝負の磐城平城跡。磐城は福島県いわき市平にあった平山城、別名・龍ヶ城。1602年、関ケ原の前哨戦・伏見城で討死した徳川幕府譜代の鳥居元忠、その嫡男・鳥居忠政が父の戦功でここ飯野平を拝領。名を戦国時代までの「飯野平」から、岩城の「いわ」の字を変更して「磐城平」に改め、磐城平藩を樹立し、飯野八幡宮を移転させその跡地に磐城平 [続きを読む]
  • 48.常磐線特急『ひたち』
  • 2018年の夏の陣第1陣は7月15日、磐城平城跡攻略と周辺ローカル線。いわきに乗り込むにあたり、常磐線特急『ひたち』にて。かつては上野発だったが、東京-上野ラインが繋がり、上りは全て品川着、下りも上野発は2本。行先も長いものは仙台まで運航していたが、震災の影響もあり現在はいわきまで。ちなみにかつて『スーパーひたち』だった列車が『ひたち』、停車型の『ひたち』が『ときわ』として運行。現在の車両は全てE657系 [続きを読む]
  • 46.お召し列車E655系「なごみ(和)」
  • 2018年は6月16日、に変わった列車に乗車。近畿日本ツーリスト主催のお召し列車『E655系「なごみ(和)」』にて日光へ。さらに東武鉄道で鬼怒川温泉に運行している『SL大樹』とパックになったツアー。ただし、SLは故障につき運休。。。ディーゼル機関車運用の『DL大樹』に変更、とりあえず鬼怒川温泉にはつかりに。2007年(平成19年)に登場したJR東日本のE653系をベースにした交直流特急形電車、6両編成1本で3号車と4号車の間が [続きを読む]
  • 342.羽衣石城跡 〜 関ヶ原以前の東伯要衝
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。三朝温泉で過ごした後の最終日は帰る前に羽衣石城跡。因幡は鳥取県東伯郡湯梨浜町にあった山城。羽衣石川上流にある標高372mの羽衣石山にあり、山陰道と東郷池に臨む東伯耆の要衝にある。永禄から天正の年間にかけてこの地を治めていた南条氏の本拠地で、伯耆の支配権を巡り尼子氏や毛利氏が激しい攻防を繰り返した。慶長5年(1600年 [続きを読む]
  • 15.三徳山三佛寺・投入堂 〜 世界一危険な国宝
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。いよいよメインの世界一危険な国宝、三徳山三佛寺・投入堂の登頂を目指す。。鳥取県三朝町にある三徳山三仏寺の奥院。三徳山は修験道の開祖と言われる役小角が慶雲3年(706年)に開山し、嘉祥2年(849年)に円仁が三仏を安置して三仏寺と号したとされる。役行者が麓でお堂を作り、法力でその堂を手のひらに乗るほどに小さくし、大きな [続きを読む]
  • 341.丸山城跡(河原城) 〜 秀吉の第一次鳥取城攻め時に陣が置かれた
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。今回は世界一危険な国宝、三徳山三佛寺の投入堂登頂を目指す。前日の皆生温泉では地酒と温泉を堪能し、明けて3日目の2番目に丸山城跡(河原城)へ。因幡は鳥取県鳥取市河原町谷一木にあった平山城。武田高信の大振袖山城の砦として千代川を見下ろす要衝の小丘に建てられるが、正確な建造年代は不明。1580年(天正8年)、羽柴秀吉が鳥取 [続きを読む]
  • 340.鹿野城跡 〜 鳥取攻略後、亀井茲矩の居城で整備
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。今回は世界一危険な国宝、三徳山三佛寺の投入堂登頂を目指す。前日の皆生温泉では地酒と温泉を堪能し、明けて3日目の最初は鹿野城跡へ。因幡は鳥取県鳥取市鹿野町鹿野にあった平山城、別名・王舎城、志加奴城、鹿奴城。城の創建年代は不明だが、因幡の国人領主・志加奴氏(鹿野氏)が居住していたと伝わる。その鹿野氏は1544年(天文13 [続きを読む]
  • 45.木次線『奥出雲おろち号』(2)  備後落合〜木次(〜宍道〜米子)
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。今回は世界一危険な国宝、三徳山三佛寺の投入堂登頂を目指す。初日は姫新線経由でゆっくりと松江に入りしんじ湖温泉にて、明けて30日は木次線の名物『奥出雲おろち号』の戻り。備後落合も芸備線制圧の昨年3月の1年ぶり。が、20分で出るのであまりゆっくりもできず。。複数の線路が交わる駅であるが、山中の秘境駅、これが最後な [続きを読む]
  • 45.木次線『奥出雲おろち号』(1)  宍道〜木次〜備後落合
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。今回は世界一危険な国宝、三徳山三佛寺の投入堂登頂を目指す。初日は姫新線経由でゆっくりと松江に入りしんじ湖温泉にて、明けて30日は木次線の名物『奥出雲おろち号』。芸備線と接続する陰陽連絡線の一つ、島根の宍道から広島の備後落合まで81.9 km。かつては広島・松江へ直通する急行「ちどり」などの優等列車の運行もあったが [続きを読む]
  • 44.姫新線 姫路〜播磨新宮〜佐用〜津山〜新見
  • 2018年GWは春の陣第2陣、またしても山陰に4月29日から5月2日まで伯耆を中心に出雲と因幡も。今回は世界一危険な国宝、三徳山三佛寺の投入堂登頂を目指す。前半はローカル線攻略、まずは強引に『姫新線』。陰陽連絡線の一つでかつては急行の運行もあったが、智頭急行線開通と急行廃止により優等列車の運行はなく、直通もない。姫路からは播磨新宮、佐用、津山、中国勝山で運行を切るパターンが多い。都合4時間半強で158.1 km [続きを読む]
  • 43.智頭急行特急『スーパーはくと』
  • 新年に飽き足らず城崎温泉に再訪、3月21-23日の二泊三日で滞在。城崎温泉での湯治でそのまま帰るのもなんなので趣向を変えて反対方向へ。鳥取から『スーパーはくと』。かつて鳥取へは山陰本線からのアプローチだったが、1994年に上郡-智頭間の短絡線、痴愚急行線が開通し、こちらの路線がメインになる。開通当初はキハ181系の『はくと』も運行されていたが、現在は智頭急行の車両HOT7000系に一本化されすべてが『スーパーはく [続きを読む]
  • 339.鳥取城跡(2) 〜 池田氏の江戸期は山麓が中心
  • 2018年の最初に。城崎温泉での湯治でそのまま帰るのもなんなので趣向を変えて反対方向へ。『スーパーはくと』を2時間遅らせて鳥取城跡へ。因幡は鳥取県鳥取市にあった戦国期は山城、江戸期は平山城、別名・久松城 久松山城。秀吉攻略後は宮部継潤が城代として入り、九州征伐の功で正式に与えられる。関ヶ原時には宮部長房に代替わり西軍に属すも東軍の亀井茲矩らに攻められ開城。関ヶ原後は池田長吉が6万石で入り、池田氏によって [続きを読む]
  • 339.鳥取城跡(1) 〜 秀吉の鳥取の飢え殺し
  • 2018年の最初に。城崎温泉での湯治でそのまま帰るのもなんなので趣向を変えて反対方向へ。『スーパーはくと』を2時間遅らせて鳥取城跡へ。因幡は鳥取県鳥取市にあった戦国期は山城、江戸期は平山城、別名・久松城 久松山城。天文年間に但馬山名氏(山名祐豊)の付城として築城、城主が確認されるのは元亀年間の武田高信から。守護家より力を持つようになり、安芸の毛利氏と誼を通じるようになる。が、山中幸盛ら尼子残党と結んだ [続きを読む]
  • 42.山陰本線・豊岡〜鳥取 
  • 新年に飽き足らず城崎温泉に再訪、3月21-23日の二泊三日で滞在。豊岡までは『はしだて』、ここから城崎温泉・鳥取へはあえて『山陰本線各駅停車の旅』。豊岡にて。ここで運行が切り替わり、ローカルの電車はここまで、下りは城崎温泉まで電化はされているがディーゼル運行。キハ47.待っていると上りの『はまかぜ』が。先ほど通った京都丹後鉄道とお別れ。城崎温泉に到着。さて城崎温泉で2日過ごし、23日鳥取経由で帰路に着く [続きを読む]
  • 41.山陰本線・京都丹後鉄道特急『はしだて』 
  • 新年に飽き足らず城崎温泉に再訪、3月21-23日の二泊三日で滞在。京都から山陰本線経由、福知山から京都丹後鉄道・宮福線で宮津を経由し、宮津でスイッチバックし宮豊線で天橋立・豊岡を結ぶ『はしだて』。天橋立行きは287系電車、すなわち天橋立までは電化されている。天橋立以遠は非電化となり、KTR8000形気動車にて運行。ちなみにKTR8000形気動車は電化区間中の宮津行きにも運行。基本的に全運行、東舞鶴駅発着の特急「まい [続きを読む]
  • 10.近畿日本鉄道(3)
  • 2018年、城崎温泉に行きたくなり、1月5,6日で山陰へ。久々に乗りたくなった『近鉄特急』で大阪から名古屋へ。大阪から鶴橋へ大阪環状線で移動し、鶴橋から近鉄名古屋まで。鶴橋は大阪線と奈良線が分岐する要衝、色々と撮影。いわゆる標準的特急車両。ビスタカー。上りのアーバンライナー。阪神車両も今は奈良方面へ乗り入れ。乗車車両の到着。近鉄名古屋到着。城崎温泉、やっぱいいので3月にまた来ます。次は別のルート、遠回 [続きを読む]
  • 40.福知山線・山陰本線特急『こうのとり』(1) 
  • 2018年、城崎温泉に行きたくなり、1月5,6日で山陰へ。新大阪から福知山線経由で城崎温泉・福知山を結ぶ『こうのとり』。前身は非電化時代『まつかぜ』、電化後は『北近畿』。今回は城崎温泉から終点・新大阪の一つ手前・大阪まで。北近畿ビッグXネットワークはJR西日本と京都丹後鉄道による近畿地方北部の特急ネットワーク。きのさき、こうのとり、まいづる、はしだて、はまかぜがそれらの特急。明けて1月6日の大谿川、最後に [続きを読む]
  • 39.山陰本線特急『きのさき』(1) 
  • 2018年、城崎温泉に行きたくなり、1月5,6日で山陰へ。京都-城崎温泉・福知山を結ぶ『きのさき』。前身は非電化時代『あさしお』、電化後は『たんば』。ほぼ5年ぶり、前回は福知山で『こうのとり』乗り換え、今回は城崎温泉まで直通。北近畿ビッグXネットワークはJR西日本と京都丹後鉄道による近畿地方北部の特急ネットワーク。きのさき、こうのとり、まいづる、はしだて、はまかぜがそれらの特急。今回行きは京都から直接、帰り [続きを読む]
  • 338.佐賀城跡 〜 元は龍造寺家居城から鍋島家の本拠へ
  • 2017年秋の陣は11月23日から26日にかけて筑前肥前攻略。メインターゲットは福岡、立花、岩屋、唐津、名護屋といったところ。新幹線で博多に入り、レンタカーで放浪。嬉野温泉でヌルヌルになり、明けて四日目最終日は佐賀城跡一本で博多に戻る。肥前は佐賀県佐賀市にあった平城、古くは佐嘉城と記載、別名・栄城、沈み城、亀甲城。佐賀城の築城は鍋島直茂の築城であるが、龍造寺氏が居城としていた村中城を改修・拡張したと。沖田畷 [続きを読む]
  • 337.名護屋城跡(2) 〜 その破城はすさましく
  • 2017年秋の陣は11月23日から26日にかけて筑前肥前攻略。メインターゲットは福岡、立花、岩屋、唐津、名護屋といったところ。新幹線で博多に入り、レンタカーで放浪。隠れ湯・古湯温泉で過ごし、三日目の3番目最後は名護屋城跡。秀吉の死後、大陸進攻が中止されたために城は廃城、建物は寺沢広高によって唐津城に移築されたと伝わる。おそらくその時点で破城が行われたと想像されるが、江戸時代、特に島原の乱の後に本格的に破城が [続きを読む]
  • 337.名護屋城跡(1) 〜 太閤が大陸進出への橋頭堡
  • 2017年秋の陣は11月23日から26日にかけて筑前肥前攻略。メインターゲットは福岡、立花、岩屋、唐津、名護屋といったところ。新幹線で博多に入り、レンタカーで放浪。隠れ湯・古湯温泉で過ごし、三日目の3番目最後は名護屋城跡。肥前は佐賀県佐賀県唐津市鎮西町名護屋にあった平山城。天下普請で豊臣秀吉の文禄・慶長の役に際し築かれた。名護屋は海岸線沿いに細長く広がる松浦郡の北東部の小さな湾内に位置し、中世は松浦党の交易 [続きを読む]
  • 336.唐津城跡 〜 関ケ原後、肥前支配の拠点
  • 2017年秋の陣は11月23日から26日にかけて筑前肥前攻略。メインターゲットは福岡、立花、岩屋、唐津、名護屋といったところ。新幹線で博多に入り、レンタカーで放浪。隠れ湯・古湯温泉で過ごし、三日目の2番目は唐津城跡。肥前は佐賀県唐津市東城内にあった平山城、別名・舞鶴城。関ヶ原後の慶長7年(1602年)から慶長13年(1608年)にかけて寺沢広高により築城、江戸時代を通じて唐津藩の藩庁となった。築城に際し、東唐津側と地続きで [続きを読む]