jc_brother さん プロフィール

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jc_brotherさん: 生活の中の聖書
ハンドル名jc_brother さん
ブログタイトル生活の中の聖書
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/jc_brother
サイト紹介文聖書から見る日々の生活
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供198回 / 365日(平均3.8回/週) - 参加 2009/02/24 10:17

jc_brother さんのブログ記事

  • 「目を覚ましていなさい」
  •  イエスがゲッセマネで最後の祈りをしていた時、三人の弟子たち ペテロ、ヨハネ、ヤコブは三度も「目を覚ましていなさい」 と言われたのに、眠りこけてしまった。 そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり 死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさま していなさい。それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏し て祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわた しか [続きを読む]
  • 「選び任命したキリストのために働く」
  •  いま、華やかな大臣の座が、みじめな陰りの座となっている。 申し訳ないのだが、当選を重ねただけの人物が登用され、 言い間違いはするは、質問に迷答で返すなどなど、評判悪し。 混迷大臣は「私は選んでくれた人のために働く。」と言った。 政府の大臣は特定の人のために働くのではなく、 政治家は国民のために奉仕することとされている。 さて、聖書はなんと言っているのか。 私たちもまた「私は選んでくれた人のために [続きを読む]
  • 「罪の赦しの完了宣言」
  •  私たちの最期のことばは、どのようなものなのだろう。 殆どの人は何かを成し遂げようとするが、 あれが出来なくて残念だ。と最期を迎えることが多いのだろう。 もしかして、これは信仰者も同じかもしれないな、思う。 ところがその最期の時に、不思議なことを言った人物がいる。 それがイエスであった。 イエスは、酸いぶどう酒を受けられると『完了した。 』と言わ  れた。ヨハネ19:30 イエスの十字架の死は、何を成し [続きを読む]
  • 「いまはある者」
  •  神はモーセにご自身の名前をこのように言われた。 「わたしは、『わたしはある。』という者である。」 出エジプト3:14 神は永遠の初めからおられるお方、初めであり、終わりである方。 イエスもまた、何度も何度も「わたしはある」と言われた。 そして私たちにこう言われる。 「あなたがたはない者だ」と。 自分で好き勝手に生きていた者だったから。 神から離れていることは、自分を見失うことなのだ。 しかしいまは [続きを読む]
  • 「Stay hungry, stay foolish」
  •  Appleが新製品を出して、話題となっている。 私もリンゴ党のひとりなので、気になる。 スタンフォード大学の卒業式でしたジョブズのスピーチ。 エリートに向かって言う。 「満腹するな。まだ先がある。」 「賢いと思うな。知らないことがまだ多い。」 前途多難ではあるけれど、現状に満足せず、 モチベーションを高めて進め、ということだろう。 聖書はこう言っている。 わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがた [続きを読む]
  • 「面従腹背ではなく」
  •  私たちは日常でも指示を聞きながら、無視をすることが多い。 夫が妻に、親が子に、教師が生徒に、上司が部下に、信号に、 監督が選手に、国民が政治家に、天気予報に、などなど。  イエスは主であると言いながら、言われたことに忠実ではなく、 を無視している人々にこのように話された。 なぜ、わたしを『主よ、主よ。』と叫びながら、わたしの言うこ とを行わないのですか。わたしのもとに来て、わたしのことばを 聞き [続きを読む]
  • 「あなたは礼拝に何を着ていくの」
  •  私たちは毎週の礼拝に、どのような服装で行くのだろうか。 ある人は、神の御前に出るので、正装する。 ある人は、復活を祝う日なので、少し明るくする。 またある人は、ありのままの姿で行く。 少し派手目のもので行くこともある。 などなど、いろいろとおありでしょう。 でも、どんなに着飾ったとしても、スッピンでも、 忘れちゃいけないことがある。 それは、キリストを着ること。 もちろん、礼拝だけではなくて、普 [続きを読む]
  • 「未来の時を見据えて」
  •  イエスは私たちに向かって、いつでも未来への希望を語られた。 罪に生き続けることなく、邪悪な過去から立ち返り、 神の姿に似せて作られた本来の姿に生きよ、 希望の未来に生きよ、といまも呼びかけている。 その未来を与えるためにわたしはこの世に来たのだと。 そうなのだ。その新しい世に向かって生きる者とされた。 パウロも過去・現在・未来を思い巡らしていた。 けれども、決して過去を懐かしむことはなかった。  [続きを読む]
  • 「パウロってどんな人だったのか」
  •  こころも燃えても、からだは弱い。 そんな状態が結構出てくるように、なってきた。 素直な人。正義感の強い人。一途な人。神を愛した人。 同胞を愛した人。それらはとても大切なこと。 ただ以前のパウロの視点が違っていた。 けれども、パウロはそれを神の視点に立つ者とされた。 復活のイエスが出会ってくれて、方向転換をする者となった。 イエスに降参し、本物に生きることの喜びを持った。 パウロは過去・現在・未来 [続きを読む]
  • 「神のみわざを賛美する」
  • 今年の夏は暑かったからか、ハエや蚊に刺されることもない、蚊取り線香の使用も、今のところ不必要だ。けれどもこんなに小さな虫にも必要な器官がある。目があり、手足があり、心臓があり、肺がある。脳があり、いつでも高速で飛び立てる羽がある。誰が造られたのか、そしてそのシステムも、と思うことがある。もちろん、虫だけではない。すべてに作者がいることを。それが天地万物を創造された真の神のみわざである。神は「地は、 [続きを読む]
  • 「絶望から目を移せ」
  •  私たちは自分のこころが弱り果てていることを知って、 「どうしてうなだれているのか。」と苦言を言う。 私たちは八方塞がりだと思う時、絶望的になる。 いつまでこの状況は続くのか、と。 私たちは困難の中に置かれると、問題ばかりに目が向いてしまう、 自分は神から見捨てられて、すべてが絶望となってしまう。 キリスト者であっても、叫びざるを得ない時がある。 私たちもそんな経験を日々の生活で味わっていることだ [続きを読む]
  • 「イエスにドタキャンはない」
  •  ジュリーこと沢田研二のドタキャンが話題となっている。 昔、タイガースと関係があった者として、 いつまで過去の栄光に囚われているのだろうか、と思う。 たとえ業者間とのトラブルであっても、表に出すものではない。 自分たちと業者間の契約関係であって、 観客との契約関係には無関係なのだから。 後になって、謝罪し、払い戻しをすれば良しと言うものではない。 理由は観客9000人とされていたが7000人だったからだと [続きを読む]
  • 「私の時は、御手の中に」
  •  私たちはいつも時間の中でもがいている。 それでついセカセカ、オタオタ動き回っている。 ましてや今の時代、忙しく、早い成果を見たがっている。 願い事もすぐに叶えてもらいたいとする。 私たちは自分のことは自分で、という思いがある。 それにあなたの人生はあなたが切り開くもの、と言われる。 私たちは生活の中で、仕事な中でいろいろと予定を作る。 それは自分を中心とするこころがあるからだが、 そうはいっても [続きを読む]
  • 「裸の王様になるな」
  •  組織の指導的立場にある人々のことが、取り沙汰されている。 政治の世界に、特にいまはスポーツの世界に。 アンデルセンの童話「裸の王様」がある。 取り巻きにちやほやされて舞い上がった王様。 実態がないのに、すばらしい衣服だと言われ着た気になって、 恥をかいたしくじり話である。 このように裸の王様とされると、周囲が見えなくなってくる。 一国の主としての責任より、自分のプライドを保つことに向かう。 周辺 [続きを読む]
  • 「安心しよう、病は過ぎ去る時が来る」
  •  何でこの病気になったのだろうか、何が原因だったのだろうか、 そんな話題をよく聞こことがある。 病気になるといろいろ原因探しに向かうこととなる。 飲み過ぎ、大食い、運動不足、睡眠不足、働きすぎ、ストレス、 喫煙、酒の飲み過ぎ、などなどの組み合わせにあるのかも。 それでそれらに対処する薬を次々と開発する。 最近ノーベル賞で話題となっている免疫療法もその一つ。 異物を攻撃する私たちに備わっている免疫シ [続きを読む]
  • 「みことばは励まし、支えてる」
  •  すべてはことばで創造されたことから始まって、 聖書は語る神のみことばに溢れている。 みことばに応答した人間の姿が多くの事例が書かれている。 初めの人アダムとエバは、神のみことばを無視して罪を犯した。 息子のカインもまた、神の忠告を無視して殺人を犯した。 出エジプトしたイスラエルの民も、聞かず、愚痴った。 そしてイスラエルの多くの王は、自分に聞き、大失敗した。 新約に入ってパリサイ人、律法学者たち [続きを読む]
  • 「赦し、赦されの中で生きる」
  •  私たちは事あるごとに「何をしやがる。何を言いやがる」 と相手に怒りを覚え、いつまでも根に持つ者。 人の悪を赦すことはとても大変なこと、難しいこと。  神もそのことを知っている。 そのためにはイエスを十字架に釘付けしなければならないほどに。 私たちのすべての罪の罰を受けるために、 身代わりとなって十字架に罪の報酬である死を受けてくださった。 そのとき、イエスはこう言われた。「父よ。彼らをお赦しくだ [続きを読む]
  • 「来て、見なさい」
  •  世の人々は社会のシステムに、人間関係に疲れている。 そして何に頼ればいいのか、何を生き甲斐にすればいいのか、 と生きることに疲れている。 そんな人々にイエスは「わたしについてきなさい」と言われる。 またこのようにも言われた。 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来 なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 マタイ11:28 だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさ [続きを読む]
  • 「イエスの想いを学び、ことを行う」
  •  群衆はイエスのしるしを見て「ワオ!何てことだ」と驚く。 そしてまた、次のしるしを求めてイエスのいるところを探す。 イエスがどのようなお方であるのかより、 どのようなしるしを見せてくれるのかにしか、関心がなかった。 弟子たちもまた、この方はいったいどういう方なのだろうと。 そこで、イエスはパンを取り、感謝をささげてから、すわってい る人々に分けてやられた。また、小さい魚も同じようにして、彼 らにほ [続きを読む]
  • 「神のことばに生きよ」
  •  聖書は66巻が収められていて、力強い宣言で始まる。 初めに、神は天地を創造された。創世記1:1 初めにとあるが、まだ何もない混沌としていた時を現している。 この世界のすべては神のご計画であり、みわざであることを記す。 神は創造主であり、永遠に生きておられるお方ゆえに。 その神がご自身の発したことばをもって、天地万物を造られた。 それだけではなく、私たちもまた神に創造された者でもある。 そして神はそれ [続きを読む]
  • 「好きだという愛で愛す」
  •  あなたはどのようにイエスを愛していますか。 彼らが食事を済ませたとき、イエスはシモン・ペテロに言われた。 「ヨハネの子シモン。あなたは、この人たち以上に、わたしを愛 しますか。」ヨハネ21:15  とイエスは三度、神の愛で愛するかとペテロに言われた。 それに対して、ペテロはこう答えた。 「主よ。あなたはいっさいのことをご存じです。あなたは、私が あなたを愛することを知っておいでになります。」21:17   [続きを読む]
  • 「十字架のことばは神の力」
  •  世の中には多くのランキングがある。 政治家、政治団体の支持率、視聴率、売り上げランキング、 ベストセラーや漫画の売上率、タレントの人気度、住みやすさ、 また、発言に対する各コメント、などなど。 物事には必ず賛否両論が、YES or NOがあるということ。 それに加えて、よく理解できないから保留ということもある。 同じことばを聞いても反応がまったく違うことが起こる。 それぞれに感じ方が、捉え方が違うという [続きを読む]
  • 「自分を喜ばせるのではなく」
  •  「赦されたのだから、あれもこれもしていこう。」 といえる人にパウロは言う。 「でも、まだ躊躇する人にも気を配ろうよ。」と 「人を軽蔑してはいけないし、裁いてもいけない。」と。 私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。 自分を喜ばせるべきではありません。私たちはひとりひとり、隣 人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはな [続きを読む]
  • 「嵐が吹くことがある」
  •  強大な台風24号が過ぎ去った。 本当に自然現象には立ち向かうことができないことを、 毎回のように見せられる。 このように自然現象に混乱、困惑させられることが起こる。 私たちに起こる苦難は何も自然現象だけではない。 人生にはこのようなに、予想もしないことが起こるものだ。 キリスト・イエスにつながっていても例外ではない。 けれどもどのような状況の中であっても、信仰に生きる。 イエスがともにいることを信 [続きを読む]
  • 「神の御住まいとされる」
  •  私たちの間には残念ながら様々な隔ての壁がある。 キリストはそんな隔ての壁を十字架で打ち壊してくれた。 キリストの声に聞き従う時、一つの群れとなる。 神の家族の一員になる。それはキリストにあって。 教会はキリストを中心として結び合わされた群れなのだと。 あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キ リスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合 わされた建物の全体が成長し [続きを読む]