sanvongi さん プロフィール

  •  
sanvongiさん: 青森里山案内人
ハンドル名sanvongi さん
ブログタイトル青森里山案内人
ブログURLhttp://sanvongi.exblog.jp
サイト紹介文青森県の里山を道草しながらご案内します。
自由文 四季折々の里山と海辺の集落 人々の暮らし 以前は、ただ通り過ぎていたその光景のひとつひとつに深い魅力を感じるようになりました。
私の住んでいる十和田市周辺そして青森県の里山を道草しながらご案内します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2009/03/13 14:02

sanvongi さんのブログ記事

  • 青森県十和田市  村境の土手
  • 南部藩政時代に築かれた村境の土手・・手前が三本木村、向こう側が洞内村。この土手は1665年(寛文5)に作成された寛文三本木村絵図に登場する村の西北の境である。土手の長さは286m・・現在も原型をとどめている。ここから少し離れたポイントに同じく藩政時代に三本木で初めて田植えした初田と呼ばれる水田がある。三本木側・・ほとんど薮となっている。 [続きを読む]
  • 青森県十和田市  初田
  • 藩政時代に三本木で初めて田植えした初田と呼ばれる水田。残念ながら現在は休耕田となっている。ここから洞内方面へと水田が広がっていった。水田を拓くには水が必須であるが、この周辺にも小川と湧き水がある。新渡戸伝の開拓以前にも三本木村にはこのような小規模な水田がいくつもあった。 [続きを読む]
  • 青森県十和田市   大門  開拓の一翼を担った罪人たち
  • 親子が遊ぶ平和な光景・・公園の名は大門。結婚式場グランドホールの隣にある公園である。ここはかつて三本木開拓に従事した罪人たちを収容していた小屋の跡である。稲生川の上水工事が成功した後、藩は開発人夫として罪人を三本木に送り込んだ。罪人を収容する小屋は塀で囲まれ、一角に設けられた大きな門が唯一の出入り口となっていた。それにちなんで、この門が立てられたあたりは大門と呼ばれていた... [続きを読む]
  • 青森県十和田市 千歳森(せんざいもり)稲荷大明神
  • ここは稲生町の三本木稲荷神社の元宮である。稲生川上水工事は当初の想像をはるかに超える難工事となった。困り果てた新渡戸伝は千歳森にお参りをした。すると、「狐の足跡を掘りなさい」という稲荷様のお告げがあった。伝はお告げの通りに掘って上水工事は成功した、と伝えられている。1865年(慶応元)、神社に奉納する御神輿を京都から野辺地まで船で運び、野辺地から七戸まで牛で、七戸から元町... [続きを読む]
  • 神々の半島「下北」   vol.1  尻屋崎
  • 神々の半島「下北」 vol.1 尻屋崎下北半島には明治時代までアイヌが住んでいた。当時の集落の地図にはアイヌの住居を示す印がつけられている。幼少の頃、その家に近づいてはならない、と言い聞かされた古老たちもいた。尻屋崎は縄文時代の物見台遺跡をはじめ、旧石器時代から近世までの遺跡が散在している。むつ市から尻屋崎に向かう途中の集落、岩屋の洞穴からアイヌと見られる骨も見つかってい... [続きを読む]
  • 青森県十和田市   町内花見  2016.4.24
  • 防風林の掃除が終わって午後からは町内会館で花見。青空の下、桜は真っ盛り。婦人部の方々の手料理・・おでん、麦餅、漬け物、採ってきたばかりのコゴミ等々。宴が続く中、踊りも登場して最高の花見となりました。昔は、宴会、花見、祭りには踊りがつきものだった。誰とはなしに踊り始め、輪ができていた。テレビやゲームがなかったころは、大人も子供も集うことがレクレーションであり、娯楽だった。... [続きを読む]
  • 青森県十和田市   防風林  2016.4.24
  • 24日は午前中は町内の清掃・・場所は防風林三本木原は十和田火山の灰のため昔から樹木があまり生えず、冬季には強風が吹き荒れ、行き倒れする旅人もいた。文政年間(1818〜1830)、盛岡藩では奥州街道沿いを中心に防風林の植え立てを行った。十和田近辺では法量、深持、三本木、洞内、馬洗場、大沢田、八斗沢、立崎、新館、大浦、上野、二ツ森、作田、野崎、花松、中岫、天間館、榎林、甲地の... [続きを読む]
  • 青森県上北郡六戸町     春爛漫・・
  • 24日は午前中は町内の清掃・・場所は防風林三本木原は十和田火山の灰のため昔から樹木があまり生えず、冬季には強風が吹き荒れ、行き倒れする旅人もいた。文政年間(1818〜1830)、盛岡藩では奥州街道沿いを中心に防風林の植え立てを行った。十和田近辺では法量、深持、三本木、洞内、馬洗場、大沢田、八斗沢、立崎、新館、大浦、上野、二ツ森、作田、野崎、花松、中岫、天間館、榎林、甲地の... [続きを読む]
  • 青森県十和田市 
  • 青森県十和田市  後藤川上流を開田した領主の家・・この母屋、小屋もすべて消えてしまった。幸いに、取り壊される寸前に撮影することができた。古文書も多数あるが、写真は文字より雄弁だ。写真で記録されたことで、この家の歴史は語り継がれる。 [続きを読む]
  • 青森県上北郡六戸町
  • 十和田市〜三沢市への県道10号線沿いの県産業技術センター(旧農業試験場)近辺の農家(2代目)。家のすぐ前に水が湧き、それが沢となり、金矢〜姉沼へと流れ込んでいた。かつてはイワナも棲んでいたそうだ(姉沼へ流れ込む沢には今もイワナがいるようだ)。1974年(昭和50)に小松ヶ丘ニュータウンの造成工事が開始された。その際に、ここも埋めてあげます・・という、話がもちあがりいつのまにか... [続きを読む]
  • 「rakra」に掲載されました
  • 大人のための北東北エリアマガジン「rakra」拙写真集「我が愛しの十鉄」が紹介されました。DVD版(写真260点、35分)も発売中です。DVD版をご希望の方はメッセージ等でお申し込みを・・送料当方負担で発送いたします。 [続きを読む]
  • 青森県三戸郡南部町
  • 農道脇の名もないイチョウ・・雌のイチョウの巨木は非常に珍しい。推定樹齢300年程度か。何度も書いてきたが、イチョウには不思議が詰まっている。太古の昔には世界中で繁栄していたが、新生代に入ると生育地が狭まり、中国のみに生き残った。 [続きを読む]
  • 青森県三戸郡南部町
  • ここは追分かな・・十和田山と刻まれた石があった。石の裏に元治(がんじ)元年とある。1864年(元治元年)には多くの事件が起きている・・これから日本の革命とも言える明治維新に向かっていく◯高杉晋作、野山獄入牢◯勝海舟、幕府の軍艦奉行となる◯新撰組、旅館池田屋を襲う◯佐久間象山、刺殺される(佐久間の門下生は吉田松陰、坂本龍馬、勝海舟等)◯蛤御門の変(長州藩が京都に... [続きを読む]
  • 青森県三戸郡五戸町
  • 父親が戦死し、家計を助けるために中学を出て懸命に働き、身一つで牧場を開いたというオーナー・・初めて会ったのに、競走馬売買のイロハを教えてくれた。牧場の経営はどこも厳しいと聞いてるけど、何事にも動じない強さ・・きっと修羅場をくぐり抜けてきたんだろう。 [続きを読む]
  • 青森県三戸郡五戸町
  • 洗濯機の風呂水吸い取りポンプが壊れたため、残り湯を毎日バケツで洗濯機へ・・せいぜい5、6杯なのでどうということはないが、こんな作業は普段なかなかすることがない。こんなとき、ふと昔の暮らしに思いを馳せる。井戸のない家は、生活用水すべてを共用の井戸や湧き水のある所まで行って運ばなければなかった。天秤棒の両端に吊るした桶は相当重いものだった。傾斜地では冬は危険な目にも遭ったようだ。... [続きを読む]
  • 青森県三沢市古間木 旧石岡商店
  • 駅前の旧石岡商店の倉庫は六棟あったが、五棟が消えてしまった。蔵を解体した時、太い梁の隙間から60cmの板が出てきた。表には当主の家族全員の名前、裏には大工の棟梁、左官、木挽、人夫・・そして、当時の酒とイワシの締め粕の相場が墨書きされていた。書いたのは当主の増蔵。大正十四年に建てられた蔵だった。木挽(こびき)とは、鋸(のこ)で木を切る人・・製材作業者のことである。人夫(にんぷ)... [続きを読む]