mozart08 さん プロフィール

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mozart08さん: 羽鳥ログハウスの四季
ハンドル名mozart08 さん
ブログタイトル羽鳥ログハウスの四季
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/mozart08/
サイト紹介文福島県羽鳥に建てたログハウス。その四季の中で考えたこと、読んだ本の感想を中心に語ります。
自由文会社生活も50歳を超え、そろそろゴールをイメージしなければなりません。「成仏」と表現した人もいますが、なるほどギラギラしたものを廃して感謝の気持ちで日々を送れれば良いですね。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供110回 / 365日(平均2.1回/週) - 参加 2009/03/29 11:17

mozart08 さんのブログ記事

  • 内田百?さんの作品感想
  • 手首の故障、最初に通院した際の医者は「全治6週間」と診断。曜日を変えて行くたびに担当医が変わるのだが、それは仕方ないとしても診断が先生ごとにブレるのはいただけない。しかし今週水曜日で5週間になるので、そろそろギプスをとれりものなら取ることにして、昨晩からギプスなしで過ごしている。最初は不安感いっぱいだったけれど、昨日出来なかったことが今日できるような回復の実感もある。患部の痛みより手首を固定したが故 [続きを読む]
  • 樋口一葉「いやだ!」と云う 田中優子さん
  • 一度読み終えてざっと再読している途中。本当は再読後に書くべきかとおもうけれど、この土日、時間がなくて落ち着いた対応ができないので、まず気になったところを先に記して今週の申し訳とする。樋口一葉「いやだ!」と云ふ (集英社新書) [新書]田中 優子集英社2004-07-16この本もオープンカレッジの大学構内で行われた近在の古本屋さんによる古本市で仕入れた一冊。題名に誘われて購入。著者の田中優子さんは筆者より5歳年上。江 [続きを読む]
  • 二葉亭。逝く
  • 鎮痛剤でつつがなく過ごしている。胃は自覚症状ないので問題ないのだが、大腸系は自覚症状豊富で先が思いやられる。痛みは嫌なので、強靭な(?)胃を信じて鎮痛剤を定期的に服用している。亀裂骨折の親指の付け根が相変わらず痛む。手首というのは意外に日常生活で活躍する様で、会社に行くとどうしても使ってしまう。すると、痛みとは違う、患部がじっとり濡れたような不快感で手首がいやらしく、痛む。しばらくゆっくりと中村光 [続きを読む]
  • 『春と修羅・序』 詩の困難
  • 右手首の亀裂骨折から半月。鎮痛剤が切れると痛みは出るのだけど指は随分動くようになった。もともと右手親指以外の指は問題なかったし、右親指も「押す」方向には力が入るようになった。ホチキスだって使える。ただしその反対方向はかなり痛い。やはり年内いっぱいかかるのだろう。『教師 宮沢賢治のしごと』で「春と修羅・序」にある「青い修羅の光」について備忘録風に書いた。およそ1年前、オープンカレッジ講座で宮沢賢治を [続きを読む]
  • 武蔵野市民交響楽団 第89回管弦楽定期演奏会
  • 本日、恒例の武蔵野市民交響楽団第89回管弦楽定期演奏会に行ってきた。下に本日のポスターと演奏曲目を記載しておく。中学三年まで武蔵野市に住んでいて、武蔵野第四中学校を卒業している。その時の音楽の先生が小池先生。この楽団の創設者である。そんなご縁でここ数年、定期演奏会は管弦楽や吹奏楽、室内楽など聴きに行っている。最近の管弦楽演奏会は指揮者の方が毎回変わって(客演!)、その指揮者の個性を前面に演奏会が行わ [続きを読む]
  • 青い修羅の光
  • 『教師 宮沢賢治のしごと』の続き。昨日引用した「第七章 再現 肥科学の授業」のつづきに少し気になる再現された言葉がある。「銀河鉄道」でも語られる「ほんとうの幸福」について。黒き土。放っておけばただふつうの土でしかないものにも、堆肥を入れ、厩肥を入れ、耕せば肥えてきます。俯し、耕すことで無限に肥えてくるのです。人間の心だって同じです。心の畑に植える種、真、善、美。ほんとうの幸福に通ずる道はそれなので [続きを読む]
  • 『教師 宮沢賢治のしごと』 畑山 博さん
  • 還暦の再就職先が御茶ノ水なので、昼休みの息抜きに神保町の古本街に行くことがある。他の街の古本屋に比べると、筋も良いのだろうけれど、店の中の古書は総じて高い。で、外のゾッキ本ばかりを漁っている。そんなときに見つけたのが本書。賢治・一葉の気になった本は買う。100円だったし。教師 宮沢賢治のしごと (小学館ライブラリー) [新書]畑山 博小学館1992-07-01前に読んだ中村稔『宮沢賢治』では、家または父親との関係で賢 [続きを読む]
  • 岩波文庫『高野聖 眉かくしの霊』 泉 鏡花
  • 鏡花の事は前に少し書いた。「高野聖」は面白かった。「照葉狂言」、独特の味わいがあるが主人公の柔い甘ったれた視点が好みでない。「眉かくしの霊」、いかにも鏡花さんの小説。独行の男が山に迷い一夜の宿の落ち着く、そこに常世とは異なる「世界」にまみえる話。小説の構成は「高野聖」と同様で不思議な体験をした男に、あちら側の男が訳を説明する。「高野聖」では親仁(おやじ)だった、「眉かくしの霊」では料理人。能のこと [続きを読む]
  • 古本購入
  • 昨日も漱石講座で出かけた。前述のとおり右腕は痛い。白い布で吊って。『虞美人草』第二回目でいろいろと感じるところもあったのだが、今日は書かない、否、書けない(右腕がもどかしい、無理すると痛い)。そんな状態で止せばいいのに古本を買い込んだ。大学構内に近隣の古本屋さんが大きなテントを張って、そこで古本市を行っている。丁度1年前もこの市で古本を買った覚えがある。そして今回も買い込んでしまった。リュックに押 [続きを読む]
  • 亀裂骨折?
  • もう半年近く右手首の腱鞘炎に悩んでいる。14日の水曜日は何故か調子よく、ひねるとがつんという痛みが生じるものの、普通にしているならほとんど気にならなくなった。ようやく快方に向かうかと気を許した。帰りに駅最寄りのスーパーマーケットに寄ってレジで代金を払うとき、財布に右手を突っ込もうとした際、何を焦ったものか、荷物の入った買い物かごの角に右手首が激突。息が止まった。痛い、痛い、痛い!何とか支払いして(レ [続きを読む]
  • 樋口一葉 『にごりえ』
  • 昨日の話の続き。午後は『近代文藝の百年』第5回目で樋口一葉さんであった。講師は金井景子さん。聞けば金井さんは私と同い年で、学部はどちらだったのだろう、文学部か、教育の国文学科か。ちなにに旦那様は紅野敏郎教授の御子息・謙介氏とか。やっぱり教育かな。経歴を拝見すると中学から高校、大学まで教育の現場で、教師として体を張ってこられた方。昨日の御話も声にメリハリがあって、なるほど中学・高校の生徒を前にした講 [続きを読む]
  • オープンカレッジ講座再開
  • 学園祭など催しで大学施設が使えなかったのだろう。3週間ぶりのオープンカレッジ講座。その間、土曜日曜の連休の安楽をしこたま楽しみ、還暦過ぎたサラリーマンにはやはり連休は貴重だなと頭の片隅でささやく声が聞こえてきたころである。昨日再開の講座は、漱石が『虞美人草』で、石原千秋先生による3回連続予定。午後の「近代文藝の百年」第五回は樋口一葉。午後の講座は一葉と子規を聴くために受講したようなもの。もっとも前 [続きを読む]
  • 『宮沢賢治』〜童話について 中村稔
  • 書き始めたら長くなりそうな予感で始める。長くする気はないのだ。実は宮沢賢治の童話は読み込んでいないから。宮沢賢治の長編童話は良く知られている通り四作あり、中村稔『宮沢賢治』に従って創作年次を特定すると以下の通り。『銀河鉄道の夜(1927)』『ポラーノの広場(1928)』『グスコーブドリの伝記(1931)』。『風の又三郎』は創作年次の比定がない(たぶん?)ので通説に従えば1931年〜1933年。この作品は短 [続きを読む]
  • 余談として『病床六尺』
  • 病床六尺の世界で呻吟する子規とは比べるべくもないが、ここしばらく、症状としては腱鞘炎で手首に激痛が走るようになった。腱鞘炎なのか、五十肩(六十肩?)の変形なのか、いずれにしても通勤も嫌になるしジョギングも嫌になる。しかしたかが手首の痛み。六月十二日の「三十一」回目の文章。高等女学校の教科書に「両国の四ツ目屋といふいかがはしい店の記事」が世間の物議を起こしたことに触れ、そうしたものが教科書に載ってし [続きを読む]
  • 病床六尺 正岡子規
  • 漱石関連と云えばそうでもある。正岡子規の『病床六尺』。恥ずかしながら漱石と正岡子規の関係は江藤淳さんの『漱石とその時代(1)(2)』を読むまでは認識がなかった。俳句革新と『こころ』の文豪の接点は予想し得なかったから。その正岡子規の最後の著書となった『病床六尺』を読む。病牀六尺 (岩波文庫) [文庫]正岡 子規岩波書店1984-07-16六尺と聞いても具体的なイメージもわかない。一尺は約30.3?。ゆえにまずその長さは181.8? [続きを読む]
  • 鏡花を読みながら考えたこと
  • 今週と来週のオープンカレッジは休講。学園祭シーズンですから。土日と連休にできると体が確かに楽。楽ついでに昨日はインフルエンザの予防接種をしてきた。注射は痛くなくてこんなものかと思っていたが、その後なにやら体がだるくなってまいった。今日は終日うつらうつら。まあ、それも休日らしくて良いのだけれど。モオツアルトのピアノ・コンチェルトを夢うつつで聴きながら、なぜか自分の死のことを考えた。還暦+1年でうつら [続きを読む]
  • 『こころ』をめぐる断章(2) 江藤淳さんの読みに対して
  • 続けます。前回は江藤さんの家系から、処女論文の夏目漱石からその後の論文(たとえば「明治の一知識人」)における著者の精神の変質についてかいた。若干「搦め手」からのアプローチは気が引けるが江頭家の系図を眺めると、これは注釈の必要もなく「変質」の理由が分かる。大江健三郎さんとの確執はあきらかに江藤淳の側の変質が理由であったことが良くわかる。 さて、以下の文章は実はこの項の最初の時期から書いたのだが、『決 [続きを読む]
  • 『こころ』をめぐる断章(1) 江藤淳さんの読みに対して
  • 江藤淳さんの漱石の読みに対して違和感について書いている。最初は嫂・登世との秘められた恋について。登世に対して普通の「義弟」以上の細やかな感情があったことは定説に近い。子規に宛てた嫂の死を伝える手紙も、持って回った話の切り出し方がいかにも不自然でそこに何かストレートに云えない感情の綾があるだろうことは感じられる。しかし江藤さんの様になんとしてもその一手に固執して、漱石のその後の人生も作品も登世との禁 [続きを読む]
  • 朝日小辞典 夏目漱石
  • 夏目漱石のセミナーに参加して、講師の中島国彦先生から「朝日小辞典 夏目漱石」の話をお聞きした。1977年発行の本書は編纂は江藤淳さんが代表で、当時新進の学者の共著で作成されている。その中のおひとりが中島先生で、他に川嶋至・大野淳一・樋野憲子の三氏である。夏目漱石 (1977年) (朝日小事典) [−]朝日新聞社1977-06通しで読むような性格の本ではないので、拾い読みしているこに時点で紹介する。漱石の書簡などを読んでい [続きを読む]
  • 通勤経路の変更
  • 最近通勤経路を変えた。これまでは京王線で新宿まで出てJR乗り換えとしていたが、10月初旬から小田急線に変更。昔から京王線にはお世話になっており悪くは言いたくないが、定年後の再就職先が都心となって久しぶりに京王線を利用するようになって、なんだか不快なことが多かった。運行遅延が多いのは以前からだが、車内アナウンスであたかも遅延理由を顧客のせいにする物言いはいただけない。曰く、お客様同士のトラブル、お客様の [続きを読む]
  • 江藤淳さんの『決定版 夏目漱石』
  • 江藤淳さんの『決定版 夏目漱石』を新潮文庫で読んでいる。もとの底本は文庫版収録の一部・二部で、これは別途講談社版の著作集1で読んでいるが大分雰囲気が異なる。特に書き直しがされているわけではないのだろうが、ハードカバーの漱石論と分厚い文庫版の決定版だと、読み手の姿勢も変わるということか。江藤淳著作集〈第1〉漱石論 (1967年) [−]江藤 淳講談社1967再読した本書は、江藤さんと雖も若書きで、小林秀雄風の物言い [続きを読む]
  • 秋季講座 漱石文学の世界 『草枕』その2
  • オープンカレッジを受講して一周年である。定年を機に漱石の読み直しを始めた。その道標になるならという期待で「漱石文学の世界」の受講である。早稲田大学名誉教授の中島国彦先生が講座を企画され、ご自身も今回は「草枕」を2回ご担当される。定年と云いながらその後再雇用で平日は相変わらずサラリーマン生活を送っており、受講は土曜日に限られる。各大学セカンドステージを対象としたこうした講座が多くなったが、早稲田大学 [続きを読む]
  • 漱石山房記念館 1年ぶりの再訪
  • 昨日は漱石関連の講座参加の帰り、1年ぶりに漱石山房記念館に行ってきた。中島国彦先生の講座の中で、一周年記念の展示物は見るべきものがある旨お聞きしていた。逆の云い方をすると、それまでは見るべきものがあまりない記念館だったという事。名誉館長の半藤末利子さんが、半藤家・松岡家に伝わる漱石関連の「お宝」を寄贈された。その中から中島先生等専門家が選び展示されている由。松岡譲さんは半藤末利子さんの御父さんで、 [続きを読む]
  • 武蔵野市民交響楽団 第96回吹奏楽定期演奏会
  • 台風が心配されて瞬間どうしようかなと逡巡したけれど、昼の時点で雨も降っていなかったので出かけることにした。結果、大正解でした。この楽団は吹奏楽が出発点で、本日指揮者の上原さんも創立者・小池先生の教え子とか。だから毎回吹奏楽の演奏会は熱演と楽しさで音楽の原点を味わえる。本日はその良い最良のコンサート。第一部は吹奏楽のオリジナル作品で、「日本」とテーマにした構成。第一部では「祭り」がおもしろかったかな [続きを読む]