常識に固まらず、1+1=2だけではない感性を磨こう。考えよう、さまざまな生きものの形態、心の動き。
「売ります」「有効です」だけの宣伝だけではない文字を探して。思考を求めて。利便性の道具として利用するのではなく。 「言葉は消えるが、文字は残る」ということもまた真実。 しずしずと文字を紡いで行こうと、改めてここに記す。
寝込んではいませんが、春先の疲れか目ん玉の疲れか無視される民意への悲しみか絶望か、提出された原稿への朱入れ作業をしては万年床へ潜り込んで目をつむる、という最近のていたらく。 医者の世話にも二度ばかり。気管支炎と糞づまり。政治家や役人や呼び出された参考人
12月、1月と大いに忙しかった。ある新聞社の文学賞へ応募する、という原稿の添削が多かった。朱を入れ、速達で返送。だからってワケじゃないだろうが、気管支炎にもなった、糞詰まりで4時間も苦しんで病院へかつぎ込まれた(それ以後もあまり<快便>状態ではない。薬
年齢からだけではなく、地位や肩書きからだけでなく、生きているどのヒトも、本当に心身共に「成人」になれているのか、振り返ってみる日、だとしたい。『ぼろは着てても 心は錦』という歌の文句を思い出しながら。 一日だけだよ、いい着物を着てだね、おしゃれしてだ
「まだサンタを信じているのか。7歳ならそろそろ知っているだろう。違うのか」 昨年のクリスマスイブでの出来事。サンタ追跡サイト『サンタトラッカー』へ電話をかけてきた7歳の女の子にトランプ大統領はこう語った、と言う。 それがずっとこちらの胸を焦がしている。
「2018年」は永久に「過去」の中へ仕分けされて静かな枠の中へ収まりました。もう、何をしでかすこともありません。 そして、2019年という新しい同伴者を迎えました。さあて、どんなお愛想で迎えてくれるか、とんでもない驚愕を運んでくるのか。亥年……イノシシは
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