旅中毒女 ようめ さん プロフィール

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旅中毒女 ようめさん: 旅中毒 女一人旅
ハンドル名旅中毒女 ようめ さん
ブログタイトル旅中毒 女一人旅
ブログURLhttps://ameblo.jp/10dermoon/
サイト紹介文中年女バックパッカーの一人旅です。
自由文知らないものほど見てみたい。予定は崩れ、地図を見ながら迷い、気に入れば何時間でもとどまる。3食抜いても平気、3食まとめ食いも平気。面白くないことなんか何一つない。行けば行くほど行きたいところは増える。人生狂って後悔なし。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供102回 / 365日(平均2.0回/週) - 参加 2009/04/02 00:29

旅中毒女 ようめ さんのブログ記事

  • 空港手荷物検査のスマートレーン
  • 2018年のお盆休みには青森に遊びに行きました(後で旅行記を書きます…!) それで久しぶりに伊丹空港を使ったのですけど、その変わりっぷりに驚きましたわ。国内ではめったに飛行機に乗らないからもう何年も伊丹空港を使っていなかったんです。特に、2017年7月から試験的に導入された(と、書いている今知った)スマートレーンに驚いたわ。情報が遅すぎますね私。 従来の手荷物検査場は、何列かに分かれるとは言え、列の先頭の人 [続きを読む]
  • ノンアルコールカクテル
  • 胃を壊してからノンアルコールカクテルに思いを致すことが増えました。 前々から、お酒を飲めない際の良い選択肢だとは思っていたんですよ。私、食事の際に飲むものとしては、オレンジジュースやらジンジャーエールやら冷たいウーロン茶って、ダメじゃないけど今イチ好きじゃないんですよね。それならお水の方が良いです(氷抜きで)。サンドイッチならオレンジジュースでもいいし、ピザならジンジャーエールやコーラで良いのです [続きを読む]
  • 胃潰瘍 その後
  • ワインを飲んで胃の痛みに朝まで眠れなかった、あれはもう2ヶ月も前のこと。 その後、胃潰瘍の診断が下り、投薬治療を続け、その後ピロリ菌除去のために服薬。約2ヶ月の間、お酒を飲めませんでした。というか、飲みたくもならなかった。たまに、「あ、これを食べる時ってビールが美味しいんだよね」と、 “飲めたらいいのになあ” みたいな気持ちになることはあったけど。私は本当にお酒が好きだったんだろうかとすら思いましたよ [続きを読む]
  • 萩の旅 15/終:玉木文之進の家と東光寺
  • 2018/2/25 いよいよ時間が押してまいりました。心配性なので、萩から新山口へ戻るバスは終バスから一本前のやつに乗る予定にしていたのですが、時間が足りないので終バスに変更。せっかく萩まで来ているんだもの、萩で時間を使わなきゃ! で、目指すは東光寺なのですが、途中に玉木文之進の家もあるので寄っておきました。吉田松陰の叔父さんで、松下村塾を始めた人ね。 郊外にポツンとある小さな家… と記憶していましたが、これ [続きを読む]
  • 萩の旅 14:松陰神社と伊藤博文別邸
  • 2018/2/25 さて、残り時間を計算しながら動く必要を感じ始めております。そういうことも考えて、どうしても時間がなければ省いてもいいと思えるものを後に持って来てありました。失礼ながら、その一つが松陰神社です。 私、明治維新は歴史の一部としての興味はあるけど、特別な関心はないんですよね…。どっちかと言えば負けた側に目が向くし。正直な話、萩に来るまで、萩の観光がこんなに明治維新を推してくると思っていなかった [続きを読む]
  • 萩の旅 12:武家屋敷(旧湯川家・桂太郎旧宅)
  • 2018/2/25 タクシーで一気に到着したのは藍場川。 元は細い農業用水路でしたが、18世紀半ば、 6代藩主毛利宗広が拡張して船も通れる運河にしました。 参勤交代の途中で立ち寄った岡山城下の水路を参考にしたんだって。全長2.6キロメートル。農業用水としてはもちろん、防火用水、物資運搬、水害時の水はけとして大いに活用されました。 今は鯉が放流されておりまして、観光客の多い時期だと鯉の餌が売られていたりするらしい。  [続きを読む]
  • 萩の旅 11:武家屋敷(旧田中別邸)
  • 2018/2/25口羽家からも近い、次の邸宅に向かう。 これは、この地区の名物である鍵曲(かいまがり)。高い土塀で囲んだ道が鍵の手(直角)に曲がっている。お城の中と同じで、直進できないようにしてあるんだ。前記事にも書いたようにここは重臣たちが住むようになったので、防衛システムが構築されたのだ。そして、ここ、旧田中家別邸。第26代内閣総理大臣、田中義一氏の別邸です。萩の旧い邸宅でどれか一つを薦めるなら、私は断然 [続きを読む]
  • 萩の旅 10:武家屋敷(口羽家)
  • 2018/2/25 では武家屋敷の中心地からちょっと南下します。平安古(ひやこ)地区に行くのだ。萩城の三の丸を囲む外堀の南にある。藩の重臣の多くは三の丸、お堀の内側に屋敷を構えていましたが、周辺の開墾が進むにつれ、平安古に住むお侍さんたちも増えていったんだって。 この平安橋も貴重な歴史遺産。三の丸にあった3つの総門の一つ、平安古総門の外堀に架けられた石橋で、お城から城下町へ通じる道路でした。他の橋は現存しない [続きを読む]
  • 萩の旅 9:武家屋敷(青木周弼旧宅・旧木戸家)
  • 2018/2/25 このお宅はどこだったかしら…? 昔はこんなのメモが無くても思い出せたのに、今では10ヶ月も経つと何もかもが記憶の沼に沈んでしまう。 ここは旧野田家住宅。住民がいるので内部は見学できません。 そしてこちらが青木周弼旧宅。幕末の医師で、毛利敬親に召し抱えられ萩藩の藩医を務めた人。 長崎でシーボルトに師事した、当時日本屈指の蘭学医でもある。さらに、西洋医学だけでなく、西洋兵学を修めたそうです。マ [続きを読む]
  • 萩の旅 8:武家屋敷(旧菊屋家・旧久保田家)
  • 2018/2/25 さて、最後の日は武家屋敷方面を楽しみに参ります。荷物は宿に預けておくこともできたと思うけど、その日に動くルートが今一つ読めず、バスに乗る前に宿に戻るのが面倒くさいかもと思いまして、持ち歩くことにしました。小型のバックパックなので、背負ったまま歩いても対してつらくはない。 さて、こちらは萩城の復元された北の総門。 門があるだけで特に見るものはないのですが、この門の前にある普通の民家、門から中 [続きを読む]
  • 萩の旅 7:浜崎地区から萩城址へ
  • 2018/2/24 さて、本土に戻って来まして、昨日は入らなかった浜崎町の古いお宅の一つに伺う。田中家。「旧田中家」ではないのですよ。今も普通にお住まいです。そういうお宅は大体、外から眺めるだけなんですけど、ここは特別。 「萩の旧い雛たち」で入ることができる他のお宅はすべて萩市の所有で、普段から公開されている。でもここは住宅なので、もちろん普段は入れない。ただ、昨年このお宅は家屋を修復したんですって。その際 [続きを読む]
  • 萩の旅 6:大島 2
  • 2018/2/24 海岸まで降りてきて、今度は別の集落に行ってみます。 ガンギと呼ばれる石段、かなり気に入ったのですが、さっきの集落で上がって行った場所より、この階段がきつい。ずっと続くし…。  ふうふう言いつつ上っておりましたら、脇の藪から猫がひょいと出て来まして、目が合いました。猫はさっと警戒態勢に入りましたが、すぐに逃げはしない。ちょっとしんどくなっていた私は泣き言を言いたくなり、坂の上を指さしながら「 [続きを読む]
  • 萩の旅 5:大島 1
  • 2018/2/24 さて、今日は朝からお船に乗り、島に渡ってみます。 沖合には遠足には無人島が3つと、萩から船が運航している有人島が3つありまして、そのうち私が選んだのは大島。3島の中でも中心的な島です。3島それぞれ、観光案内所にちゃんとリーフレットもあり、じっくり読んでみると、大島は島全体が台形で、村はその斜面に段々状に張り付いているのだと。私好みなんではなかろうかと思いましてね。(大島の観光案内) 大島は元は [続きを読む]
  • 萩の旅 4:芳和荘
  • 20018/2/23 お宿に戻ってきました。元はと言えば、この芳和荘に泊まりたくて萩の旅を決意したのだった。 築100年を超える建物です。元は遊郭だったので、中庭を中心に回廊が巡らされ、それに面してお部屋がロの字に配置されているのだ。 と、上記の部分が一番の魅力なわけですが、順番に行こう。まずは外の塀と門ね。 前にも貼った写真ですが、ここが玄関。 玄関を入ったところ。 上の写真の階段がこれ。階段の下は下足入れになっ [続きを読む]
  • 萩の旅 4:普通の街が古民家だらけ
  • 2018/2/23 梅屋七兵衛さんのおうちを出るころはもう夕方。明るいうちに街並みを見ておきたい。 ヨーロッパで旧市街と言うと中世の街並みを連想するけど、日本ではさすがにそこまで古い建物はめったにない。萩の古い街並みも、明治や江戸末期から昭和初期のものを指しています。 こちらのお宅は昭和かな? でも昔ながらの狭い2階があるっぽい。 こちらは格子が素敵な窓。 これはお寺の横にあったおうち。玄関が高い位置にあって踏み [続きを読む]
  • 萩の旅 3:浜崎地区 2
  • 2018/2/23 この記事はほぼ、だら〜と写真を貼っていくだけです…。 こちらは古い和菓子屋さん。エアコンの室外機をうまく隠している。 これを買ったのは翌日ですが、とりあえず、こんな感じです。 ここは船具屋さん。昔の船具を展示しているし、住人が使っていた古い家具などもあって楽しい。 古いオルガンもあったよ。今でも弾ける。 池部さんのお宅。3代にわたって蒲鉾製造を営んできたそうです。この家は明治時代に、現在のご当 [続きを読む]
  • 萩の旅 2:古い雛人形
  • 2018/2/23 浜崎地区には、江戸後期〜昭和初期の建物がたくさん残されているのだ。こちらなんか新しいんだろうけど、今でも現役の理髪店てとこがいいよね。 この通りはずーっとこんな感じ。伝統的建築物保存地区、略して伝建地区なのですよ。港から続く道でして、かつてはここが廻船業者や商家が並ぶ、商業のメインストリートだった。 特に古い商家のがいくつか公開されております。そのうちの一つ、旧山中家住宅のお二階。 から見 [続きを読む]
  • ははははは丈夫さ
  • 2回目の虫歯治療に行ってきました。痛い歯をかばう余りに変な動きになっていたらしくて、歯茎が捻挫したような状態ですって。そんなこともあるのかとググってみたら、割とよくあることらしい。 次の治療はまた来週。10月まではホンッッットに忙しかったのですが、最近ちょっと余裕が出てきたので、仕事を中抜けして治療にも行ける。ありがたいことです。今の職場でなく、これまでに勤めていた職場だったら絶対無理だったよな。まあ [続きを読む]
  • ははははは母は歯は…
  • 母は歯は丈夫ではありませんでした。私は父に似て歯は丈夫です。 が、虫歯です。 10月の頭くらいから水やお湯がしみるようになり、下旬に歯医者に行ったところ、歯周ポケットがある、歯茎が炎症を起こしている、1ヶ月様子を見ましょうと言われまして。が、3週間ほど経ったある晩、急にビックリするほどズキズキしまして。これは歯茎がどうとかじゃねーだろと確信。 結局、神経が腐っているそうなので、神経を抜くしかないと相成り [続きを読む]
  • 旅行前の体調
  • ちょっと思い出したいことがあったので自分がベルギーに行く直前辺りのブログ記事を読んでいたら、「胃が壊れたのでここしばらくお酒とチーズを買っていない」と言う記述が出てきました。全然健康ちゃうやんけ私。 軽視して憶えてすらいないだけで、何度もこうして胃(と十二指腸)にダメージを負っていたんだな。去年みたいに背中まで痛みを感じるとか、今回みたいに痛みが強めだとか、そういうのがなかっただけで。 胃潰瘍になっ [続きを読む]
  • 夜型の時差ボケ
  • 生活スタイルとして夜型、朝型なんて言い方をよくしますけど、これって実は生活スタイルではなく体質であると言う研究結果が最近出ているそうですね。 私、この研究結果に全面的に賛成します。 これを言うと、朝型の人の中に、「夜型って結局、夜更かししたいだけだろ。早寝早起きの習慣さえつければ朝型になる」とか言う人が結構いるんですよねー。 朝型の人の中には「深夜0時を過ぎたら眠くて目を開けていられない」なんて人もい [続きを読む]
  • 誰だって病気になるまでは健康
  • 本日の記事のタイトル「誰だって病気になるまでは健康」は、数年前に私が「体の丈夫さだけは自信がある」と書いた際に、ダニーさんがコメントで残してくださった金言でございます。 全くですね。誰だって病気にならない限りは健康ですよ。 私、現在、胃潰瘍の治療中です。 ある週末の深夜、映画を見ておりましたところ、主人公たちがワインを飲む場面がありましてね。私も飲みたくなり、とっておきのデザートワインを開けたのです [続きを読む]
  • ラトビア旅行記 30:さよなら、ストックホルム
  • 2018/5/6 では次に、ストックホルム大聖堂に入ってみます。9時から開いているからありがたいよ。  内装も、古い感じを残してうまく演出してあると思います。 少し暗くて古臭い方がありがたみがあるのよ、こういう場所は。 13世紀に作られたらしい。増改築を繰り返して、今の大きさになったのは1480年だって。ゴシック様式だったけど、王宮に合わせてイタリアンバロックに改装されたそうな。 ありがちなキンキラキンに陥りそうな [続きを読む]
  • ラトビア旅行記 29:ストックホルム - 朝のガムラスタン
  • 2018/5/5 朝は5時半起き。飛行機の時間が14時半くらいなので、午前中を街歩きに使えるでしょ。明るい時間は有効に使いたいからね。 部屋の窓から見える光景。やっぱりガムラスタンは建物が大きいよね。ここは旧市街の中でも端っこだから特に、だけど。 朝ごはんは、残っていたスィグルダのアーモンドの最後の数粒。それとホテルが置いてくれていたクッキー。貧乏旅行していた若い頃を思い出すわ。チェックアウトタイムはまだまだ [続きを読む]
  • ラトビア旅行記 28:ストックホルム - 夜のガムラスタン
  • 20018/5/4 「ラトビア旅行記:ストックホルム」ってのも何だか変な感じですね。ま、いっか。 ガムラスタンは20年ぶり。歩き回ってみても、特に覚えのある道というのはありませんでしたね。王宮広場くらいかな、記憶がはっきり残っていたのは。その時のことは「スウェーデン建国記念日」に書いています。私がアイスクリームを食べたのはどこのお店だったのかなあ…。ワッフルのコーンでアイスクリームを食べたのはそれが初めてだっ [続きを読む]